第二章 『ゼロ』

「あんまり気合入れすぎ感が出てもなぁ

 さりげなくお洒落に

 それでいて自分らしく・・・」


ボクは当たり前のように

着替えに時間がかかった。

勿論、

気合が入りまくりで空回り、

あ~でもない、こ~でもない・・・

楽しみ悩むというより、

こういう経験もセンスも

ほぼ皆無のボクには、

楽しむ余裕なんかあるはずもなく、

単なる優柔不断な独断と偏見による

一人ファッションショーだ。

おふくろさまが、

部屋に近づかないとこを見ると、

らしくないが、

親なりの気を遣っているんだろうか。

途中、幾度か軽い現実逃避を交えつつも、

なんとか、

自分なりに納得できる格好に仕上がった。

階段を小走りに降りるボクに


「ちゃ~んと空気を読むのよ~」


台所から声だけの

エールのようなジャブが飛んできた。


「分かってるよ~

 いってきま~すっ」


返事はしたものの、

時間と気持ちに余裕があれば

どういうアドバイスだと

つっこむところだ。

『空気を読む』・・・

なんと単純明快で

難易度の高いアドバイスだ。

分かってるとは言ったものの、

空気を読むなんてのは

一種の才能とかセンスの類で、

努力ですぐ

何とか出来るようなものじゃない上に、

それすらしてきてないボクには、

何ともハードルの高いアドバイスだ。

しかし、

ありがたく頭の片隅には頂戴しとこう。


 家を出て数歩、

エリの家の玄関が見えた途端、

何気にハッピーな感情に

得体の知れない不安と緊張が差し込んだ。

気付くとさっきまでの勢いはどこへやら、

一歩一歩踏みしめるような

牛歩となっていた。

心待ちにした瞬間を前に、

行きたいのに足取りが重い。

不安と緊張で

今にも心臓が口から飛び出しそうだ・・・

やっとのことで

エリん家の玄関前に着くと、

心の準備をする暇も無く

ちょうどエリが出てきた。

ボクは一瞬で硬直した。

タイミングもそうだが、

それよりエリに魔法を掛けられた、

そんな感じだった。


これが、エリ・・・


青天の霹靂的な

棚から牡丹餅といったとこだ・・・

これで表現が合ってるかは別として、

そんな感じだ。

ニュアンス的に。

元々かわいいし、

美人なのは認めるけど、

ここまでだったっけ・・・

まあ、

『かわいい』も『美人』ってのも

勿論、ボクの好みってのが

大前提になってはいるが。

そんな高揚感から、

先ほどまで

緊張感に弄ばれていたのが

嘘のように、

体も心も羽が生えたように軽くなった。

訳もなく

さらに緊張感が上乗せされた。


「変・・・かな・・・」


ボクの自分会議で出来たこの変な間に

不安を感じたのか

圧巻の臨戦態勢なエリの不安げな

表情と言葉が

ボクを少しだけ我に還らせた。

改めてエリに視線を投げると

化粧したエリを

こんな意識的に見た記憶はない上に

アクセサリーを付けるイメージも

全く無かったため、

意外を通り越して完全に釘付けになった。

高校生という

子供と大人を兼ね備えた

ある意味最強のオーラを纏っている。

口元、目元、耳元と飾られたエリに

ボクの思考回路は一瞬で破壊された。

やっと還ってこれたのに木っ端微塵だ。

お陰で頭が白紙になったまま固まった。


「・・・・・・

 ・・・あっっ」


「えっ・・・」


また固まってた自分にびっくりした。

エリは不安そうな表情のまま

ボクに視線を向けていた。


「おかしい・・・かな?」


「最高・・・」


「えっ?」


「えっ?

 あっ・・・

 いやっその・・・

 凄く良いよっ」


脳の再起動が間に合わないまま

口が勝手に動いた。


「あっ

 ありがとぉ・・・」


今考えると、

エリは昔から

ちゃんと思ってることを言ってたし、

いろんな意味で素直だった。

ボクと違って・・・

恥ずかしさと

プライドと

幼馴染という思い込みの美学が

壁のような口実となり

出来てなかった事や

言えなかった事が

ボクには山のようにある。

かといって、

今のは事故のようなもので、

改めて今後出来るかと言えば

出来る気もしないし、

その度胸も無い。

なんとも情けない話だ・・・


「うれしっ・・・」


エリの完全に照れた表情に、

こっちがその何倍も赤面した。

きっと、ボクからは湯気も出てる。

そのくらい

こてこてなリアクションだった。

自分でも笑えるほどに。

もちろん笑えなかったが・・・


「たかゆきも・・・

 お洒落してきてくれたんだぁ」


「あ・・・あぁ・・・」


て言うか『たかゆきも』?

ってことは・・・

自然と顔がニンマリする。

思考回路が

勝手に自分に都合よく起動した。


「そんなお洒落なたかゆき見るの

 七五三以来だぁ」


「えぇ~っ

 それ褒めてないよなっ」


「そんなことないよぉ

 似合ってるよっ」


「ほんとかな~」


「うんっ

 ほんとっ」


「なら、いいけどさぁ。

 このくらい気合い入れないと

 釣り合わないからさっ」


「えっ・・・」


「あっ」


初々しさ全開の

やり取りを楽しむ余裕も無く、

お互いに直視できず

上目遣いする度に目が合った。

そしてその度に赤面。

何のゲームだこれ・・・

いつもの二人じゃない

このぎこちないキャッチボール。

お互いの間に

ここまで露骨な『照れ』は

初めてだった。


「じゃ~

 いこっかっ」


となんとか振り絞って

いつも通りなボクを装って

そう言おうと思った瞬間、

エリに先を越された。


「あっ

 うんっ

 いこっ」


別に、

気にするほどのことでもないとは思うが、

軽い敗北感のようなものを感じたボクは、

おふくろさまのありがたいアドバイスを

心の中で復唱し気持ちを切り替えた。

次がある。

次こそは男らしく空気を読んで

先手必勝だ。

そう反省していると門を閉めたエリが、

いつもの笑顔で小走りに寄って来てくれた。

ちょっと、安心した。

エリはそう気にしてない風だった。


「お天気で良かったね」


「そだねっ」


さっきまでの反省モードもなんのその、

今日は色んな意味で

最高な一日になる予感がする。

目的は別なとこではっきりしているのに、

明らかに、

そことは違う部分に期待してるこの高揚感。足取りが軽いとは

こういうことを言うんだろう。

ボクたちは、良くも悪くも

幼馴染の距離を最大限に保ちつつ

『時を待つ』デートに身を任せた。



 初めてのデート。

理由もきっかけもどうあれ、

最高に嬉しいと今は素直にそう思う。

かなり都合よく聞こえるかもしれないが、

灯台下暗し・・・

幼馴染と言うか兄妹?弟姉?・・・

どっちでもいいか。

そういう風にお門違いな理性が働いてて

恋愛対象から強制的に外してたのに、

その必要がなかったことに

今頃ボクは向き合うこととなった。

あの失恋と特異体質という

負のコラボから生まれた

この突飛なきっかけに、

この時ばかりはかなり感謝した。

迎えに行く時のあの感覚、

ただ一緒に歩いているだけなのに

沸き起こるこの高揚感。

体に染み込んだ

幼馴染独特のフランクな感覚のお陰で

初デートの緊張感も

少しずつ薄れていった。

エリが、買いたいものがあるとのことで

その店に向かっていたが、

途中で映画館が目に留まり

会話の成り行きで映画を観ることにした。


「何でもいいよっ」


いつもなら、

いろんな場面で面倒臭く聞こえるこの言葉も、

このときばかりは優越感に浸れた。

ただ、

優柔不断なボクに決めきれるはずもなく、

結局、エリに決定権を委ねた。

エリ自身が観たかったのか、

ボクの好みに合わせてくれたのか

アクション映画、

しかも吹き替えを選んだ。

公開されて結構経つ映画だったせいもあり、

席は7割程しか埋まらなかった。

ボクらは、

中央より2~3列くらい後ろの中央通路側、

スクリーンに向かって右側に席を取った。

何かで聞いたか読んだかで覚えていたため、

通路側にエリを座らせた。

エリはスルーせずに

ちゃんと喜んで見せてくれた。

別に、神経質に選んだわけではなかったが、

周りの2~3席には人影が無かった。

それもあってか、

所々、視神経より左手に意識が集中した。

意を決した駆け引きも、

脆くも成就。

エリの方から手を重ねてくれた。

お陰で思考回路も左手にさらに集中、

本当に見た目の

アクションだけを楽しむ映画になった。

その手は、

映画館を出る時は暗黙の了解のごとく

それぞれの定位置に収まっていた。

エリってあんな積極的だったっけ・・・

時折、自分会議で記憶を辿ったが

ただ単に、

そういう機会が無かったからなのか、

エリが大人になったからなのか

答えは出なかった。

映画館の出来事で

胸いっぱいでお腹も空いていなかったが

エリのお勧めの喫茶店に入り、

照れくさい二人だけのランチをとった。


「おいしいじゃん、ここ」


言ってはみたものの、

味が全くしなかった。

たぶん本当に美味しかったんだろうが

さっきまでの手の感触に

味覚まで麻痺したようだ。

喫茶店を出ると、

エリのお目当ての店へと向かった。

幸いにも、

ボク自身も興味がある雑貨の店だった。

雑貨屋に入って、

二人でテンション上がりっぱなし、

エリ以上に

自分がはしゃいでるのがわかった。

あれこれ夢中になっていると

ボクをじ~っと見つめてるエリに気付いた。


「あっごめんっ」


「う~うん

 楽しい?」


「うん

 あれっもう買ったんだ」


「うん

 お目当てゲット」


エリは店のロゴが入った

小さな青い紙袋を

顔の高さまで引き上げ見せてくれた。


「何買ったの?」


「日記帳。

 もうすぐいっぱいになるから」


「日記書いてんだっ」


「うんっ」


「へぇ~」


「なぁに?」


「いやっ・・・

 何か・・・新鮮」


「そぉ~お?」


「うんっ」


「小さい頃からの習慣かなっ

 それに、色々思い出せるし

 何かと便利だよっ

 たかゆきは興味ない?」


「エリの日記帳になら興味あるっ」


「見せませんっ」


「ははっ

 即答だねっ」


「即答ですっ」


普通の会話が普通に楽しかった。


「じゃ~次、どこ行く?」


「もう、ここいいの?

