虚の国

たるばれるーが

record1 出逢い

少女は1人廃墟となった街を歩いていた。

踏まれた砂ががじゃりじゃりと音を立てる。

少女は此処がどこかも、自分がどこに向かっているかも知らず、ただひたすらに足を動かした。

記憶がないのだ。自分が誰かが分からない。

自己存在意義の欠落、少女は自分というものが掴めずにいた。自分が何を目指してこんな旅を続けているのかも、自分が果たして今まで存在していたかも分からない。

もしかしたら自分はつい最近生まれたのかもしれない。馬鹿げた仮定だと思い着いてすぐに脳内から削除した。生まれたばかりの人間がこんな見た目ではないことは記憶がなくても分かっていた。

唯ひたすらに、崩壊へと向かう道を歩んでいる。気が付いてからどれくらいがたったであろうか。バッグの中の食料は、少しずつ減り、ペットボトルの中の水も底を尽きようとしていた。頬を伝う汗が瓦礫の上へと落ちる。シャツは汗で肌に張り付いていた。背中に背負ったリュックが昨日よりも重く感じる。

死という絶望が、少女の頭を横切る。それでも少女は歩き続けた。存在するかも分からない、目的地を探して。

周囲の家々は、見るも無残な程に崩壊してしまっていた。窓ガラスは無くなり、外壁には大きな亀裂が入り、庭には雑草が生い茂っている。居住者が居なくなってから、どれくらい経っているのであろうか、もとは人が暮らしていたであろうそれは、今ではただのジャンクへと成り果てていた。

こんな景色が何10キロも続いているのだ。少女もなんとなく飽きてきて、一休みすることにした。

少女はもとは目の前の廃屋の一部分であったであろう瓦礫の上に腰を下ろした。石のひんやりとした感覚が全身に行きわたる。体中に蓄えられていた疲労がゆっくりと体外に押し出されていくかのように感じた。

少女が思っていた以上に全身に疲労がたまっていた。此処数日ずっと歩き続けていたのだから当然ではあるが、何処まででも歩くことのできるという、根拠のない謎の自信は、ゆらゆらと、消えかけていた。

少女はなんとなく周りを見渡した。すると、北の方角になにやら白い道のような物が見えた。煙だ。少女は興奮して立ち上がった。

此処数日で、初めての変化であった。疲労はいつの間にかなくなっていた。希望の灯を見つけ、心の奥からぐんぐんと力が湧いてきた。よし行こう。少女は決意した。

歩けば歩くほど、当然煙は近くなってくる。そして、少女の足はそれにつれてどんどん早くなっていく。少女は燃料の入れられた蒸気機関車のように、最終的には駆け出した。廃墟の横をすり抜け、柵を飛び越え、煙に向かい全力で加速していった。

崩れた家が続く地帯を抜けた先、そこは街だった。人の数は決して多くはないが、少女にとって初めて出会う人間たちであった。

目指していた煙は、どうやら飯屋出会ったようだ。少女は自らの空腹に気づき、匂いにつられてその店に入った。

少女は机に座り、辺りを見渡した。周りの人たちは、店の人間になにやら言って、料理を作ってもらっている。どうやらこの店では、自分の食べたい料理を言えば作ってくれる店のようだ。少女は、こういう店で、どうやったら料理が食べられるかは、なんとなく覚えていた。しかし、肝心の料理については、なんの知識も引っ張り出すことができなかった。

少女は仕方なく、店員を呼び、隣の机に座っていた人の料理を指差した。店員はこの動作の意図を察知したらしく、頷いて、店の奥へと歩いていった。

少女は料理が来るまでの、時間を潰すため、周りの人間の観察を始めた。

隣に座っている老人はひどく痩せており、震える手で、スプーンを自分の口へと運んでいる。後ろの机に座っている二人組は、料理は食べ終わっていたようだったが、なにやらよく分からない話しを語り合っている。どうやら何処かに旅にでも行こうとしているらしい。しかし、目的は、観光などではなく。なにかを探しに行こうとしているらしい。

そうこうしている間に料理が運ばれてきた。

メニューは、パンと豆が多く入っている、スープであった。少女はまずスープから口に運んだ。初めて食べたまともな食事は、少女はにとって、とても幸せなものに感じた。スープを口に入れるたびに暖かさが体の奥に染み込んでいく。始めから持っていた、固形食品では決して味わうことのできない味だった。

