古戦場の桜

葛原 千

第1話

【人取橋の戦い】

なぜわざわざこんな寂しい場所に来てしまったのだろうか。

寒々しい田園の中に、ぽつんと孤独に建っている石碑。

そのそばに建つ白い柱にはまるっこいゴシック体崩れのような文字で『史跡・仙道人取橋古戦場』と記されている。

ここは福島県本宮市。

医師である私は、とある出来事から休暇を取らされた。

「長岡、お前少しリフレッシュしてこいよ。今のお前に患者は診れない」

同僚に言われるがまま、あれよあれよという間に旅に出された。

なぜここに来たのか——それは、その同僚の計らってくれた場所が福島だったから。

しかし、観光するにしろ、何もこんな殺風景で、悪い寒気すら感じる古戦場跡に来なくったって良かったはずだ。

季節は初秋で少し肌寒いのだし、周りに風を遮るものがなに一つとして無いせいで余計に体温が下がる。

なぜ来たのか、本当にわからない。

ただ、引っ張られるように来ていた。

しかし来ただけだ。

他には何もすることはないし、一応、古戦場跡ということで戦場に散ったであろう数多のつわもの達の冥土の幸せを祈りつつ。

せっかく福島に来たのだ、名物のソースカツ丼でも腹に収めて宿に帰ろう、そして二、三日すれば休暇が明ける。そうしたら元の仕事にまた邁進するのみ、いつしかこの心のわだかまりも忘れてしまうほどの忙しさが戻ってくる。

踵を返して、石碑に背を向けて歩き出そうとする。

しかしそれを遮る誰かが背後にいた。

「うわっ!」

「ああっ、ごめんなさい! 驚かせましたか?」

「い、いえ大丈夫……」

背後に立っていたのは女だった。

それも私より随分若そうだ、まだ20にもなりきらないのではないだろうか。

ピンクのカーディガンを羽織り、柔らかそうな生地で仕立てられたクリーム色のスカートが上品に見える。

お嬢さんといった出で立ちにくわえ、黒々とした長い髪には艶があり、揃えられた前髪の下には人懐っこそうなタレ目の二重まぶたの瞳がのぞいていた。香水でもませてつけているのか、少し柑橘系の混じった甘い香りがする。

見た目は幼さが混じった可愛らしい女の子。

「歴史がお好きなんですか?」

親しげに、女の子が話しかけてきた。少女とはいえ、なんとなく女性相手だと緊張してしまうのを早く治したい。

「い、いや、私は……何となく、来ただけなんだ」

「なんとなく? こんなところにですか?」

女の子の表情に疑問符が浮かぶ。

当然だろう、私ですら、ここに来た理由はわからない。

「でももう、帰るところだから」

私が無理やり笑顔を作ると、女の子は心配そうにこちらを見る。

やがてピンクのぷっくりとした唇が動いた。

「つらいことが、ありましたか?」

「は……?」

女の子が突然カウンセラーのようなことを言い始めた。なんだ、最近の若い子の中でまた妙な漫画が流行ったりしているんだろうか。

「お嬢さん、どうしてそう思う?」

女の子は得意げに語りだす。

「私ね、ここ地元で、歴史が好きでたまにここに来るんですよ。あまり人は来ないけれど、大抵は歴史好きの人が来ます。少しお話ししたりすることもあるんです」

「それで?」

続きを促すと女の子は少し目を伏せた。

「でも、たまにおじさんみたいに、当てもなく来る人がいるんです。何故か引き寄せられるように、話を聞いて見ると、失恋した人や、大事な人が亡くなった人、仕事に失敗した人、家族とうまくいかない人、いろんな人がいたんです。古戦場は、そういう人を呼ぶんでしょうか、分かりません。でも、もし、傷を癒すためにご旅行されているなら、旅は道連れといいます、こんな小娘ですけどお話ししませんか」