 たかゆきが納得するまで

 つきあっちゃうぞっ」


「ははっありがとっ

 でも今日はいいよ。

 また、こようよっ」


かなりの勇気とさりげなさを搾り出した。


「うんっ」


見え見えの口実作りにも

何の躊躇も無くあっさりと返事をくれた。

全て見透かされてる気がして

少しだけ恥ずかしくなったが

それ以上に嬉しさがこみ上げた。

いつもの他愛も無いはずの特別な会話。

初めてづくしの時が流れる。

いつも見ているはずの

エリの『知らない一面』にも

たくさん出逢えた。


コロコロと転がるような笑い方、


髪をかきあげる仕草、


聞き慣れているはずの声に混じる


聞き覚えの無いトーンの声、


そして何より


ボクをちゃんと意識してくれている目、


今は全てボクに向けてくれているような


そんな感じがした。


改めて考えると、

かなり居心地が良い。

幼馴染という環境で育ったからではなく、

相性とでもいうのか・・・

とにかくエリの隣は居心地が良かった。

暫く街中を目的も無く散策していると

例の金属音が聞こえた。

辺りを見回すと、

4~5m先の道路脇に

慌しい2~3人の人だかりが見えた。


「あれ・・・」


とエリも気付いて

胸元で小さく指を指した。

そこにいた数人に

例の数字が浮いていた。


「何だろう・・・

 行ってみよう」


近づいてみると事故現場だった。

軽自動車とバイクの接触事故で

今起きたばかりのようだ。

事故の当事者であろう二人の頭上にも

数字が回っていた。

ただ、当たり前だが

今は自分会議どころではなかった。

見る見る人だかりが増えるなか

最初からいた女性は、

バイクを運転していたであろう

初老の男性に寄り添い声をかけていた。

もう一人の若い男性は

救急車の手配と警察への連絡をしていた。

エリとボクは、

軽自動車を運転していたであろう

若い女性に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


ボクより先にエリが優しく声を掛けた。

狼狽する女性と、

落ち着かせようとする女の子。

傍目には、エリの方が大人に見えた。


「は・・・はい。

 私・・・余所見してて・・・」


「今、救急車が来ますから」


エリもちゃんと見ていたようだ。


「はい・・・」


幸いに、初老の男性は

見た目には怪我はなさそうで

意識もはっきりしていた。

ほっとしたのも束の間、

振り返ると、

いつのまにかかなりの人が群がっていた。


「うわっ」


あまりの光景に声が出た。

そうこうしてるなか、

救急車、パトカーの順に到着した。

当事者を含め

ボクら6人が軽い事情聴取を受け、

初老の男性は大事をとって

救急車で搬送された。

軽自動車の女性は

警察官とやり取りをしてる中、

ボクら4人は

もう一人の警察官に礼を言われ開放された。

見ず知らずの他人が

損得なしで人のために何かをしたことと

その中に自分もいたことに

少しの優越感と達成感、

そして仲間意識が芽生えた。


「良かったですね」


と女性がほっとした感じで声を出した。


「本当に・・・

 事故は自分で気をつけてても

 起きちゃうことありますからね・・・」


ちょっと嬉しかったのが、

明らかに社会人なその二人が

ボクらを子ども扱いせずに

接してくれたことだった。


「ですね・・・」


「本当に良かった・・・」


妙な間と照れくささが

解散をぎこちなくさせたが

心地悪くはなかった。

ボクとエリは

何となくその二人が見えなくなるまで

そこで見ていた。

いつのまにか、

先ほどまでの人だかりは消えて

いつもの賑わい通りへと戻っていた。


「怖いね、事故。

 気をつけなきゃね」


「だよな~

 ほんのさっきまでは

 想像もしてなかったもんな~」


「そだね・・・」


「まぁでも

 二人とも大した事なさそうで

 良かったっ」


「うん

 そだねっ

 そう言えば、

 見えた?

 例の・・・」


「うん

 あの事故してた二人と

 野次馬の中の何人かに」


「そっかぁ

 やっぱり見えてたんだ・・・」


少しだけ寂しそうにエリが答えた。


「でも、

 変化の瞬間は見てないんだよな~」


「つるぷりんちゃんは?」


「いや気付かなかった・・・」


「そうなんだ・・・」


「うん」


パトカーはまだ停まっていたが

ボクらもそこを後にした。

気付けば夕方5時。

いろんな事があったが

楽しいこと程時間が経つのが早い。

月並みだが、実感した。

少しでも長く

デートという雰囲気に浸りたくて、

帰りの道程は、

普段あまり通らない川沿いの道を選んだ。

この道は、

歩行者と自転車専用で

景色も良く、

静かで緩やかな時間の流れを感じるせいか、

この街の学生にも

定番的なデートスポットだ。

目線より少し高めに留まる夕日が

川の水面に乱反射して

透明感を帯びた朱色となり

周りを照らしている。

日常に生まれる非日常が

幻想的な光景となり広がっていた。


なるほどと思った。


これは一種の魔法だ。


もう少しすると、


マジックアワーも訪れる。


無条件に恋に堕ちそうな、


そんな光景が容易に目に浮かぶ。


今の今まで押し殺していた感情に

歯止めが利かなくなるのを感じたボクは

思わず口をついて

自分でも想像もしなかったセリフを吐いた。


「手~・・・繋ぐ?」


あ~~~っ

何言ってんだボクは!!!

『冗談』と笑って誤魔化す間もなく


「んっ」


と少しだけ恥ずかしそうに

手を差し伸べてくれた。

棚から牡丹餅だ。

ん?

また微妙に使い方が違う気もするが・・・

と軽く現実逃避しながらも

自分で言っておきながら内心、

目一杯キョドる自分に笑えた・・・

というのは嘘だ。

そんな余裕すらない。

映画館で手を繋いではいたが

このシチュエーションでの感覚は

映画館のそれとは全く違った。

耳まで真っ赤なボクの顔を

夕日が優しく透かしてくれたおかげで

ボクも一応、平静を装いながら、

その手をぎこちなくも

引き寄せることができた。

心臓は、

心地よくも躍動感抜群な鼓動で

ボクをまくしたてる。

嬉しいやら、恥ずかしいやら、

完全に舞い上がってる。

ボクの手が軽く震えていたのを感じたのか

エリはきゅっと

優しく繋いだ手に力を込めた。

それにしても

エリはボクの性格を良く知ってる。

この素直さと気遣いに

今まで目を背けていた

『異性』という感情を

改めて思いっきり意識させられた。

今思えば、

もっと前から

エリはボクのことを『異性』として

認識してくれていたのかもしれない。

ボクはと言えば、

子供なボクなりの大人な理性が、

自分の気持ちから

目を背けていたような気がする。

幾つものきっかけを不意にしながら

当たり前の存在に

何の保証も無い安心感を

勝手に抱いていたんだと気付かされた。

そんな昨日までの自分を振り返りながらも

繋いだエリの手は優しくも温かく、

そして柔らかくボクのココロまでも包んだ。

夕日に透けるような

エリの横顔を眺めながら

今までに無い幸福感に包まれた。

包ま・・れ・・・


「え~~~~~~~~~っ」


全く油断していた・・・

と言うか、頭に無かった。

いろんな意味での

『今?』を頭の中で連呼した。


「えっ?

 なに?なに?

 どうしたの急に?」


「エッ・・・エリの上に・・・

 数字が・・・」


全く気配もなく、

ただ静かにそれは回っていた。

今までは、

何かきっかけみたいなものがあって

それに呼応するかのように現れてた数字が

今はひっそりと回っていた。

あまりにも意表を突かれたせいで

初めて見るようなリアクションになった。


「えっ?」


とエリがとっさに上を向いたまま固まった。


「み・・・見えるの?」


恐る恐る聞いてみた。


「全然・・・」


そう言って上を見上げている。


「えっ・・・」


おもいっきり拍子抜けした。


「今も浮いてる?」


ボクのリアクションを他所に

あっけらかんと聞いてきた。


「うん

 薄紅色が152、薄紫色が17」


「そうなんだ・・・」


と見上げたまま

エリのテンションが少し下がった。

ボクも少しだけのがっかりと

やはりボクだけなのかという

微量の優越感が入り乱れた。

ボクはハッとして

自分の頭上を見上げてみたが

ボクの上には数字は無かった。


「・・・」


「えっ?

 たかゆきにも浮いてるの?」


「ううん・・・

 浮いてない・・・」


すると間髪入れず、

例の金属音と共

にエリの薄紅色の数字が

『151』へと減算した。


「あっ

 エリの数字が151に減ったよ」


「えっそうなの?」


「うん・・・

 あっ・・・出てきた・・・

 今ここに、

 例のつるぷりんちゃんがいるよっ」


とエリの胸元を指差した。


「あぁ~エッチ~」


そう言って胸を手で覆った。


「ちっ違うよ。

 つるぷりんちゃんが・・・」


「確かにつるぷりんだけどっ」


おもいっきり妄想した。


「あっ

 今、想像してたでしょ~

 エッチ~」


「しっ・・・

 してないよっ」


「ふふっ

 たかゆき、分かり易~いっ」


「やっぱおふくろさまに似てきてるぞ

 エリ・・・」


「だって~

 見習ってるもんっ」


「げっ」


「でっ・・・

 まだいるの?」


と胸の辺りをじっと凝視するエリ。


「この子、どんな感じ?」


「やっぱ生き物だ

 薄紅色で透明な人型をしてる。

 かなりのぽっちゃりさんだけど。

 あっ・・・

 落ちた・・・」


「えぇ~

 大丈夫そう?」


「うん

 あっ、きょろきょろしてるよ・・・

 何見てるんだろう・・・」


「な~に見てるのかなぁ~~~」


見えないつるぷりんちゃんに

小声でエリが話しかけた瞬間


「あっ走りだしたっ」


川とは逆の方へと道を渡り始めた。


「えっどこどこっ?」


「そこっ」


と道の真ん中を指差した時、

道を横切っている最中にスッと消えた・・・


「あっ消えちゃった・・・」


「えっ・・・

 消えたの?」


「うん

 そこで消えた・・・」


さっき指差した手を

戻す間もないほどの

短い時間の出来事だった。


「そっか~

 どこ行ったんだろう

 つるぷりんちゃん」


そう言って、

少しだけ心配そうに

エリが道を眺めていた。


「あっ・・・

 数字も消えてる・・・」


「そうなんだ・・・」


「なんか

 あっという間だったな・・・」


「うん」


日常と非日常が混在してる

不思議な感覚を覚えたが

やはり恐怖などは微塵もなかった。


「回る数字につるぷりんちゃん・・・

 ん~~~ん~~~」


「はいはいっ

 ここで考えても

 答えは出ないよきっと。

 とりあえず帰ろっ

 たかゆきっ」


「う・・・うん・・・

 そうだね・・・

 でもエリ、

 意外と冷静だね・・・」


「ん~~~

 冷静というより残念かな・・・

 それに見えなかった分、

 実感がいまいち・・・」


「だよな・・・

 オレも残念だよ・・・」


と少しだけ拍子抜けしたボクに


「また、次があるよっ

 ん・・・」


と、横から覗き込んだエリに

またしても心を鷲づかみにされた。

あんな凄いものを目撃した直後なのに

この一瞬で

全神経がエリに向いているのがわかる。

まるで魔法だ。

こういうもんなんだろうか・・・

まだ他人事のようなこの出来事と、

完全に意識し始めた異性。

天秤に掛けるまでも無く

無意識に選択しているのか、

『出来事』より気持ちを動かされる。


「お~いっ

 還っておいでぇ~~~」


と現実に引き戻されると、

さっきより明らかに近い距離に

エリの笑顔があった。


「うわっ」


と仰け反るボクに


「あぁ~ひどぉ~いっ。

 今ドン引きしたぁ~」


と小悪魔なすね顔。


「まっまさか」


はぁ・・・完敗だ

ある意味、乾杯だ

口を突いて出なくて良かった。

エリに対するボクの気持ちは

嫌と言うほど

このたった1日で思い知らされた。

例の数字も、

結局ボクだけだったという

想定内の落胆と優越感が残った。


「ねぇたかゆき・・・

 あれ・・・」


かなり控えめに指をさした

エリの指先を辿ると

前から歩いてくる

手を繋いだ同年代のカップル、

その二人の頭上に数字が浮いていた。


「あっ・・・

 浮いてる・・・

 まさか、見えるの?

