忘れられた男
@yu-rin
第1話
男が目を覚ますと目の前に女性がベッドに横たわり眠っていた。淡い栗色の髪に肌は透き通るくらい綺麗だった。彼女とは同じ大学の友人だ。いや、それ以上の関係かもしれない。
彼女との出会いは小学生の頃までさかのぼる。
男は幼少から病気がちであまり外で遊ぶよりは一人で本を読んでいる方が好きだった。そのため周りの同級生とは馴染めずどちらかと言うとはぶかれていることの方が多かった。
母親からは「たまには外で遊んだら」と促されることもあったが無理に気の合わない人と時間を共有するつもりにもなれなかった。
両親は友達がいないのではないかと心配していたようだが全くそういう人がいないわけではなく休み時間に少し会話をするくらいの友人はいた。学校内でだけの話ではあるが。
「ねえねえ、健太くん」
ある日の休み時間、日いつものように好きな本を読んでいると少年に名前を呼ばれた。この生まれながら人付き合いの悪い男の名前は健太と言うらしい。
「なあに?」
読みかけの本にしおりを挟み顔を上げて返事をした。
話しかけてきた少年は年中半袖に短パンでいるような明るい子供だった。
健太とはまるで反対の性格のようだが家が近所なこともありよく一緒に登下校する仲だった。
「願いを叶えてくれる神様が学校の近くの神社に出るって話知ってる?」
突然半袖の少年は笑顔を崩さず言った。
よくある口裂け女だったりこっくりさんだったりといった都市伝説の類いの話だろう。
そういう噂は広がるのも早いもので健太でさえ知っていた。
「うん」
噂は知っているものの信じていない健太が答えた。健太はサンタクロースですら幼稚園に入る前に正体を知ってしまったためそのような話は興味は湧くが一切信じない子供だった。
「本当にいるのかな?」
明るい少年は続けて言う。
「さあ」
早いうちにこの話を切り上げたい健太は答える。
「今日の放課後、神社に行ってみようよ」
健太の反応など気にせずに誘ってくる。
人の輪にはあまり入らない健太だったが誘われたら断れないという日本人的な性格だったので結局放課後に神社に行くことになった。
チャイムが鳴ると皆それぞれがこのあとどこで遊ぶか話し合っている。
健太も先ほどの少年の席へ向かう。
「じゃあ、行こっか」
相変わらずの笑顔のままの少年と学校を後にする。
噂の神社は校庭を出て子供の足でも10分程で着く距離にある。
「でも願いを叶える代わりに失うものってなんだろう?」
神社へ向かう道中、特に会話はないままだったが細い路地を歩いているとき突然半袖の少年は言った。
例の噂には続きがあり、願いを叶える神様が学校の近所の神社にいるが叶えるには何か大切な物を失うというものらしい。
この良いことばかりではないという部分が噂の信ぴょう性を増していた。
「なんだろうね」
健太は早く帰りたい気持ちだったのでずいぶんと適当な返事で済ませた。
そんな会話をしていると神社に到着した。とても小さな神社で鳥居もそんな数なく周りは古い家屋がある。神様というより何か霊的なものが出るという話の方が信じられるような場所だった。
二人は社の前にある賽銭箱があるところまで近付いた。
しばらくそこでじっとしていたが何も起こらない。
「何も出てこないね」
嫌々来た健太も少しは何かあるんじゃないかと期待していたが案の定の結果にがっかりしながら言った。
「なんか願い事したら出てくるのかな?」
半袖の友人が答える。
「願い事しようよ。僕はファイナルクエスト3が欲しい」
と続けて言う。
ファイナルクエストとは人気ゲームの続編のことだ。その程度ならわざわざ何かを失うリスクを背負わないで親に頼めば良いのにと健太は思った。
「健太くんは何をお願いする?」
ここまで来て自分だけ何も言わないのもシラケると思った健太も適当な願いを考えた。
「じゃあ可愛い転校生でも来ないかな」
普段はそんなこと言わないがもう何でも良いと考えた結果、このような心にも思っていない願いを口にした。
「女の子なら今もいっぱいいるのにー。欲張りだなあ」
明るい半袖少年は言った。そのあと二人は大きく笑った。
久々に放課後に遊んだ健太はたまにはこんなのも良いなと思っていた。
明日から土日だ。またこの明るい少年と遊ぼうかなと健太は考えながら神社を二人で後にした。
次の週明け驚く事件が起きるとはそのときは思いもしなかった。
結局休みの間は友人とは遊んだりということはなかった。
日曜日の夜、健太は夢を見た。
明るい光でほとんど周りが見えないくらいまぶしい中、声が聞こえる。
「願いは叶えます。でも代わりに大切なものを預かるかもしれません」
声の主はそう言った。
おとといの神社の神様だろうか?
そんなことを健太は考えていた。そしてまもなくいつもの寝室で目が覚める。
妙にはっきりした夢だったため登校の間ずっとそのことを考えてしまった。
考え事をしながらだったからかいつもより早く着いた気持ちになった。
教室に入るといつもと違う雰囲気を感じた。
クラス中がざわめいているようだった。
健太が教室に入ってきたのを見計らったかのように先日神社に一緒に行った少年が近付いてくる。
「今日、転校生の子が来るみたいだよ。知ってた?」
近付いてくるやいなやそう聞いてきた。
健太には転校生の話は初耳だった。
この前の願い事が叶ったのかと健太は少し思ったがただの偶然だろうと思い直す。
相変わらず教室はざわめいている。
それは担任が来ても変わらなかった。
普段は不真面目で授業をほとんど聞かないような生徒が担任が教室に到着するとすぐに転校生のことを聞いた。
「ああ、よく知ってるね。じゃあまずはその子に来てもらいましょうか。相原さん、どうぞー」
担任は歳のわりに派手な化粧をしていて有名だった。声も鼻が詰まったような話し方をする。転校生を呼ぶ声もずいぶんと甲高く鼻詰まりかのように発せられた。
担任の声と同じく転校生が教室に入ってくる。
女の子だった。肌は透き通るように白く、ツヤのある髪は二つに結ばれていた。その容姿を評価するならアイドルにいてもおかしくないくらいだなと健太はぼーっと考えた。
健太の二つ前の席の少年が目を丸くして振り返っている。おそらく先日の健太の願いが叶ったものだと驚いているようだった。
ただそれは健太も例外ではなく神様の存在をこの時ばかりは信じてしまっていた。
「相原有希です。田舎から来たので都会は慣れないところもあるけどよろしくお願いします」
担任に促されたその美少女は自己紹介をした。
「みなさん、相原さんと仲良くしてあげてねー。えーっとじゃあ、相原さんの席はあそこね」
甲高い声で担任は健太の隣の空席を指す。
「はい」
少女は返事とともに健太の隣へ向かう。
近付いてくるごとに彼女の甘い香りが感じられた。
「よろしくね」
少女は着席すると健太の方を向き挨拶をした。
健太は緊張からか上手く返事ができなかった。初めの彼女からの健太に対する印象は良くないものだっただろう。
気の利いた返事もしないまま朝礼が始まった。
これが今ベッドに横たわる彼女との出会いの始まりだった。
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