贈り物
北嶋さんと葛西が出てから一日が経とうとしていた。
「そろそろ帰ってくるかな?」
御三柱様が仰るには、おそらくは今日には帰宅するだろうとの事。
仕事でクタクタになって帰ってくるであろう二人に、美味しいご飯でも作ろうかな?
北嶋さんの案件なら、葛西は運転手で引っ張られて行ったんだろうな。
ゆっくりする筈だった葛西が少し気の毒に思えるが、仲が良い二人だから心配いらないかな?
そんな事をボンヤリと考えながら、死と再生の神様から戴いた桃でピーチパイを焼いていた。
死と再生の神様の丘には、北嶋さんが調子に乗って植えまくった沢山の果物の木がある。
最初は桃の木しか無かったようだが、今は梨や柿、みかん、そして何処からか手配したスターフルーツまである。
――手入れもしないのに、これ以上増やすのをやめてくれないか?
そう北嶋さんに促した死と再生の神様だが、特に迷惑そうにはしていない。
証拠に、丘の果物畑(?)には、季節を関係せずに常に果物が実っているからだ。
ブロロロ…
軽いエンジン音が聞こえた。北嶋さんの軽自動車の音だ。
葛西に運転を頼んだのなら、BMWかアルファロメオで行けば良かったのに、と思う。
玄関先まで出迎えに行く。
ドアノブに手を掛けた瞬間!ザワワワワッ!と、私の身体中の毛が総毛立った!!
「な、何!?この魔力!?」
タマが尋常じゃない気配を察して私の元に駆けてきた。
――尚美!この気配はなんだ!?
タマも総毛立って玄関先を見た。
「解らない…解らないけど、北嶋さんが大変な何かと共に帰ってきたみたいね…」
葛西が同行しているから、危険な物ではないだろうが…
宝条さんの家から草薙を運んだ時の事を思い出す。
あの時は凄まじい神気に圧倒されながら、凄い緊張して運転したんだっけ。
多分葛西も同じ心境になっている筈だ。
――取り敢えず勇を出迎えてからだな…
「そうね…何を持ってきたか…それを確認しなきゃ始まらないからね…」
私は意を決し、ドアノブを回して外に出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
玄関の扉が開く。
俺は逸る気持ちを抑えながら、何食わぬ顔で車のドアを閉じた。
「…北嶋さん………」
ん?神崎の顔が心なしか青ざめているような?
まぁいい。このレア物の指輪をあげたら、神崎の青ざめた顔が平常に戻り、尚且つ頬が紅色に染まり、俺の胸に顔を埋める事になるだろう。
この先の展開を予想し、ヘラヘラと笑ってしまう。
「テメェ…俺は一応止めたからな?」
暑苦しい葛西が、やはり暑苦しい顔を俺に向けて言い放った。
「ふ、哀れな暑苦しい葛西…お前に女の扱い方を教えてやろう!!」
自信満々な俺!!
女は装飾品に弱い。ましてや、世界に一つしか無い、激レアの指輪だ。
これ以上の贈り物があったら教えて欲しいぜ。
「お帰りなさい…」
ニヘラヘラと笑っていた俺のすぐ傍まで接近していた神崎。
俺はわざとらしく、コホンと一つ、咳をする。
そして神崎の手に、俺の手をそっと添えた。
「………?」
不安そうに俺を見る神崎だが、今から不安顔が喜びに変わるのだ。
俺は神崎の手のひらに指輪を乗せた。
「プレゼントだ神崎」
あくまでもさり気なく!
あくまでも紳士的に!
ポーカーフェイスを崩す事無く!
ハードボイルド北嶋の一世一代のイベントだ!!
「これを婚約指輪として受け取って欲しい!!」
言った!!言ったぜ俺!!
さあ神崎!感涙して頷け!!号泣して受け取れ!!
返事を待っている俺を余所に、神崎は指輪をジ~ッと見据えている。
「婚約指輪…?」
そうか!こんなレア物を婚約指輪として用意したなんて思い付かなかっただけか。
「そうだ!!」
神崎を安心させるように大きく頷く。頼もしさもアピったぜ!!
「これが婚約指輪ですって?」
「見た目はアレだが、レア物だ!!知っているだろう?神崎なら」
神崎の青ざめた顔が変化した。
赤く…いや、紫になっている。
紫ってのが微妙だが、まぁ気にしてはいけない。
そしてガタガタと震える神崎。
歓喜の震えだ!!キタコレ!!
神崎はゆっくりと顔を上げて俺を見る。
応えるつもりで答えるつもりだ!!
微かに唇が動いた。
俺は目を瞑り、神崎に顔を近付ける。もうキスは当然だろう、この流れは。乗れ、このビックウェーブに!!