 今度は」


「う~うん

 残念ながら・・・」


「えっ

 じゃぁ、どうして?」


「別に意味はないよ。

 あの二人には浮いてるのかな~って

 思っただけ」


「なんじゃそりゃっ」


数字の変化を見たかったが、

この距離では

あまりにも露骨過ぎる感じがして

凝視できなかった。

そのうち何事もなく

ボクらとすれ違ったカップルの

後姿と数字を改めて見ていると、

女の子がつまいずいて

転びそうになったのを

彼氏が手を引き寄せて

上手に支えた瞬間

例の音と共に

二人の薄紅色の数字が

それぞれ1ずつ減った。

しかし、

彼らの体勢のせいもあり

つるぷりんちゃんは見えないまま

数字はす~っと消えた。


「やっぱり他の人にも起きてるんだ。

 あの様子からすると、

 色付くのと一緒で

 恐らく

 日常的に普通に起きてるなこりゃ

 今日、今の今まで

 気付く機会が少なかったのは・・・」


はっとしてそこで止めた。


「気付かなかったのはな~に?」


とちゃんとスルーせずに

小悪魔が聞いてきた。


「いや・・・

 何て言うか・・・」


『エリに集中してて』なんて

恥ずかしくてとても言えない。


「ん?」


その声に視線を上げると、

先ほどより近くに

小悪魔のまま覗き込むエリがいた。

聞く気満々だ。


「うわっ」


瞬間湯沸かし器ゲームかっ。

なんだそれ・・・

ひとりボケつっこみで

気を紛らわせようとしたが無理だった。


「あぁ~

 また引いたぁ~」


「引いてないよっ

 普通にびっくりしただけだよ」


「ふふっ」


軽く微笑んで、

視線をボクから外したエリを見たとき、

強制ではなかったんだと気付いた。

そう感じた途端、

素直に本音が滑り出た。


「・・・楽しかったからさ・・・

 デート・・・」


「ほんと?

 良かったぁ

 私も楽しかったっ」


そこには、

本当に嬉しそうなエリの笑顔があった。

その笑顔にボクは何倍も嬉しくなった。


「また・・・しような・・・

 デート」


「は~いっ」


この流れでの

『うん』じゃなくて『は~いっ』は

魔法だ。

小悪魔法だ。

エリは天然だが、

空気を読める天然だ。

空気を読める時点で

天然かどうかなんて考えるだけ野暮だ。

ボクにとっては、ある意味最強な存在だ。


「ここも

 いろんな人が行き来してるんだね・・・」


エリの声に周りを見ると、

買い物袋を下げた女性、

部活の帰りだろうか

帰宅デート中の学生や

ランニングをしている若い女性、

いろんな人影が見て取れた。

そんな中、

例の金属音が聞こえ、

ちらほら行き交う人々の何人かに

数字が浮いていたが、

周りの反応を見ても

誰にも見えていないようだ。


「ねぇ・・・

 数字が浮いてる人いる?」


「うん・・・

 何人かは」


「そっか~

 浮いてる人と、

 そうでない人の違いって

 何か目で見てわかる?」


「ん~」


と、もう一通り見回したが


「全然・・・」


分からなかった。

別に何か起こっているわけでもなく、

普通に歩いてる人にも

そういうことが起こっている。

色づく時と一緒のタイミングで

一貫性を見出せなかった。


「そうなんだ~」


「ね~エリ

 本気で信じてる?」


「んっ

 当ったり前じゃんっ」


と真顔の後、軽く微笑んだ。


「そっか・・・」


ボクは違う意味で顔がにやけた。


「でも、

 実際見えないと・・・

 寂しいな・・・」


「オレも・・・」


「えっ?」


「あっ」


お互いに素直に言葉にしたせいで

少しだけ照れた。

しかしボクの場合、

時間に比例するかのように、

その照れは少しではなくなった。


「まだ、時間大丈夫?」


「うんっ」


「じゃぁ~

 土手に下りてみない?」


「うんっ

 行くいくっ」


この川は、

昔あった大きな水害の後、

川底も土手も底上げされ、

幅も広くなり

時間を掛けただけ

綺麗にかつ安全に整備されていた。

土手の道は上の川沿いの道と違って

人の手が入ってはいるが

自然をなるだけ活かした

遊歩道になっている。

人工的に

知名度のある草木を飾り立てるのではなく、

土手に元々あったであろう

可憐で素朴な草木が

道に寄り添うように自生させてているのが、

昔を知ってるボクにとっては心地いい。

大人が3人程

横並びで歩ける位の道幅の歩道は、

アスファルトではなく、

こ洒落たレンガ調の石畳的な茶色い道で、

周りの景観に自然と馴染んで見える。

数メートル置きに

レトロモダンな街頭が立っていて

その下には木製のベンチが設置されている。出来て日が浅いため、まだ汚れてはいない。

この川面に近い遊歩道は、

まさに本命同士が歩く

デートスポットといった感じだ。

実際、こんなに綺麗なのに

明らかに上の道よりは人通りが少ない。

意識しないと

下りてこれないオーラすら感じる。

ボクの独断と偏見で言えば、

ここに足を踏み入れてる人たちは、

仲むつまじいご年配の夫婦か

付き合ってる事を意識してるカップル、

ロマンチストの一人散歩や

こだわりを持ってランニングをしてる人

という勝手なイメージだ。

それを承知の上で

ボクはエリの手を引いて

川の土手に降りる階段へと向かった。

エリが何の躊躇も無く、

表情も変えないまま

付いて来てくれてるところを見ると

ボクと同じようには考えてないようだ。

降りれるという独りよがりな優越感と、

ボクが考えてるような

特別感もなさげな

エリへの微量の失望感があったが

気持ちは明らかに弾んでいた。


「私、ここ降りるの初めてっ

 なんだか嬉しいけど照れくさいね」


このエリの言葉に、

自分に都合の良い解釈で

テンションがかなり上がった。


「だよね・・・

 やめとく?」


と心にも無いことを口走ってしまったが


「たかゆきは嫌?」


とエリがチャンスをくれた。


「んなわけないだろっ」


と平静を装ったが、

内心かなりほっとしていた。

階段を降りる途中、

自然とエリの手を引いてることに気付いた。


「あっ・・・ごめんっ」


「えっ?

 何が?」


「いや・・・あの・・・

 手・・・」


「あっ・・・」


とボクの余計な一言で

お互い超照れモードに入った。

動揺のせいで、

咄嗟に手を離してしまったため

ボクはバランスを崩してしまい

階段を踏み外した。

その時、ボクは迂闊にも、

エリが伸ばしてくれた手を

掴んでしまった。


「あっ」


「きゃっ」


エリの手の温もりを感じた瞬間、

慌てて離そうとしたが

二人声を上げたのも束の間、

一緒に滑り落ちた。

エリをかばおうとしたが、

抱き寄せるのが精一杯だった。

幸いにも、

3段程だったため

エリに怪我をさせずに済んだ。

ボクも左肘の擦り傷ですんだ。


「イテテテテ・・・

 大丈夫?

 エリ?」


「うん

 大丈夫

 たかゆきは?」


「良かった・・・

 オレは大丈夫だよ」


「あっ血がっ」


そう言うと、

自分の身なりを気にするより先に

ボクの擦り傷にハンカチをあてがった。


「あっ・・・

 血が付くよ」


「だから当てるの。

 そのまま押さえておいて」


「あ・・・ありがとっ」


子供の世界に

おいてけぼりをくらった気分だった。

そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、

エリが促すように指を差した。

階段から一番近くにあったそのベンチに

二人腰掛けて

夕陽を柔らかく反射する川面を眺めた。


「こちらこそ・・・

 ありがとっ・・・

 かばってくれて」


この言葉にはっとした。

一応、護れたんだ、エリのこと・・・

少しだけ男になった気がして

嬉しさがこみあげた。


「誰でもあ~するよっ」


いかにもな台詞で大人を装ってみるも、

らしくない感じに少しむずがゆさを覚えた。


「えへっ・・・」


エリは相変わらず素直な反応だった。

この差なんだろうか・・・

と自分会議のドアに手を伸ばした瞬間


「あっ

 エリにまた数字が・・・」


「えっ?

