ふたつの宿題

吉田源樹

第1話「宿題のはじめ」

1.


愛してるって言葉は、いつでも間の悪い宿題だ。

そんな風に唄うポップスを昔、好きで良く聴いていた。


いや、俺の場合はきっと、「できっこない」と

後回しにしていたのかも知れない。こんな歳になるまで。


あの頃より、少しは要領というものを身に着けた俺なら、

改めてこの厄介な宿題に、解答を出すことが出来るんだろうか。


判らないが、今はただ隣に居てくれる

コイツの横顔を、ただずっと見つめていたい。


それが、当座の俺の「答え」だ。





俺、保積忠幸(ほづみただゆき)は、文章を書くのが苦手だ。


なので、巧くは言えないし、大袈裟な表現かも知らんが。


彼・鈴宮伸典(すずみやしんすけ)に出会ってからが、

俺の矮小な世界に初めて色が着いた瞬間だ、と言って良い。


そう。思い出すのは、高校時代。もう、40年近くも前の事だ。


バスケット部のエースだった彼・鈴宮は、

全校女子生徒の憧れの的だった。


何せ、纏っているオーラが違った。


ガッチリした体躯に、甘いマスク。

短く切り揃えられた髪から覗く、項が

何処か蠱惑的で、試合等で汗に煌くと

より一層の美しさを、辺り構わず放っていた。


良く通る声は、何処にいてもすぐ彼だと判る。

そして、その声が紡ぐ言葉も、人柄も優しいもの、だった。


そんな、眩し過ぎた彼の存在は、ともすれば当時、空気にさえも

蒸発しそうな存在だった俺の心さえもハート型に凝固させるほどだった。


しかし、である。


今や俺も50過ぎの、所謂「おっさん」という奴だ。


何と言うか、こんな「若かりし頃」という手書き感溢れる

インデックス付きの感傷というものに浸ってみせるのも、

端から見れば「イタ」くて「キモい」もの、なのだろう。


自分でも、重々承知はしている。我ながら、愚の骨頂だ。


しかし、コレには理由がある。

これというのも、何十年振りかに高校の

同窓会なぞ行って、彼・鈴宮に会ったからだ。


何。どこかで、会える事を

期待してたんじゃないかって?


うるせぇ、ほっとけ。


ジジイにだって、恋に夢見る権利くらい、あるだろうが。





ここまでの乱筆乱文、誠に失礼致しました。


あぁ、しかし。本当に我ながら、有り得ない事をした。


なんで、あんな「同窓会」なんてもんに

行く気になぞ、なっちまったんだ。ちきしょうめ。


今にも赤面しながら、地べたを転げ回りたいくらい恥ずかしい。


まぁ、そんな事はさておいて、とにかく

俺は同窓会に行き、鈴宮と再会した。


その時の、ヤツの第一声が、これだ。


「保積か!? お前、すっかりジジイになったなぁ!」


目の前の、ジーン・ハックマンみたいな風貌の

口髭親父が、カラカラと笑いながら俺の肩を叩く。


やかましいわ、お互い様だろう。んなもん。


そう突っ込みたい気持ちを抑えつつ、ともあれ

忘れ去られていない事に、安堵を覚えた。


「覚えてるもんだな、てっきりこんな日陰の存在なんか

眼中に無いもんだと思ったぜ。人気者の鈴宮くんよ」


「ん?お前が日陰の男だった時なんてあったのか?」


「あっただろう、クラスの片隅で養殖のしめじよろしく燻ってたぞ」


「随分と口数の多い菌類も居たもんだな、ははっ」


「ほっとけ」


たったこれだけの会話。

それなのに、涙が出るほど切ない。


ただのノスタルジーだろ。俺はそう、心の中で嘯いていた。





「そう言えば、保積よ」


「えっ?あぁ.....どうしたよ」


鈴宮のひと声で、やっと乙女ちっくな夢想から解放された。


「あぁ、悪いな。いや、お前そういや

今、どんな仕事してるんだっけな」


「あ、あぁl......今は雑誌で絵を描く仕事を.」


「あぁ。そういや昔、アニメの絵とか良く描いてたな」


「お前にも、あしたのジョーとか描いて渡したっけな」



唐突に、思い出した。


俺が文化祭のポスター製作や、クラスの模擬店の装飾などで

こき使われてる時、鈴宮が唐突に、大学ノートを差し出し、

「表紙に描いてくれ」と頼んで、自分はさっさと部活に行った事を。


そんな事で、当時は胸をときめかせられた。ウブなもんだったぜ。

(今だったら、1戦交えてからじゃないと、男とも付き合えなくなったが)