「何を持ってきたのよっっ!!」
「ぐあわっっ!?」
俺の唇に触れたのは、神崎の柔らかい唇では無く、神崎の右拳の硬い所だった。
もの凄く不意を付かれた攻撃を唇に喰らい、ぶっ倒れた。
「これは一体何!?こんな魔力…有り得ないわ!!」
神崎が俺の襟を掴む。そしてガックンガックン揺さぶった。
「ソロモンの指輪だ。だから言ったろ馬鹿」
葛西が唇を押さえて口が利けない状態の俺の代弁をする。
「そ、ソソソソソソ、ソロモンの指輪ですってえぇぇぇ!!?」
神崎が引き攣りながら仰け反った。
「おおお…痛い…やい!!何をしやがる神崎!!」
熱い想いを拳で返した神崎に憤る俺。サザエさんのアナゴさんのような唇になりながら。
「ソロモンの指輪を何で北嶋さんが!?いや、それよりも、婚約指輪にソロモンの指輪って!!」
憤る俺以上にテンパっている神崎。激しく手をバタつかせていた。このまま行けば空を飛びそうな勢いだ。
「青森にあったんだよ」
葛西が経緯を説明すると、神崎は終始、口をパクパクさせて唖然としていた。
「まぁ、少しレア過ぎる感があるが、受け取ってくれるな?」
アワアワしている神崎を、腫れ上がった唇をしながら見据える俺。
神崎は嬉しいのか、半泣きしながら俺を見て、瞳を潤ませていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
手のひらに転がっている小さな指輪が、身体から熱を奪っているように、私は震えていた。
その圧倒的な魔力に、私は当てられているのだ。
葛西は私を気の毒そうに眺めているし、タマは心なしか威嚇しているように見える。
北嶋さんだけだ。能天気にプロポーズしているのは。
ん?
プロポーズ!?
我に返る。思い返せば、北嶋さんは婚約指輪として受け取ってくれと言った。
ソロモンの指輪のインパクトがあまりにも大き過ぎて、心に届かなかった!!
冷たい身体だが頬だけ火照ってくる…
「神崎!!受け取るよな?おい神崎!!」
先程グーを当てられて、オバQのような唇になりながらも、北嶋さんが追及する。
ど、どどどどどどど、どうしよう………!!
普通の指輪なら、戸惑いながらも、それなりに嬉しかったかもしれない。生乃の事とか、色々考える事もあるだろうけど。
だけど、私の手のひらに転がっているのは、ソロモンの指輪なのだ。
伝わってくるのは、その魔力と鉄の冷たさだけなのだ。
ソロモン王は、これを完全に御せたのだろうか?大天使ミカエルから授かったとされる指輪を…
私は、正直言って自信は無い。無いし、エンゲージリング扱いなら、やはり受け取る事は出来ない。
北嶋さんの事は、確かに尊敬もしているし、大事な人だとは思っている。
だけど、心の準備ってものが…
何より身内で修羅場になりそうな予感が…
兎に角、今はエンゲージリングは受け取る段階では無い事は確かだと思う。
では、受け取らないとしたら?
ソロモンの指輪を狙っている輩は多いだろう。
あのリリスなど、その筆頭だ。楽に事が運べるからだ。
受け取らないと拒絶した場合、北嶋さんはあっさりと指輪を手放す事になるだろう。
もしかしたら、欲しいと言ってきた人に惜し気も無くあげるに違いない。
それが悪しき者の手に渡ったら?
別の意味でゾッとする。
身内で修羅場か敵と修羅場か…
いずれにしても修羅場は確定なのか…
私はガックリと頭を下ろした。
「神崎!!」
北嶋さんに呼ばれて顔を上げる。答えを待っている北嶋さんが、
「あのね、嬉しいよ、そりゃあ、だけど、私は普通のがいいなぁ…とか思っちゃったりして。あ、あはははは~…」
何と言っていいか解らずに誤魔化しながら笑う。
「レア物はあまり好きじゃないのか…」
ガックリと項垂れる北嶋さん。
レア過ぎるでしょ!!
とは言っても、それなりのエンゲージリングなら、また困っていたかもだが。
レア過ぎる故に困る所が増えていると言うか…
「もし、もしもよ?この指輪、受け取らないとしたら、どうする?」
一応念のために聞いてみる。
項垂れながら答える北嶋さん。
「捨てるか、欲しい奴がいたらやる」
やっぱり要らない物扱いになるんだ…
助けを求めるよう、葛西に目を向ける。
私と目が合った葛西は、首と手を左右に振る。
葛西に押し付けよう作戦は、速攻で崩れた形となった…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ザワッと全身の毛が総毛立ったような感覚になる。
「神崎…!!ソロモンの指輪を手に入れたのか…!!」
神崎の様子を偶然にも視に行った私の瞳に飛び込んできたのは、鉄と真鍮の指輪。
その魔力は凄まじい存在感となり、見る者を恐れさせる。
当然どのような経緯で指輪を手に入れたかを探ってみる。
…!!
あのお方…良人が取ってきたのか!!
