打雷把の真骨頂

――シャラン、シャラン、シャラン。


 ボクは【武館区ぶかんく】の真ん中に伸びる大通りを走っていた。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 ボクは今、絶賛逃走中だった。


 後ろを軽く振り返る。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


「ウラー! 待て女ー!」


「大人しく寄越せコラー!」


「渡さねーとしばき倒すぞ!」


「良かったらこの後遊ばない!?」


 後ろからは、大勢の男たちが波のように追いかけてきていた。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 彼らは皆、武法士だ。


 そして彼らは、現在ボクがポケットに入れている『鈴』を狙っている。これを最後まで持っていられた者にのみ、予選大会の参加資格が与えられるからだ。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 ボクも【黄龍賽こうりゅうさい】優勝のための踏み台の一つとして、予選大会に出なければならない。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 ゆえに、この『鈴』は渡すわけにはいかない。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 だから、こうして……逃げて……いるわけで…………


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 ……プチッ、と頭の中で音がしたような気がした。


「あーもー! シャランシャランうるさい!」


 ボクは苛立った口調で吐き捨てた。


 一歩踏み出すたび、その振動で『鈴』が音を発してしまうのだ。


 ガムランボールを連想させるこの美しい音色も、こうも執拗に聞かされては騒音と変わらない。


 それに、後ろを走っている追っ手の数、明らかに走り始めの時よりも増えている。


 ボクは苦々しい顔をした。


 もしかしなくても、この音のせいだ。鳴るたびに『鈴』の所持を周囲に知らせてしまい、追っ手を増やす結果となっているのだ。


 ていうか、だからこそ大会運営側は、奪い合う物を『鈴』にしたんだと思う。音の鳴らないものなら、最後まで懐に隠し持てば済む。しかし、それでは奪い合いは成立せず、隠した者勝ちとなってしまう。だからこそ、持っていると分かる品を選んだのだろう。


 しかもこの『鈴』の音は普通の鈴と違い、独特のものだ。なのですぐに『試験』のための『鈴』だとバレてしまう。


 ……でも、それにしたって人数が多過ぎでしょ!?


 そう思ってた時だった。


「あいつに渡ったのは幸運だ」「そうだな、あの女小さくて弱そうだし」「片手で倒せそうだ」「奪取間違い無しだぜ」「それにあの子むっちゃ可愛い。乳と尻は残念だが、それ以外の全てが完璧だ。お近づきになりてぇ……」「オメーは目的が違うだろ、ひっこめタコ」


 後ろの連中から、そんな話し声が聞こえてきた。


 ……つまり何? ボクが鈴持ちの中で一番弱そうだから、集中して狙われてると?


 なんだそれ!? 武人の風上にも置けないじゃないか! 弱そうな相手を狙って潰すなんてハイエナと一緒だ!


