第8話 イロドリおじや

自然と目が覚める。ゴソゴソと時計を探して時間を確認し、壱を起こさないようベッドからゆっくり降り、軽く服を着てキッチンへ。


「ご飯どうしようかな……壱の身体もまだ心配だし。お腹に優しいおじやでも作るか」

一人呟いて、土鍋を用意する。元気な事が取り柄の一つのような壱は、昨日の夜から急に体調を崩してグッタリしていた。ヘコんだり拗ねたりする様子はたまに見ていたものの、あんなにも衰弱した様子を見たのは初めてで、俺に出来そうな事は壱が目を覚ました時に、胃に優しく温かい食事を用意する事ぐらいだ。


土鍋に水を注いで、コンロの上に乗せて火にかける。湯が沸くまでに、生姜をすりおろし、冷蔵庫から出したほうれん草とネギを飲み込みやすいよう細かく刻んでおく。

土鍋の中身が煮立ったら、醤油と塩とだしの素を少々加え、切ったほうれん草とすりおろし生姜を。冷飯を加えて解していく。少し、おこげが出来る方が良いだろうから、解し過ぎないようにして。

そのまま中火で5〜6分ほど。焦げ過ぎないように注意をする。いい感じに煮えたら火を止めてネギを散らして蓋をして、3分ほど蒸らせば出来上がり。


「ん……真也…………」

おじやが出来上がったタイミングで名前を呼ばれた気がした。俺はベッドで寝ている壱の元へ行き、そっと縁に腰かける。布団に抱きついて気の抜けた表情で眠る壱の頬に触れ、軽くキスを落とした。

「クスッ、よく寝てるな」

キス一つでくすぐったそうにしながら、壱の瞼はゆっくりと開く。

「のわっ!?お、おはようじゃ。最近、真也が積極的になってきているのは、どきどきするし嬉しいのじゃ」

「っ!?」

驚いた様子で飛び起きた壱。俺もつられてビクっとした。

「おはよう、壱。積極的、かな……?調子はどうだ?」

問いかけたら、言葉よりも先に穏やかな笑みを浮かべた壱の手が俺の頬に触れ、唇に唇が触れた。

「だいぶ良くなったのじゃ。真也のお陰じゃよ。ただ……のぅ、一時的ではあるのじゃが、ちいとばかし力を蓄えねば、耳と尻尾がしまえぬようじゃ」

「そうか、それなら安心した。あー……一応おじや作ったけど、どうしたら良い?俺に出来る事あれば言って」

「まずは……真也が作ったおじやを食べるのじゃ!話はそれからなのじゃ」

鼻をスンスン鳴らして匂いを確かめたのか、嬉しそうに壱はベッドから降りる。この辺りの反応は普段と変わらず、俺の中の不安は少し和らいだ。

「分かった。よそってくるから座って待ってて」

ついで立ち上がり、キッチンへ向かう。ふたり分のおじやを小どんぶりに軽くよそって、スプーンを添えてテーブルに運ぶ。

「はい、おこげの部分も入れといた。美味しいから」

「香ばしさとネギの匂い、それに生姜のほのかな香りが食欲をそそるのぅ。いただきますなのじゃ」

テーブルの側の椅子に座り、運んだおこげ入りおじやの匂いにウットリと目を細め、壱は軽く両手を合わせてからスプーンを握る。チラリと壱のお尻の辺りに目を向けると、今はしまえないらしい白い尻尾が機嫌良さげに揺れていた。

「どうぞ。俺も頂こうかな?」

フッと小さく笑って促し、俺も手を合わせてから小どんぶりとスプーンを持ち、少量掬って軽く冷ましてから口に運ぶ。うん、まあまあ上手く出来ているなぁ、と、我ながら思う。

「優しい味がするのぅ。野菜の彩りも、綺麗なのじゃ。ワシ、真也の作る飯が大好きじゃぞ!」

おじやを掬ってふーふー冷ましながら口に運び、一口、二口食べてから柔らかな表情で壱は言った。毎日食事を手作りしている主婦が、料理の味を褒められると嬉しい気持ちが、何となく最近、分かるような気がしてきている。

「なるべく胃に優しい物をと思ったから、そう言って貰えて嬉しいよ。俺は、壱が好きだから……壱に喜んで貰える物を作りたいと思っただけだよ」

「ありがたく残さず食べるのじゃ」

「うん」

二人して、もうすぐおじやを食べきる頃合いだった。

「真也よ……食べ終わったら少々話を聞いて欲しいのじゃ」

「ん?話?構わないけど」

俺の顔を見て、壱は躊躇いがちに口を開く。話の内容など想像がつかない俺は、首を傾げるだけ。

「ごちそうさまじゃ」

おじやを完食した壱は、両手を合わせてからひと呼吸おいて、語り出す。


話の内容は、昨日の俺の仕事がどうしようもなく気に入らなかったという事。元々苦手で力を余分に消耗してしまうらしい、祟りを起こす呪詛を使ってしまった事。それ以前にカミサマ的な力が元から弱く、縁のあった者を少しだけ幸せにする程度の力と、ちょっとした治癒の呪詛ぐらいしかロクに使えなかった事。今の状態から回復する方法だった。

「えっ……?ほんっと、壱は……そんな事する必要なかったのに。今回は仕方ないけど、もうするなよ?壱が嫌がる事はしないから、俺を信用しろ、良いな?」

申し訳無さそうに、白い狐耳をペタンと垂らしている壱に、優しく諭すように話す。

「うむ、多分もうやらぬ……怒って追い出されるかと思ったのじゃ」

壱は少しホッとしたのか、耳を垂らしたまま、今にも泣き出しそうな涙目になっていた。俺は、壱にそんな顔をして欲しくない。

「まぁ、俺の事信用してないのかとは思ったけど……怒って追い出したりなんてしないよ」

素直な気持ちを柔らかく告げ、涙目になっている壱の目元に触れる。追い出す所か、壱が出て行きたいと言ったとしても、俺は逃がすつもりはないんだ。


仄暗い独占欲のカケラもまた、彩りの一つ。ねぇ、壱……そうだろう?



【イロドリおじや/おしまい】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る