第7話 具だくさん味噌汁は元気の源

まだ重たい瞼を擦り、枕元に置いてある時計を見る。朝方だった。俺は隣で眠っている壱を起こさないよう静かにベッドから降りて風呂場に向かい、軽くシャワーを浴びてから着替え、キッチンへ向かった。


朝食を作るなら、軽く食べられるものを。おかずを作り過ぎても、朝の胃袋には少しきついものがある。壱は……米の方が慣れ親しんでいるだろう等と考えつつ、米を研いで電子ジャーに入れて、早炊き設定のボタンを押す。他は、冷蔵庫の中身と相談で、という訳で冷蔵庫を開けてみた。

(おかずになる、具だくさんの味噌汁……それが良いかも!)

豆腐に大根、えのきにだし入り味噌。乾物のワカメも、戸棚に残っている。必要なものを取り出して、深めの器に乾物のワカメを入れ、水で戻す。

その間に、まな板と包丁を用意して、豆腐、大根、えのきを鍋の具にするつもりで大きめに切る。多少、大きめの方がおかずっぽさが出るからな。戻したワカメは、水気を切っておく。

鍋に水を入れて、火にかける。具材は火の通りにくいものから順番に。

具材に火が通ったら、味噌を溶いて加える。味噌を入れてからは、煮立たせないように気をつけて、沸騰する直前で火を止めたら出来上がり。

と、ちょうどこの辺りでご飯の炊けた電子ジャーの音がした。後はよそうだけの状態だ。


まだ眠っている壱の側に行き、ベッドの縁に腰かける。サラリとした白髪を撫でると、壱はくすぐったそうに寝返りを打ち、半分ベッドから落ちかけた状態で目を覚ました。

「おはよう?じゃな、真也……何やら良い匂いがするのぅ」

「壱、起きたか?おはよう。ご飯、出来てる」

ボーっとした目で見つめてくる壱の頭を優しくポンポンと撫でて、柔らかく告げた。

「うむ!飯じゃ!用意してくれておったのか?嬉しいのじゃー!」

フニャっと笑って立ち上がり、壱は俺にぎゅっと抱きついてくる。

「おぉっ!?」

抱きつかれ、驚き、変な声を発してしまうのも一瞬だけ。俺は壱の背中に手を回し、軽く撫でてからゆっくり離す。

「冷めてしまう前に食うのじゃ」

「うん、用意するから座って待ってて」

キッチンへ向かい、炊きたてのご飯を茶碗によそい、出来立ての味噌汁を小どんぶりによそう。ご飯のほんのり甘い香りと、味噌の優しい香りが控えめな湯気と共に部屋の中に漂う。お盆の上に二人分の朝食と箸を乗せて、テーブルに運ぶ。

「味噌汁の具は、わかめと豆腐と大根とえのきな」

朝食の香りにスンスン鼻を鳴らしてウットリと目を細め、白い尻尾をソワソワと揺らす壱に、味噌汁の具を告げて、お盆から朝食や箸をテーブルに並べた。

「具だくさん味噌汁、豪華なのじゃー!」

「ちょっと豪華にしてみた。召し上がれ」

どちらかと言えば簡素な食事でも、壱が毎回示す良い反応に、俺は毎回照れくさくなる。食事を促すと、壱は軽く手を合わせた。

「うむ!いただきますなのじゃ!」

味噌汁の小どんぶりを片手に箸を持ち、ふーふー息を吹きかけて冷ましながら啜る壱を横目に、俺も小どんぶりと箸を持ち、いただきますと小さく呟く。汁と一緒に豆腐を食べてみる。

「……ん、上手く出来た」

「味噌の塩梅が良いのぅ。さすが真也じゃ!」

「そんな……普通だよ。でも美味しいのなら良かった。具も食べてみて」

食べながら頷いて、大根を口に含む壱。元々穏やかだった表情が、更にホワっと緩む。

「ほんのり味噌の染みかけた大根、なかなか美味いのじゃ。飯も進むのう」

壱は小どんぶりをテーブルに置いて、茶碗のご飯を美味しそうに頬張っている。朝食を摂りつつ、見ていてクスッと笑ってしまう、微笑ましい光景だ。

「慌てて食べてなくても、おかわりはあるから」

「うむ、ゆっくりよく噛んで食すのが、ウカノミタマノカミへの敬意じゃのぅ」

「ウカタ……?」

俺は壱の言葉の意味が理解出来ず、箸を止めた。頭の中は疑問符だらけだ。壱はマイペースにご飯をよく噛んで味噌汁と交互に食べている。

「ああ、ウカノミタマノカミはのぅ、稲荷の社に祀られておる、偉い神様じゃよ。ワシらはその遣いの存在なのじゃ……ふむ、どの具も美味いのじゃ!」

味噌汁の具をつついて口に運ぶ合間に、壱はいつもと変わらぬ口調でさらりと答えをくれた。

「へぇ……!俺も壱を見習わないと。ささっと作ったけど、ちゃんと味染みてて良かったよ」

妙に感心してから、止めていた手を動かして、ご飯をよく噛んで食べ進める。

「ワシを見習う必要は、無いのじゃ。真也は美味い飯も酒も作れるしのぅ、ワシの知らぬ事をたくさん教えてくれるのじゃ」

ゆったりとしたペースで朝食を終えた壱は、俺の顔をじっと見つめてきた。見つめられると、少し戸惑う。

「そう、かな……ちょっと自炊が出来るだけだよ……ごちそうさま」

中身を綺麗に食べきった食器の類いを片付けようと立ち上がる。

「ごちそうさまじゃ。真也よ、ワシも何か手伝うのじゃ!それか、あのすごい洗濯機の使い方を教えてくれぬかのう?中身がいっぱいだったのじゃ!」

両手を軽く合わせてから立ち上がり、どこか楽しそうに俺の側で尻尾を振る壱。今日も元気そうで何よりだ。

「洗濯機の?もう洗い物溜まってたか……良いよ、こっちおいで」


さて、今日はどんな一日になる事やら。空と同じように晴れやかな日になったら良いと、俺は何となく思って小さく笑った。



【具だくさん味噌汁は元気の源/おしまい】


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