 ……まあ、それも戦略の一つなので、決して卑怯ではないが。


 とにかく、あの人数をまともに相手にするのは気が引ける。どこか隠れられる場所を探そう。


 毎日鍛えていた甲斐あってか、スタミナの心配は今の所ない。


 ボクは【武館区】の中を夢中で駆け抜けた。


 しかしボクは、よりにもよって最悪の場所へ来てしまう。


 横幅約10まい――この世界の「メートル」にあたる単位だ――の道に入った途端、ボクは足を止めた。


 奥では、硬そうな石壁が通せんぼしている。両端にも建物が並んでおり、通れそうな脇道が一つもなかった。


 簡単に言い表すと「コ」の字のスペースだ。つまり――行き止まり。


 慌てて引き返そうとしたが、時すでに遅し。武法士たちがわらわらとやって来て、唯一の通り道を塞いだ。


 完全な袋小路。


 武法士たちは好戦的な笑みを浮かべて徐々に、徐々に、徐々に近づいてくる。皆、自分たちの優位性を信じて疑わない表情。


 中には、パキパキと指を鳴らしている者もいる。どう見てもかよわい女の子にしていい態度じゃない。


 でも、仕方がない。武法士の世界に男女の贔屓は存在しないのだ。負けたとしても「女だから負けた」なんて主張は、言い訳や負け惜しみの域を出ないのである。


 つまり、女である事を盾にすることもできない。


 この状況、実力を見せずして切り抜けられないようだ。


 ……仕方ない。


 『鈴』の奪い合いは、午前中である今から日没まで続く。そのため、無駄な体力はなるべく使いたくなかった。


 だが、こんな状況に置かれては仕方ない。


 ボクは腹をくくった。


 壁のように立ちはだかる武法士たちを見渡しつつ、片足を半歩退き、そこへ重心を置く。いわゆる半身の体勢となった。


 武法士たちは、一歩一歩ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 ボクと連中との距離が、少しずつ狭まっていく。


 やがて、


「打ち取ったらぁぁぁっ!!」


 先頭を歩く一人の男が、勢い良く飛び出した。


 素早い動きで一直線にボクへと迫り、肉薄。


 そして、走行の勢いを込めた前蹴りを放つ。


 下から掬うように振り出されたその一足は、鞭のように疾く、そして刃物のように鋭い。敵ながら見事な蹴りだ。


 だが、惜しい。


 蹴り足が伸びきった時――ボクはすでに蹴りの到達点にはいなかった。


 ボクは身をねじって体の位置を小さく動かすことで、蹴りの到達点から自分の体を逃し、そのまま相手の蹴り足の外側に移動していたのだ。


 相手の攻撃のリーチ内に入ってしまえば、こっちのもの。わずかゼロコンマ数秒間の戦いは、ボクに軍配が上がったのだ。


 ボクは攻撃へと転じた。

 肋間の捻り。

 肘の突き出し。

 腰の急激な沈下。

 石畳を砕かんばかりの力強い踏み込みによる重心移動。

 ――上記の身体操作を、同じタイミングで実行。


 【移山頂肘いざんちょうちゅう】――【打雷把だらいは】の基本にして必殺の肘打ちが、男の土手っ腹に深々と突き刺さった。


「えごぁ!!!」


 肘越しに確かな手ごたえを感じると同時に、苦痛の声が爆ぜる。


 かと思うと、男はものすごい速度で元来た方向へ弾き返され、他の武法士数人を巻き込んで盛大に倒れた。


「このアマぁー!!」


 それを皮切りに、他の武法士たちも一斉にこちらへ駆け出してきた。


 みんな、言うまでもなくやる気は満々だ。


 一番乗りでボクの近くへやって来た武法士が、早速攻撃を仕掛けてきた。腰の捻りを用い、裏拳の要領で腕刀を振るってきた。


 だが、ボクと彼の間にはかなりの身長差があった。なので彼の腕刀を、ボクは軽くかがむだけで回避できた。


 腕刀を空振らせたことで、その武法士は遠心力のまま胴体をさらけ出す。


 そこを見逃すほど、ボクは優しくない。


 両足の捻り、前足への重心移動、肋間の捻り、肩甲骨の前進、拳の突き出し――これらすべてを同時に行う。


 正拳が風を切り、その胴体めがけてしたたかにぶち当たった。【拗歩旋捶ようほせんすい】という技だ。突き終えた形は、空手の逆突きに似ている。


 拳打をまともに食らった武法士は、小さく呻きを上げて吹っ飛び、転がる。


 ボクが今使った二つの技はいずれも【勁擊】という、武法独特の技術に分類される。


 ――【勁擊】とは、理にかなった身体操作を用いて、強大な力を相手に叩き込む打撃法である。 


 その基本は『三節合一さんせつごういつ』。


 『三節』とは、腕、胴体、下半身、これら三つの大まかなパーツの総称である。


 【勁擊】では、これら『三節』を同時に動かす。そうすることによって『三節』で作った力が一つに集約され、結果的に大きな打撃力が生まれるのだ。


 綱引きを例に挙げよう。

 綱引きは大勢集まったチーム二組で綱を引き合う競技だ。しかし綱を引く要員がバラバラのタイミングで引っ張っていたら、どれだけ大人数のチームでも、それは一人の力でしかなくなってしまう。だからこそ全員同じタイミングで引っ張り、それらの力を総動員させるのだ。