 ほんと?」


「うん」


「たかゆきは?」


そう言われて見上げたが、

ボクの上にはやはり浮いてはいなかった。


「やっぱ・・・

 浮いてない・・・」


すると、

またあの金属音と共に

その数字に変化が起きた。


「あっ

 薄紅色の数字が1減った」


すると、期待通りに

、例のま~るっこいつるぷりんな物体が

またまたエリの胸元から出て来た。


「出てきたよ

 つるぷりんちゃん」


「ほんとっ?」


今回は些細な部分まで観察しようと、

出てきた物体に釘付けになった。

また、きょろきょろと見回している。

そのままぽてっと

エリの膝の上に落ちたかと思うと、

そっからするりと足元まで飛び降りた。

物体ではない、明らかに生命体だ。

スライムっぽく柔らかそうで透明感がある。

若干、人間を意識している風な姿だが、

ボクの記憶の中では初めて見る生命体だ。

暫く周りの様子を伺うと、

今度は草むらへと

ぽてんぽてんと走って消えた。

時間にしてやはり5秒くらい・・・


「あっ

 消えた・・・」


「5秒くらいなんだね・・・

 消えるまで」


「うん

 それにやっぱり生きてた、あれ・・・

 半透明で、

 本当につるぷりんって表現が

 ぴったりだよっ」


「え~見たいな~」


「オレだって見せてあげたいけど・・・」


「どうして

 たかゆきだけなんだろっ」


「どうしてだろ・・・」


「ねぇねぇ

 消えたって事は・・・

 消滅したってことなのかな?」


「オレも初めはそう思ったけど、

 楽しそうなんだよね・・・」


「そうなんだ・・・」


「意識的にどっかを目指して

 走り出した瞬間

 すっと消えるというか・・・」


「ふぅ~ん」


エリの頭上に目をやったが、

既に数字は消えていた。


「もしかして、何かの前兆とかじゃ

 ないだろうな・・・」


「何かって?」


「わからないけど・・・」


「良い事だといいなぁ」


「うん・・・そだねっ」


良い予感も、悪い予感も別にしなかった。


「実際、

 あのつるぷりんちゃんは魂の一部で

 何かの度に溶け出すというか・・・

 死へのカウントダウンとかだったら

 笑えないよね・・・

 『はいっあなたは無事、

  また死へ近づきました・・・』

 的なさ・・・」


「きゃはははっ

 考えても見なかった~

 たかゆき、面白~い

 ふふっ

 ってか他人事でしょ~~

 ひどぉ~いっ」


「ははっ

 ごめんごめんっ

 冗談だよ」


「でも、たかゆき

 発想というか考え方というか

 面白いよねっ」


「もしそうだとしたら

 おふくろさまからの

 ありがた~い遺伝子のせいかもなっ」


「いいとこ受け継いだねっ」


「そっかなぁ~

 なんか長所ってより

 短所って気がするんだけどなぁ~」


「そんなことないよぉ~

 長所だよっ

 ちょ~お~しょっ」


「ははっ

 エリがそう言うなら、

 そうなのかもな~」


「絶対そ~だよ~

 おかぁさんに感謝しなきゃねっ

 ふふっ」


「おおせのままにぃ~」


今日の目的を忘れていたわけではなかったが、

正直こんなに見れるとは。

本当にこの事象は何なんだろう・・・

悪いことの前触れじゃないことを

祈るばかりだった。


「そろそろ

 帰ろっか」


「うん

 そだねっ」


「大丈夫?

 痛いとこない?」


「うん大丈夫

 たかゆきは?」


「オレも・・・

 大丈夫みたい」


立ち上がり、手を繋ごうとすると


「そっちは痛いでしょ」


と言って左側に回って

何事も無かったかのように手を繋いできた。


「サンキュッ」


「うん」


辺りが、

朱色の夕暮れから

神秘的な紫に様変わりを始めた。

昼と夜が混る魅惑的な時間帯。

夜を迎え入れようとしている。

階段を上りきると、

先ほどとさほど変わらない

まばらな人影に何か安堵感をおぼえた。

数字が見えてる人も居る。

それが逆に自然で普通に感じられた。


「な~んにも変わってないな

 さっきとさ・・・」


「そだね・・・

 周りの人達には普通の日曜日なんだね」


「こんな、非日常的な事、

 他にもあるのかな・・・

 オレたちが知らないだけでさ・・・」


「あると思う

 世の中、不思議な事が

 た~くさんあるもん」


そう言ってエリはすっと空を仰いだ。


「だよ・・・な・・・

 それに、この事象が見えるヤツが

 他にもいるかもしれないしな、既に」


「うん

 そ~だねっ」


「オレ・・・さ、

 なんでオレって少しの恐怖と、

 オレだけ特別なのかもって優越感と

 今朝エリがオレん家に来るまで

 頭の中がごちゃごちゃでさっ・・・

 エリからデート誘われた時、

 正直いろんな意味で嬉しかった

 正直、

 デートで頭がいっぱいになって

 その感情を忘れる事もできてたしね

 それに、

 あれは夢や幻覚じゃなかったって

 今日はっきりわかったし

 エリに見えなかったのが残念だけどね

 ただ、これが

 悪い予兆でないことを信じたい 

 エリをそういうことに

 巻き込んだオレとしては

 少なからず、

 責任と不安も感じてるんだ

 だから・・・

今日はごめん・・・

と・・・

 ありがとな・・・エリ」


「たかゆき・・・

 こちらこそ、ありがとう。

 それに・・・

 さらっと嬉しい事

 言ってくれちゃって・・・

 本当はね・・・

 デート断られると思ってたんだ~

 たかゆきには、私は女の子として

 映ってないような気がしてたから・・・

 だから、

 私の方こそ嬉しかったんだよ」


意外・・・じゃなかった。

感じ悪い言い方をすれば

自分に都合のいい『想定内』だった。

だったが、

かなりほっとしたし、素直に嬉しかった。

上から目線な幼なじみの隠れ蓑を

かる~く取り去ってくれたエリ。

まったく・・・

自分のことを子供なうえに、

臆病だったと思いっきり認識させられた。

自分でも苦笑いしてしまうほどに。

でもそれすら心地よかった。

負い目やら自己嫌悪を感じないのは

エリの舵取りのお陰だろう。


「もし、何かあったとしても、

 オレがエリをちゃんと守るから

 ちゃんと・・・

 守るから・・・」


思わず口をついて出た。


「・・・うん

 ありがとぉ・・・」


なんで、

こんなキザな言葉に

ツッコミもせずに素直に頷けるのか。

空気を読めるというか、

大人というか、

何にしてもやっぱり、

居心地が良い。

本当にココロから守りたいと思った。


「こちらこそありがとなっ・・・

 エリ・・・」


「うん」


この会話中に、

またしてもエリの上に数字が現れて

アクションをしていたが

慣れと決心の瞬間の

雰囲気を壊したくない思いで、

意識的にスルーした。

さっきまでとは違い、

エリと秘密を共有できてるという

優越感にも似た感情と

大切な探し物が見つかったような

嬉しさと少しの達成感がこみ上げた。


黄金のデートコースを離れ、

生活感溢れる人が行き交う

見慣れた商店街を横目に

県営住宅群を抜け

角を2つ曲がると

いつもの帰り道に合流した。

いつもと何も代わり映えのしない道だが

気持ちが高揚しているせいか

全くの別世界に見えた。

そんなほのぼのとし

た温かい気持ちで帰路を楽しんでいると、

ボクの横を歩いていたエリが

急に立ち止まり遠慮気味に指を差した。


「あの親子はどう?

 数字見える?」


そう言われるがまま、

指先を目で追った。

車道の向こう、

反対側の歩道で

ベビーカーを覗き込んでいる

若い女性とベビーカーの上に

例の数字が浮いて回っていた。


「うん、浮いてる

 なんで?

 なんでわかったの?」


「わかったんじゃないの

 ただ歩いてる人とかじゃなくて

 何かリアクションしてる人のほうが

 数字が出てるんじゃないかと思って・・・」


「そっか・・・

 リアクションね・・・」


ぼ~っとその親子を傍観していた時、

さらに、

ボクらとその女性らの間を

少し飛ばしたバイクがすり抜けた。

目で追うと、

奥の中央車線側にその原付バイクと、

続いて乗用車が2台、

そして、手前の車線に

大型トラック1台と

スポーツタイプの大型バイク、

乗用車の3台が

次々に信号待ちに追従した。

その内の原付バイクの男性と

トラックの運転手の上に

例の数字が回っていた。

どちらも信号待ちで

先頭に停車していたため、

観察しようと近づこうとした時には

信号が変わり走り出してしまった。

原付は直進したが、

大型トラックは左折した。

あきらめつつ見送るなか、

数字までは覚えられなかったが

どちらも薄紫色の数字が

減算したのはわかった。

ただ、信号が変わって発進した直後、

大型トラックの後ろに居た

スポーツタイプの大型バイクの運転手に

急に数字が現れ薄紅色の数字が減算した。

他の後続車に目を向けたが

他には数字は浮いていなかった。


「先頭に居たバイクとトラック

 どっちも薄紫色の数字が減ったよ

 でも、その後、トラックの後ろに居た

 バイクの運転手にも数字が出てきて

 こっちは薄紅色の数字が減ったんだよね

 細かい数字は確認できなかったけどさ

 エリはやっぱ見えてないよね?」


「うん

 でも、

 ピンクが減ったり、

 紫が減ったり・・・

 訳わかんないね・・・」


「確かにっ」


「これじゃ~寝れないよね・・・夜」


「まぁ・・・ね・・・・・・」


「たかゆき、いろんな本を読むからか、

 言う事も何気に高校生っぽくないし・・・

 私には想像もできないくらいの

 自分会議してそう・・・」


「えっ?

 おっさんぽいってこと?」


「大人びてるってことっ

 褒めてるんだよっ」


「ははっ・・・

 でもさ、

 経験が絶対的に足りてないから

 ただの理論づくめの

 あたまでっかちさっ。

 まっ忘れる事も多いし、

 言うほど物知らないし。

 それに、

 理屈っぽくなっちゃうんだよな~

 下手したら屁理屈になる・・・

 だからちょっと敬遠されたり、

 面倒臭がられたりね・・・

 変に気を遣ったり遣われたり・・・」


「そう感じてたんだ・・・

 なんだか淋しいね・・・」


「ま~慣れたけどね。

 身を守る術を憶えたと言うか・・・」


「もっと早く

 こういう話し聞きたかったなぁ~

 でも、これからは一人で悩まないで

 ちゃんと私には本音で話してね

 約束ねっ」


「あっ・・・うん・・・

 ありがとっ」


エリ・・・

幼なじみだった同い年の女の子が

ボクを置いて大人になって行く・・・

そんな取り残され感を感じつつも

どこか嬉しい自分もいた。


「いこっか・・・」


「うん」


他にも

歩行者や行き交う自動車があったが、

ここで数字が見えたのは

その4人だけだった。


「なんだか、

 軽く免疫できちゃったな・・・」


「ふふっ・・・」


バイクとトラックに気を取られたせいで、

いつのまにか、

ベビーカーの親子の姿も消えていた。

ふと気付くと

エリと手を繋いだままだった。

それだけ、

動揺も混乱もしてなかった

ということだろうか・・・

それとも、

逆に手に力が入っていたのだろうか・・・

それがわからないということは、

やはり平常心ではなかったらしい。

日常、どこにでも、

誰にでも起こっているであろうこの事象。

それだけに、

分かりやすい事象であるはずと

想定できた。

暫く、

手を繋いだまま会話もなく歩いていたが

お互いの無意識の沈黙に

不快な空気は漂わなかった。

5分程歩くと

なだらかな坂が出てきて、

その坂をさらに5分程上ると、

エリの家とボクの家がある。

その坂に差し掛かるまで

その沈黙は続いた。

ふと気付くと、

2階建ての

エリの家が見えるとこまで来ていた。

ちょっと洋風で

真っ白な壁に

オレンジの屋根の洒落た家だ。

ついでにその何軒か奥には

自分ちも見えてる。

あ~昭和してるな~うちは。

『ザ・瓦』って感じだ。

この近所で浮いて見えるのは、

もちろんエリん家だ。

と言い切りたいところだが、

逆の意味でボクん家も浮いている。

両極端な佇まいを醸し出している・・・

と格好良く言ってはみたものの

周りの景観に逆行と先行したものがある

というだけだ。


「着いた・・・ね」


「うん・・・

 着いちゃったね・・・」


その言い回しに

自分に都合よく

『残念』という感情を重ねた。

にしても、

こんなに近いのに

この物足りなさと淋しさときたら・・・

完全に惚れた側の感情だと、

経験の無い恋愛感情に対する独断で

想いに浸っていた。


「たかゆき・・・

 夜、たかゆきんち行ってもいいかな?

