第30話 122回111日目〈18〉S★3

 だが、それも束の間。

 ヤサウェイが手にした勝利を俺は手放しに喜ぶことができない。

 それは彼自身も同じだろう。

 ヤサウェイは膝を着いたまま、倒れて動かないズグゥとハキを見遣る。

 俺はヒサカへと視線を落とし、勝利によってもたらされた一瞬の安堵と高揚を忘れた。


「……タケ、ヒサカは?」


 その問いかけに、俺は返す言葉を持たず……ただ黙って首を振る。


 俺の目に映るヒサカは、生という言葉が体から抜けきっていた。


 もう、間もなく彼女は死ぬだろう。


 虚ろだった瞳は閉じられ、既に死に抗う力を手放してしまっている。


「……そうか」


 ヤサウェイは疲れ切った声で頷いた。

 俺達は疲労感と喪失感に襲われ、ひどく脱力したまま固まってしまう。


 しかし、ぼちゃっというぬかるみを踏みしめた音が聞こえ、俺達は再び緊張を体に叩き込んだ!


「誰だ!」


 顔をあげ、ヤサウェイが叫ぶ。

 彼は砕けた腕をだらりとぶら下げたまま、片手でサーベルを構えた。

 俺もヒサカの体を背に、鉄棒を短槍のように突き出して構える。


 けれど――


「武器を収めてください」


 ――俺達の前に現れたのは、灰褐色の死人のようなバケモノではなかった。


「私は、神に仕える者です」


 声からして若い女だ。

 彼女は闇夜に溶け込むような真っ黒な衣服を身に着け、深くローブを被り顔が見えなかった。

 この女、自らを神に仕える者だと言ったが、手には先端に赤い水晶のついた黒杖を持ち、腰には細剣を差している。

 その姿は、どうにも神に仕える『神官』というイメージからかけ離れていた。


 そんな彼女に、ヤサウェイも不信感を抱いたのだろう。

 彼は未だ警戒を緩めず、黒服の女から剣先を逸らさぬまま口を開く。


「今日日の神官の間じゃ、その真っ黒な服が流行りなのかい? おまけに腰には細剣。盗賊と言われた方が納得がいく」


 すると、彼女は腰に帯びた細剣を手に取り、こちらに向かって投げ捨てた。

 突然の行動に俺達は体を強張らせるが、黒服の女はやわらかい声で語りだす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る