第11章 裏切り(2)
「将棋に例えるなら、この一戦は相穴熊だな」
礼韻が呟いた。涼香は将棋を詳しく知らないので、礼韻に目を向けただけだった。だが優丸はそれへの知識もあり、なるほどな、と相槌を打った。
涼香は2人だけで通じていることに悔しくなり、また礼韻の袖を引っ張った。教えろという催促だ。
「将棋の王様の囲いで穴熊というのがあるんだ。王様を隅っこまで動かして、金銀で蓋をしちゃうんだ。囲いが固いから、しぜんと戦いは王様と遠いところでちまちまとやるようになる。派手さのない戦いになるんだ」
言いながら礼韻は右側を指す。この一戦が、まさにそのような形だということだ。
「家康は3万の三河軍に囲まれてじっとしているし、一応名目上の西軍総大将の毛利も、南宮山で動かない。まさに相穴熊だ。戦いは離れた場所での限定戦だしな」
「でも、派手さがないってことはないでしょ。戦っているところはすごい緊迫感よ」
「それはおれたちが、初めて生で見ているからだろう。川中島の合戦に比べたら地味なもんだと思わないか。なにしろ川中島は総大将の謙信と信玄が一騎打ちをしたという説もあるくらいだからな」
礼韻が穴熊に例えたくなるくらい、戦場の東方面は静まっていた。家康がどっしり構えて動かないのは当然だが、もし本当に東西陣営が争っているのであれば、毛利が動かないのは実に不自然なことだった。毛利は総大将の輝元が大阪城に留まり、養子の秀元が参戦しているのだ。秀元はどっしり構える立場にない。
秀元が動かないのは、参戦をためらっているからだった。毛利家の実質的なまとめ役と言っていい吉川広家が参戦の意思を一向に見せない。秀元が何度尋ねても、「もう少し待て」の一点張りだった。また、広家の指示を無視して動こうにも、そうはいかなかった。秀元の軍の前に、吉川軍がいるからだ。これはしかし偶然ではなく、吉川広家が意図しての布陣だった。広家は東軍の勝利を見通し、自ら動かず、また南宮山の他の陣営もくぎ付けにすることで、家康に恩を売っていた。この広家の裏切りがあるから、家康は泰然と南宮山の真下で、敵に背を向ける格好で陣を張っているのだ。秀元としては、まさかうしろから吉川軍を追い越すわけにもいかない。いったい広家おじさんは何を考えているんだと首を傾げながらも、じっとしていることを強いられていた。
石田三成の陣営からは、狼煙が上がり続けだった。南宮山の毛利、吉川、安国寺、長束らに、動け、なぜ動かぬ、と三成が再三参戦を促していた。安国寺も長束も、毛利秀元と同じ理由で動けなかった。
涼香が持つのは高倍率の望遠鏡だが、南宮山は距離があり、また吉川が陣を張るのが山の向こう斜面ということで、その姿は見えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます