第8章 帷面権現(19)



 小屋に戻り、礼韻は山でのことを涼香に伝えた。


「ほんとうに切りつけてくるつもりだったのかな?」


 カスピもまた、同じことを聞いた。礼韻は左右に首を振った。


「いずれにしろ、気を抜かない方がいい。何を仕掛けてくるのか分からないからな」


 3人で頷き合った。


 その翌日、礼韻は小屋の物置にあった水槽をきれいに洗い、小川でつかまえてきた鮠とドジョウを入れた。


 訝し気に見ていた涼香だったが、その理由が分かったのが夕食時だった。運ばれてきた食事のそれぞれをつまみ取り、水槽に落として魚に食べさせた。


「毒味の意味で……」


 涼香はまず、感心した。


「どんなことだろうと気を抜くなと言っただろう。死に直結しているかもしれないんだぞ」


 礼韻が目を細めながら言った。これは礼韻がおもしろがっているときのクセで、涼香はなかば呆れてしまった。


 それから3日は、なにもなかった。しかしその昼食時、優丸が異変に気付いた。


「音がする」


「音?」


「あぁ。音が、寄ってきている」


 優丸は飛び跳ねるように外に出て、地面に耳を付けた。


「また襲って来るのか?」


「あぁ。そうみたいだ」


 礼韻が、入念に砥いでおいた刃物を持ってきた。調理用の包丁に、なただった。


「ないよりはいいだろうと思ってな」


 好きな方を取れというように、優丸に手で促す。


「いや、今度の相手はこういうもんが役に立ちそうもないぞ」


 立ち上がった優丸が、しかめた表情で言う。それと同時に、異様な音が伝わってきた。山の方から、気持ちをざわつかせる耳障りな音だ。


「なにあれ?」


「蟻の這う音だ」


 優丸の言葉に、礼韻と涼香の表情がこわばる。思ってもみないことだったからだ。


「軍隊蟻だ」


「軍隊蟻って?」


 涼香が聞く。


「ものすごい集団の蟻だ。絨毯のように真っ黒い集団で、通ったあとはなにも残らないという……」


「これも帷面なのか?」


 今度は礼韻が聞く。


「分からない。でも、帷面権現がほんとうに時を超えられる能力を持っているのなら、虫や動物を自在に使いこなすなんて簡単にやってのけるだろう。とにかく、今、四方から来ている。逃れられない」


 ざわめきがどんどん近付いてきていた。


 

 

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