第182話 異端Ⅳ

――誰一人救えず、殺めるだけの力に何の意味があるのだろうか。


人間と共に歩む事も出来ず、私を慕う者達が死んでいく中、何故私のみが生き残ってしまうのか。





『魔人族わたしたちは選ばれた存在、誇り高き種族』……?





他の犠牲で築かれた偽りの命、その命で更に罪無き命を奪い続ける事が魔人族わたしたちの宿命さだめだと言うのなら。











――私は、魔人わたしであることを捨て去りたい。



































――数百年前のマモン森林、廃城、円卓の間。





「皆ご苦労であった、魔人王様もお喜びになられていたぞ」


「それは何よりです、魔人王様の喜びは我らの喜びですからねぇ」


「ビャハハハハハハハ、俺としちゃあ、まだ殺したりなかったけどなぁ……ビャハハハハハ!」


「……」


「ヴィシャス、デスラー、我らが遠征中に何か問題はあったか?」





ギリエルがそう聞くと黄色の鎧の魔人、ヴィシャスと緑の鎧の魔人、デスラーが口を開いた。





「いいえ、何も問題ありません、至って通常通りでした」


「次の成人の儀も滞り無く行えるでしょう」





「そうか、此度の戦で『物資』はある程度蓄えられた、次の成人の儀が終わるまで各自好きにするが良い……ではこれにて円卓会議を終了する、《総ては我らが主、魔人王様のために》」





「「「「「《総ては我らが主、魔人王様のために》」」」」」





























「……」


「どうしたバロム? いつも以上に機嫌が悪いようだが……」





バロムが廊下を歩く中、後ろの廊下からヴィシャスが歩いてきた。





「またビャハとプロストに嫌味を言われたのか? 奴らはお前の事をあまり良く思ってないからな……」


「ヴィシャス……いや、少し考え事をしていただけだ、ビャハとプロストは関係無い」


「なら良いが……お前は本音を抑え過ぎる所があるからな……だが偶には本音を口にしないと潰れてしまうぞ?」





そう言ってヴィシャスはバロムの肩に右手を置いた。





「これは戦友としての助言だ」


「……ありがとうヴィシャス」


「なに、俺の部隊にいるお前の訓練した兵達は優秀でよく助けられているからな……それじゃあ俺はこれで」


「ああ、また後で」























ヴィシャスと別れた後、バロムは廃城の外へと移動した。


そこには数十人の魔人族が訓練を行っていた。





「うおおおおおお!」


「遅い!」





魔人族の青年が木製の斧を振り下ろし、もう一人がそれを巧みに回避する!


そして背後に回り込み、手に持つ一対の木製の短剣を斧の青年の首に突き付けた。





「勝負ありだなザハク」


「くそっ……!」





斧の青年……ザハクは悔しそうに斧を手放した。





「これで私の三連勝だな」


「まだまだ! もう一度勝負だディオス!」


「熱くなり過ぎだザハク、冷静さを欠いては隙が生じるぞ」





木製の大剣を持つ青年が興奮気味のザハクを宥める。





「うるさいぞゼキア! 俺は熱くなりすぎてなど……!? 先生!」





ザハクが大声で叫ぶと、その場に居た魔人族全員が訓練を止め、ザハク達が居る方向に視線を向けた。


そこには魔人族達の方へ歩いてくるバロムの姿と、バロムの元に駆けつける三人の姿が見える。





「先生、お帰りなさいませ!」


「此度の戦は如何でしたか?」


「先生が居ればどんな戦でも圧勝に決まっているだろう!」


「先生!」


「バロム先生ー!」





三人を皮切りに、数十人の魔人族全員がバロムを取り囲む。


バロムは笑顔で彼らに接する。





「皆、訓練に精が出ているようで何よりだ、特に君たち三人はいつにも増して張り切っているな」


「勿論です、私達はもうすぐ成人ですからね」


「遂に私達も、一人前の戦士として認められると思うと、じっとしていられなかったのです」


「早く成人の儀を終え、先生と共に魔人王様のために戦いたいです!」


「……そうか」





ディオス達の言葉に、バロムは複雑そうな笑みを浮かべた。





「だが私は部下を必要としていない、君達は他の将の部隊に配属されるだろう」


「そんな、どうしてですか」


「俺達は先生と共に戦いたいんです!」


「先生になら、私達は喜んでこの命を捧げます」


「その気持ちは嬉しい……しかし簡単に命を捧げるなんて言うものではないよ」





バロムの言葉にディオスはハッとなり、頭を下げた。





「申し訳ありません、先生が最も嫌う言葉を口に……」


「構わないよ、私は気にしていないから頭を上げなさい……私は用事があるので出掛ける、君達は訓練を続けなさい」


『分かりました!!!』





ディオス達は大声で返事をし訓練を再開、バロムは廃城の外に広がる森の中に入って行く。




















森を歩くこと数十分、バロムの向かう先に巨大な石碑があった。


石碑には一本線のようなモノが幾つも刻まれていた。





「……」





バロムは懐から短剣を取り出し、石碑に十本の線を刻み、その石碑に対して祈りを奉げた。





「せめて魂だけは安らかに眠ってくれ……」





祈りを終えたバロムは石碑の前に座り込んだ。





「……私は一体何をやっているのだろうな?」





バロムは自らに自問する。





人間は滅ぼすべき存在だ、それが魔人王様の目的でもある。


―彼らも私達も変わらない存在のはずなのに? どうして滅ぼす必要がある。





人間は下等な存在だ、滅ぼすのに理由など必要無い。


―私達だって同じ人間種だ、違いなど無いはずだ。





……何時からだろう? こんなことを考えるようになったのは。


魔人王様のために人間を滅ぼし、世界を魔人王様が支配する、それが当たり前だと思っていた。





だが戦い続け、多くの人間を殺めてきた私は疑問を持ち始めた。





―本当にこれが正しいことなのか?


人間の国を襲撃し、多くの人間の死を見た。


死の危機に直面していた彼らは、皆必死に生きようともがいていた。


そんな彼らを見続けてきた私には、魔人族わたしたちと人間かれらが同じ存在に思えてきてしまった。





だが他の魔人族はそんな事など考えない。


人間は下等な存在だと、殺すのは当然なのだと信じ、それを疑うことすら考えない。





何故私だけがその疑問を持ってしまったんだ、何故人間を殺めることに戸惑ってしまう?


あの時だってそうだ……あの国王と王妃達を始末することを躊躇い、逃がした。


私が逃がしたところで他の魔人族に殺されることなど分かりきっていたのに……





何故私はこんな疑問を持ってしまったんだ……何故、私だけが……





「……私は魔人と人間、一体どっち何だろうな……?」





そう言ってバロムは悲しそうに自虐的な笑みを浮かべた。

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