女の子は遠慮がちに私を見た。

「君には理解できないよ」

私はずり下がるメガネを人差し指で押し上げる。

「では聞きません。ただお話だけしていってください。溜め込んでいると疲れるでしょう。これも古戦場が繋いだ縁です、御仏のお導きやもしれません」

女の子が私の顔を覗き込んだ。

若いくせに、達者なしゃべり口をする。

ただ童顔なだけで、本当は大人なのかもしれない、だとしたらお嬢さんは失礼だっただろうか。

辺りの田園の稲がざあっと風に吹かれて音を立てる。

「いいさ、君の名前は?」

私が観念したようにふっと笑うと、女の子の顔がぱあっと輝く。

「私はまつの、木の松に乃ちと書いて松乃です! おじさんは?」

古風な名前だな、と思った。

名字か名前かまどろっこしいが漢字の雰囲気からおそらく下の名前なのだろう。

「私は長岡司。長岡京の長岡に、司会の司でつかさだ。医師をやっている」

「お医者さんだったんですね」

松乃が感嘆の声をあげる。よくあるリアクションだ。大抵は医師と名乗れば松乃のような反応を取られる。

世間一般では医師=神聖な仕事、世間の役に立つ仕事、立派な仕事、命を救う尊い仕事、そして高収入、などというたいそうなイメージが定着している。

しかし現実はそうじゃない。

毎日毎日人の死を看取り、人の内臓に触れ、時には残酷な宣告すら通達せねばならない。

私は余命宣告や脳死宣告などせねばならない時、人の命を救うどころかこれではまるで死神ではないかといつも心が乱れて苦しくなる。

もちろん一番辛いのは通達される側なのだろうが。

おまけに開業医でもない限り、それほど高収入とは言い難い。

「……座りますか?」

黙り込んでしまった私に、恐る恐る松乃が語りかける。

松乃に促されるまま、彼女の隣に腰を下ろす。ひんやりとした草の感触が尻に伝わった。

松乃は黙ってかさついた私の唇が動き出すのを待っている。

「これはひと月前の話でね——」

松乃がこくりと頷いた。


「長岡、救急に長岡って苗字の中年男性が運ばれたらしいけど身内か?」

同僚が心配そうに声をかけたのが始まりだった。

「いや……私の身内に持病持ちは居ないし……」

独身なので妻子は無し、ほど近いところに両親が住んで居て、隣町には姉夫婦が住んでいる。

みんな健康のはずだ、医師である以上、健康診断の必要性については口がしょっぱくなるほど言っているし。

しかし同僚は眉を下げる。

「なんでも交通事故らしいぜ、まあ、長岡なんて苗字少なくないだろうがよ」

「ああ……少し様子を見て来るよ」

「俺、先に昼飯行くわ」

同僚と片手を振りあって別れて救急へ急ぐ。まさかとは思いつつも、なんだが嫌な感じが背中をせっついた。

どこへ言っても病的なまでに真っ白な病棟内を歩いてやっと救急へつく。

通りがかりの女性スタッフに患者について尋ねた。

「ああ……さっきの……あ! もしかして、長岡先生の身内の方ですか」

女性スタッフの辛そうな眼差しが患者の命が消えかけていることを如実に語る。

「い、いや、分からないんだ。一応確認しておこうと思って」