「あぁ、実家行けばまだあるぞ。そん時のノート」


「マジかよ.....捨てろよ、んな小っ恥ずかしいもん」


「いやいや。にしても保積、お前やっぱり才能があるんだなぁ。

ちゃんと、職業として生かしてるんだもんなぁ.....すげぇよ。うん」


「よせやい」


いや、俺はひとつも嘘は言っていない。

確かに俺は某雑誌にて、イラストや漫画を描いて、暮らしている。


普段はCG作画で、使っている機材は、

あの有名なリンゴのマーク製なわけで。


しかし、問題は扱う題材。平たく言えば、男性の裸体だ。


しかも、刺青背負ったむくつけき男ども(誉め言葉である)が

縄で縛られていたり、その他諸々の説明さえ憚られるモノを、

せっせと各種ゲイ雑誌に寄稿し、細やかながら収入を得ている。


もう、かれこれ30年近く、これで飯を食ってると言って良い。


そんな訳で、


「今度見せてくれよ、お前の仕事。

あぁ、そうだ。保積忠幸で検索掛ければ」


「やめてくれ」


思わず、止める際の語気も強くなろうと言うもの、である。


「わかった」


しょんぼりしたように微笑む、鈴宮。


「あ、あの.....その、あれだ。ペンネーム、使ってるし..........な?」


「だろうな」


勿論、まるっきりの嘘、である。


それ(本名)で検索なんぞ掛けたら、確実に

俺のイラストが表紙のゲイ雑誌の画像が挙がる。


こんな事になるなら面倒臭がらずに、

ペンネームでも考えておけばよかったぜ。


まぁ、今まで本名で活動していて、親類縁者にも

見つけられなかった事の方が奇跡だった、というものだ。


そんなわけで。大変、言いづらいのだ。


職業に貴賤なし、とはよく言うが、さすがにこれを

人様に公表するには、ハードルが高過ぎる。


寧ろ社会的な立場を慮るなら、言わないほうがいいのだ。


なのに。


「これ、俺のメルアドな」


おもむろに財布から、名刺を取りだし、

小さく書かれたそれを指さす、鈴宮。


「へ?」


「今度、一緒に飲まないか?その時にゆっくり話そうぜ」


「.......あぁ、判った。連絡するよ」


ちきしょうめ。


こんなサービスの良い事を言ってくれるから、

俺のハート共は大量生産されてしまうのだ。


(こりゃいつか、バレちまうかもな)


この時飲んだジントニックが、

いつもより辛く感じられたのは、

恋ゆえのため息のせい、なんだろうか。


なんて、詩的な事でも言ってみて、お茶を濁すとしよう。



2.



「おーい、鈴宮ぁ」


元バスケット部の男連中が、鈴宮を呼んでいる。


ふと、声のする方を見やる。いやぁ、揃いも揃って

立派なオヤジになったもんだ。太鼓腹に電球頭に、ごま塩髪に。


昔はこやつらも、シュッとした体型の

今で言うイケメンの部類だったのだ。


面影?そんなモノは微塵も無い。


まぁ、少したるんだ腹をぶら下げ、短く刈った髪とあご髭に白いものの

散らばった俺様(55)に、人様のことは言えた義理じゃあ、ないがな。


年月とはかくも恐ろしいものであるからして。


「あぁ、今行くよ」


呼び掛けに答え、奴等の所に赴こうとする鈴宮。


「鈴宮!」


「ん?」


なけなしの勇気を振り絞り、なんとか引き留める。


「.......今日はその、ありがとな......」


ちょっと不貞腐れたように、礼を言う。


「......今度は絶対、ふたりで飲むぞ」


「応.....」


これだけの挨拶しか出来なかったが。決定的だ。

ハートが溢れて、止まらない。誰か止めて。胸が、苦しくなる。



【暗転】



そう言う訳で、ただいま仕事が色ボケにて手付かず。


いや、仕事そのものは完成している。

明日の〆切には間に合うだろう。


しかし、


「どう見てもコレ.......鈴宮、だよなぁ」


仕事に、あからさまな私情を挟んだため、

編集部に出すに出せないシロモノであるからして。


しかしながら、出来そのものは我ながら良いのだ。


スーツを着崩した、銀縁眼鏡でガッチリめの

白髪混じりの短髪ガチムチ男性が、しとけなくベッドに

横たわっているさまは、まさにエロスである訳で。


本来清らかである筈のモノを、ひと思いに汚したかのような

(ここで「白濁」などという単語を出したら、俺もめでたく助平親父の仲間入りだ)。


そんな、ある種「背徳的な一枚」。


しかし、


「明らかに、今までの俺の男絵のファンは引くだろうよ」


描き直そう。一瞬は思ったものだ。


「〆切は明日まで、だもんな。はてさて、どうしたものか.........」


これは仕事だから、クライアント(この案件の場合、

雑誌とその読者)の要望通り仕上げなければならない。


しかし、一夜漬けでどうにかなる仕事は、俺はしたくない。

そんな失礼にあたることはしたくないのだ。


「よし、決めた。コレで出すぞ」



この絵を採用するかどうかは、担当編集の英断に任せるとしよう。

駄目ならそれで良し。描き直すだけだ。それにもし、

使われなくなってもこの絵は大事に取っておきたい。


「バッカヤロウ...........鈴宮」


愛機のディスプレイに、そっと口づけた。


溢れ出るハートを前に鼻を啜りながら、早速データを

編集部宛に送信し、早ばやと眠りに就く事にする。


我ながら、随分と乙女ちっくなことをしてくれるぜ。全く。





ひと月後、


「驚きましたぁ~。これぞまさに新境地~」


「はぁ.....」


「いやぁ~お陰様で売上部数も鰻登りでぇ。お祝いに

鰻丼大盛でもガッツリ食べたいくらいですよぉ。あははは~」


「また太るぞ、管野よ」


「ホヅさんにだけは言われたくないですぅ~、あはは」


「よし。貴様、後で便所に来い」


ただいま俺は、担当編集の管野から、電話越しでの

間延びした称賛(とさりげない体型ディスライク)を受けている。


私情を大いに出したあの絵は、担当編集がすんなり

受け取ったばかりか、誌上でも思いの外好評だった。


誌上でのアンケートでもありがたい意見が

多数寄せられていたようで。善き哉、よきかな。


などと、暢気に構えていた時。



ピピッ、ピピッ。

(メール受信)