 【勁擊】も大雑把に考えれば、これと同じ原理である。体の一部だけの力ではダメだから、全身すべてを同時に動かし強大な威力を得る。


 ボクが武法というものに心惹かれたのは、この【勁擊】がきっかけだった。全身を工夫して使い、蛮力以上の力を出す。まさしく人体の神秘だ。


 もちろん、これも【易骨えきこつ】で骨格を整えなければ使えない技術だ。骨が歪んだ状態では、打撃を行う部位へ満足に力が集まらない。骨格を整え、自重が一〇〇パーセント使える状態になってこそ、初めて【勁擊】は【勁擊】足り得るのだ。


 敵側の攻撃はまだまだ続く。


 目の前に迫った新たな武法士が、踏み込みと同時に鋭い正拳突き。


 ボクは手甲の表面にその正拳を滑らせ、後ろへ流す。そして即座に前蹴りを叩き込んだ。


 前方の武法士が空を仰ぎ見ながら宙を舞ったのも束の間、すぐに右側面から回し蹴りを放ってくる男を発見。


 すぐには動けないと判断したボクは丹田に【気】を集中。そしてその集めた【気】を即座に背中へ移した。背中が強い熱を持つ。


 やがて回し蹴りが、ボクの背中を激しく叩く。


 ……しかし【硬気功こうきこう】によって鉄板よろしく強度を増したボクの背中に、その蹴りは蚊が刺したようなものだった。


 男は素早く蹴り足を引っ込めたが、その時にはすでにボクが反復横とびの要領で距離を詰めていた。


 ドカンッ!! という激しい重心移動とともに、ボクはその男へ肩から衝突。


 【打雷把】の強烈な体当たり【硬貼こうてん】を受けた男は、勢いよく壁にバウンドしたゴムボールよろしく弾き飛ばされ、数人を巻き込んで共倒れした。


 それからも、向かって来る敵を次々と蹴散らしていく。


 ちなみに、先ほどボクが踏み込んだ箇所の石畳は――粉々に砕けていた。


 ボクがさっきから繰り返している力強い踏み込みは【震脚しんきゃく】という歩法だ。


 重心移動の時に大地を思い切り踏みつけることで、一瞬だけ体重を倍加させ、それを攻撃力へと転用する歩法。パワー重視の【打雷把】では頻繁に用いられる。


 前にも説明したが、【打雷把】では打撃の時、脊椎の伸張、足指による大地の把握を同時に行うのが基本だ。これら二つによってピラミッドのように磐石な重心を作り出し、それを打撃力として用いるのだ。レイフォン師匠はこの力を【両儀勁りょうぎけい】と呼んでいた。