「ご家族には今来てもらっているんですけど……そうですよね、もし長岡先生に連絡が入ったとしても院内じゃ携帯は……ああ、すみません、まだ決まっても居ないのに」

女性スタッフが申し訳なさげに頭を下げる。

黒い不安が足元から忍び寄る。

「ご家族って……」

「……先に申し上げておきますと、正直厳しいです。臓器の損傷は少ないんですが、なんでも頭を強く打って……よくて植物状態、それか……」

「脳死……」

不摂生のせいかガサガサに乾燥した唇から単語がこぼれた。

女性スタッフの双眸が辛そうに伏せられる。

「それでも、確認なさいますか? それとも、心の準備ができてから——」

「いいです、はっきりさせましょう」

女性スタッフの気遣いを遮り、足早に病室へ向かう。

慌ててついて来る彼女の足音すら聞こえないほど、心臓の鼓動がうるさい。

勢いよく扉を開くと、横たわる人の姿が目に飛び込んで来る。

鼓動がさらに高まる。もう心臓が動いているというよりは、内側から誰かが心臓の厚い壁を殴っているように激しく躍動している。

意を決して、患者の顔を覗き込む。

先ほどまで暴れまわっていた心臓が何か強い力で握りつぶされた。

「……長岡先生? 大丈夫ですか?」

ピクリとも動かなくなった私を心配そうに女性スタッフが話しかける。

しかしその気遣いに答えることが私にはできなかった。

頭には包帯がぐるぐる巻きにされて、人工呼吸器をつけられ、服で見えない全身も包帯が巻かれているようで、わずかに指先がのぞくばかりという痛々しい姿。

自発呼吸すらできていない、その人は——

「お父さん!」

私の声じゃない。

バンと慌ただしく開かれた扉を見やる。

「姉貴」

「司? あんたここで——いや、お父さんは?」

私が答える間も無く姉は私の体を押しのけて親父の変わり果てた姿を見た。

「お父さっ……」

姉が崩れ落ちる。それを呆然としていた私の代わりに後ろにいた女性スタッフが支えた。

「少し向こうに行きましょうか」

彼女が気を利かせて姉を休憩室の方へ連れて行ってくれた。

私は再び引き寄せられるように親父の姿を見やる。

痛々しい、もはや回復する見込みはない。

「ご家族の方ですか?」

姉と入れ替わるようにやってきたのは顔見知りの医師だった。

名札には浅田晴之と書いてある。

「長岡? もしかして、お前の身内か?」

「……親父だよ」

「そりゃ……見たらわかるだろうが……」

浅田が気の毒そうに親父を見た。

「脳死判定、もうしたのか」

「いや、まだ……しかし可能性は高いだろうな。自発呼吸の停止、回復の見込みなし、全脳機能の停止——」

そこまでいうと浅田はハッとした。

「悪い、身内にする話じゃなかった」

「いいんだ、私も医者だから」

浅田がそうか、と続ける。

ふと、親父の所持物はどこか気になった。

「運ばれた時の親父の所持品って」

ああ、と浅田がどこかへ走る。

戻って来た浅田の手には財布と壊れた携帯が握られていた。

「携帯はもうおじゃんだ。相当な衝撃だったんだろう。財布の中の免許証から身元が割れた。あとは——これは後でお姉さんにもいうが——臓器提供意思表示カードをお父さんは持っていた。臓器提供の意思があるんだ、お父さん」

