第6章 戦場の混沌 (4)


 そっと、礼韻レインが肩に手をかけてくる。


「あまり『個』を見るな。思いを込めるな。感傷的になるな」


 口調は優しいが、切り裂かれるような視線だ。涼香は心では反発していたが、従順に頷いた。礼韻の視線には催眠作用があると、これまで何度か思ったが、またそれを思いなおした。


「これは時代の流れなんだ。『個』が雑に扱われるのは仕方のないことなんだ。未来から来ていようが、おれたちにはどうする術もない。今のおれたちは、実際に起こっていることを見てはいるが、でも記録映画を見ているようなものなんだ」


「うん。分かってる。でもみんな、かわいそう」


「すず、そう思うことが間違いなんだよ。あの足軽たちは、『個』が尊重される世があるなんて知らないんだ。だからうらやましがることもない」


「でも……」


「彼らは自分たちを不幸だなんて思ってない。たとえば、おれたちより未来では学校も仕事もない時代が来るかもしれない。あるいは200歳まで生きる時代が来るかもしれない。おれたちよりも、一生を有効に使えるようになる時代になっているかもしれない。その連中がおれたちの時代に遊びに来たとしたら、すずが学校に拘束されてるのを見て不幸だと嘆くだろう。間もなく亡くなるおれのおじいちゃんを見て、100歳まですら生きられないのかと悲哀を感じるだろう。でもおれたちは未来の世の中なんて知らないから、学校に行くことも100歳を前に死ぬことも、別段なんとも思わない。彼らだって同じだ。ない世界に対してうらやましいと思えるわけがない」


 じっと涼香は黙っていた。礼韻の言葉を咀嚼していたのだ。


「ゲームのように、軍団単位で見ることだ。合戦全体の流れをな」


 礼韻はそう付け足して、遠眼鏡で眺めだした。涼香はまだ釈然としない気持ちだったが、それでも落ち着きを取り戻して遠眼鏡を手に取った。


 

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