 今日のことおさらいしてみない?」


なんと神のようなお言葉だ・・・

青天の霹靂だ。

一瞬にして顔が満面の笑みに変わったのが

容易にわかる。


「もっ・・・

 もちろんいいよ

 そうできたらとオレも思ってたんだ」


「じゃ~夕食すませたら行くね」


「うんっ

 待ってる

 ってか、

 電話くれたら迎えに行くよ」


「ふふっ」


「何?」


「1分もかかんないし、

 この辺明るいから大丈夫だよっ

 でも・・・ありがとっ」


「だよ・・・なっ」


「うんっ」


「じゃ~待ってる」


「うんっ

 後でねっ」


「うんっ

 後でっ」


こんなやりとりの間にも

満面の笑みが消せてない・・・

きっとそんな感じだ。

エリを送り届けて・・・

という大層な距離でもないが

ボクも帰り着いた。

玄関を開けると

『ただいま』より先に


「おかえりなさいましぃ~~~」


おふくろさまがにやけ顔でお出迎えだ。

うわぁ~~~聞く気満々だ・・・

目も耳も全開だ・・・

小動物を狙う女豹状態だ。

当たり前か、

ボクの顔を見れば

誰でも良い事があったに違いないと

あからさまにわかる、

そんな顔をしているんだろうから。

ってか、

何で帰ってくるのがわかったんだ。

帰る時間は言ってなかったのに・・・

オンナの勘ってやつだろうか・・・

恐ろしい・・・

魔女めっ

後からエリが来ることを告げると

何も言わず、

しかし、

おもいっきり当てつけがましいにやけ顔で

すぐさま、お風呂の準備をしてくれた。

良くおわかりでっ。

気の効くおふくろさまだ。

部屋に入るなり、

デート仕様を解除、

自分の部屋にふさわしく、

いつもの自分に帰還した。

しばし今日の余韻に浸っていると


「こぉ~らぁ~」


と思いっきり耳元で

しかも小声というより、もう息に近い

生温かい風が不意を付いた。


「うわっ少々びっくらこいたっ

 ノックぐらいしろよ~」


浸っていた心地よい回想から

全身の鳥肌と共に呼び戻され

ある意味一番きつい

拷問のような呼び起こされ方をした。


「3回・・・」


「3回?」


「ノック、

 3回を3回

 ちゃ~んとしたわよぉ~

 極小さく・・・」


「3回?

 ってか極小さくって・・・」


「まぁ~あっ

 文句あるのぉ~?」


「べ~つにっ」


「あらまぁ~にくったらしい子ねぇ~

 お風呂流してこようかしら~」


「おいおいおいっ・・・

 わかったよぉ~

 ごめんなさいでしたっ」


「まったくぅ~

 頭の中はさぞ綺麗なお花畑なのねぇ~」


とおふくろさまからの

温くも的を得たお言葉。

おっしゃると~りで

ってかっ・・・

人間、年を取ると

勘がするどくなるのかっ

それとも都合のいいとこだけ

目が肥えるのか・・・

いやっ

やっぱ魔女なのかっ・・・

ボクとおふくろさまの中では

大抵の秘め事は秘密にはならない。


「でっなに?」


「何?ってぇ、

 お風呂湧いたわよぉ

 さっきからどんだけ叫ばすんじゃいっ」


「えっもう湧いたの?」


「もうってぇ、

 15分ず~~~っとお花畑?

 まったくぅ、お幸せなことで~

 羨ましいですことぉ・・・

 早くお入んなさいなぁ~

 エリちゃんくるわよぉ~」


おっと・・・

だった、エリが来るんだった。


「わかってるよぉ~

 すぐ入るよっ」


このやり取りに満足したのか

おふくろさまはご自分の部屋へと

ご帰還された・・・

まっ

夕食とってくるって言ってたから

まだ時間はあるだろ~

それにお風呂も入って来るだろうしなっ・・・

お・・・

お風呂・・・

あっばかっ・・・

おさまれ!オレ様っ

両手をズボンのポッケに突っ込んで、

気持ち前屈みで

お風呂に向かうボクを

あのおふくろさまが見逃すはずはない。

電話を切る音と同時に

猪突猛進なオーラ全開で参上。


「うわっ」


「こら~

 うわって何よ~」


「何でいつも

 タイミングがいいんだよぉ~」


「それはっ

 愛よっ

 あ~いっ」


「ははっ」


空笑いするボクに

弱点をみつけたおふくろさまが

先制口撃をしかけてきた。


「あ~~~らっ気の早いことでぇ

 風呂場でおいたはやめてねぇ~」


なっ・・・デリカシーのかけらもない。


「なんのことだよっ腹がいてぇ~のっ」


あっ・・・しまった。

おふくろさまに

悦楽チャンスを与えてしまった。

無視して風呂に向かうべきだった。

すでに後の祭り・・・


「ど~~~らっみせてごらぁんっ」


やっぱきた・・・

ってか来ないはずがない。

この千載一遇のチャンスを

あのおふくろさまが逃すはずがないっ


「少々のことならぁ~

 このマザーズゴッドハンドで

 治してあげるわよぉ~」


とニコニコしながら酔って来る・・・

あ~ちょっと違うが

あながち間違っても無いか、

このテンションは・・・


「まっ・・・まぢ怖いから

 やめれっおふくろさま」


「な~に遠慮してんのよぉ~~~

 あなたが小さい頃はぁ、

 ほとんどこれで治したんだからぁ

 大丈夫よぉ~

 薬いらず、医者いらずの

 ありがたぁ~い能力よぉ~

 ささっだしなっせ、

 だしなっせ」


明らかに楽しんでる・・・

ボクで・・・


「まぢきもいからいいってぇ~」


「まぁつれない子ねぇ~

 母親の唯一の楽しみぃじゃなかったぁ

 能力を奪うなんてぇ

 この親不孝ものぉ」


はぁっ?

能力?

しかも親不孝?

そんなに?

これは親孝行の一貫なのか?

そう考えると、

それはそれでなんか複雑だ。

って言うか

『楽しみ』って言ってたし・・・


「まっ・・・

 また今度お願いするわっ」


「しょ~がないわねぇ~

 今日は見逃すかぁ~」


やっぱ楽しんでる。

ってか、

ボクもまんざらでもないのかも・・・

もしかしてマザコン?

いやっ断じてそれは無い・・・

はず・・・


「ほいっこれぇ~」


とおふくろさまが

バスタイルを投げてよこす。

間髪入れずに


「これも無かったからぁ、

 ほいさっ」


と石鹸も投げてよこす。

人間って凄い。

ある程度のことなら

とっさのことでも判断が出来るようだ。

ボクの照準は

意識的であろう無意識で

後から飛んでくる石鹸に合った。

迷いが無かった分、

なんなくキャッチ。

ところが、

おふくろさまがにんまりしている。


「はうあっ」


ボクは・・・

まんまとしてやられた。

ちゃんとキャッチできている・・・

バスタオルも・・・

ボクの下半身は帽子掛けかっ

何気にバスタオルの弾道も

目標物にぴったりだったし。

恐ろしやおふくろさま。

やっぱ魔女に違いない。


「イエェ~スッ」


と、おふくろさまが、

満面のしてやったり顔で

台所へとまたご帰還。

その頭上には数字が回っていたが

見届ける気になれなかった。

そのまま意気揚々と

ドアの向こうへとご帰還なされた。


「ちゃぁ~んと洗ってから

 湯船に浸かるのよぉ~」


と勝利の雄たけびにも似た

お優しいお言葉が台所から響いた。


「子供かっ」


独り言のように呟いたが


「子供よぉ~」


とちゃんと返事が返ってきた。

全く反論出来ない。

しかも地獄耳・・・

魔女めっ。

ボクは、

この一連のやりとりで

恥ずかしいやら、悔しいやら。

どうせぇ~ちゅ~ねんっ。

しかもこのまま放置かいっ。

いや、

いぢられるよりはましか。

ほぼ毎日こんな感じだ。

ストレスではないが

決して楽しみでもないっ・・・

こともなくもないか。

ん?

結局どっちだ・・・


「あっそうそう

 今日はお風呂で本を読むのは

 おやめなさいね~」


「なんで?」


「エリちゃんを待たせる気?」


「だった・・・」


「でも、逆上せない程度に

 ちゃんと温まってきなさいな~」


「はいはいっ」


「はいは一回っ」


「は~い」


「返事はっ・・・」


「伸ばさない!っ」


「まったく~

 何回言っても聞かないわねぇ~

 ゆっくり浸かって

 さっさと上がるのよ~」


もうワケがわからんっ・・・

こともないか。

それにしても

全てがおふくろさまのペースだ。

この家は、

言わばおふくろさまのサンクチュアリだ。

ん~

聞こえは良いが、

実際はあり地獄的な感じだ。

何度も言うが、

だからと言って不快ではない。

なにはともあれ悦楽のバスタイム。

お風呂場でやるべき事を一通りこなし、

湯船に浸かって

お気に入りの歌を口ずさみながら

極楽フィニッシュと洒落こんでいると


「へぇ~たかゆき・・・

 歌上手いんだぁ~~~」


「サンキュ~・・・ん?」


「・・・」


「ん?」


「・・・」


「んんっ?」


「・・・」


「!!!」


絵に描いたような間を経て

風呂場が南極?北極?

どっちでもいいが

とにかく凍った。


「エリちゃん・・・

 なんでそこにいるのかな?」


声が上擦るとはこういうことか・・・

テレビの世界だけだと思ってたが

本当にこうなるんだ~

ってのは今はどうでもいい。


「ねぇっ

 な・・・なんで、

 そこにいんのっ?」


「あれ?

 おかぁさんに聞いてないの?

