第94話 123回11日目〈4〉S★4

「そこには、タケの大切な人がいるんだね」


 俺と視線を合わせないまま、サクラは確信があるように言う。

 大切な人——。

 俺は、自分にとってのヒサカを、そんな綺麗な言葉で片付けて良いのかと、返答に迷ってしまった。

 迷いは、ほんの一瞬だ。

 しかし、その一瞬で――


「その、大切な人って……私の――この、体の人なんでしょ」


 ――次にサクラに聞かせようと考えていたあらゆる言葉を、俺は突き返された。


「サクラ――」


 どうしようもなく、言葉が詰まる。


「――どうして、それをっ? 聞いたのか? メルクオーテに」


 みっともなく、矢継ぎ早にこぼれる疑問と想像。

 サクラは小さく首を振り、それを否定した。


「違うよ。誰にも、ちゃんとは教えてもらってなかった。でもね……私だって、気付けるの。私、バカじゃない」


 彼女は顔を上げ、再び俺を見つめる。

 この時、サクラが俺に向けた瞳は優し気で――


「だって、私。優秀なメルメルに作ってもらった、かしこい女の子だから」


 ――表情は、いずれ散りゆく花びらのようにやわらかな笑顔だった。


「タケは、後悔してるんでしょ? ここに来る前に、その人達に出会わなければ良かったって」


 鮮やかな桜色の髪を持つ少女は、ヒサカの声で俺に聞かせる。

 彼女が口にしたことは、否定のしようがない。

 だから俺は――


「そうだ……」


 ――答えてしまった。

 あまりにも軽率に。

 自分を責めた結果として。

 それが、自分を非難するだけの言葉と疑わず。


 直後、サクラが俺に背を向けた。

 彼女は両腕を持ち上げてごしごしと顔を拭う。

 そして、寒さを堪えるような震えた声で、俺にどうしたいかを告げた。


「タケ。私、取り戻しに行きたい。この身体の、タケの大切な人を」


 今、サクラが口にした言葉。

 彼女は、それが何を意味するのか、きっと理解している。

 対して俺は、それをサクラに言わせることがどれほど残酷か、理解し切れていなかった。

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