煙突掃除屋は不幸者

またたびわさび

第1話 光と闇

 光で溢れてしまった世界に比べれば、ここは随分と異質な場所なのかもしれない。そんなことを思いながら、一人静寂に包まれた街の片隅を歩いてゆく。

 ここは、雪国の田舎町。

 時々、この街に生まれて良かった、と思うことがある。こんな、異質だと思われるような場所だからこそ、自分にとっての特別なものを見つけることが出来たから。


 12月14日。土曜日。ぴりぴりとした寒さに包まれた夜8時。一本の国道がこの街を市街地と山地に隔てているこの街は、都会に比べれば華やかさの欠片もないが、その代わり自分にとっては他では得難いあるものを与えてくれた特別な場所だった。

 黒のロングコートを羽織り、白くなった息を吐きながら黙々と歩いて行く。中に着たパーカーのフードに襟足が当たりしゃりしゃりという音を鳴らしている。俺の家は、市街地の駅近くにあり、この街では比較的人の多い所に立地している。だがそれは昼間の話であって、夜になってしまえば人の気配なんてたちまちに消えてしまう。

 まるで、自分一人だけが、時間の進まなくなった世界にいるみたいだ。不安になって腕時計を確認する。良かった、秒針はちゃんと動いている。

 国道まで来た。車道を渡った先には、山へと続く道がある。その道は、市街地のものに比べると格段に狭くなり、アスファルトなども所々ででこぼこしている。

 すっかり車の姿も見えなくなった国道を渡り細い道へと入る。

 ここから、また光が少なくなっていく。

 市街地が光の世界なら、ここから先は闇の世界。俺の目的の場所は、そんな闇の中にある。


 ■

 

 あらかじめ用意していた懐中電灯で足元を照らしながら、道なりに進んでいく。ある時から道は上り坂となり、自然と足取りも重たくなってくる。 

 突如、狭かったはずの道は終わりを迎え、開けた空間が現れる。そこは、固い地面を芝生が埋め尽くしており、それを円形に囲うように杉の木が鬱蒼と茂っている。

 ようやく辿り着いた。ここが、俺の目的だった場所。


 光で溢れた世界だからこそ、光のない世界は異質になった。ここは、そういう場所。異質だからこそ、俺たちの世界の、本来の姿を映し出す。

 頭上に広がる、こことは比べ物にならないほど冷たく、こことは比べ物にならないほど暗い世界。そして、そんな世界を生き、一生懸命自分たちの存在を俺たちに知らせようと、おびただしい量の星たちが一直線に光をこの場所に届けている。

 満天の星は、もはや絶滅危惧種だ。どこでも見られるものではないそれを、俺は独り占めにしている。


 ■


 この場所で、この星空を見ることが、俺の唯一の「幸せ」だった。


 高校に通っていれば、そりゃあ嫌なことだってあるし、落ち込むことだってあれば、やる気が全て削ぎ落されるほど疲れを溜め込むことだってある。

 昔から、負のエネルギーを簡単に溜め込んでしまう性格で、小学生の時はいつも泣いていたような気がする。自分でそれを何とか対処できれば良かったのだが、残念なことに俺はそこまで器用な人間ではなかった。

 中学に入り、泣くことを止めた。ただ単純に、恥だと思ったから。そして俺はその代償行為を探した。その結果がこれ。負のエネルギーが多くなったら、ここに来て正のエネルギーを分けてもらい中和する。

 最初はもっぱらそんな感じ。過剰になった負のエネルギーを、正のエネルギーで打ち消していきバランスを取っていた。しかしいつの間にか、感じる正のエネルギーは格段に増えていき、負のエネルギーをゼロに感じてしまうほどにまで膨れ上がった。

 俺にとってこの星空は特別になり、「幸せ」を感じる対象となった。俺にとっての「幸せ」は、負のエネルギーを極限までゼロにしてしまうほどの強烈な正のエネルギー。

 まあ、結局こんな説明をしたところで、これは単なる感情の話であり、自分の中の曖昧なものを言葉で表したものに過ぎないから、伝わらなくたって別に気にしない。

 

 芝生の絨毯に寝転がる。ひんやりとした地面が、背中から体温を奪っていこうとする。一度目を閉じ、深呼吸をしてからゆっくりと目を開ける。人工物のないこの場所を、弱々しい光の集合体がぼんやりと照らしている。

 いつの間にか、時間を忘れて星空に見とれていた。圧倒的な正のエネルギーの前には、時間さえも効力を失う。そして、全ての感覚を星空が奪い取っていく。


 だから、気付くはずもなかったのだ。寝転がった俺の横に、二本の白い足があることに。

 

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