 うちの両親、今日結婚記念日だから

 夜は二人で外食ど~ぞって言ってあったの。

 両親が家を出た時ね、

 ちょうどおかぁさんと鉢合わせて

 その話しをしたら私の夕食は

 うちでど~ぞって誘ってくれたらしくて。

 お言葉に甘えてそ~させてくださいって

 なったみたいでさ~

 たかゆきんちで

 夕食を~みたいなメモがあったの。

 それを読んでる時、

 ちょうど電話がきてね

 おかぁさんが

 なるはやでおいで~って言うから

 速攻、シャワー浴びてきたんだよ~~~

 そしたら、ちょうどいいから

 お風呂覗いておいで~って

 いいもん聴けるよって・・・えへっ

 てっきり大好きな本とかの

 朗読が聞けるのかと思ったら

 予想外にい~もん聴いちゃった~」


全部・・・

おふくろさまの計画通りかっ

あのからみは時間稼ぎの小細工かいっ

魔女めっ


「エリちゃん・・・

 もう出たいので

 居間で待っててくれるかな・・・」


「え~

 別に私はいいよぉ~

 早く出なよぉ~

 逆上せるよぉ~」


・・・んっなんか、

おふくろさまとノリが似て来たな・・・


「からかってるだろっエリっ

 そっちがその気なら本気で出るぞっ

 このまま一糸まとわず出るぞっ」


「はいはいっ

 わかりましたぁ~

 でも逆上せないなら、

 まだゆっくりでもいいからね~

 私はゆっくりしとくから~」


「あっ・・・

 いやっもう上がるよ

 待ってて」


「わかったぁ」


おふくろさまとボクのやり取りを見てて

憶えたんだな~

ボクの扱い方とあしらい方を・・・

差し詰め、

おふくろさまの愛弟子と言ったところか。

でも、不思議と嫌じゃない・・・

ん~~~~~

やっぱボクにはMっ気があるのかな~

そう自分会議をしながら

ドアを開け

バスタオルに手を伸ばすと


バスタオルを手渡された・・・


「サンキュッ

 ・・・ん?」


手渡された?


手渡されたっ!!!


???っ


なにっなにっ


「はうあっ」


あまりの出来事に

一瞬で固まった体は

金縛りのように

自分の意思で動かせなかった・・・

そんな状況の中、

一点をじ~~~っと見つめながら


「えへっ

 か~わいっ」


とエリちゃんがのたまった。


エリちゃん?


なんでしゃがんでそこにいらっしゃるんだい?


今は居間にいるんじゃなかったのかいっ?


おっと、くだらないダジャレが言葉になって


なくて良かった・・・


わけがないっ

一糸まとわず仁王立ちなんですけど。

しかも、

我がご子息は臨戦態勢に至らずですから

そりゃ~かわいいでしょうよっ。

何これ・・・

何のバツゲームっすか神様・・・

ボクは

どうリアクションをとればいいんすかっ?

亀さまっ・・・・

はボクの方か・・・

神様・・・・・

神様のいぢわるっ


ま~エリちゃんも、

言いましたね確かに・・・


「はいはいっ

 わかりましたぁ~

 でも逆上せないなら、

 まだゆっくりでもいいからね~

 私はゆっくりしとくから~」


「私はゆっくりしとくから~」


「私はゆっくりしとくから~」


・・・うんうんっ

心地よいリフレインだ。

『居間で』って言ってないもんね~~~

『ゆっくりしとく』って

ちゃんと言ってるもんね~~~

有言実行だよね~


ボクはボクで


「あっ・・・いやっもう上がるよ。

 待ってて」


って確かに言ったね~~~

『待ってて』ってしっかり言ったね~~~

『居間で』って言ってないよね~~~

言われた通り待っててくれたんだもんね~

褒められても、

怒られる筋合いはないよね~

・・・ってか

・・・絶対に確信犯だっ

どんだけ短時間で、

理解から行動までもってくんだ。

いろんな意味でふらふらしてきた・・・

と・・・

自分会議中ですから

今もまだ出しっぱなしのようです・・・

すっぽんぽんぽんですっ

既に、現実逃避行です。


さすがに空気を読んでくれたのか


「この責任はとってあげるね」


・・・ありごとうございます・・・

て言うか・・・

その台詞は男が言う台詞でしょ~よっ

にっこにこのエリ殿が

頭上に数字を従えたまま

退場つかまつるのを

羨望の眼差しで見送った。

あんな優越感味わってみたい・・・

薄紅色の数字が減ったのが見えたが

そんなことが

『そんなこと』で片付くくらい、

どっと疲れた。

風呂から上がって

疲労感を感じたのは初めてだが・・・

顔が緩んでいる・・・

冷静になってくればくるほど

恥ずかしさの津波が

怒涛のごとく押し寄せてくる中

その波を楽しむ

ぎこちない

金槌サーファーな自分に気づいた。

うれしいのか・・・ボクは・・・

いやっそんなはずは・・・

でもっ・・・この気持ち・・・

・・・まっい~やっ

気を取り直して

ドライヤー当てて

腰巻タオルからパンツに履き替えて

Tシャツを着ると

近場にお出かけのときに着る

ちょっと洒落た

おきにのスエット上下が置いてあるのが

目に付いた。

あっ・・・

そ~言えば

下着だけ持って来てたんだっけ・・・

じゃ~これは・・・

はぁ~~~

おふくろさまには敵わないなぁ~~~

この時ばかりはさすがに

素直に感謝した。

まっ、

着る物以前に

生まれたままの姿を見られましたけど。

親としてどちらが恥ずかしいか

天秤にかけたのか

ただ、

面白い方を選んだのか

ボクの性格を逐一把握して

要所要所はちゃんと母親になるもんな~

だから頭が上がんないのかもな~

と反省と感心と感謝と

ちょっとしたグーな気持ちで

バスルーム・・・

風呂場を後にした。

バスタオルをひっかけて居間に入ると、

おふくろさまは普段通りご機嫌だった。

こういうとこで

恩着せがましいことをしないから

ボクも気楽なのか・・・


「おふくろさま~さんきゅっ」


自然と口から出た。


「あっちょ~ど良かったぁ

 これ持って行ってちょ~だいなぁ~」


といつもの調子で取り皿を手渡された。

エリもぱたぱたと手伝ってくれている。

そこには

デートの時とは違う

見慣れたエリの姿があった。

凄く感じのいい光景が

目の前で繰り広げられている。


「たかゆき~

 それ持ってってくれればいいから

 後は座ってて~」


エリが大人に見えて

嬉しいやら寂しいやら・・・

さっきの一大事は何だったんだってくらい

普通にしている。

必死に平静を装っているのか

本当に大したことじゃないと感じているのか

全く分からない。

やはり小悪魔だ。

魔女と小悪魔の夕飯の支度・・・

今夜は何を食べさせられるんだろうか・・・


「・・・おうっ

 さんきゅっ」


皿を片手に冷蔵庫を開くやいなや


「コーヒー牛乳、

 今テーブルに置いてきたよ~」


と、行動丸読まれ。


「おうっ

 気が利くじゃんっ

 って・・・

 あ~おふくろさまか」


「うんっ

 ゆっくりしてて~」


「ほ~いっ」


テーブルに取り皿を置いて

お言葉に甘えて、

コーヒー牛乳片手に

居間からパタパタな二人を見ていると、

ほんわか幸せな気分になった。

コーヒー牛乳を飲み終わる頃に

いつもの食べなれた

おふくろさまの手料理が

次々に運ばれてきた。


「エリが来てるのにいつもと同じかっ」


そう悪態をつくと


「あらっ失礼ねぇ~

 ちゃんとご馳走出してるでしょぉ~」


「そ~よっ

 たかゆき~

 ご馳走じゃな~い」


改めて並べられた手料理を見るに

普段と何ら変わりない。

やっぱいつもと変わんないじゃんっ・・・

声に出すのは止めた。

2対1じゃ200%勝ち目は無い。

周知の返り討ちにあうのは明白だ。

勿論、タイマンでも勝てはしないが・・・


「たかゆき~わからないの~

 たかゆきはいつも

 おかぁさんにもてなされてるんだよ~

 気づかなかったの~」


その言葉にはっとした。

一瞬、親鳥から餌をもらうひな鳥が

頭を過ぎった・・・

顔から火が出る思いがしたが


「たかゆきはまだおこちゃまなのよぉ~

 エリちゃんったかゆきをこれからも

 よろしくねぇ~」


「は~い

 おかぁさんっ」


おふくろさまの言葉に

深く落ち込まずにすんだ。


「だれがおこちゃまじゃっ」


「あなたよっ」

「たかゆきっ」


「・・・くそぉ」


二人して即答だった。

しかも息ぴったりにまるかぶりで。

一応悪あがきはしてみたが

鼻で笑われて終わりだった。

まったく女性って生き物は・・・

軽い自己嫌悪が

感心する想いに流されて心地よかった。

久しぶりにこのシチュエーションでの食事。

否が応でも話に花が咲いた。

ほとんど、

ボクの過去の失敗談だったが・・・

美味しく楽しい和やかな食事を終え

おふくろさまとエリが

後片付けをするのを

呆然と見ていたら、

そこはさすがに怒られた。


「今の世の中、男女平等っ

 たかゆきも自分の茶碗くらい

 片付けなさぁ~い」


「へぇ~いっ」


「ふふっ」


一通り片づけを済ませてエリと二人、

ボクの部屋に上がってきた。

エリがボクの部屋に入るのは三回目だ。

ただ、

高校生になってからは初めてだ。

お互い軽く緊張してるのが伝わった。

そんな中、


「たかゆきぃ~

 エリちゃ~んっ

 今すぐ開けてぇ~」


おふくろさまが

すぐさま紅茶とケーキを持ってきた。

すざまじいタイミングだ。

しかも今すぐって何だ?

その割には、

な~んもからまずに

普通に置いて部屋を出た。

調子が若干狂うが、

タイミングは絶妙だった。

おふくろさまの勘はするどい・・・

というか

女の勘?

経験則?

魔女?