どうやら、通話中に飛び込んで来たようだ。


「あぁ、悪いな。菅野よ。今来たメールの方

確認したいから、これで。また後ほど」


「はぁい、OKでぇす。あ~、今ならまぢでぇ、おれが鰻奢りますよぉ。そいじゃぁ~」


「やめろ、殺す気か。デブの仲間入りは御免だ」


このいたいけな(一回腸閉塞もやった)ガラスの

50代の胃腸をどうかいたわってくれ、管野猛(35)よ。



プツン。(電話を切る音)



さて、誰からのメールだろう。


もしかして、現在付き合っている、23歳の男の子だろうか。

最近忙しくて、ろくに会ってないから、大方「淋しい」メールだろう。やれやれ。


まぁ、いじけて別れたい、などと言い出したら、こっちから捨ててやるまでだ。


などと考えながら、携帯のメールボックスを開く。


宛先を見た僕は、うっすらと涙ぐんだ。


「マジかよ......早えぇよ」


他でもない、鈴宮からのメールだった。

感動に打ち震えながら、本文を読む。




from:鈴宮侑典

sub :こんばんは


本文:


仕事が立て込んでいて、なかなかメール出来なくて済まん。


ところで、仕事の方はどうだ?締め切り前とか、じゃないか?

もし時間が空いてるなら、今から飲みに行こう。


代金は、勿論俺が奢るから安心して来てくれ。


じゃあ、連絡まってるな。(^O^)/




再起不能、一歩手前。と言った体だ。

なんて、なんて心臓によろしいメールなのだろうか。


飾らない文章が、俺の胸のドアを甘く、激しくノックする。


どうしよう、待ってくれ。

期待しちゃいけないのに。相手はノンケ(かも知れない)だぞ。


それなのに、なんで俺は今、こんなにもドキドキしているんだ?

片想いなんて、みんなそんなもんだろう。言ってしまえばそれまで、だが。


高校の時から、この恋は分の悪いゲームみたいなものだった。


しかも、言うまでもなく俺の方が先に

イカれていたから、言うまでもなく負けている。


だからこそ、何処か諦めにも似た優しい気持ちがあった。

そう、一度はいい思い出として、記憶の彼方にあった恋だった。


そして、今はもう俺もあいつも、いい年齢になっちまった。


ましてこっちには、倦怠期とはいえ相方もいるし

きっとあっちも、嫁さんの一人ぐらい居るだろう。


それなのに。


この紅くなる頬と高鳴る胸が、俺に買ったばかりの

革製のジャケットを羽織らせ、車のキーを握らせる。


止まないときめきが、分の悪い恋の

博奕うちに俺を仕立てあげていく。


そこまで格好の良いもんじゃないが、

なぜか今はそんな気が、していた。





翌日、新宿2丁目。


「で?飲みに行った後、どうなったわけ?そのノンケの同級生君とは」


「...........出ようとしたら一葉(かずは)、姪っ子からメールが

入って、『終電逃したから、泊めてくれ』、だと。叔父の

存在を何だと心得てやがるんだ、あのやろ。ハァーア」


「アラ、災難ねぇー。で、彼とのデートは断る羽目に?」


「.......そしたら数分後に、鈴宮から連絡入ってな。

会社の部下、あいつ土建屋の社長らしいんだけど、

そこで急に、帳簿の誤記が多く見つかった、とかで

残業確定。やっぱりまた今度なー、だとよ。どいつもこいつも」


あぁ、恥ずかしい。博奕うち、などと息巻いて臨んだ結果がこれだ。

こんなんじゃこの、行きつけのショットバーのママ・馨さんに、


「敢えて言うわ。要領の悪い大バカである、と」


なんて言われても、致し方あるまい。


「そんな、某ザビ家・次男の演説みたいな

言い方しなくても良いだろうよ。おばさん」


「イチイチうっさいわねぇ、この人生EDじじいっ」


「るせぇ、ぶっ飛ばすぞ。ばばあ」


もう、恥ずかしいからカウンターの下にでも隠れていようかしらん。

丁度、大人ひとり分が入れるスペースもあることだし、な。


なんて、アホな事を

考えていた時だった。



ちょん、ちょん。

(背中をつつく音)



「?」



むに、むに、むに。

(お腹を揉む音)



