ニートは今日から店長になります
わたなべひとひら
頼む、お前しかいない!
柔らかな風が薫る初夏、それは突然やって来た。
『
電話越しでもわかる父の動揺は私の心臓まで届いて走り出した。
*
「ぎっくり腰~!?」
「おう!じゃけ、そんが慌てんでいんだ。」
ここは郊外の小さな町、タクシーはそんなに安くない。しかもニートの私が6900円も支払って急ぎやって来たのに、なんだか損をした気分だ。
「ただなぁ…レントゲンに影が写ってる言うっけ、検査入院もせんばなぁ。」
検査入院…。
人生で出会ったことのない言葉に少なからず良い状態でないことを察した。
祖父の隣で微笑む祖母の顔がいつもより雲って見える。
「検査入院って、どのくらいするの…?」
「ぎっくり腰が治らんと出来ねって言うっけ、2週間は出られんかもしれんな。」
「そんな!じゃぁお店は!?」
「しばらく休む。しかたない。」
*
私、
もし、ぎっくり腰でもう店ができなくなったら?もう72歳の祖父だ、無理もないのかもしれない。
もし、その影が本当に
考えたくはない現実が初夏の風と共に運ばれてきた。それは吉報なんかではない。明るく澄んだ風に隠れた低気圧がひっそりと大発達しているようだった。
*
「なかなか
「お父さん、無理せんと…」
8人部屋の病室で将棋解説番組の音声がこだまする。病人同士や見舞い人との会話もあるのに、私の耳にはそれしかない。
「なぁ親父、店のことなんだけど…」
父の口から“店”という単語を聞いたとき、最悪の事態が頭をよぎる。
“もう店を畳もう”
そんなことになったら…。
将棋番組の音声はいつの間にか聞こえなくなり、ぐるぐると思考する無音のみが心拍数として私を駆り立てる。
父と祖父母はひたすらに店について話しているけれど、私の耳はきっちりと戸締まりをしているらしい。それでも視界に入る祖父母はあきらかに動揺していて、父は身ぶり手振りで説得しているようだ。そのうち、それに押されるように祖父の肩と顔が下がる。祖母は祖父の背中に手をやり、父と祖父の顔を交互に見合いながら時々相づちを打つ。
まさか、こんな形で終わっちゃうの?そんなの…
「やだ。」
私の視線はスニーカーに向いているのに、みんなが私のことを見ているのがわかった。
「私はやだよ、こんなの。もし、もし本気でそんなことを考えているんだとしたら…」
はじめて視線をあげると、固唾を飲んでみんなが見つめていた。焦りをかくし、生唾を飲み込んで言う。
「それなら、二人が戻るまで、店は私が支えます!」
沈黙による少しの間。その後、祖父母の肩の力がふっと抜け、父は思いっきり息を吐き出した。
「なーんだよぉ、驚かせんなよぉ!」
「え?」
父の返答に私はきっと阿呆面をしていたことだろう。
「今そう話してたところだろうが!聞いてなかったのか~?」
「うーん、
祖父は腕組をして口を一文字にした。考える素振りをして言う。
「よし!お前しかいない!店は頼んだぞ、
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