第7章 祖父の贈り物 (14)


「あれが島津の敵中突破か!」


 当然知っていることではあったが、眼下で見る迫力はすさまじかった。ましてや、方向からいえば願坐韻の方へ向かってきているのだ。願坐韻は三成への感傷も吹き飛んでしまった。


 島津隊が戦場を鷹揚に進む。それに気付いた東軍が、阻止しようと向かって行く。


 島津は勇猛ではあっても、兵の数はたかが知れている。それを、東軍の大部隊が襲いかかろうとしている。願坐韻は小高い場所から俯瞰しているので、島津の大胆さがよりはっきりと分かる。


 島津は成り行きで西軍に参加しただけで、財政難を救ってくれた石田三成に多少の恩義はあっても豊臣のお家に思いはまったくない。そこへもってきて、戦地に着いてから三成に横柄な扱いをくらい、ひねくれて不参加を決め込んだ。合戦の6時間ほど、東軍は沈黙する島津の不可解な様子に対応を決めかね、さして攻めるでもなく放っておいた。おそらく島津がうしろに退いたなら、東軍は追わなかっただろう。しかし前から堂々と帰られたのでは、東軍としても黙って通すわけにはいかない。譜代の本多や井伊が先頭に立ってつぶしにかかった。


 島津は強く、また結束力も固い。数で圧倒的優位の東軍も、島津の脱出を完全に抑えることはできなかった。無茶な行為だけに犠牲も大きかったが、結局、将を見事に逃がし、本国へたどり着かせた。


 島津が去り、合戦は終わった。願坐韻は体から力が抜け、しばらく土の上で横たわっていた。


 そして残党狩りに見つからないよう細心の注意を払いながら深夜まで待ち、迎えに来た黒装束に囲まれ、再び煙に絡まれたのちに現代へと帰って来たのだった。


 回想を終えた願坐韻がゆっくりと目を開け、礼韻を見ていた。


 礼韻はそれをじっと見返したが、口がこわばり、言葉が発せられなかった。




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