「何がしたいんだ?源ちゃんや」


「また太った?ホヅさん」


「やかましい」


足元に屈んでいる10歳くらいの短髪ガッチビの

可愛い男の子に、軽くチョップをかましてやる。


「俺、もう24なんスけど」


心の中のモノローグ(仮)がだだ洩れだった模様。


「あぁ、悪いな。チビ」


「ぶっころすぞ、ジジイ」


そう。この見た目はどこから見ても小学生の24歳男子

こそが、佐倉源一。俺の、今の相方である(正直、早く別れたい)。


彼とはもう、4年もの付き合いになるが正直、今は少し疲れている。


偶々、その時は欲求不満だったし彼の強引なアプローチもあって

付き合うことにはなったのだが、元々取り立ててタイプだったという

訳でもなかった。まぁ、ゲイ同士の繋がりなどこんなもんだろう。


最近では3ヶ月に一度、会うか会わないか、といったところだ。


「つかさぁ?」


「なんじゃい」


「メールのめの字もくれないしさー?いっくら

電話しても出ないしさー?どんだけ?っていう。マジ」


ほらな。こう云う事を抜かすから、疲れるんだ。

愛されるのは嬉しいが、それは俺の気持ちも伴った上での事、だ。


「それぐらい、愛の力で堪え忍べ。お前なら出来る」


「や、そんなクソ励まし要らないから。フォロー寄越せし」


「欲しがってばかりじゃ、そのうち自滅するぞ。坊や」


「面倒臭せぇ.....マジ」


なんとなく、互いの空気が険悪になってきた時である。


「あ、あらぁ、源ちゃん。今日も可愛らしいわねぇ~。誘拐されなかった?」


馨ママの、苦し紛れのフォローが入る。


「ナンパはされた。あ、でも特段、好みでもなかったし。

酒臭かったから。腹に頭突きして逃げてきたけどね」


好まぬ男に対する、この容赦のなさ。いやはや、若さとは時に残酷なものである。


「ま.........まぁ、気を取り直して、ね。源ちゃんは何、飲みたい?」


「馨ママの白濁」



ずるっ、ごんっ!



