第8章 帷面権現(13)


 礼韻は、停滞というものを嫌う。修行はないだろうという優丸の言葉に合理性を感じたが、同時に、もどかしさも思った。動かないのは性格に合わない。たとえ厳しかろうが、修行があった方が気分的に楽だった。


 だから、不意の音で驚いたものの、ノックの音に恐怖は感じなかった。なにかしらのアプローチは望むところだった。礼韻は2人を制して入り口に向かった。


 開けた瞬間に誰もいないと思った礼韻だが、真下からの声にギョッとしてよろけるように数歩下がった。


 老婆が籠を抱えて立っていた。


 長身の礼韻が前のめりで開けたので、死角となったのだ。また気が付かないのが不自然でないくらい、老婆は小さかった。


「夕飯を持ってきたで」


 短く言うと、礼韻の動揺になど構うことなく、老婆は籠を置いて戸を閉めた。


 礼韻が戸を開けて外を見回したが、老婆の姿はなかった。なにより闇ばかりで、まったく分からない。ただ、動くものの気配がどこからもしなかった。


 ゆっくりと戸を閉め、籠に視線を落としたあと、礼韻は優丸に振り向いた。


「村の人間なのか?」


 優丸がゆっくりと首を振る。そして、分からない、と小さく言う。


「でも、子供の頃に聞いた、村の言い伝えを思い出した。それはな、『帷面の術を会得しようとするときは老婆が世話につく』、というものだ。単なる言い伝えだけどな」


 腕組みをした体勢で、優丸はゆっくり、静かに言った。


「言い伝えか……」


 礼韻も倣うように腕組みをした。


「でも、単なる言い伝えじゃなさそうだな」


 考え込むかのように、目を閉じたまま礼韻が言った。


 涼香は籠を机の上に運び、開けた。中には3人分の、握り飯と山菜料理が入っていた。

 

 

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