しかし、ソロモンの指輪が日本にあったとは…完全に予想外だ。
勿論、良人が所望さえすれば、指輪など簡単に手に入るだろうが、アレが日本にあったとは、誰も想像できないだろう。
更には発見された時、指輪は朽ち、錆の玉となっていた。
誰かが奇跡的に発見したとしても、単なる異物として捨てられていた筈。それを指輪と見切った良人にはやはり驚嘆する。
そして私の心を激しく乱したのは、良人が神崎の為に探し出したエンゲージリングだと言う事だ。
「駄目だよ神崎…正直言って、ソロモンの指輪には興味はないが、完全に価値が変わった。君は受け取るのに相応しく無い…!!」
悪魔や天使を従えるのは、最早オマケだと言える。
価値は『北嶋 勇が探し出したエンゲージリング』の一点だ。
蛮族や凡人には、魔術的価値しか見い出せないだろうが、私には、この世の宝石、貴金属、はたまた伝説の神具などを凌駕する程の価値がある。
「それは私が貰う事にするよ…誰か!誰かいないかい!?」
広い屋敷中でも誰にでも聞こえるだろう程の声を張る。
「お嬢様、如何なさいました?」
現れたのは、私が集めている転生した魂の一人。
「今すぐ日本に向かうよ。主水を呼んでくれ」
私は部屋着から黒いワンピースへと着替えながら指示をした。
短い丈で脚が露わになり過ぎて多少恥ずかしいが、良人の趣味に近い。
せっかく逢いに行くのだ。少しでも印象を良くしなくてはね。
ある意味、神崎との完全な対峙の為、私は七王を集める時よりも緊張していた…!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
部屋に設置してある電話がけたたましく鳴った。
私はそれを取る。
「なんだこんな時間に…」
それは指輪を探索させている部下からの連絡だった。
『ソロモンの指輪が見つかりました!!』
「やはりイスラエルにあったか!!」
電話向こうで興奮気味の部下と同じように、寝床から飛び起きて興奮する。
『そ、それが、指輪は日本です!!日本から、いきなり指輪の魔力が出現したのです!!』
日本?なぜソロモンの指輪が日本に?
いや、それよりも、いきなり魔力が出現したとは?
確かに我々はカトリックの魔力に通ずる物を探索するチームを作っていた。探索物の一つがソロモンの指輪だ。
いきなり出現とは、今まで封印されていたのか?
「まぁいい、日本に居るヴァチカンの騎士に取りに行くよう命じろ」
『そ、それは無理です!日本に居る騎士は大したレベルではありません!』
使いも出来ない騎士を日本に送っていたのかと幻滅する。だが、続く言葉に心臓が止まりそうになった。
『発見した者の名は、北嶋 勇!!日本に居る騎士では歯が立ちません!!』
「北嶋 勇が見つけただと!?」
あまりの事に受話器を床に落としそうになる。
『一応話し合いを試みますが、水谷様は天に召されまして居ません。説得も難しいかと…』
君代ちゃんの話だと、奴は物欲があまり無い。
それにも関わらず、指輪を探し当てたと言う事は、それなりの理由がある筈だ。
君代ちゃんとヴァチカンの関係を打ち出そうが、此方の言う事が正しかろうが、奴の目的の為に指輪を手放そうとはしないだろう…
「奴の神経を逆撫でする事無く、慎重に対処しろ…場合によっては力付くもあるが、日本に居る騎士では足止めにもならん。アーサーを送る。それまで何とか凌げ」
電話を終えて直ぐ様騎士団長に連絡を入れる。
『こんな時間に連絡とは、火急の御用ですな?』
たった今目覚めたような声で対応する騎士団長。それに構わず、用件を切り出す。
「アーサーはイスラエルか?」
『そうですが』
「今すぐに日本に送れ!!」
興奮しながら命令を出すが、騎士団長は沈黙した。
『…正気ですか?魔女と出会った場合に切り抜けられると言う理由でイスラエルに送ったのですよ?極東の島国にヴァチカン最強の騎士を送るなどと…』
「ソロモンの指輪が日本で見付かったのだ!リリスも日本に来るだろう!何故なら、現在ソロモンの指輪を持っているのは北嶋 勇だからだ!!」
『!!……北嶋 勇ですか…また厄介な相手ですな…一応話し合いはするのでしょう?』
あまりアーサーを出したくはない様子の騎士団長。リリスと北嶋、同時に相手にしなくてはいけない状態は、好ましく無いのだろう。
「無論、我々は強盗ではない。先ずは話し合い有りき。だが、最悪を考えての事だ」
電話向こうで溜め息が聞こえる。断る口実が見付からないように。
『解りました。北嶋相手ならば確かにアーサーでなければ切り抜けられないでしょうし。明日にでも到着できるでしょうが、それまでは繋いで貰いますよ?』
それを了承し、電話を切った。そしてソファーに腰を落とした。
「これで魔女には指輪は渡らない…」
安堵し、そのまま目を閉じる。
ん?
君代ちゃんの声が聞こえたような…殺させるなとか何とか…
疲れているのか…それとも何かの警告か?
ベッドに移動して、これから起こるであろう事件の考える事無く、眠りについた…
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