店内の皆が一斉に、コントのようにコケる。


「........ったく、そういう事はあんたの彼氏にでも言いなさいよ」


「仕事にかまけて、恋人を放置するようなクソじじぃの種汁になんか、用はありません」


「よその男と1戦交えてる、っていう可能性は出て来ねぇのか」


「そんな甲斐性、ホヅさんに有ったっけか」


「有ったら、源ちゃんの望みも其れなりに叶えて遣れたんだろうな」


「なんか、ごめん。ホヅさん」


「気にすんな」


そう、気にすることは、無い。

結局は、要領の悪い、俺が悪いんだから。


そう独りごちて、俺は源ちゃんに付き合い

久々に頼むカルアミルクを啜っていた。


それは、相も変わらず、甘ったるかった。


まるで、美化され過ぎた過去の

うわずみでも、口に含んだみたいに。





ほどなく俺と源ちゃんはバーを出て夜の二丁目を歩く。

まだ9月とはいえ、新宿の風もそろそろ冷たくなってきている。


「ホヅさん」


おもむろに、源ちゃんが俺のジャケットの裾を引く。


「なんじゃい」


すると、源ちゃんは言いにくそうにしつつ、こう、切り出す。


「ごめん。うちら、やっぱり別れたほうがいいかも」


やっぱり来たか。俺は、深く溜息をついた。


「とうとう、俺も愛想を尽かされた、と言う訳だな」


「あのさ。オレ、本気みたいなんだ。馨ママのこと」


なんと。馨に惚れたのか。難儀な奴だ。

もっと男の嗅覚を研ぎ澄ませれば良いものを。


「.......確か、相方居るんじゃなかったのか?」


「うん。今まで、自分の中で否定してたけど」


そんな事を言いながら、源ちゃんの眼には迷いはなかった。

羨ましい限りである。同じく、叶わなさそうな恋に悩まされてる俺からすりゃ。


「......ホヅさんは?」


「あん?」


「今、他に気になる人、居るんでしょ?」


「さぁな、知らんわ」


くすっ、と源ちゃんが笑う。


「ごめん、さっき聞いてたんだ。同窓会での彼のこと」


「立ち聞きしやがって、こんにゃろ」


軽く、頭を小突いてやる。


「好きなんでしょ?」


「知るか。自分の気持ちなんて、そう簡単に判んねぇよ」


そう、判らない。それしか言えないのだ。今のところ。


確かに今は鈴宮に、久々のときめきは感じている。


それは否定はしないが、どこかで「彼はノンケだろうから」と、

セーブしている自分も、確かに存在している。至極まっとうな、

予防線の張り方だと思わないか?少なくとも、俺はそう思っている。


そんなことを、ボソボソと源ちゃんにも話してたら、


「まぁね、相手がノンケだったとしても、好きな気持ちは抑えらんないしね」


「おかしいだろ?」


「何がよ」


「こんな、青春を拗らせたような恋、なんて。

俺みたいな年寄りがするもんでもなかろう」


「や、流石に笑えないわ.....それは」


源ちゃんが、そっとため息をついた。


「質問ばっかで、ごめんな」


「どうぞ」


「源ちゃんも、抑えられなかったのか?」


そう、例え馨。あいつが『彼氏持ち』でも。


「うん。後さ、先に謝りたいんだけど。ごめん」


「どうした」


「うん、実はさ?かなり前に勢いまかせでママとえっち、しちゃった」


なんと。


知らないうちにダブル不倫(?)なぞ、されていたとは。


「.......何ヤってんだ、お前は」


「なんかもう、ほんとすいません」


「そんなんで、よくもまぁ、俺が連絡寄越さねぇ事に苦言を呈せたもんだな」


呆れたように、皮肉を弄してやる。


「だから、マジごめんて。で、それからママの

事、さらに意識、的なのしちゃってて。うん」


不貞腐れたように、それに答える顔が

どこか母親に怒られた子供のよう、だった。


「たかが1回ヤったくらいで。チョロ過ぎるにも程があるだろ」


「うっさい、ヤっても居ないうちから発情してる

欲求不満ジジイにだけは言われたくないね」


本人にもバッサリとツッコまれながら、


「50過ぎの熟れた肉体を持て余す図、なんて

好事家共にすりゃあ、格好のオカズ、だろう?」


「それな」


俺はせがれいじり、ならぬ小僧いじりに

勤しむ。難儀な性格だ、我ながら。


「ホヅさん」


