第3章 三成を愛した男
第3章 三成を愛した男(1)
歴史学の権威、
祖父は学者であり、最高学府の名誉教授だが、その肩書ひとつに終わらない。スパイを束ねる者をスパイマスターと呼ぶのであれば、願坐韻は名誉教授マスターと言えた。名誉教授どもの殺生与奪を握る存在、手のひらの上で躍らせる存在だった。祖父の一言で飛ばされた教授は数多くいた。
これが、父親が権威であれば反発心が生まれ、歴史に目を向けなかったかもしれない。しかし世代を一つ空けた祖父からの影響だっただけに、礼韻は素直に受け入れた。
片端から本を漁り、知を詰め込んだ。言葉を史書から教わったような幼少期だった。
その中で礼韻は、一人の男に並々ならぬ興味を持った。
石田三成。
日本人であれば、説明の必要がないほどの、歴史上の有名人だ。戦国の世、知によって成り上がり、その明敏な頭脳が仇となって寿命を縮めるが、後世まで才人として語られる男。武力の支配する時代において、きわめて特異な存在だった。
吉備真備、菅原道真など、頭脳で名を遺した、憧れうるべき者も、長い日本史上にいることはいる。しかし三成ほど、憧れるに条件のそろった男はいない。真備や道真の時代では十分な資料がない。容姿は確実でなく、エピソードも少ない。そして感覚として、あまりに昔の人物すぎて、感情を深く込められない。ところが三成は、時代としてちょうどいい。16世紀の人物なので、残る話は十二分にある。そして激動の戦国時代とくる。その、残るエピソードが、いちいち映える。容姿がよかったと資料が残るが、歴史の大局から見てこれほど直近の過去であれば、資料が確実と考えていいはずだ。その記載のとおりの美貌の持ち主だったのだろう。
当然礼韻は、歴史をむさぼっていく中で、信長や家康などの天才にも興味を持った。しかし幼い、伸びようとする若芽には、やはり理を超えた、アイドル的な魅力が必要だった。降将としてのみじめな最期も、滅びの美学を持ちやすい年齢には大きなアイテムとなった。でっぷり太った、300年ほどの安泰の世を作り上げた男にはない魅力を、三成は発していた。その発する淡い光を、礼韻は全身に浴びた。
それからは寝ても覚めても三成となり、古文書までもを読み漁った。なんでもこなしてしまう才人の礼韻だが、ひとつ欠点を挙げるとすれば、幼少時から歴史上の資料を読んでいたことで、言葉遣いに時代劇のような硬さがあり、訛りのようにどうしても抜けなかった。
礼韻は生まれたときに両親から礼次と名付けられたが、史書に埋没するさまを祖父に絶賛され、この子こそ我が血を引いていくものと、願坐韻という己のペンネームの一字をむりやり与えた。「レイン」という異質な名は、彼の、一般人とは違う選ばれた人間、という意識をより高めることになった。
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