第8章 帷面権現(17)



 礼韻と優丸は、また速度を上げて登りだした。


 今度、礼韻は先ほどより息があがらない。汗こそ流れ落ちるが、苦しくはなかった。へんなライバル心が払拭されているからだった。


 ――― まったく、人間というのは雑念が入ると発揮できる力が半減してしまうな。何ごとも他と比べず争わず、自身のみ見つめて行動するに限る。


 礼韻は納得しながら、足を進めた。


 彼らは昼少し前に、帷蔵の頂に辿り着いた。「帷蔵山頂」と書かれた案内板の横で、持ってきたにぎり飯を食べ、水を飲んだ。帷面の里に入ってから電子機器はなにも身に着けていなかったので画像はあげられなかったが、これもまた、証拠など必要ないと礼韻はふんでいた。必ずどこかしらで見ていて、確かに彼らは頂上に着いたと確認していることだろう。


 すばらしい眺めが眼下に広がっていた。不思議なことに、なんら人工物が見えない。晴れ渡る日で、遠方まで見渡せるというのに。「帷」の字が共通するこの山は、帷面の集団が我が地と思う土地なのだろう。もしかしたら術によって、人工物が視線から消されているのかもしれない。


 礼韻の心を読んだ優丸が、下りを促す。礼韻はいくぶん軽くなったザックを背負い、同じ道を戻りだした。さすがに下りは楽で速い。この調子なら明るい時間に小屋に戻れ、涼香がホッと胸をなでおろすはずだ。


 それにしても、なぜ帷面はこのようなことをさせるのか。礼韻は下りながら、心の中で首を傾げた。


 そこに、まったくだな、という同意の声が頭に流れる。優丸の声だ。願坐韻ほど明瞭ではないが、優丸とも頭の中で意思の疎通ができるのだ。


 いくぶん傾斜が緩まり、道幅が広まったところに出る。そこで礼韻ががくんと速度を落とし、そして止めた。


 人が、立っていた。


「来たぞ」


 礼韻が優丸に、頭の中で言葉を送って警戒を呼び掛けた。前に立つ人間のいでたちが、とてもこの時代にそぐわないものだからだ。


「帷面、だろうな」


 肩越しに優丸が、これは言葉に出して言う。礼韻はゆっくりと頷いた。


 前に立つ者の姿は、忍びそのものだった。顔は分からない。面頬で覆っているからだ。忍びは短刀を抜いた。


「忍びかぁ。あまりにも演出過剰の設定だな」


 礼韻は苦笑がもれた。いにしえからの闇の集団には似合わない、あからさまで派手な設定だったからだ。


 忍びは刀を無造作に振り、当たった枝がスッパリと切れた。枝はさして太いものではなかったが、しかし切れ味は充分に伝わった。


「でも、本気らしいな。笑ってる場合ではないということか」


 じりじりと迫ってくる刃物を持った人間に、礼韻は表情を引き締めた。


 

 

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