第78話 123回10日目〈8〉S★1

 どうしようかと逡巡していると、とんとんとメルクオーテが俺の肩をつついた。


「行ってきてあげたら? アタシはここで待ってるから……」


 そう言って彼女は、細かな花の柄が描かれた青い布を取り出す。

 続いてそれを手で広げると足元に敷き、ぽふりと腰を降ろした。


 どうやらレジャーシートの意図がある敷物らしい。

 横に広く縦に狭いそれは、三人で座るにはやや窮屈な印象がある。

 元は一人か、二人での使うためのものなのだろう。


 その後、メルクオーテは俺からバスケットを引き受けると、敷物の上に置きひらひらと手を振った。


「はい、いってらっしゃい……あまり遅くはならないでよね」


 と、送り出されても、彼女を放置というのは気が引ける。

 それに、サクラも本意じゃないだろう。


「いいのか?」


 しかし、俺がそう訊ねると、メルクオーテはバスケットに手を添え、がくりと肩を落としてうつむき――


「むしろ、ちょっとの間一人にしておいて……」


 ――ぺたりと、無造作に自身の胸元に手を置いて、重い一声をつぶやいた。



 工房の庭には採取目的で様々な草木が植えられている。

 その中で今日、サクラが目を付けたのは薄い桃色の花を咲かせる、桜に似た木々だった。


「わぁ……タケみて、ほら! 私の髪と似てるでしょ?」


 肩の上ではしゃぐサクラに、俺は「ああ」と静かに同意する。

 確かにその色合いは、桜そのものと言ってもいいほどだった。


 だが、この木に咲く花は桜よりも香りが強い。

 すんと匂いを嗅いでみれば、砂糖を焦がしたような甘い香りがした。


「お菓子みたいな匂いがする……ねぇ、もっと近くに寄って」


 ぽふぽふと頭を叩いて促すサクラに「わかったから叩くんじゃない」と返す。

 待ちきれないと体を揺らす彼女を背負い直し、俺はサクラの目と鼻の先になるまで花に近付いた。


 ……そう言えば、間近でこの木を見るのは俺も初めてだ。

 そして俺は、近付いた先でその花の外見が、思いのほか桜に似ていることに気付き、少し驚いた。 

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