「……親父がか?」

財布を浅田から受け取り、中をさばくると、緑の、医者となってからは特に見慣れたカードを取り出す。

そのカードにはしっかりと親父の文字で臓器提供の意思が示されていた。

「このまま脳死判定が出て、家族の同意があれば」

浅田が言わんとすることは分かった。

私としては、親父がそうしたいというなら異論はない。

しかし——

「嫌です」

母と姉が揃って浅田の説明を受けている時に姉は言い切った。

「いや、姉貴、まだ脳死判定が出てるわけじゃないんだからさ」

「司が言ったんでしょう! 回復の見込みなしって! だったら、嫌だ、お父さんあれだけボロボロなのに、司はまたお父さんの体に傷つけたいの !?」

姉がヒステリックに叫んだ。

母が姉を見つつ私を見た。

「司、ナツメはお父さんっ子だから……」

ナツメとは姉の名前だ。

母も目を潤ませながら説明を聞いていた。

「母さんはどうなんだ」

「母さんは——」

姉をちらりと見やると、母はそれきり黙り込んでしまった。

「では、もう少しご家族で話し合っていただくということで——いいかな、長岡」

「悪い」

浅田が私達一家を空いている一室へ案内した。

姉は泣きじゃくるばかりだし、母は沈黙したままで話し合いにもならない。

どうにもならなくなって、私は部屋を飛び出す。

「もう、話はついたのか?」

部屋の外にいた浅田に出会う。

「話し合いどころか、喋れもしない」

「そりゃあ、そうだろ。自発呼吸はしてなくても、一応生きているに違いない」

「私には、生かされているようにしか見えない」

浅田が眉を下げた。

「それ、絶対お姉さんの前で言わないほうがいい」

「……分かっているよ」

私が廊下へ踏み出すと、浅田がどこへ行く、と引き止める。

「私も、脳死判定に参加してもいいかな」

浅田がは? と怪訝そうな顔をする。

「自分で診れば、答えが見えるんじゃないか——私は、医者だから」

浅田がため息をついて、来いよと手招きした。

親父の目の前に立つ。

「1度目の診断はもうついた。六時間後の2度目はあと二時間後だ。五項目を忘れてないな?」

脳死判定は2度の診断を1度目から6時間空けて行われ、五項目とは脳死判定の際にチェックする五つの項目のことだ。

「……2時間後にまたくるよ」

「そうしてくれ」

浅田はひらひらと手を振ると私と別れた。

2時間たっても話し合いは平行線、姉は絶対に嫌だと言い切り、母は黙る。

私はほとほと疲れてしまって、再び部屋の外へ出て、親父の元へ向かう。

扉を開けるともう2度目の診断もあらかた終わったのだろう、そこにはもう浅田しかいなかった。

「あとはお前の診断だけだ」

「うん、分かった」

瞳孔や自発呼吸の有無等を淡々と確認する。

相手が身内であること以外は、普段やっていることと変わりはなかった。

ただ、実の父親が死んでいるかどうかの判断なんてしたくもないのに、なぜか、しなければならないと思った。

「私が、医者として判断をすれば——これは脳死だ」

「……ああ、先ほどの複数の医師もそう言っていた。まもなく臓器移植に関して家族の意思の確認をする」

浅田は冷たく言う。

緊張が緩んだ口元から、本音がこぼれた。

「医師としての私は、そう判断するさ……けれど、親父の息子としての私は——」

浅田が目を細めて言葉に詰まった私を見つめる。

「……やっぱり、生きてて欲しかったよ」

そして私は決めた。

「臓器移植、してくれ」

「それはお前だけの判断には寄れない」

「姉貴も説得して見せるから、絶対に臓器移植してくれ」

浅田が困ったように頭をかいた。

「私は、医師として、患者の願いを叶えるのは当然だと思う……そして、死んでしまった以上は、親父の息子として、親父の最後の願いは、叶えてやりたいと思うんだ。これは、医師として、家族として、両方の私の願いだ」