食事を終えた少女は、リュックの中から、財布を取り出し、店員を呼び出した。記憶がないはずなのに、このような場でどうすればいいのかは、なんとなく経験したこどがあるかのように、不思議と分かった。

財布の中身を見ると、紙幣が何種類も入っていた。どの、紙幣にも知らない人の顔が印刷してあったが、どれを渡せばいいかが思い出せない。まず、1と書かれた、真ん中に少しおでこの広い白髪のおじさんが書かれた紙幣を店員に見せた。店員は首を振り、その紙幣は使えないと言った。仕方なく、他の紙幣を順番に見せていった。店員は5種類目の、千と書かれた、ヒゲが濃いおじさんが描かれた紙幣を見ると頷き、それを懐に収め、少女に100と書かれた硬貨を渡した。

少女はもう一杯水をもらった後その店を後にした。

少女はその足で市場へと向かった。市場は縮小活気に溢れており、多くの人が行き交っていた。そこでは、野菜などが屋外にそのまま陳列されており、少女は衛生的に大丈夫なのかと、不安になったが、周りの人間はそんなことは気にもせず、買い物を楽しんでいた。

少女はなにか保存のきく食べ物を売っている店を探した。リュックの中の食べ物は底をつきかけていたし、なによりこれからの長旅はどれくらいの時間がかかるのか、想像もできなかった。

少女が多くの店の中から、いい店はないかと物色していると目の前の店の奥に佇む、干からびた老婆が話しかけてきた。

「お嬢ちゃん。旅の人かい?」

少女は少し困惑したが、狼狽えながらも軽く頷いた。

「ここら辺は日が沈むと危ない輩が出るからねぇ。気つけなさいよ」

「ありがとうございます」

少女は礼を告げ、その老婆の店でクッキーの箱を2箱買った。先ほどの料理店で買ったとき、お釣りでもらった硬貨を渡した。

改めて街を見回してみると、なかなかに人が多いようであった。旅の途中の者、店を開く者、なにやら怪しい格好をしている者、今まで歩いてきたところと違い、街は活気に溢れていた。しかし、少女の考えるような街とこの街は少し、様子が違った。少女が想像する街に比べ、この街はいかにも前時代的のように感ぜられた。

なにやら少し昔にタイルスリップしてしまったようだった。少女は街に辿り着いたときの興奮で忘れていた不安を思い出した。

自分は何者なのか、記憶を失い、自分がいつから歩いているのかすら分からない。世界の中で一人取り残されたような気分だった。道並みも彼女が思い浮かべるものとだいぶ違う。届くの建物は木で作られた、非常に脆弱な構造で、少女が思い描く家とは、だいぶ違うものだった。

しかし、少女にとって、自分が何かよりも自分がどこに立っているかの方が今は大切だった。

少女は役場へと向かった。役場はこじんまりとした2階建ての建物で、中では3人の男が黙々と書類に目を通していた。役場の壁には地図が立てかけてあり、この街の中を書き記した地図と、他の街への行程が書かれたものがあった。どうやらこの街はしまかご街というらしい。隣の町まではゆっくり歩いても3日ほどでたどり着く距離であった。役場で働いている人間に、何か話し掛けようかとも考えたが、忙しそうに働いていたので、遠慮することにした。

日も暮れてきたので、少女は今日泊まるところを探すことにした。地図でホテルの位置を覚え、少女はまた歩き出した。だいぶ日が暮れてきたので、街行く人はだいぶ減ってきていた。あと1時間ほどで日も暮れ真っ暗になってしまう。少女は少し急ぐことにした。

そうすると、視界の端に、喚き立てる悪漢たちが見えた。どうやら旅人からお金を巻き上げようとしているらしい大柄な男が2人で小柄な旅人の左右に立ち、逃げれないようにがっちりと腕を掴んでいる。

これを傍観していた少女は、この場に介入し旅の少女を助けようかと思ったが、すぐに考え直した。こんなところで騒ぎを起こしてもなんのメリットも無い。少女はまた歩き出そうとした。しかし、

「なに見てんだ、テメェ」

男の1人がこちらに気づいてしまった。ズカズカと巨体を揺らして歩み寄ってくる。

「なに見てんだって、言ってんだよ」

男は少女に近づいてくると胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げようとした。人を助ける気はないが、自分に降りかかる火の粉なら別だ。少女は自分を掴む腕に手を当てると、そのまま相手の手首の筋に思い切り指を押し込んだ。