「あん?」


「オレ、ホヅさんの事は、ちゃんと好きだったよ」



くしゃっ。



俺は、源ちゃんの頭をそっと撫でた。


「言い訳はすんな、堕ちるんなら、最後まで堕ち切れ」


「......励ましとして、受け取っておく」


「そうしろ」


うん、まったく。『お人好し』だ。俺ってやつは。


「仮にフラレても、酒ぐらいは付き合うぞ」


「要らねぇし、余計惨めになる」


「ふん」


かくして俺と源ちゃんの『恋』は、やけにあっさりと幕を下ろした。


何処かで、ズルズルと引きずりもしたかったが(肉体的な意味で)、

これからのことを考えれば、きっとコレが正解だったのだろう。うん。


少し冷たい夜の風に吹かれながら、

俺は無性に、誰かと肌を合わせたくなっていた。



3.



それから、数日後。

俺は、とある「女」を自宅に泊めていた。


「お前なぁ、毎回修羅場のたんびに俺んちに泊まるのもどうかと思うぞ?」


「冷静に考えて、おじさん。まず家で作業できる環境だと思う?」


「判った、俺が悪かった」


姪の、一葉(かずは)である。

長姉・幸紀子(ゆきこ)の娘で今年で21になる、

見た目は完全に「美少年」な現役女子大生だ。


「それにさ、友達とかとさぎょいぷするより、

おじさんチで話しながらやる方が楽しいし」


「さぎょいぷ?」


「作業スカイプ」


「成る程、有難うな」


「へへっ」


そいつは今、俺の部屋で今度イベントで

出す同人誌の原稿に、精を出している。


「.......あいつもいい加減、あのバカ亭主と別れりゃいいものを」


「ほんとそれ。そろそろ生保の申請しろっつってんのに、この期に

及んでゴネやがるんだもん。あのクソ親父。死ねば良い、マジ」


ため息混じりにつぶやき、目の前のタブレットに目を落とす。

液晶画面に映る、まるで洋画でも出てくるような綺麗過ぎる

おじさんの痴態(こいつの原稿)が、より一層、滑稽に見える。


「まだ、酒飲んで暴れてんだろ?病院通いの身で」


「うん、夜になるとなんか、覚醒するクサい。マジ怖いんですけど」


「うへぇ」


俺は舌を出し、露骨に嫌な顔をこさえて見せる。


元々短気で、職も点々とするこいつの親父は、一度

大病をし、病院送り。生死の境を彷徨ってから生還したのだが

それでも尚、酒が止められない。そして、暴れる。面倒臭い男だ。


以前、その事を本人に忠告をする機会が有ったのだが、

その際「うるせぇ、ホモは黙ってろ」の一言で一蹴され、

逆上した俺は、軽く奴の前歯を砕いてやった(その後、

幸紀子に「これ以上、治療代増やすような事は止めてくれ」

と呆れ半分に窘められたが、今でもその事は許してない)。


「ほんと。なんであん時、死ななかったんだろうねー」


「まったくだ、あの時トドメ刺しときゃ、葬式代だけで済んだかもな」


「ふはっ、ウケる。おじさん、仕事出来なくなんじゃん。やめよう?」


「だな、俺が手を掛ける価値もねぇ」


「ほんっとそれ過ぎて、ヤバみっ!」


「だははっ!」


ブラック過ぎる会話に、二人して哄笑を弾けさせていた時、である。



ぶーん、ぶーん(携帯のバイブ)。



「?誰だ、こんな時間に」


「男?」


「とっくに捨てた」


一葉の問いに見栄を張った回答を弄しながらGパンの尻ポッケから、

携帯を取り出すと、「新着メールあり」のお知らせがあった。


開く。


「............鈴宮?」


突然のことに、思わず心が躍る。


「スズミヤ......ノブノリ?変わった名前だね」


「シンスケ、だよ。いいから見んな」


俺は慌てて、メールボックスを開いた。

まずい、緊張で手が震えて来る。




from:鈴宮侑典

sub :こんばんは


本文:


この前は、すまん。もし忙しかったら、

今度でもいいが。時間があるなら、今から飲みに行こう。


ちょっと、ゆっくり話したいことがある。




「........」


いきなりのことで、俺の脳みそはフリーズしかかっていた。

えっと、取り敢えず。なんだろう、この余裕のない文章。


なにか、逼迫したものを感じさせられるのは、

俺の気のせい、なんだろうか。まさか、俺の仕事がバレたのか?


