断罪と赦し
死刑判決
扉が閉まる大きな音が背後で聞こえ、私は追憶から我に返った。
ユリカお姉様の死体を囲むように、両腕を失ったレンカやエリカお姉様、
……そしてスキアがいた。
レンカも、エリカお姉様も……私と目が会うと、すぐに視線を逸らした。
明亜は人形のように笑顔だった。その笑顔が怖くて、直視出来なかった。
スキアは首吊り死体に向けていた無感情な瞳を、ゆっくりと私に向けた。
「全てを思い出して、満足か? マリカ……」
その声は、氷のように冷たかった。
「思い出してしまったんなら、仕方ない……」
スキアは、懐から銀色に輝く鋭利なナイフを取り出した。
私が手首を切った時に使ったカッターナイフよりも切れ味が良さそうで、表面どころか手首を切り落としそうなほど迫力がある代物だった。
「血の繋がった姉を殺した罪人には、相当の罰を与えないと。
マリカ……今や君もそれを望んでいるだろう?」
今の私が望むのは……そう、処罰。人殺しに相応しい、死刑。
スキアは私の一部。私で、私を殺す……あははは。これ以上の罰はない。
「そう、そうよ……スキア」
私は、この異世界に来て初めて心から微笑んだ。
そのまま私を殺して。苦痛に満ちた死を与えて。
それだけが、きっと私が救われる未来……。
「私を殺して、ね?」
私は、二人の姉と妹を見た。
表情を歪めているエリカお姉様はレンカを抱き寄せ、見せないように、そして自分も見ないようにしている。大丈夫……忌まわしい妹は、ちゃんと死ぬから。
そしてユリカお姉様は……閉じていた瞼を開いて、白目のない赤黒い瞳を向けていた。元々の美貌もあいまって、なんて恐ろしい顔なのだろう……。
そりゃあ憎いわよね。殺したいわよね。
大好きな恋人を奪って……命すらも絶たせてしまったのだから。
ユリカお姉様の口角が歪に上がったかと思ったら、七色の毛糸が伸びてきて……私の身体を拘束した。手に持っていたオルゴールが落ちた。
落ちたはずみで蓋が開いて、流れる曲。私への葬送曲。
「ユリカ!!」
叫んだのは、私の傍にいたアルファだった。
「そんなのは、君じゃない! 君は……誰にでも優しくて、いつも笑顔で」
「アルファ? どうしてマリカと一緒にいるの?
アルファは、私の王子様でしょ? 白馬の王子様」
ビスクドールの悲痛な声は、異界の不気味な声に掻き消された。
アルファは声を奪われてしまったかのように、話せなくなっていた。
一番最初の持ち主。一番幸福だった時間を共に過ごした人。
その変わり果てた姿を見ても……人形である彼は、涙も流せない。
「カリユアーネ……」
隙間から見えているレンカが低く呟く。
変わり果てた怖い魔女は、甲高い声で嗤った。耳障りな不協和音よりもおぞましい、その声は、耳から侵入して脳を切り刻むかのようだった。
でも拘束されている私は、両耳をふさぐことなど出来なかった。
これは、罰だ。死ぬ前に、私は苦痛を受けなければならない……。
「――――アルファ。殺されても仕方ないよ」
「お前なんか、どうなったって構うもんか!
オレは、ユリカを人殺しにしたくないだけだ!」
アルファは、私に一瞥すらくれず、即座に言い返した。
辛辣な言葉に閉口した私の頬を、スキアがくすぐるように撫でた。
彼は笑顔だったが、目がまったく笑っていなかった。
「だから言っただろう? ……コイツは、マリカの味方じゃないって。
単なる流行遅れのお下がり人形だし。マリカの事は大っ嫌いだし」
そしてアルファに負けないくらい憎悪の眼差しで、睨み返して続けた。
「なー? お前は、マリカをもっともっと苦しませたいんだよなー?
お前の大切な人……ユリカを苦しませた、マリカが許せないんだろう?
同じように……いや、それ以上に苦しめばいいって思ってる。そうだろう?
お前だけじゃない。あのムカツク女も、夢見がちのガキも……だ」
スキアは、ナイフをちらつかせながら囁くように言った。
「望み通りになったんだからさ? 見てればいいじゃんか。
マリカが死ぬのを。それが、お前達の望みだったんだろう?
心優しい姉を殺した冷酷非道な妹の死を、ずっと望んでいたんだろう?」
「――――はあ?」
アルファは、深く溜息を吐いてから、嘲るように笑った。
「何を好き勝手にほざいているんだ?
言っただろ? 別に……どうなったって構うもんか、って。
あの下劣野郎と駆け落ちしようが。独りぼっちで手首を切ろうが。
……どうでもいいんだよ!」
「あーあ。取り繕っていたメッキが剥がれて、本音丸出し!
フッ……所詮、流行遅れのビスクドール。負け犬の女に相応しい代物だ」
「その、負け犬ってのはマリカのことか? それとも……ユリカか?
前者なら同意する。しかし後者なら……その悪舌を切り取るぞ」
「出来るもんならやってみろ。あのぬいぐるみ達のようにしてやるよ」
スキアの言葉に、声を上げて泣き出すレンカ。
「もういい加減にして、スキア! 早く私を殺してよ!」
影と人形が言い争っている最中、私はずっとユリカお姉様と目が合っていた。
憎悪と殺意に煮えたぎった、瞳の奥を強制的に見せつけられて……私は凄まじい恐怖と絶望を味わっていた。
あの日、死体を見ても、こんなに怖くはなかったのに……。
「どけ、人形! 死にたがっているんだ、殺させろぉ!」
「ふざけんな、死んで楽になんかさせるか!
マリカは全てを思い出した、だから現実世界に戻るんだよ!」
私を拘束している毛糸を切ろうと、小さなナイフを取り出したアルファを足蹴りしようとしたスキア。
しかし右足は空を切り、アルファは私の左手を自由にした。
「王子様……どうして? あなたは――――」
「黙れ、ニセモノ! ユリカは、妹の死を望んじゃいない!
エリカやレンカだって、誰もマリカの死を望んでなんか無いんだ!」
嘘だ。
「嘘よ!! 私が死ねばいいって」
「死ねばいいと思っているのは、マリカ自身だけだ!
良心の呵責に耐えきれなくなって、ありもしない被害妄想を」
「だって! 私がお姉様を殺したのに!」
「ユリカは自殺したんだ!」
「だから! 私が追い込んだの! 私が悪いの! わたしが――――ぅぐっ」
七色の毛糸が再び伸び、私の首に巻きつき、締め上げた。
毛糸で首を圧迫されてはいるが、窒息するほどではない。息苦しいだけ。
一思いに首の骨を折るつもりも、絞め殺すつもりも、ないらしい。
ユリカお姉様は、あくまで……私に苦しんで欲しいのだ。
アルファが、大きくジャンプしたら、動きを見越して伸ばしたスキアの手に捕らわれた。スキアのナイフに、月光が反射して輝いていた。
「せっかく……幸せに暮らさせてやろうと思ったのに。
異世界にいれば苦しくない。マリカを煩わせる人はいない。
大好きな明亜は独り占めできる……それなのに、お前の……いや、お前達のせいでマリカは死ぬ。苦しみの中で、息絶える。
こんなことになるんだったら――――」
こんなことになるんだったら、いっそのこと。
「「生まれてこなければ、良かったのに」」
私の絞り出した声とスキアの声が重なり、葬送曲が消えて静まり返った部屋に響いた。
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