「痛てぇ」

男は悲鳴をあげ、手を離した。だが少女はその隙を見逃さなかった。無防備になった相手の顎に全力で応援アッパーをおみまいした。

男は泡を吹いて、そのまま倒れこんだ。

「なにしてんだ、クソが」

もう1人の男が殴りかかってきた。少女はそれも軽く避けると、後ろに回り込み、後頭部を思い切り殴りつけた。男は脳震盪を起こし、その場に倒れこんだ。

少女はほっと息をついた。しかし同時に不安にもなった。こんなことをするのが初めてなはずの自分が、なぜこんな動きが自然とできたのか。自分は記憶を失う前どんなことをしていたのか。疑問は深まるばかりだった。

しかし、そんなことを考えている暇はなかった。騒ぎに気がついた周りの人間が、続々と集まってきていた。こんなに目立つのは計算外だった。少女はさっさとここから立ち去ろうそした。

「待って」

先ほど悪漢共に絡まれていた旅人であった。目の前で見るととても可愛らしい女の子だった。少し垂れた目、ふんわりとしたボリュームのある髪、そして自分とは対照的な、女性的な体型、自分が男なら放っておかなかったであろう。

お礼でも言おうとしているのだろうか。さっさと立ち去ろうとしたが、例も聞かずに行くのはいくらなんでも無愛想すぎる気もした。

一言くらい聞いてやろう。少女はそう考え立ち止まった。

「あなたどこから来たの?お名前は?今のどうやってやったの?どこで習ったの?」

彼女が口に出した言葉は、想像してたものと、だいぶ違った。少女がなんと言うべきか、思案している間にも、質問は止まらなかった。

「あなたの荷物だいぶ大きいわね、もしかして旅をしているの?私と同じくらいに見えるけど何歳?この後何か予定はあるの?」

少女はやはりこのまま立ち去ろうかと思った。しかし、右腕をがっしりと掴まれてしまっていた。解こうにも、周りに人が集まっているせいで、あまり荒っぽいことはできない。

話を断って、さっさと行ってしまおうと思ったが、彼女の目はキラキラと期待に目を輝かせていた。 少女は諦めてこの少女の質問に答えることにした。



二人は宿屋の一室にいた。部屋の中は簡素な造りで、古めかしいツインベッド、木製の机と椅子、そしてボロボロの洋服ダンスだけしかなかった。少女は助けてくれたお礼ということで、この部屋に招かれていた。

「あなた名前は?」

「無い......」

少女は答えた。記憶が無いのだから名前も知らない。当然のことだった。わざわざ止めてくれていると彼女にこんな答え方をするのは失礼かとも思ったが、他に返事が思いつかなかった。気まずい沈黙が二人の間を流れる。

「記憶が無いんだ。好きに呼んでくれ」

少女は沈黙に耐え切れず、口を開いた。

「記憶が?」

彼女は怪訝そうな顔した。それもそうだ。知らない人間にいきなり記憶が無いと言われ、困惑しない人間などいるはずが無い。

「そうなんだ。ミカちゃん大変だねぇ〜」

「は?」

こんどは少女が困惑する番だった。

「ミカちゃんはどこらへんから来たかとかも覚えてないの?」

少女が混乱している間に会話はどんどん先に進んでいく。会話というよりは一方的に話しかけられているだけだったが。

「待て。そのミカちゃんってのはなんだ?」

「何って、ミカちゃんはミカちゃんだけど?」

「私のことか?」

「うん」

少女はますます困惑した。あろうことか目の前の少女は見ず知らずの自分にいきなり名前をつけたのだ。好きに呼べとは言ったが、出会って早々名前をつけられるなどとは夢にも思っていなかった。少女は目の前の少女の大胆さに感心した。