 そこへさらに【震脚】を加えれば、その打撃力は信じられないほど強大になる。


 攻撃力に対する飽くなき探究心。それがこの【打雷把】を作り上げたのだ。


 ――そして【打雷把】にはもう一つ、恐ろしい「利点」が存在する。


 もう何人目かの武法士を殴り飛ばした後、ボクは次なるターゲットに狙いを定めた。


「……!」


 その男はターゲットにされたことに気がついたのか、丹田にチャージしていた【気】を慌てて胴体に集中させた。胸の前で微かに弾けた青白い電流でそれが分かった。


 【硬気功】を施されたあの男の胴体に、普通の攻撃は通じない。【炸丹さくたん】を使わなければ、どんな【勁擊】も無意味となるだろう。


 しかし、ボクは構わず地を蹴り、突っ走る。


 予想外の行動に焦ったのか、男の表情がこわばった。


 そのせいでがら空きとなったボディめがけて、ボクは【移山頂肘】を叩き込んだ。


 ……普通なら、男は痛みをほとんど感じることなく、ボクの肘打ちに耐えたことだろう。


「かはっ……!?」


 しかし、間近に迫った男の顔は――苦痛を受けているとしか思えないほど歪んでいた。


 「凄まじく痛い」という気持ちと「信じられない」といった気持ちが混ざったような男の表情が、一気に遥か前方へ遠ざかった。


 みっともなく地面を転がる男の様子を、周囲の武法士たちは硬直しながら凝視していた。


 みんな、等しく同じ疑問を抱いていることだろう。――どうして【硬気功】を施していたのにダメージを受けたんだ、と。




 そう。【打雷把】の打撃には――【硬気功】が効かないのだ。




 ほとんどの武法では、砂袋などの器具を打つ修行を大なり小なり行う。


 しかし【打雷把】では、それらを一切しない。


 その代わりに、仮想の敵を思い浮かべ、それを貫き通すイメージで打つ練習を何度も繰り返す。


 それを長年積み重ねると、修行者の打撃技はそのイメージ通りの性質を得る。打撃による衝撃が【硬気功】すら突き抜け、本体に直接ダメージを与えられるようになるのだ。


 デタラメな理屈に聞こえるかもしれないけど、本当の話だ。というか、今こうして現実になっている。


「な、なんだこの女……【硬気功】を破りやがったぞ!?」


「【炸丹】を使った気配もなかったのに、どうやって……!?」


「もしかしてコイツ、かなり有名な武法士なんじゃ……!!」


 武法士たちが後ずさりしながら、怯えたような口調で言う。


 しかし、少数の男たちは、そんな彼らを説得するように声を張り上げた。


「ひ、ひるむんじゃねぇ! どんだけ【勁撃】が凄かろうと、相手は一人だ! こっちにゃ何人いると思ってんだ!?」


「そ、そうだ! 取り囲んでフクロにすれば、十分に勝機はある! ビビってんじゃねぇぞ!」


 その声である程度のモチベーションを取り戻したのか、武法士たちは後ずさりするのをやめた。


 ……ボクは内心で舌打ちした。このまま引き下がってくれれば良かったのに。


 武法士たちは円陣を組むように、ぞろぞろとボクの周囲を取り囲んだ。


 それに対し、ボクは周囲に意識を集中させ【聴気法ちょうきほう】を発動。ボクを取り囲む幾人分もの【気】の存在が、脳内に流れ込んでくる。 これを発動しておけば、全方向の敵の存在を感じ取れる。多対一の戦闘にはもってこいだ。


「やっちまえ!」


 誰かが発したその叫びとともに、周囲の武法士たちは中心にいるボクへと突っ込んでいった。


 ボクは【聴気法】で、周囲に集まる【気】の量を目算する。


 その中で、最も【気】の並びが薄い箇所を割り出す。


 ボクはそこへ狙いを定め、弾丸のように走り出した。


 そして爆ぜるような踏み込み【震脚】と同時に、向かった箇所の先頭を走っていた男めがけ、右肩から激しく衝突。【硬貼】だ。


 山が地面をスライドしてぶつかったような【打雷把】の体当たりは、男と、その後ろに追従して走っていた武法士数人をまとめてなぎ倒した。


 それによって、円陣の一箇所に穴が出来上がる。


 ボクはそこから素早く飛び出し、円陣の外側へ抜け出した。


 そのまま逃げようかと思ったが、運の悪いことに、ボクが出てきた方向は壁側だった。つまり、また追い詰められた状態に逆戻りというわけだ。


「待ちやがれっ!!」


 壁へ向かおうとした時、一人の男が後ろからボクの三つ編みを掴んできた。このまま引っ張るつもりだろう。


 なるほど。いい考えだ。普通の人とのケンカなら、かなり有効な手段である。


 だが髪を長くした女流武法士は、そういった状況への対応策をキチンと用意しているのだ。


 引っ張ってきた男の力に合わせるように、ボクは退歩。


「ぶおっ――!?」


 そのまま、背中から勢いよくぶつかった。男の呻きが耳を打つ。


 【倒身靠とうしんこう】――相手の引っ張る力に乗って、勢いよく衝突する技。掴まれた時のためのカウンターだ。


 このような技はあらゆる武法に存在する。だが【打雷把】は【両儀勁】によって、さらにその威力を強化している。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。


