②-襲撃-

「……セイラ」


「ええ。わかってるわ」


 考え事に没頭していると、セイラとライラが示したように頷きあった。いきなり背中の装着具から長槍と戦斧を外すと馬上から構える。

 ユキトとアルルが動揺する。そのせいで乗っている馬が少しだけ速度を落とした。


「ま、すんなりといくわけねぇか」


 辟易しながら、ライラは前方を睨む。同じ方向をユキトも確認した。夕焼けが消えかかっている中では、遠くまでよく見通せない。

 だが彼の耳朶はその音を捉えた。ドドド、というまるで津波のような地鳴りが響いている。しかも徐々にこちらへと近づいてきていた。

 土煙と共に姿を表したのは、馬に乗った鎧姿の人間達だ。彼らは何本もの武器を馬にくくりつけ動物の毛皮をマントのように羽織っている。兵士というより蛮族といったほうが近い。

 そして向かってくる全員の首の上には、様々な動物の頭が鎮座していた。

 いや違う。動物の頭部の毛皮を剥ぎ取り、フードのように被っているのだ。おかげで口元しか見えず表情が窺い知れない。

 毛皮の蛮族にもユキト達の姿が見えているはずだが、一向にスピードを落とす気配はない。友好的な雰囲気が微塵もない様子からして、連中の目標は明白だった。


「こっちに向かってくる……!?」


「わたくしたちが獲物、ということでしょうね。見たところ北方ギルド同盟付近に出没する盗賊のようですけど」


 ユキトが目を剥くと、セイラは手の中でくるりと長槍を回し、前方に切っ先を向ける。


「こんな地域まで南下しているのが妙ですわね……あるいは、こちらを撹乱する罠かも」


「んなこたどーだっていいんだよ。あたいらにちょっかい出すなら、蹴散らすのみ」


 首を左右に傾けてボキボキと音を鳴らしたライラは、歯を剥いて不敵に笑う。


「中央突破する。ユキト殿もアルルも遅れずついてきなよ!」


 吠えたライラは盗賊めがけて先陣を切った。

 襲い来る盗賊の数はざっと二十人ほど。先頭が数人ほどで、後続にいくにつれて人数が増える三角形の陣形を取っていた。その全員が何らかの近接武器を所持している。既に武器を構えているところをみると、接触と同時に攻撃をしかけるつもりのようだ。

 まるで戦車の如く土煙を撒き散らして襲い来る移動体の群れに、ライラは怯むことなく一人で突っ込んだ。

 先頭と肉薄した瞬間、彼女めがけて盗賊達が武器を振り放つ。

 銀の閃きが薄闇の中に重なる。


 くぐもった悲鳴が空に響いた。

 血しぶきをまき散らした盗賊が三人ほど落馬した。地面を転がっていき後続の馬に踏み潰される。仲間だというのに盗賊たちは避ける素振りもなかった。

 逆に突貫するライラの勢いに警戒してか、三角形の中央が開いて道ができた。後続と激突する気満々だったライラだが、戦斧は届くことなく、盗賊達とすれ違いながら集団を走り抜けていく。

 どうやら盗賊達は即座に獲物を切り替えたようだ。毛皮に隠れて見えないが、ギラついた興奮の目が自分に向けられているのをユキトは感じ取っていた。


 だが彼の前にはまだセイラが陣取っている。彼女は長槍を突きの構えに保持したまま突進した。仕留めようと盗賊達が密集して襲いかかる。

 相手の攻撃が放たれる寸前、セイラは馬上から「フッ」と短い息を吐き刺突を繰り出した。

 後方にいるユキトには、それが単なる一発分の突きにしか見えなかった。

 しかし彼女の目の前に迫っていた盗賊三人が喉と口から血を吐き出した。ただの一突きではなく、高速の三連撃だった。

 泡混じりの血を垂れ流す盗賊達はぐりんと白目を剥く。馬上で絶命していた。だが馬は主の命令を聞いてそのまま突進してくる。

 避けるかと思いきや、セイラは迷うことなく体当たりをしかけた。主の命令がない馬は戸惑いながら弾き飛ばされ、盗賊の体は空中に放り出される。セイラの愛馬は荒い鼻息を吐くのみで、激突の衝撃をものともしていない。

 その馬と死体が後続の進路を塞ぎ追撃を妨害した。数が減ったこともあって戦闘の空隙が生じる。セイラの後に続けばユキト達は攻撃を受けることなく通り抜けられる。


 だがアルルは、突然の襲撃に硬直して思考がまともに働いていなかった。呆然としたまま、手綱を握る手が震えている。

 咄嗟にユキトが手綱を取ろうと手を伸ばしたとき「早く来なさい!」とセイラが檄を飛ばした。

 まるで背中を叩かれたかのようにハッとしたアルルは、身を屈めて馬の速度を更に上げる。セイラの愛馬の尻に鼻先がくっつくかというくらい急接近した。陣形を崩した盗賊達は、最大速度を出す二頭を捉えることができず手をこまねく。ユキトを乗せた馬は無事に盗賊達の包囲を突破した。

