怪ノ六十六 首吊り少女

 これは中学校の時に経験した不思議な話。


 うちの中学校には首吊り少女という怪談があった。

 三年三組の教室に現れる霊で、まあほとんどは名前のとおりだ。イジメで首を吊った少女の霊が現れるっていう、そういう話ね。


「まあ、気にしてる人はほとんどいないよ。小学生じゃあるまいしね」


 三組になった友達のAはそう言っていた。


 ……なんで名前を隠すのかって? まあ、黙って聞いてよ。 


「でもさ、イジメで自殺した生徒がいたのは本当らしいよ」


 ひそひそ声でAは言った。


「お母さんがこの中学校出身でさ、ちょうどその頃に、イジメられて教室で首を吊った子がいたんだって。それが三年三組の教室」


 お母さんたちが中学生の頃というと、少なくとも二十年以上前だろうか。もしかしたらもっといくかもしれないね。

 Aのお母さんの年齢はわからないけど、自分のお母さんだとそんな感じだったから。


「そうなの? なにか言ってなかった?」

「それがさ、教室で首を吊ったわけでしょ? 今じゃよくわからないけど、当時は結構騒がれたらしいよ。突っ込んでみても、あんまり話してくれなかった。それ以上聞こうとしたらめちゃくちゃ怒られたしさー」


 なるほど、あまり気持ちのいい話じゃない。

 同級生が学校で自殺したというだけでも、ショッキングな話ではあるからね。


「教室は今も同じなの?」

「さあ、自殺があってから教室は変わったみたいだけど、今はわかんないなあ。ほら、特に三組のところだけ空き教室があるわけじゃないし」

「それもそうだよねえ」


 ところが。

 一学期がはじまって少しした頃から、次第に妙なものを見る生徒が増えてきたの。


 部活の時間にふと教室を見上げたら、足がぶら下がっているのが見えたとか。

 扉の小窓から教室を覗いたときに、俯いた生徒が見えたとか。

 教室になんだか白いモヤのようなものが見えたとか。

 まあとにかく、噂には事欠かなかった。


 あの話は本当だったらしいって、かなりの噂になった。

 最初はいわゆる「不思議ちゃん」とか「自称見える人」がいるのかと思ったけど、特にそういう兆候のない人も急に変なものを見てしまうってことがあったみたい。


「ここ数年でそういうの増えたらしくて、それで学校の噂になったみたいだね」


 友達のAもそう言っていたが、その声はどうも弾んでいた。


「でね、でね!? 私も……見ちゃったの!」


 理由はすぐさま判明した。


「うっそ。ほんとに?」

「ほんとほんと!」

「ねね、どんな感じで見たの? おしえて!」


 すぐに私も食いついて、Aから話を聞きだした。


「あのね、私、部活入ってるじゃない?

 そのときに、教室に忘れ物したのに気が付いたのよ。

 あー、後で取りに行けばいっかって思って、そのまま部活やってたの。

 終わったらもう六時過ぎてたんだけど、先生たちもまだ残ってたし教室まで戻ったわけ。そしたら……。

 廊下を歩いてる時に、妙な……、きぃ、きぃ、って音がしたのね。

 音は段々大きくなっていって、扉の小窓があるじゃない? あそこから、教室に誰かいるのが見えたのよ。

 えっ、まだ誰か残ってるの? って思いながら扉を開けようとしたの。

 でも、その子の頭の位置が妙に高くて。なんかおかしいなって思ったら、上からロープで首を吊ってて、それが揺れてきぃきぃいってるわけ!

 怖かったけど手は停まらなくて、扉開けちゃったの、私!

 そしたらもう誰もいなかったのよ。

 忘れ物だけ取って、いっそいで家にがーっと帰ってさ!」


 Aは興奮しきったように語った。


「でさ、でさ、こっからが凄いんだけど! 私、その幽霊と目があっちゃったのよ!」

「ええっ?」

「めちゃくちゃ怖くない!? 扉開けようとした直前っていうの? こっちめっちゃ睨んでたのよ!」

「ええーっ! 超こわい! 何それーっ!」


 私も当然のように食いついた。

 だって、まさかの当事者なんだものね。

 でも、それ以上のことはあんまりわからなかった。怖いって盛り上がっただけ。


 Aとはクラスが違うから、帰り際とか、廊下とか、お昼にランチルームを利用するときなんかに一緒になっていた。ランチルームは学年ごとに一週間ずつの利用だから、それも会ったり会わなかったりだったんだけど。