やっぱ大人なのか・・・

頭が下がる・・・

お互い幼馴染とはいえ高校生。

しかも風呂上りの食事後。

そういう雰囲気に

呑まれる可能性は高いわけで・・・

残念なような助かったような・・・

残念8で助かりましたが2ってとこか・・・

不思議とイラッとはしなかった。

お陰で微妙な雰囲気は一変して、

いつもの二人に戻れた。


「おいしそ~食べよっ」


「えっ?まだ食えるの?」


「女の子には別バラという

 素敵な機能があるのだっ

 えへへっ」


と嬉しそうに

イチゴのショートケーキをほおばったエリが

無性にかわいく見えた。

そこにはいつもの幼馴染のエリがいた。

そこでふと気付いた。

おふくろさま、

わざわざ用意してくれてたんだ・・・

さんきゅっ

おふくろさまっ

胸のうちで礼を済ませた。


「おいしっ」


「ほんとに別バラなんてのがあんのな?」


「うん

 いいでしょ~」


「ぜんっぜんっ

 なんならオレのもやるよ」


「ほんとっ?」


「あぁ」


「なぁ~んてっ

 そんなに入りませんっ」


「遠慮いらね~ぞっ」


「ほんとだよっ

 この1個が至福なのだぁ~」


「そんなもんかねぇ~」


「そんなものですっ」


「ふっ」


「あ~

 今、鼻で笑ったなぁ~」


「とんでもないっ

 普通に笑っただけだよっ」


「ふ~んっ

 そういうことにしといてあげようっ」


「ありがとうございます・・・」


「えへっ」


「でもさぁ、

 やっぱエリにも見えなかったなっ」


「そだね。

 昨日たかゆきが話してくれた

 『見えるようになるきっかけ』は

 私にもあったんだけどな~」


「え?

 エリやっぱ本気で失恋したの?」


「うん」


「まぢっ?

 相手・・・誰?」


「えへっ

 気になる?」


「当たり前じゃんっ」


『幼馴染なんだから』・・・

と、今までなら

なんの躊躇もなく続けられた言葉を

ボクは飲み込んだ。

そうじゃないことに、

わずか今日一日で気付かされたからだ。


「気にしてくれるんだぁ・・・」


「正直・・・

 今は昨日までとは違う意味で

 凄く気になる・・・」


「えっ?」


「で・・・

 相手・・・

 オレの知ってるヤツ?」


「・・・ごめん、たかゆき・・・

 今は言いたくない・・・」


そう言うとエリはフォークを置いた。

なんとも微妙な空気が漂い始めた。


「そっか・・・

 ごめんごめんっ

 話が逸れたなっ

本題に戻そうっ」


「うん」


「じゃ~見えるようになる

 きっかけから考えると・・・

 失恋・・・

 というかショック・・・

 みたいなものなのかな・・・」


「今のとこ、そうかもね・・・

 メンタル的なことかもしれないね

 でも私には見えなかったから

 どうなんだろっ」


「たださ・・・

 オレ、小さい頃から色が付いて

 見えてたじゃん」


「うん

 そうだったね

 確か・・・

 色だけの時と数字の色は

 同じ色なんだよね・・・

 色はそのままで、

 数字という具体的なカタチになった・・・

 なんか・・・

 進化してるっぽいね・・・」


「それ・・・怖いな・・・」


「そっかなぁ・・・」


「色づいてた時も、

 最近見える数字の色も

 感じるものは同じなんだよなぁ・・・

 そう考えると

 やっぱり意図してることは同じで

 単に情報が増えたことになるよなぁ・・・

 でも何で今なんだ・・・」


「何か意味があるのかなぁ・・・

 もしかしたら、

 あまりにもたかゆきが

 気付いてくれないから

 ヒントを出してくれてるんじゃない?

 ふふっ」


「おいおいっ・・・」


「ふふっ

 でも、今回、

 今まで色だけだったのが

 数字も見えるようになったのは

 何で今ってより、

 きっときっかけのせいじゃないかなぁ」


「だよな~

 確かにきっかけらしいものは

 あったからなぁ・・・」


「たかゆき的には・・・

 その失恋って相当なことだったのぉ?

 今までで一番・・・って位の・・・」


エリの一言一句を

自分に都合のいいニュアンスに

置き換えて聞く自分に

改めてエリを意識していると感じた。


「・・・いや・・・

 自分で決めて行動して失敗した・・・

 というわけじゃないから、

 今までと同じかな

 だから凹んだというよりは

 後悔だったかな・・・

 今朝までは」


「今朝まで?」


「うん」


「・・・」


ボクが言いたい事をわかってくれたのか

ニコニコして

それ以上突っ込んでこなかった。


「そっかぁ・・・

 後悔・・・

 なんだか微妙だけど・・・

 他に思い当たる事がないんなら

 今のところはそれが原因としとくしか

 ないのかなぁ・・・」


「そうだな~

 他に思い当たんないもんな~」


「う~ん・・・」


「今日のことを踏まえても、

 みんなに常に浮いているわけじゃなくて・・・

 急に浮き出るというかぁ・・・

 いきなり存在してるというか・・・

 何かのきっかけで出現してるはず

 なんだよなぁ・・・」


「だとするとぉ、

 恐らくだけど、

 全ての人にそれは起きている事象だと

 仮定できるよね。

 あとは、それを

 見れる人と見えない人がいるだけ・・・

 とは言っても

 今は見えてるのは私達が知る限り

 たかゆきだけだけどね」


「だね・・・

 実際今日いろいろ見たし、

 他の人にはやっぱり

 見えてなさそうだったし・・・」


「うん・・・

 それに、やっぱりたかゆきには

 出てこなかったんでしょ・・・」


「うん・・・」


「自分のは出てこないのか、

 見えないだけなのか・・・

 謎だらけだね・・・」


「うん。

 まだ、オレ自身に出てくれば

 比べようもあるというか

 推測しやすいんだけどな~」


「そだね~

 で、

 数字も色違いで裏表一体だったっけ」


「うん

 色の違う二種類の数字

 表裏一体でそれぞれ何かしら

 リンクしてる感じがしたんだけどな・・・」


「リンクかぁ・・・

 確かに表裏という形だけじゃなくて

 関係性が表裏を意味してそうだよねぇ・・・」


「うん

 あの数字から感じるものが

 全く正反対な印象を受けたしね・・・

 薄紅色の数字は優しい温かい感じがしたし、

 薄紫色の数字は禍々しいというか

 嫌な感じがしたんだよな~」


「そうなんだ~」


「うん

 直感だけどね」


「直感って意外と当たるからね~」


「悪いこと程良く当たる・・・」


「そんなこと言わないでっ」


「へいへいっ」


「回ってることにも意味があるのかな?

 止まったら大変なことでも起こるとか・・・」


「どうだろう・・・

 動いてる以上は何かしらの意味は

 あるとは思うんだけど・・・

 何かが起こる可能性は

 あるかもしんないね・・・」


「うん」


「そんでさっ・・・

 なんとなく懐かしい感じがしたんだ」


「懐かしい?・・・」


「うん・・・」


「どうしてだろうね・・・」


「わかんない・・・」


「だよね・・・」


「でも、

 パニックにはならなかったんだ・・・」


「いつものように冷静に客観的に・・・

 そんな感じ?」


「うん」


「たかゆきはびっくりするほど

 冷静で客観的になるもんね」


「ははっ・・・

 おっしゃる通りで・・・」


「ある意味、

 心配もしてるんだよぉ~」


「なんで?」


「癖みたいなものだから

 しょうがない部分もあるだろうけど

 たまに、たかゆきは感情を無意識に

 押さえ込んでるんじゃないかって・・・」


「・・・そう見えてたんだ・・・」


「うん

 たまにね・・・

 最初のころは感情表現が

 苦手なんだろうな~って思ってたけど

 それだけじゃなさそう・・・」


「ただの現実逃避だよ」


「それだけじゃないよきっと・・・

 あっ・・・

 ごめんねっ気にしちゃった?」


「ううん

 良く見てるな~と思って」


「そりゃ~ねっ」


「えっ?」


「あっ・・・」


少しだけ赤らんだ顔で

目を逸らすえりに

ボクのほうが動揺した。


「と・・・とにかく、

 気づいたことは

 全部書き出してみよう

 思い出せること全てさ・・・」


「う・・・うんっ・・・

 って・・・

 て言うか・・・

 さっきから私が書いてるの

 見えてないのかにゃっ?」


明らかな照れ隠しすら

わざとらしくないとこが余計かわいい。

マイ手帳を広げて

今までの経緯だろうか、

たくさん綺麗な文字が並んでいた・・・

が、

ボクには前かがみで書く

エリの胸元の方が気になって

落ち着け如意棒、

落ち着け如意棒・・・

と呪文を唱えまくった。

何で今まで

こんな素敵な情景に気付かなかったんだと

自分の注意力のなさを反省した。


「あっ・・・

 まぢで気づかなかった・・・

 さっ・・・さっすが~

 頼りになるっ」


いろんな意味で本音だ。


「もぉ~

 調子いいんだからぁ~」


今の二人は、

完全にボクが想像するカップルの

会話とリアクションだ。

自然と顔がにんまりする。

普通に目を見てするごく自然な会話。

ふとしたときに目が合うと

照れてうつむいてしまう。

完全にお互いを意識している反応だ・・・

と信じたい。

そして視線が自然と胸元に・・・

これぞ普通の高校生なんだと

正当化しながら

ほんの少しの罪悪感から目を背けた。


「じゃ~数字の増減はどう思う?」


ボクは恥ずかしいやら、

どうしたらいいのやらで

いかにもな口調で話を振って

この照れくさい空気を濁した。


「数字の増減の意味・・・

 今までので共通点って

 何か思い当たることある?」


「共通点・・・共通点・・・

 無いな~

 ただ、いくつかは

 『何か』が起こってたね・・・

 お婆ちゃんの時は『親切』、

 今日は・・・『事故』・・・

 あのカップルもそうだったよね

 あれアクシデントといえば

 アクシデントだもんな

 オレらも階段から落ちたし・・・

 でも、その後の運転手達には

 何も起こって無かったよな・・・」


「そうだよね・・・

 運転手さん達には何も特別なことは

 起きなかったよねぇ・・・」


「・・・うん。

 特には・・・」


「『親切な出来事』、

 『事故』、

 『アクシデント』そして

 『階段からの落下』・・・

 『親切な出来事』の時は確かぁ、

 お婆ちゃんは

 薄紅色の数字が減ったんだよねぇ

 その時、女の子は

 薄紅色の数字が増えたんだよねぇ・・・

 その時は、どちらも薄紫色の数字に

 変化はなかったんでしょ・・・」


「うん」


「なんだかややこしいね」


「確かに・・・」


「ピンクが減ったり増えたり

 きっと、

 紫も減ったり増えたりするんだよね」


「たぶんね」


「絶対にきっかけがあるよね」


「あるはず」


「あう~」


「ははっ」


「どう?

 今浮いてない?

 見てみてっ」


「どうしたの急に?