「いや、まさか。......でもな」


もしかするとこれは俺の方が「逼迫した」事態になるんだろうか。


「どうしたの?おじさん」


「悪い、一葉。急用が出来たから、留守番頼む」


一葉に留守番を頼み、俺は鈴宮に了承の旨を返信した。


ここで下手に断ったりなぞしてしまったら、

余計怪しまれそうな気がしたから、である。


「顔、青くない?大丈夫?」


「心配すんな」


「......ヤバかったら、すぐ戻って来てね」



くしゃっ。



「有難うな。叔父孝行な姪を持って俺は幸せだ」


いかにも心配そうな一葉の、短く刈った頭を撫でてやる。


「うん、じゃああたし原稿やりながら待ってるから」


「頑張って締め切り、間に合わせろよ」


「応!」


互いの拳を付き合わせ、まるで戦場にでも

出向くかのように、俺たちは分かれた。


今感じている震えも、武者震いだったら尚良かったのだが。





鈴宮が指定した場所は、いわゆるチェーン店の居酒屋、だった。

これも俺の緊張を解くための、せめてもの配慮、なんだろうか。


ダメだ、どう足掻いてもマイナス思考が頭をもたげる。


「えぇい、ままよ!」



ガラガラッ。



「らっしゃいあっせーっ!」


店員の掛け声とともに、


「保積、おっせぇぞー」


「お前が早過ぎるんだよ、鈴宮」


俺を呼ぶ彼の表情には、何の含みもなく、むしろ明るい印象を受けた。


「ん?どうした。そんな浮かない顔して」


「別に。いきなり呼び出されて、ちょっとげんなりしただけだ」


彼のさりげない問いに、つとめて何気ない風をよそおいながら応える。


すると、


「............なんだよ」


なんだろう。


顔が。鈴宮の顔が、なんだか近い。


多少は加齢などで柔らかくはなったが、

あの頃と変わらず、綺麗な顔をしている。


ちきしょう。ドキドキが、止まらん。


すると。


「もしかしてお前、〆切の合間に来てくれた

のか?だったら無理に誘わなかったんだが」


少し心配そうに、鈴宮が訪ねる。


「〆切?んなもん、とっくの昔に上げた。今は、次の仕事の打ち合わせ段階」


「そうか、なら良かった」


「心配するくらいなら、こんな土壇場で誘うんじゃねぇよ。で?なんか用か」


「.......まぁ、飲むか」


言って、鈴宮はちょっと不貞腐れたように用意されたグラスに日本酒をついでくれる。


「おう、サンキュー。で?どうしたんだよ、急に」


そう言うと、鈴宮くんはなぜか黙り込んでしまった。

なんだか、奥歯にモノの挟まったような顔をしながら。


「あのな、保積」


すると、なにかを決意したように、おもむろに口火を切る。


「ひとつ、訊くが」


「あぁ」


「お前はその、同性愛に偏見って、あるか?」


「......あ?」


突然の、ものすごい質問ののち、鈴宮は耳まで

真っ赤な顔をして黙り込んでしまった。


「......実はな、保積」


「あぁ」


「今まで全く気づかなかった、いや、もしかしたら認められ

なかっただけなんだが俺、もしかしたらゲイ、なのかも知れん」


「......マジか」


何なんだ、この「ご都合展開」は。

こっちまで、顔が熱くなってしまう。


「悪いな、いきなりこんな話..........あぁ、そうだ。コレ

食べてみろよ。ここのイカの下足揚げは旨いんだよ」


「話をごまかすのが、下手過ぎんだよ」


「いや。悪いな、ほんと」


促されるまま、下足揚げを口に運ぶ。

確かに旨かったが、味わう余裕がほとんど湧いて来なかった。


「ここじゃ場所が悪いな、良いトコ案内してやるよ」


「良いトコ?何処だよ」


「来りゃ、判る」


こうなったら、自棄だ。

俺は、とんでもない暴挙に出る事を、数秒のうちに決めた。





「そんな訳で、迷える子羊さんを連れてきやした」


「あらーぁ?随分、ガタイのいい子羊さんねぇ」


そう。ここは件のショット・バー。馨ママの、根城である。


「ちょっとホヅー?根城はあんまりじゃないの、根城は」


「あぁ、悪い」


またも心のモノローグが、駄々漏れだったようだ。


「じゃあ、そんな訳で俺、帰るわ。姪も待たせてあるし」



がしっ。



「ちょっと待ちなさい」


文字通り、逃げようと踵を返そうとした俺を、

馨はあっさり羽交い締めにして、抑え込みやがる。


流石、学生時代は柔道部だっただけある。

187cm・90kgの巨体を生かした押さえ込みは伊達じゃない。


「てめぇ、クソばばあ。何しやがる」


全く。このやんちゃなメス熊ときたらないぜ。

俺は大袈裟に、溜息をついて見せた。


「大方、あんたは彼にゲイバレしたくなくて、さっさと

逃げようとしてるんでしょうけど、そんなのもうこの場所に

連れてきた時点で、バレバレなのよ。あんた、バカぁ?」


馨が、某赤いツンデレパイロットみたいな物言いで、俺を牽制にかかる。


「んな理由で帰るんじゃ、ねぇだってばよ」


俺も俺で、ダイバダッタならぬ狐の魂を宿した

少年忍者のような口調で言い返してはみる。


「じゃあどんな理由よ。答えないと乳揉むわよ」


「既に揉みながら抜かしてんじゃねぇよ」


と、そこに。


「ホーヅーさぁーん?ダメだよ、今ここで頑張れば35年もの

悠久の時を越え、憧れの君と夜通しズコバコできるんだよ?

そのチャンスを不意にする気?らしくねぇなー」


いつの間にか来てた源ちゃんが、至近距離でささやく。

たかが35年を、悠久の時などと抜かすな、若造が。


すると。


「そうよ、ホヅ子!キメる時にキメなきゃオカマが廃るわよ!」


「いつ喰うの!?今でしょ!?」


「ぎゃははははっ!やぁーだ、あんた。ソレふっるぅー!」


「よし、お前ら全員くたばれ」


たまたま来ていた常連客まで、悪ノリする始末。

なんなのこの集団ヒステリー。正しくミステリーだわ。


と、我ながら親父ギャグも堂に入ってきたところで、


「ぶふっ......くっ、はっはっはっはっ.......」


鈴宮がじんわりと爆笑しはじめた。


「お前も、笑ってんじゃねぇよ」


親切心から、後ろ頭を思い切りどついてやる。


「痛てぇよ、タコ....ぶくくっ......ふふっ.....」


モノローグでの親父ギャグ、でも聞かれてしまったか。

だとしたら、鈴宮よ。相当に笑いのツボが浅いぞ。


「いやその......大丈夫かなって思ってな。うん」


「何がだよ」


思わず、で無味乾燥なツッコミを入れてしまった。


「いや、俺がな。自分がゲイのままでいても、こうして居場所が

あるんだなって。なんか吹っ切れたんだよ。おかしいだろ?」


笑い過ぎたのか、涙を浮かべながら答える。


「馴染むのが早過ぎねぇか?」


「あーら、おかしくないわよ~」


馨が、唐突に口をはさむ。


「ここであなたが、心配することなんて何ひとつないんだから。

逆に尊敬するわよ。ノンケのふり、肩こるでしょうー?」


「そうですね、ははっ」


馨の、明らかに下心全開(うん、これは確実に奴の

タイプ圏内に入ったものと思われる。でなけりゃこんな

神対応、コイツがするわけがない)、の一言に鈴宮くんが微笑む。


おーおー、肩に手なんか乗っけちゃって。まぁ。


「口から先走り、垂れてんぞ。婆さんや」


「ホヅぅー?あんたはねぇ、いちいち小姑みたいにうっさいのよぉ!大体

先走りなんて鈴口からしか垂らした事無いわよ.....ってヤダ、あたしったら」


思い切り、耳をつねられる。どうでもいいが、手加減はしてくれ。


「ははっ、ふたり仲良しですねぇ」


「「やめろ(て)、蕁麻疹が出る(ちゃう)」」


「はははっ」


鈴宮が、俺達の台詞のシンクロ振りにまたドツボに嵌まったようだ。

そんな、鈴宮の横顔を見てふと、自分が悪い考えに陥ってる事に気づく。


なんだろう、ほんとに。ここになんか、連れてくるんじゃなかった。


その後、鈴宮はすっかり常連のみんなと打ち解けていて、俺なんかが

背中を押してやる必要があったんだろうか、と邪推してしまう程だ。


「.......」


鈴宮は、本当にゲイなんだろうか。ただの八方美人じゃないのか。

こうなるともはや、すべての現実と称されるものが、嘘臭く思える。


判ってる。コレは鈴宮に対する、引け目だ。




4.



