第7章 祖父の贈り物 (2)

 退学届けは当然ながら、礼韻の両親に知らされた。生徒が差し出した退学届けをすぐさま受理する高校などない。ましてや礼韻は学長の頭を抑えつける重要人物の孫で、簡単にやめさせるわけにはいかない生徒だった。


 礼韻の両親はもちろん退学に反対した。なにかをやるにしても、卒業後でまったく遅くない。とりわけ父親が、幼少時から願坐韻にかまわれなかったことへの反発から、強硬に反対した。


 願坐韻は礼韻の退学の意志を知ると、およそ何日ぶりかの笑顔を見せた。自身の先がないことを感覚でつかみ、礼韻同様、焦りを見せたのだ。もはや礼韻に、悠長に伝授している時間はない。自身の命の火が尽きるまでに、詰めこまなければならなかった。


 退学はできなかったが、礼韻は高校に行かなくなった。そして今に至っていた。


 願坐韻は烈火のごとく怒ったが、今回だけは礼韻の両親は頑なだった。これで体の自由が利き、好きに動き回れるのであれば、両親の気持ちなど無視して退学手続きを進めるところだった。しかし自由が利かず、そうできなかった。


 礼韻は見舞いのとき、祖父が同じ気持ちだということを、なにかの加減で感じ取った。礼韻は一瞬戸惑った。祖父が何を考えているのか、読めてしまったからだ。そしてまた、祖父も礼韻の頭の中を読んでいた。読んで、その礼韻の考えていることに、言葉で返した。


 その言葉に礼韻は驚き、目の端の筋肉が痙攣けいれんした。なんで分かったのだ、なんで読めるのだ、と。そして、慕っている祖父ではあったが、心を読まれるということに恐怖を感じた。


 礼韻はスッと目を細め、気を一点に集め、逆に、願坐韻の頭の中を読んだ。


 願坐韻の頭の中にはただ一言、「拈華微笑」という言葉が浮かんでいた。言葉を交わさないでも意思の疎通ができる、という意味の言葉だった。

 

 

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