第9章 時渡り(6)
気付くと、へたり込んで大樹の幹にもたれかかっていた。
一瞬だけ居眠りをしてしまった感覚だったが、まったく違った。礼韻は自分のその恰好を見て、瞬時に諒解した。
――― 帷面だ。
眠気を抑えきれなかったことにも納得がいった。あれは帷面に眠らされたのだ。おそらくは場所を不明にするために。むしろ眠らされたというより、気を失わされたといった方がいいだろう。軽い頭痛がするのは、なにか薬物を使われたせいではないだろうか。礼韻は痛みを振り払うように、数回頭を横に振った。
薄く気配がしていたのが、徐々に濃くなった。そして礼韻の前に人が立った。
その者はへたり込む礼韻を見おろすように、正面に立っている。一人だけで、全身を黒ずくめにしていた。
礼韻は相手を挑発しないよう、ゆっくりと立ち上がった。月のない夜で、相手の表情は分からない。
左右とうしろからも気配が立った。囲まれているんだな、と礼韻は思う。しかし恐怖はない。むしろ、笑い出したい気分だった。願坐韻から聞かされた時渡りの状況と、まったく同じだったからだ。
正面の男が背を向けて歩き出した。礼韻は躊躇うことなく、それを追った。願坐韻から聞かされたとおりだとしたら、洞窟に連れられていくことになる。
5分ほど歩き、礼韻の予想したとおり男は洞窟に入っていった。なるほど、そしてこの中で煙に包まれ、時を渡るわけだ。礼韻は願坐韻の語りを反芻しながら、洞窟内を見回した。しかし中に光は一切なく、壁も天井も分からなかった。
それにしても、涼香と優丸はどこにいるのだろう。結局彼らは時渡りから除外されてしまったのだろうか。
気にはなったが、一人だとしてもそれはそれで仕方がないと思っていた。とにかく自分は、願坐韻の遺志を継いでなにがなんでも関ヶ原の合戦に行かなければならない。涼香や優丸たちとは、思いの深さが違うのだ。
そこに、頭の中に声が響いた。
「大丈夫だ。同行者も一緒だ。ただ同行者の2人とは、時を渡った先で会うことになる。渡っていくときは単独だ」
なるほど、と思いながら先頭に立つ男を追った。
そして段々と、煙に包まれてくる。願坐韻の言ったように、煙はまるで生き物かのように体にまとわりついてくる。礼韻はそれに粘着性のもののような感じを受け、なんとなく薄気味悪く、両手で左右にかき分けながら進んでいった。
そのうちに、前の男の姿が分からなくなった。煙が濃くなり、視界がゼロに近くなっている。しかし礼韻はうろたえることなく、一定の歩調で進んでいった。願坐韻の言葉どおりであれば、この煙を進んでいけば、慶長5年の関ヶ原になるはずだった。
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