「まあ、臓器移植は親父と私の願い通り行われたわけだが…….姉貴とは今もまともに口を聞けず、母ともなんとなくギクシャク……私が間違っていたのかな……」

そこまで言ってハッとした。

私は松乃へ随分と長く話し込んでしまった。

「すまない、長く話し込んでしまった。君も早く——」

「ここで戦った人々のことをご存知ですか?」

「え?」

「後に独眼竜として名を挙げる若き日の伊達政宗と佐竹氏ら南奥諸大名連合軍がここで一戦交えたんです」

松乃が滔々と語り出す。

まるでずっと語っていた私と入れ替わるようにして、ずっと黙っていた松乃は喋り出した。

「政宗にとって、この戦の意味はなんでしょう」

「さ、さあ……あいにく歴史には疎くてね」

「この、連合軍の中には畠山氏という連中もいるんです、政宗はこの戦の少し前、彼らたちとの競り合いの末——実の父親を撃ち殺す命令を発しました」

「実の父親を?」

私が目を見張ると、松乃がこくりと頷いた。

「ええ、ですからこの戦いは父親の弔い合戦。父を敵方に誘拐され、対岸で睨み合う体勢になった際に、父、輝宗自ら撃てと政宗へ命を出したそうです」

「政宗は、それで」

「父親もろとも畠山氏を撃ち殺しました」

私は愕然とした。松乃はどこか一点を見つめている。

「父の命じた通り父を殺した政宗と、お父様の望んだ通り脳死宣告のちに臓器移植の決断をした長岡さん、境遇は似ていると思いませんか?」

松乃がにこりと私に語りかける。

先ほどよりもずいぶん顔つきが大人びている気がした。まるで別人と話しているようだ。

黙り込んだままの私をよそに、松乃は話を続けた。

「父を殺したあと、政宗はここ、人取橋の合戦ののち、奥州の覇者へとのし上がっていきます」

松乃が立ち上がって、石碑の前へ歩いて行く。ふらりと私も導かれるようにそのあとを追った。

風がざあっと松乃の黒髪をさらった。

甘い香りが鼻をつく。

「政宗は、父親の願い通り、父親の死を糧にして家を大きくしました——輝宗の死は決して無駄ではなかったはずです」

父を殺し、その後の仙台藩の礎を築いた政宗。

政宗の父を殺した時の気持ち。

そして奥州の覇者となった時の景色。

そこから政宗は父に向けてどんな手向けをしたのだろう。

「長岡さん、政宗は決して後悔はしていないと思いますよ」

松乃が振り返る。

また、少し顔つきが変わった気がする。

風に暴れる美しい黒髪のせいか。

「後悔なんかしたら、父親の死を否定することになりますから」

「否定……」

「身をとして伊達家繁栄を導いた父の死を蔑ろにする行為です。政宗がそんなことをするはずがありません」

「私は親父の死を蔑ろにしていると?」

松乃は曖昧に笑った。

そして黒髪を搔き上げる。

「長岡さんは、自らの判断を正しかったと迷っている。結果としてお姉さんやお母様との関係が変化してしまったから」

松乃に図星を突かれて戸惑う。

「長岡さん、後から苦しみたくないのなら、今苦しんででも自らの決断に、そしてお父様の決意に誇りを持つことです。決して後悔してはいけません、お父様の決意を、お父様を否定してはいけません」

「しかし」

「長岡さん」

松乃が私の肩を掴む。

小さく見えた松乃が、今はとても大きい。

「お父様の決断を否定することは、お父様の決断を尊重したご自身を否定することになるんですよ」

松乃の黒い瞳がまっすぐ私を射抜く。

私の心の中の迷いや後悔、苦悩、すべて彼女は見抜いている。

松乃の目から、目が離せない。

「お父様の死は決して無駄ではない、今日も何処かの誰かの命を繋いでいます。政宗の父が、息子、政宗へ伊達家のバトンを繋いだように。それを息子の長岡さんが誇りに思わなくてどうするんですか」

松乃の視線に体が突き抜かれたようだった。

父の姿が脳裏によぎる。

よき父だった——はずなのに今はどうしてか親父の顔くらいしか思い出せない。

私は親父のことを忘れようと、無かったことにしようと無意識に動いていたのか。

後悔に苛まれたくない、間違っていたなんて思いたくない、そんな自分勝手な自己防衛が大事な親父の記憶を封じ込めようとしていた。

「松乃さ……! あれ……」

先ほどまで私の目の前にいたはずの松乃の姿がなかった。

慌てて辺りを見渡すが、広がる田園地帯と石碑以外は人っ子一人見つけられない。

私は首をひねりつつも、スマホを手に取った。

——やるべきことが見えたから。

連絡先から母の番号を探す。

「母さん? 帰ったら、親父のことを姉貴と3人でちゃんと話そうと思うんだけど——ああ、忘れたくないんだ、親父のこと」

スマホの通話を切ると、静寂が戻ってくる。

そうと決まったら早く帰ろう。

いや、その前にせっかく福島まで来たんだから、親父の仏前に添える銘菓くらい探して帰ってもいいか。

スマホをポケットにしまって石碑に背を向けると、ふわりと優しい風が頬を撫でる。

風に乗ってどこからともなくやってきた甘い香りがそっと鼻をかすめた。

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