 しかし逃げ切ったわけではない。生き残っている盗賊達が旋回して彼らを追走する。人数もまだ十名以上は残っていた。焦るアルルは必死に馬を走らせるが、あくまで商業馬のため騎馬のような訓練は施されていない。敵側の馬とは持久力や速度が違いすぎて、徐々に気配が接近してきた。

 ユキトは剣の束に手を掛けた。今はルゥナが傍にいない。憑依できる霊もいない。

 つまり、自分の力で戦うしかない。

 そんなことできるのか、と自問自答するが、悩んでいる場合ではなかった。敵はすぐ後ろまで来ている。素人の剣術でもないよりはマシだ。

 覚悟して剣を抜こうとした瞬間、前方からライラが突進してきた。


「おおおお!」


 雄叫びを上げたライラはユキトの横を通り過ぎ、彼の後方に迫っていた盗賊めがけて突貫する。方向転換できない盗賊たちは武器を振り上げて迎え撃つ構えだ。

 ライラの戦斧が敵の斬撃と衝突する。瞬間、ライラの凄まじい膂力によって剣は粉々に砕かれ、持ち主の盗賊の肩口に食い込んだ。威力はそこで減衰するどころか更に増し、戦斧は男の体を斜め下に斬り進んでそこから馬の胴体までをも刻む。

 血と臓物をぶちまける盗賊の後ろから別の男がライラに迫った。彼女は切り返す動作で相手の武器を破壊し、戦斧を振り回して毛皮に覆われた盗賊の頭部を両断する。

 更に旋回して戻ってきたセイラも加勢に入った。冷たい銀光を宿す長槍を連続で突き出す。彼女の場合はライラと違って相手の先を制する戦法を取る。盗賊達は腕を振るうことすら叶わず喉や顔面を一突きされて絶命していった。


 一方的な戦闘に目を奪われていたユキトはそこで、景色がほとんど変わっていないことに気づく。アルルもまた彼女達の戦いに気を取られていた。馬を停止させてしまったのは彼女の油断だが、セイラ達が敵を引き付けてくれているので今のところは支障はない。

 一人、また一人と斬り伏せられ地面にはおびただしい量の血と肉片が落ちていく。凄惨な光景にアルルは顔を背けたが、逆にユキトは目を離すことができなくなっていた。


 死体となった盗賊達の中には淡い光を放つものがいる。それは幽体が形成されるときの特有現象だった。

 このまま死体のそばに、本人とうり二つの透明体が出現すれば、それは未練を抱えた幽霊が現れたことになる。

 ユキトは固唾を飲んで見守った。果たして自分たちを襲い、殺された相手の中に現世に留まる者が現れるのかどうか。

 直接殺害したわけではないにしても、ユキトは加害者の一人だ。形は違えど、幽霊が現れた瞬間に、命題の答えを導き出さなければいけなくなる。

 ユキトは別の意味で、吐き気を覚えていた。


 だが結局、光は人の形になることはなく霧散していった。殺された盗賊の中に、現世に留まるほど未練を持つ人間はいなかった。

 安堵と共にどっと疲労が押し寄せる。いつしか息まで止めていたようで、ユキトは激しい動悸を抑えるように深呼吸した。

 だが彼の胸中に溜まった憂慮は決して消えることはない。


 ――……誰でも関係なく助けるんじゃなかったのかよ。


 自分を咎めるように心中で呟く。幽霊が現れなかったことに安心している自分が情けなくて、ユキトは苛立った。

 それに今回は運が良かっただけだ。答えを出す日はいつかやってくる。

 いや、本当は答えなどとっくに出ている。考え抜いて決めたことに嘘偽りはない。幽霊を救いたいという信念を貫くだろう。

 だがそんな施しを誰が受け取るというのか。加害者と被害者の関係で信頼が成り立つわけがない。

 殺した人間が、殺された人間の心を救う方法。そんなものがこの世にあるとは到底思えなかった。


「ここまでですわね」


 セイラの凛とした声でユキトは我に返る。盗賊は一人を残して全滅していた。主を失った馬数頭が周辺をさ迷っているだけだ。

 セイラとライラは、落馬して逃げることの叶わなくなった生き残りを追い詰めるように刃を向けている。


「あなたは運が良いですわ。偶然とはいえ生かされた。素性と目的を話せば、殺すのだけは止めてさしあげます」


 男の顔の、唯一毛皮で覆われていない口元が忌々しげに歪められる。

 盗賊は握っていた剣を少しだけ動かしたが、その瞬間にライラの戦斧が剣を破壊した。破片が男の手の平に突き刺さり、盗賊は膝をついて呻く。


「次はこんなもんじゃ済まさねぇぜ? 命が惜しかったら言うとおりにすんだな」


 負傷した腕を手で押さえた男は、痛みで青くなったその顔に若干の迷いを覗かせた。これを隙と捉えたセイラは畳みかけるように告げる。


「単なる追い剥ぎにしては人数と武装が釣り合ってない。これは何らかの計画に基づく襲撃ですわね? 答えなさい。なぜわたくしたちを狙ったのか。もし誰かの命令だとしたらそれを――」