「ミカちゃんどうしたの?」

「なんでも無い。それよりお前はなんていうんだ」

少女はミカちゃん呼びを受け入れることにした。今はそんな呼び名より、目の前の彼女の話を聞いた方が良いと判断したのだ。

「あぁまだ名前言ってなかったね。私フミっていうの」

目の前の彼女、いやフミは自分のことをそう名乗った。

「わかった。フミはどうしてこんなところに一人でいるんだ?」

フミは名前を呼ばれたからか、少し嬉しそうにして答えた。

「私?私はね、実は旅をしてるんだ!」

「見ればわかる」

ミカはそっけなく答えた。知りたいのはそんなことではなかった。

「じゃあ記憶も無いのにミカちゃんはなんで一人でいるの?」

フミはミカのそんな態度も気にせずにまた話しかけてきた。

「自分でも分からない。まともに話したのもお前が初めてだ」

「本当!?じゃあ私が最初の友達だね!」

フミが嬉しそうに答えた。

「まあそういうことだ」

ミカはそんなつもりはなかったが肯定した。

いちいち話の腰を折っても仕方が無いと気づいたからだ。

「ミカちゃんはこれからどこに行くの?」

「さあな。何処でもいいさ」

二人の間に再び沈黙が流れた。ミカは何も言わなかった。

「じゃあさ!私と一緒に旅しない?」

「はぁ?」

フミの唐突な申し出にミカは素っ頓狂な声を出してしまった。素性も知らない自分と旅をしたいというなんて、正気の沙汰とは思えなかった。断ろうかとも思ったが、なぜか勿体無いような気もしてミカは何も言うことができなかった。

「どうかな?」

潤んだ目でフミはミカをじっと見つめた。初めて出会う人間だからだろうか、ミカは一瞬相手が女の子であるということも忘れ、ドキリと、ときめいてしてしまった。そして、女の子に対してそんな風に思った自分が恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「いや?」

フミはさらにミカと手を繋ぎ、顔を近づけてきた。ミカの心拍数は、さらに上昇する。

「......わかった」

言ってしまった。少しの後悔と謎の安心感が胸の中に生まれる。

「やったあ!大好き!」

フミが抱きついてきてその小さな顔がミカの平らな胸の中に当たった。ミカの羞恥心はすでに上限に達していた。顔から蒸気が出ているんじゃないかと心配になった。

「近い!」

ミカは耐え切れずフミを自分の体から離した。このままでは茹でられたエビのようになってしまう。

「そういうわけでこれからよろしく!」

フミは突き飛ばされたことなど無かったかのように、また平然と話し出した。

「よろしくな」

ミカもそれに答える。フミのこの前向きな性格には苦労するだろうとも思ったが、やや暗めの自分とは対照的なこの性格も一緒にするのなら、退屈しなくて済むだろうと捉えることにした。

これが2人の数奇な冒険の始まりだった。



2人はツインベッドの上で並んで布団に入っていた。ミカは遠慮して床で寝ると言ったが、女の子どうしで何の問題があるのかと、フミに強引に押し切られてしまった。

「星、綺麗だね」

フミは窓から見える星空を眺めながらうっとりした目でそう言った。

「寝ないのか?」

ミカが尋ねる。

「ちょっとだけ、こうやって話してよっか」

フミは夜空からミカの方に向き直り言った。

「そうか」

ミカは恥ずかしさがまたぶり返してきて、夜空に目を向けた。

「ミカちゃんはどこまで行きたい」

「さあな、私はどこも知らない」

「私はねどこまでも行きたいんだ」

「どこまでも?」

ミカはフミの方を見つめた。その目はじっと自分の方を見つめていた。本気だ。ミカはそう思った。本気で行こうとしている。その目は何処までも遠く、遥か先を見ていた。

「ちょっと、湿っぽい話ししていいかな」

「ああ」

フミは自分から目を離し再び夜空を見つめた。遠い昔でも思い出そうとしているのだろうか。その目は何処か焦点の合っていないような、虚ろな目をしていた。

「私はね、昔はパパと2人で住んでたんだ。その頃の私は今よりだいぶ大人しくて、家で本とかを読んでゆったり暮らしてたの」

「想像できないな」

「でしょ。でもその頃はパパがお金持ちだったから生活には余裕があったの。でもね、私はその頃から旅に出ることを夢見てた。これだけの本じゃ足りない。もっといろいろなことをしりたい。もっと多くの世界をこの目で見たい。だから私はこうして旅に出たの。もちろんパパは大反対だった。でももちろんそんなことで止まる私じゃない。私はお金を貯めて、こっそりと家を出たんだ。それでねそこらさらに私は......」

「もういい」

フミが興奮してきたのをみてミカは話を遮った。もしここで中断させなければ、延々と話を聞かされることになっていただろう。

それにミカはだいぶ眠くなっていた。

「えー。まだミカちゃんと出会うまでの物語がいっぱいあったんだけどなー」

「これから旅に出るんだその時に好きなだけ話してくれ」

そう、これからいくらでも話せるんだ。ここで全てを聞いてしまったらつまらない。これからゆっくり話して貰えばいいんだ。

2人はゆったりと眠りに落ちた。
















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