 真後ろからこちらへ迫ってくる【気】の存在を感知。考える前に振り返りざまの回し蹴りを叩き込み、地面に転がす。


 右側面から来た男の正拳を右腕ですくい上げ、そのまま右肘による【移山頂肘】へ繋げ、黙らせる。


 回し蹴りを振り出そうとしていた男の懐へ素早く潜り込み、再び【移山頂肘】。


 向かって来る敵を、ボクはまるで流れ作業のように蹴散らしていった。


 一見好調に見えるかもしれないが、どれだけ倒してもキリがない。


 このまま長引くのも面倒だ。ケンカも戦争も、長期化するのが一番良くないのだ。


 こうなったら出し惜しみはせず、全力でぶつかろう。


 目の前の相手を蹴り飛ばした後、ボクは丹田に【気】を集中させる。


 そして、片足を激しく踏み鳴らした。【震脚】だ。


 ――【震脚】には「体重の増大」の他に、もう一つ効果がある。


 それは、地面を強く踏みつける事で、踏みつけた力と同じだけの反作用を大地から引き出す効果。


 それによって、全身にはしばらく、強い上向きの力が働く。


 そして、その力が働いている間――使用者の瞬発力は倍加する。


 向かって来る数人の武法士を睨めつけると、ボクは地を蹴り、疾走。


 驚くほど速く、互いの間隔が狭まる。


 驚愕の表情を浮かべた武法士たちを無視し、ボクは激しい踏み込みと同時に肩から衝突。【硬貼】による体当たりだ。最初の【震脚】によって推進力が増しているため、その衝突力には磨きがかかっている。




 さらに同じタイミングで――――丹田に集まった【気】を"爆発"させた。




 刹那、ボクの体の内側から外側へ向けて、突っ張るような強い力が発生。


 衝突。そして巻き起こる、集団の大崩壊。


 ボクにぶち当たった武法士と、その後ろにいた多くの者たちが、ボウリングのピンよろしくまとめて吹っ飛んだのだ。


 バタバタという音がいくつも重なる。人が倒れた音だ。


 やがて、それが止む。


 見ると、目の前には、人が無数に雑魚寝していた。


 あれだけ大勢いた集団が、大きく削り取られている。


 【炸丹】――丹田に集中した【気】を炸裂させ、【勁擊】の威力を大幅に増大させる【気功術】の技術。


 高い威力を発揮できる上に【硬気功】も破ることができる、武法士必殺の一撃だ。


 体力の消耗が激しいので使いどころが求められるが、それさえ間違えなければ非常に心強い。


 だが、その【勁擊】が元々持つ威力を数倍にするという計算なので、【炸丹】のパワーは【勁擊】の強さに依存する。


 そのため、これだけ甚大な被害をもたらしたボクの【炸丹】は、ボクの【勁擊】が元々持つ凄まじい威力を知らしめるのに十分なデモンストレーションとなったのだろう。


 残った無傷の武法士たちはみんな足を止め、戦慄の表情でボクを見ていた。


 ボクが一瞥くれると、みんな例外なくビクッと震え、一歩退く。


 歩いて近づくと、こちらを恐ろしげに凝視しながら道を開ける。


 ボクは精一杯の眼力で睨みをきかせながら、雑魚寝した男たちの上をまたぎ、ゆっくりとその行き止まりから離れていく。


 そして、曲がり角を曲がり、連中の姿が見えなくなった途端、ボクは全力でその場から逃走した。


 走りながら、ホッと安堵のため息をつく。


 よかった。なんとか切り抜けられた。


 ポケットにも『鈴』はちゃんとある。どうにか守りきれたようだ。


 【炸丹】を使ったせいで少し疲れたけど、まだまだやれそう。


 この調子で、日没まで逃げ切ってみせる。


 伊達に【雷帝らいてい】と呼ばれた男に鍛えられたわけじゃない。


 ――シャラン、シャラン、シャラン。


 そんなきらびやかな足音を響かせながら、ボクは【武館区】を駆け抜けたのだった。

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