怪ノ八十八 鬼火
鬼火の正体が死体から出るリンだと教えてくれたのは誰だっただろう。
現在ではリン自体が原因ではないとか、メタンが燃えているとか様々な説もあるらしいが、いずれにせよ鬼火は科学的に証明できるものだ。
だから、墓場で鬼火が出るという話をばかばかしいと思うようになった。
だいたい、そんな得体の知れないものより、科学的に証明できる現象なのだといわれたほうがずっといい。
いずれにせよ小学生の早い段階でこの話をされた僕は、怪談で鬼火の話をされるたびに、この話を反論としてきた。
怖がらせようとした大人たちからの評判は決して良くなかった。場が白ける、というのが理由だったらしい。少なくとも聞いていたクラスメイトからは絶賛されると思っていたのに、妙な目で見られることのほうが多かった。
怪談でなくとも正論は時に不評を買うらしい。
僕は次第にクラスの中で浮いた存在になっていった。それは中学にあがっても変わることはなく、僕は一歩引いてクラスの中を見つめるしかなかった。
だから、新谷にこういわれたときはさすがに驚いた。
「じゃあ、ちょっと確かめてみない?」
「確かめるって?」
僕は思わず目を瞬かせた。
「この学校、七不思議があるんだって。その中のひとつに、校庭に飛びまわる鬼火っていうのがあるのよ」
「へえ、そんなものが」
新谷は女子の中では話せるほうだった。
中学生にもなると女子と男子は自然と分かれるが、新谷はそういうのを気にしなかったらしい。いずれにせよ僕も気にしないほうだったのだが、話しかけてくる女子がそもそもいなかった、というのがある。
だからこそ新谷に喋りかけられた時は面食らった。
それも「鬼火の話を聞きたい」となれば尚更だ。
「つまり、僕に鬼火の存在を認めさせたい?」
「うーん。それもちょっとあるかも」
こういうことは過去にないわけじゃなかった。
さすがに夜の学校に侵入するわけにはいかないから、墓場の近くなんかで待っていた。だけどたいていの場合、そもそも鬼火は出現せずに終わった。僕を怖がらせよう、いっぱい食わせてやろうという名目で脅かされたりもしたが、唐突に「ワッ」などといわれれば誰だって驚く。
「まあ、いいよ。何も起こらないだろうけど」
僕はそれでも承諾した。
こういうのは僕の存在というのは言い訳で、本当は自分たちが確かめたいだけなのだと思っていた。幽霊の存在を認めさせたいというのは、幽霊の存在を信じる人たちのサガなのかもしれない。
そういうわけで、今回も夜の学校にいくことになった。
断わっておくが、校庭をちょろっと見て終わりにするつもりだった。
ところが、新谷は突然「柵に穴があるから」などとのたまって、学校内に侵入まですることになったのである。
「どこまで行くつもりなんだ?」
僕は思わず聞いた。
新谷が割と話しやすい性格なのはわかっていたが、さすがにこの行動には驚いた。
そのうえ、ゴソゴソとポケットを探ったかと思うと、「ジャーン」などといいながら鍵束を取りだした。たまったものではない。
「どうやって鍵なんかてにいれたんだ」
「それはナイショ」
僕は別の意味で蒼白になりそうだった。
いくらなんでもやりすぎだ。ここで止めなければとんでもないことになる。
「あら、怖いの?」
新谷はけらけらと笑うだけだった。
怖い、というのはそういうことじゃない。
僕は先を行く新谷を追った。新谷は軽やかに、暗闇に溶けるように階段をのぼっていった。運動神経が悪いのを呪いたくなる。
ようやっと追いついた時には、あろうことか屋上の鍵を開けようとしていた。
慌てて止めようと伸ばした手は、ニヤリとした笑みによって妨げられた。ガチャリと開けられた扉。その向こうに、夜の闇が広がっていた。
来るのははじめてだった。来る理由がないから。
そして僕は蒼白になった。
校庭じゅうに青白い炎の塊が飛びまわって――言葉通り飛びまわっていた。
それこそ鬼火のように。
さすがに悪戯を疑う。
新谷は友人が多いから、クラスメイトに頼んで何か仕掛けたのだと思った。
だが青白い炎は一気にこっちまで上がってきたかと思うと、異様なルートをとりながら飛翔した。
僕は目を凝らして、糸や中で燃えているものが何なのかを探ろうとした。
怖い、と思っては彼女の思うつぼだ。
「降参、降参だ。いったいどんなトリックを使ったんだ?」
「あら、トリックじゃないわよ」
「なんだって?」
彼女はすたすたと歩いていく。
新谷がこんなに落ち着いている理由がわからない。
トリックであるなら、こんなに落ち着いているわけがない。
いっそこわがったほうがそれらしいと思うからだ。
では、これが本物なら。
本物なら――どうしてこんなに落ち着いているのかわからない。
それこそ恐怖の対象じゃないのか。
「でもどうしても教えてほしいなら――ほら」
彼女はすたすたと歩いていったかと思うと、一点を指さした。
「こっちに来たほうが見やすいかも」
僕はふらふらと彼女に近寄った。
彼女は右手で一点を指さしたまま、左手で頬にかかる髪の毛をゆっくりと耳にかける。僕はその様子に一瞬心奪われたまま――。
あっという間に地面に落ちた。
「ほら、トリックじゃなかったでしょ!」
彼女の体が溶けるように、青白くなっていくのがわかった。
それからというもの、僕は今日も学校を飛びまわっている。
何のために、なんていうのはもう忘れてしまった。
時に大人は間違ったことを教えるのだと、僕は改めて思った。
僕は青白く発光する炎として、今日も生きている。
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