「そいつは野暮な質問だ」


 闇の中から野太い声が割って入った。それと同時に二つの苦悶の声が、別の場所で上がる。

 一つは追い詰めていた盗賊の口からだ。苦しげな唸り声を上げ血を吐き出したあと、喉を掻き毟るように喘ぎながら崩れ落ちていく。

 もう一つはライラの愛馬からだった。悲鳴のような嘶きを上げて首を激しく振ると、いきなり地面に倒れ伏してしまう。


「セプツェン!」


 間一髪で飛び退いていたライラは愛馬の名を叫ぶ。馬は泡を吹いてびくびくと痙攣していた。

 セイラはすかさず馬を走らせライラを回収しようと手を伸ばす。だが二人の手が繋がれる寸前、セイラはその手を引っ込め長槍を構えるとあらぬ方向へ向けた。

 擦過音と共に火花が散る。死角からの攻撃を長槍の柄で受け止めたセイラだが、自身もバランスを崩して馬から落ちた。襲撃者は着地するとすぐに飛び退き、また姿を晦ましてしまう。

 そこでセイラの愛馬は、激痛が走ったように暴れ始めた。


「ハルート……!」


 宥めようとセイラが駆け寄るも、馬はやはり泡を吹きながら地面に倒れて動かなくなる。

 ギリ、と奥歯を噛み締めたセイラは長槍を構えた。ライラは彼女と背中合わせに立ちながら、戦斧の柄頭を地面に突き立て吠える。


「どこのどいつだ! 出てきやがれ!」


「あっはっは、素直に応じるとでも?」


 小馬鹿にした笑いが応じた。声は、先ほど会話に割り込んだ相手とは別人だ。

 ユキトも警戒しながら目を凝らしていると、闇の中で蠢く存在があった。それは人の形となってぼんやりと浮かび上がる。


「だけども、手下を殺しくさりやがった礼に挨拶だけはしてやる」


 盗賊が二人、薄闇の中をゆっくりと歩み寄ってきた。

 一人は筋肉質な巨漢で、もう一人はユキトよりも背の小さいやせ細った男。対照的な二人だが身に纏う鎧や頭部を隠す毛皮に類似点がある。盗賊たちの仲間で間違いない。


「さてさて嬢ちゃん共。よくも可愛い手下共を可愛がってくれたな。こちらもお前達を可愛がってやろうじゃないか。もう嫌だと叫ぶくらいにご馳走してやる」


 小柄な盗賊がくつくつと肩を揺らし、背中に装着していた槍を手に取る。一方で巨漢は武器を何も持たず、ファイティングポーズのように腰を低くして拳を前に出した。拳には鈍色の手甲が嵌められている。 

 油断なく武器を構えるセイラとライラだが、彼女らが声をかけたのは離れた位置にいるユキトへだった。


「ユキト様。少々面倒な敵のようですので、先に向かってくださいませ」


「こいつら片付けたあとにすぐ追いかけるからよ」


「なっ……!」


 ユキトは衝動的に馬から下りようとする。彼女達を置いていけるはずがない。

 だが地面に足をつけようとしたところでユキトは止まった。より正確にいえば止まらざるを得なくなった。

 盗賊二人の殺気がユキトめがけて容赦なく放たれている。ここで動けば即座に襲いかかってくると思わせる禍々しい気配だった。

 逡巡した瞬間、ぐいと体が引っ張られた。アルルが馬を急発進させた。


「アルル!?」


「いまユキト様が倒れるわけには……!」


 ユキトは抗議したが彼女は聞く耳を持たず、その姿はセイラ達からぐんぐんと離れていった。

 気配が完全に失せた頃、セイラが盗賊に向かって聞く。


「追いかけなくていいんですの?」


「どうせ嬢ちゃん達に邪魔されるからなぁ。だったらここでぶっ殺してゆっくり追えばいい。それにこれは、余興だ」


 小柄な盗賊がゆらりと不気味に動いて、槍を低く構える。隣の巨漢はジリ、と一歩半ほどすり足で距離を詰めていた。


「俺たちは楽しみを優先したいのさ。だから、すぐには死ぬなよ?」


 次の瞬間、二対二の激闘が開始された。

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