 浮いてないよ」


「思いっきり・・・困ってみたの」


「困って?・・・

 ははっ・・・

 相変わらず天然だな~」


「あぁ~

 言ったなぁ~~~」


「ははっ

 褒めてるんだよっ」


「えぇ~

 なんか複雑~~~」


「だってオレ、

 天然大好きだし・・・

 あっ」


「えっ・・・」


しまった・・・

口が滑った。

また真っ赤な沈黙に包まれた・・・


「いやっ・・・

 そういう意味じゃ・・・」


「えっ?」


とエリの複雑な表情に少し焦った。


「いやっ・・・

 だから・・・

 その・・・」


いろんな想いが迷走し困惑していると

それに気付いてか


「えへへっ・・・

 ありがとっ

 今日のとこは

 素直に喜んでおいてあげよぉ~」


と笑って見逃してくれた。

まただ・・・

また大人の階段を先行された・・・

恥ずかしいやら心地いいやら、

『早く男らしくなれ』

と自分を急かすように言い聞かせた。

朝から全く成長してないのが

残念でならない。


「で、他になにかある?」


「う~ん・・・」


「・・・」


「・・・」


ほんの1~2分の沈黙だったが

ボクら二人には

目まぐるしい

思考回路の奔走が起こっていたことで

ひらめきの糸口を見つけるために

えらい長い道のりを走ってる気がした。


「あ~~~っ

 全然わかんないっ」


先にギブアップしたのは

意外にもエリの方だった。


「だろ~

 オレが昨日考えて

 寝れなかったのがわかるっしょ」


「うん

 わかるわかるっ

 どう考えても

 想像の域を出ないもんね~」


「あぁ・・・

 ポムポム・・・

 あれ絶対に生き物だった・・・

 走っていなくなったってことは、

 まだどこかにいるんだよね・・・」


「そうだねぇ~

 どこ行ったんだろうね・・・

 見てみたいな・・・」


「うん

 見せたいよ・・・

 透明感があって・・・

 ガラスっぽくてきれいな感じなのに

 直感的に柔らかそうな感じがした・・・」


「そうなんだ・・・」


「色も覚えてる限り

 みんなバラバラだった

 エリのはピンクだった

 色は、出てきた人間によって

 決まるのかな・・・」


「どうだろう・・・」


「まとめてみると

 分かったことは、

 2色の色づく現象が

 2つの数字に変わったこと

 その数字の色は

 前の色づく現象のときと

 同じ色だということ

 それから受ける感覚も

 同じだということ

 今までのたかゆきの経験上の憶測では

 薄紅色は良いイメージで

 薄紫色は負のイメージ・・・

 それが増減する・・・

 何かの拍子に

 そしてそれが、

 表裏一体で回ってるってこと

 同時につるぷりんちゃんが出てきて

 走り去って消えること

 そのつるぷりんちゃんの色は

 ばらばらだってこと・・・

 増減する数字と色とつるぷりんちゃん・・・

 なんじゃこりゃって感じだね・・・

 ふふっ」


お手上げという感じでエリが笑って見せた。


「でも、

 わかんないことだらけだけど、

 相談できる相手がいると、

 やっぱ気が軽いな 

 それになんだか楽しい・・・」


「そだねっ

 確かに楽しいぃ

 たかゆきとだから・・・」


「えっ」


思いっきり油断してたから

赤面一直線だった。

今日は、

顔面の血管がどっかきっと切れてる。

そのくらい、

顔面への血流が激しかった。


「かわいいぃ

 たかゆきっ」


「かっ・・・からかうなよ・・・

 エリ、おふくろさまに似てきたな~」


「きゃ~嬉しいぃ~~~」


「はあぁ?

 壊れた?

 大丈夫?

 どこに嬉しさを感じるんだ・・・」


「おかぁさん、

 美人だし面白いじゃないっ

 普通に嬉しいぃ」


「美人?

 まぁ~何十年か前なら

 その台詞許せるけどさ~

 今はもういろんな意味で

 魔女だよ

 魔女っ」


「何言ってんのぉ~

 綺麗だよおかぁさん

 色気もあるしぃ、

 あんな大人になりたいなぁ~」


「う~~~

 なんとなく複雑だ・・・

 けど、

 エリならなれるんじゃねっ」


「えぇ~~~

 超嬉しいぃ~~~

 楽しみにしててねっ

 た~か~ゆ~きっ」


ボクには、

もう赤面を通り越して

天狗級の殺し文句だ。

なんとも陳腐で意味不明な表現だ。

ってか、

エリってこんなだったっけっか?

ボクが気づけなかっただけだろうか・・・

美人でかわいい、

性格良いし、スタイルもいい。

・・・なんかこの表現、

観察力や洞察力に乏しい

おっさんみたいだ。

今までの、

この恵まれたエリとの環境を

どんだけ無駄に過ごしてたんだと

自己嫌悪にすら堕ちそうだ。

まったくもってもったいないっ。

ま~でも、

今回の件を機に

かなり近づけたし結果オーライか。

と、ここで疑問が出てきた。

エリって今まで彼氏がいた記憶がない。

本当に居なかったのか、

ボクが知らないだけなのか・・・

今更聞く勇気は無い。

思いっきり気になるが・・・


「もしもぉ~~~~しっ

 聞いてますかぁ~~~

 帰っておいでぇ~~~」


「あっ・・・

 ごめん・・・

 なんだっけ・・・」


完全にお花畑にトリップしていた。


「もうっ

 耳からお花が咲いてるぞぉ」


「うげっ

 おふくろさまと同じこと言ってる」


「だって見えるもんっ

 お花ぁ・・・」


「・・・」


「おかえりっ。

 精一杯頑張って帰ってきたねぇ~

 お花畑からぁ」


「ただいま戻らせていただきました・・・」


「改めてぇ~

 おかえりなさぁ~いっ」


とエリが笑ってお出迎え。

その笑顔は反則だ。

どストライクだ・・・

にしてもかわいいなぁ~~~

いかんいかん、

またお花畑に向かうとこだった・・・


「でっ・・・

 何だったっけ・・・」


「まったく~~~

 教えてあ~げないっ」


「えぇ~~~

 ごめんってばぁ~~~」


「えへへ~~~

 またこ~んどっ」


「ちぇ~~~」


「ふふっ」


「でも・・・

 こんな非日常的な

 非科学的なことに遭遇してるのに

 大騒ぎする気分にはなれないんだよなぁ・・・

 なんでだろ・・・

 なんか微かに懐かしさというか・・・

 安心感というか・・・」


「そうなんだ・・・」


「うん・・・

 もしかして、

 過去に何か関係があるのかな・・・

 前世とかいうレベルで。

 偶然じゃないような、

 そんな気がする・・・」


「必然って感じるの?」


「ま~

 そんな格好いいもんじゃ

 ないんだけど・・・

 何か繋がりがあるような・・・」


「そっか~」


「うん・・・」


コンコンッ


「なに?」


「たかゆき~そろそろエリちゃんを

 送っていきなさいな~

 もう10時過ぎよぉ~

 ご両親が心配するわよ~」


「えっ?」


見ると時計は10時10分。


「あっ

 エリごめんっ

 気づかなかった」


「大丈夫だよたかゆきっ

 ここにいるの知ってるか

 心配してないよ」


「そっか・・・

 でも、

 もう今日は送っていくよ」


「いいよ~

 すぐそこだしっ大丈夫」


「いやいや、

 一人で帰らせようもんなら

 おふくろさまにオレが締め出される」


「ふふっ・・・

 じゃ~

 お願いしよっかなっ」


「おう

 是非そうしてくれっ」


「ふふっ」


「また、話しような・・・」


「うんっ

 しよっ」


「おうっ」


「おかぁさんっ

 遅くまですいませんでしたぁ

 お食事とデザート美味しかったですっ

 ありがとうございましたっ」


「はいさっ

 エリちゃん

 またいつでもおいでぇ~」


「はいっ」


このおかぁさんという言葉と

敬語のアンバランスさは

いつになっても聞き慣れないが

おふくろさまもボクも

エリもエリの両親さえも

不自然さを感じていないのが不思議だ。

聞き慣れないだけで、

慣れてはいるのか・・・

訳が分からんっ


「じゃ~

 送ってくるわっ」


「エリちゃんに何かあったら

 あっしが承知しないよぉ~

 しっかりお勤め果たしといでぇ~」


「ふふっ」


エリから社交辞令じゃない笑みが零れた。


「わかりましたっ

 身命を賭して

 任務を遂行してまいりますっ」


「よぉ~しっ良く言ったぁ~

 それでこそ私の息子でごあすっ

 行ってらっしゃいなぁ~」


「はいよっ

 ってごあすって・・・」


「ふふっ

 か~わいっ」


そう言いながら

小さくエリが笑った。

はぁ~~~疲れる・・・

ってこともないか・・・

玄関を出ると

いつもより明るい夜空に

二人同時に空を見上げた。


「満月・・・」


「うわぁ~

 おっきぃ~~~~」


「凄いね・・・

 スーパームーンだっけ、

 今日・・・」


「スーパームーン?」


「うん

 地球と月が一番近づいたときの

 満月か新月のことだよ・・・」


「相変わらず博識だね~

 スーパームーンかぁ・・・

 素敵だね・・・

 そんなこと知ってるたかゆきがっ」


「えっ」


昼間・・・

とまではいかないまでも

この明るさに少々不自然さを感じる中、

エリのフェードアウトした言葉が

ボクの頭の中でこだました。


「それにしてもっ・・・

 たかゆき優しいんだぁ~」


意表を付かれたせいで

エリが何言ってるのか

ワケがわからなかった。


「えっ?

 普通送るでしょ」


「違うのっ

 おかぁさんに優しいなってことっ」


「おふくろさまに?

 どこが?」


「い~のい~のっ

 たかゆきはそのままでいてね・・・」


とエリが笑った瞬間、

どこから来たのか

目もくらむほどの閃光が

ボクらを包み込んだ。

不快な轟音と共に

全身に衝撃が走った。

はっと横を見ると、

今までボクの隣に居たエリが

ボクの2メートル程後ろに

横たわっていた。


「エリッ」


エリに駆け寄って顔を覗き込んだ。

微動だにしないまま浅く呼吸はしている。

驚愕と動揺が愕然に変わる間もなく、

次の瞬間。

エリを抱き寄せようとしたボクの目の前に

例の数字が現れた。

今までとなんら変わったところもなく、

慌しくもなく、重苦しくもなく

今までと同じように

ゆっくりと回転していた。

しかし、次の瞬間、

目を疑う変化が起きた。


「ゼ・・・ロ・・・

 ゼロって・・・

 ゼロってなんだよっ・・・」


おふくろさまが

血相変えてこっちに走ってくる。

意識の無いエリを見据えながら

体から意識を吸い上げられる感覚の中

意識が強制的に遠のいた・・・


「ゼロって・・・

 どういう・・・

 意味・・・

 だよ・・・」


吸い込まれた漆黒の中、

ボクは様々な過去を遡るように垣間みた。

これが走馬灯というものなんだろうか・・・

そう冷静に客観的に傍観したまま、

さらに暗く深い淵へと吸い込まれて

堕ちていく感覚に意識が遠のいた・・・

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