 それでも、全然見ないなんてことはそうなかった。

 会えば挨拶くらいはするし、一日くらい話をしなくても全然気にしなかった。お互い同じクラスに友達もいたからね。


 だけど、その話をしてから、Aとは(クラスが違うのもあるけれど)段々と遭遇しなくなっていったの。最初は気にしなかったけど、そういえば最近Aと話してないな、あの幽霊の話はどうなったのかなって思ったころに、クラスを一度覗いてみたんだけれど、いなかった。

 あれ? と思ってAのクラスの子に聞いてみたら、最近学校に来てないってことを言われたの。

 おかしいなあ、と思ってた矢先のことだった。


 Aが、首を吊って死んでしまったのは。


 ある日唐突に亡くなったことを告げられたのね。さすがにショックだったわよ。だって少し前まで普通に話してた子が死ぬなんて。だって私、自分の家族ですらまだ誰も亡くなったことがないのに。

 生徒に知らされたのは「亡くなった」ってことだけで、理由までは教えてもらえなかった。でも、噂っていうのはあっという間に広がるものよね。Aは首を吊って自殺したってことは、すぐに有名な話になった。


 Aがあれから何度も、授業中でも幽霊を見るようになったこと。

 そのうちに学校に来なくなって、自室にこもってしまったこと。


 私はクラスが違うから気が付かなかった。Aがそんなことになっていたなんて、思いもしなかったの。

 全部、全部、私が知らない話だった。

 御葬式にも行ったけど、それまでにはその噂が全部私の耳に入ってたわ。

 しばらくはショックで何もやる気が起きなかった。いつもはうるさいお母さんやお父さんも、何も言わずにいたくらいよ。


 でもさ、不思議じゃあない?


 だって、幽霊を見てる子は他に何人もいたわけよ。

 どうしてAだけがそんなことになってしまったのか。


 ――Aが死んで二週間くらい経ったころかな。


 授業中に、急に廊下が騒がしくなったの。先生が様子を見に廊下に行くと、野次馬の生徒たちも次々に廊下に出ていったの。

 騒ぎの中心は三組だった。

 三組の前には、生徒がやたら集まってた。集まってたと思ってたのはまちがいで、三組の生徒がみんな避難したあとだったんだけどね。

 嫌な予感がして三組まで見に行ったら、その中では一人の女の人が暴れてた。


「お、おばさん?」


 間違いようもない。Aのお母さんだった。

 真っ黒なぼろぼろの服を着て、髪を振り乱して、何かを喚いてた。


 聞きとれたところだけいうと、こんな感じ。


「なんで! なんでよ! 私のせいじゃないでしょ! あんたが勝手に首吊って死んだんじゃないのお! 私は悪くないわよお!」


 ……甲高い悲鳴をあげて教室の中を罵倒し続ける姿を、生徒たちはぽかんとしながら見るしかできなかったわ。

 おばさんは騒ぎを聞きつけた先生たちに取り押さえられた。物凄い力だったらしくて、対抗できるのは若い男の先生たちしかいなかったみたい。その間もわけのわからないことを喚き続けてた。

 おばさんはどこかへ引きずられていって、そのうちに外からパトカーの音がしたところまでは記憶にあるけど……、そのあとは何が起こったのかは生徒にはほとんど隠されてしまった。


 生徒や保護者へは、彼女は娘を亡くしたショックで取り乱した、ということになってた。

 でも、三年生のあいだには、Aの母親に纏わる話はあっという間に広がったわ。


 なんでも最初に教室に乗りこんできたとき、「あんたが殺したんでしょう!」と絶叫しながら、教室の真ん中あたりを――必死に天井に向けて虚空をひっかいていたらしいの。

 彼女は見えないものを見ていた。

 つまりは、首を吊った何者かを――というわけ。


 誰もその意味を理解できなかったけど、後で聞いたところによると、なんでも自殺した生徒はAのお母さんの世代だったらしい。

 Aのお母さんはイジメの中心的な人物だったらしい、という話までどこからか飛んできた。


 Aは、顔だちがお母さんとよく似てたから。

 もしかすると、自殺した生徒をイジメていた人たちの子供たちのところに――何かがずっと起きてるのかもしれない。


 親の因果っていうの?

 そんなものが子供にまで襲いかかるなんて、誰も思わなかったことだった。


 これで私の話はおしまい。

 信じなくてもいいけど、本当にあったことよ。

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