第99話 123回11日目〈9〉S★4

「もう、夕食の準備をしてるのか?」

「そうよ。いけない?」


 素っ気なく返事をするメルクオーテは、かたくなに振り向こうとしない。

 彼女は調理器具を手に、忙しいのだと後姿を俺に見せつけているようだった。


「あんたは料理しないからわかんないだろうけど、手間が掛かるのよ」


 その言葉に、嘘はないんだろう。

 だが、だからこそ。

 俺は今、彼女がわざわざ手間をかける理由を、はかりかねていた。


 メルクオーテはつい昨日まで、庭に出る時間すら惜しんでいたのに……。

 日をまたいでみれば、彼女は自ら昼食を用意し、この瞬間、夕飯まで用意しようとしている。


 この変わりように、俺は違和感を覚えずにはいられなかった。


「……君は、今までずっと忙しいって言ってたじゃないか」


 責めるような言葉が、口から疑問となってこぼれる。

 すると、食材と調理器具を手にしていたメルクオーテの後姿が、ぴたりと動かなくなった。


「もう、俺の体質の解析は……全部、終わったのか?」


 答えは、返ってこない。


「もう、俺に手を貸してくれないのか?」


 一方的に、決して振り向き、答えてくれない少女に言葉を紡ぐ……。

 これは、なかなかに苦い時間だった。

 だが――


「仕事だもの。最後まで、やり遂げるわよ」


 ――それは、聴き手に回った彼女にとっても、同じだったに違いない。

 ようやく答え、俺に振り向いてくれたメルクオーテの表情は、影を塗られたように暗かった。

 彼女は俺と目を合わさないまま、じっと自らの手元に視線を送る。

 おおよそ、彼女の本業とは関係のない食材と、調理器具を握りしめながら――


「でも、ごめん。なんかさ、妙に落ち着かなくて、上手く集中できないの」


 ――メルクオーテは、か細い声で謝った。


 まるで遠回しに、あきらめてと、俺に言わんばかりに。


「しなきゃいけないこと山積みで、まだまだたくさん残ってる。本当は、こんなことしてる場合じゃない。あんたを、元の世界に戻すのだって、ちゃんとしてあげないとって思う。なのに」


 彼女は、その手に握りしめたものを、今にも取り落としそうになりながら。


「今のあんた……変なこと言い出しそうなんだもん。アタシ、ぜんぜん落ち着けないよ……」


 メルクオーテは気丈に振る舞い、困ったように暗く笑うと、すぐに笑顔を散らせた。

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