「爺さんや、爺さん」


うごうご、という効果音でも似合いそうな

手振りで、源ちゃんが俺に呼び掛ける。


「なんじゃい、婆さん」


何と言うか、以前から言及したかったが、この一挙手一投足における、

「あざとさ」は何とかならんものか。若い内しか、そんな構えは通じんぞ。


溜め息を吐く俺に、源ちゃんは尚もかぶせる。


「また、泣きそうな顔してるよ?」


「やかましいわい。こっちゃ絶賛、自己嫌悪中なんだよ」


「ふぅん、随分、無駄な事しちゃってんね」


呆れたように、苦笑いを浮かべる源ちゃん。

だろうな。わかってる、俺の方がきっと「考え過ぎてる」だけだ。


確かに昔から、鈴宮は何処にいても「皆の輪の中心」だった。

そんな鈴宮に、憧れと同時に感じていた「引け目」。


ゲイであることを言い訳にして、誰かと本音で関わる事から

逃げていた、学生時代の自分が、30年以上経った今でも

まだ胸の中で燻っている。そんな恥ずかしい事実が今、

俺の目の前に横たわっているのだ。そいつを引け目に思うな、

気にするな、という方が、どだい無理な話なのである。クソッ。


「ホヅさんって、ほんと損な性格してるよね」


「何がだ?」


「明らかに、自分から幸せゲットしに行こうとしないんだもん」


「向かった先に幸せがある、とも限らんだろう」


「ホラ、そういうトコ。最初から諦めたフリして格好付けて、

体よく逃げ回ってる。そんなに幸せな人生とか、キライなの?」


「知るか。そこまで分析出来るほどの元気が

あるなら、最初っから不倫なんかするんじゃねぇ」


「八つ当たりジジイ」


「うるせぇ」


そう、もう何もかもが判らん。いや寧ろ判りたくないのかも知れぬ。何もかも。


グラスに映る自分さえもただの泣きっ面を浮かべた

醜いおっさんでしかない。もう、それで良いじゃないか。


気がつくと俺は、ひとり鼻を啜っていた。


そこに。



ぽむっ。



何処からともなく温かい手が、頭上に置かれた。


「鈴宮」


「ウチで、飲み直さねぇか?」


「.........俺は良いから、皆と賑々しくやってれば良いだろ」



ぐいっ!



「ふぇっ.....!?」


「お前と、2人っきりで、飲みたいんだよ」


鈴宮よ。お前は何処まで俺の望む

展開を具現化したら気が済む、というんだ。


しがない50男の涙腺が、完全に崩壊した瞬間だった。





「もし酒飲んでなかったら、車で送っていけたん

だけどな。悪いな、こんなに長く歩かせちまって」


夜の新宿を抜け、てこてこと帰路につく俺達。

バーを出る前に涙を止めようと思ったのに、なおも止まらない。


「.....だからタクシー代くら俺が出すっつってんだろ......グスッ」


「泣いてんのか?保積」


「歩いて来たのが、しんどい訳じゃねぇぞ」


言い訳にもならない言い訳を、取り敢えずは弄した。


「判ってる、バーにいる時のお前、何だか居心地悪そうだったから」


鈴宮はそれに、さも「判っている」と言わんばかりに答える。

こいつは、果たしてこんなに嫌味な奴、だっただろうか。


大昔の記憶をたどるも、想い出の大半は

美化されたものばかり、だった。


「そうかい、涙腺の弱った年寄りへのお気遣い、痛み入るよ」


「バカ。お気遣い、だけで俺がこんな事言う訳ねぇだろ」


自嘲気味に答える俺に、鈴宮が真剣な眼差しを向ける。


「知るか。じゃあ、なんだって言うんだよ」


「只の、送り狼だよ」


尚も、俺を見つめる眼差しは変わらず熱い。

部活で、これからスリーポイントを決めんとせん、

まさにあの時の眼差しにも、どこか似ていた。


「..........」


俺は、何も言えなかった。

鈴宮が、悪い冗談でも言ってるのかと思った。


でも、違う。


そうじゃなきゃ、久々に会っただけの学生時代の

同級生なんかに、こんな事、言うわけがない。


そう気付いた瞬間の俺は、大袈裟な赤面と

涙腺の更なる暴走で、すっかり大忙しだった。





それから俺は、鈴宮のアパートに案内され、コンビニで

買った瓶入りのビーフ・イーターで、ささやかに乾杯していた。



「保積」


「なんじゃい」


「何も言わなくていいから、頼みがある」


「あん?」


すると鈴宮は、すこし口ごもりながら、俺をまっすぐ見つめてこう言った。


「抱きしめても、良いか?」


「な......っ」


そうこうしてるうちに、すっかり彼の腕の中に包まれてしまった。


「何も言わなくて、良いから」


「ソレ、さっきも言っ......んっ!」


唐突に、唇を、塞がれる。


久し振りの、柔らかくも甘い感触。

うっかり、愚息も反応してしまう、というもの。


それにしても、鈴宮。キスが、何だか巧過ぎる気がする。


そのキスは一体誰こいつに、教えたんだろう。

ほんの少しだけ、俺はヤキモチを焼いた。


「保積」


「......なんだよ」


「ずっとお前の事、好きだった。高校の時から」


鈴宮からの、唐突にして嬉し過ぎる告白。


「.......もだよ」


「え?」


「俺も、だよ。ずっと、お前に片想いしてた」


「そうか」


「でも、過去の話だ」


「......そうか」


突っ撥ねるような俺の詭弁に、鈴宮が哀しげに瞳を伏せる。

当然だ。俺にだって「怖がる」権利くらい、あろうというもの。


精一杯の強がりで、身の震えを止めるのがやっと、だった。


「だから、コレは俺達だけの同窓会だ」


苛立ちの収まらぬまま、俺はは乱暴に鈴宮の唇に舌を捩じ込んだ。


それに乗じて、そのままソファ・ベッドに押し倒し、身を捩じらせながら乱暴に俺の

身体を掻き抱く鈴宮は正に「オトコ」の眼をしていて、もう欲情するしかなかった。


まるで、小ズルい女にでもなったような、優越感とも罪悪感ともつかぬ気分だった。

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ふたつの宿題 吉田源樹 @9250ntng

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