③-似たもの姉妹-
「お前は……!」
叫びながらユキトは上半身を起こした。
周囲が薄暗いことに一瞬ギョッとするが、どこかの部屋にいることがすぐわかる。今はベットに寝ているようで、すぐ隣には窓があった。窓の外からは月明かりが差し込んでいる。夜になっていた。
「そうだ、ルゥナは……!」
『ここにいる』
振り向くとベットのすぐ近くに女騎士が立っていた。彼女の姿があったことにユキトは少し安堵する。
孤児院の一件でルゥナは感情を大きく揺さぶられていた。未練が解消されたのではと感じるほどだったが、そこはやはり一筋縄ではいかないようだ。
『昼間はその、すまなかった。いきなり憑依してしまって……』
心底反省しているといった様子でルゥナが頭を下げる。
段々と事情が飲み込めてきたユキトは落ち着きを取り戻し、「仕方ないさ」と気遣った。
「感情に引っ張られることは誰だってあるよ。俺は気にしてないし。ルゥナママって呼ばれてるのは驚いたけど」
『あ、あれはだな、世話をしてる私達を義母に見立ててるだけで……そう呼ばせると落ち着くんだ、小さい子たちが』
ルゥナは照れて頬を掻き、視線を彷徨わせる。どことなく落ち着きのない素振りでもあった。
「それに、結果的には上手くいったんだろ? ここに寝てるってことはジルナさんが信じてくれたんだろうし」
この状況をユキトは好意的に捉えていた。客として対応されたのだろうと。
しかし、ルゥナはバツの悪い顔をする。
『すまんユキト。ほんとーにすまん』
「……どゆこと?」
ルゥナは答えず、部屋の奥へ視線を投げる。そこには出入り口のドアがあった。
「起きた途端に独り言ですか。それも私を誑かす算段だとしたら大したものですね」
薄暗がりの中に人のシルエットが浮かぶ。パタンと本を閉じる音がしたかと思うと、足音が近づいてきた。
やがて近寄ってきた人物の姿が、月明かりによってはっきりとする。
ジルナだ。昼間に見たときと変わらずとても綺麗な少女だった。
しかしユキトは不審に思う。心なしか、注がれる視線が冷たい気がした。
「貴方には色々と伺いたいことがあります。素性とか、目的などを」
「ああ、うん。こっちもそのつもりだから。ところで俺が倒れてからどれくらい経った?」
「……半日ほどですが」
「てことは一日も経過してないのか。それに体の痛みやダルさも少ない。どんどん症状が軽くなってるな」
憑依に体が慣れて副作用が軽減したのか、あるいはこれが能力の仕様なのか。三回目なのでまだ絶対の評価ではないが、いい傾向ではあった。
ユキトが独り言のように喋るその横ではジルナがじーっと彼を見つめていた。何かを観察するような目つきだ。
「ああ、ごめん。説明しないとわけわかんないよな。いきなり倒れたのはルゥナの魂を憑依したことで起こる副作用みたいなもん、なんだよ」
「という設定ですね」
「設定……?」
意味がわからずルゥナに助け舟を求めると、彼女は気まずそうに顔を背けた。
「あの、さっきから様子がおかしくないか」
と、ユキトが身動ぎしたとき、ジャラリと音が鳴った。
鎖の音だ。まさかベットの中にルゥナの剣を入れていたのか。ユキトはベットの中を手で探るがそれらしい物体はない。
おかしいな、と思い頭を掻こうとして腕を持ち上げる。ジャラリ、と音が鳴る。
手首に、大きな手錠が嵌めてあった。鎖は両腕の手錠と繋がり、大きく腕を広げることができない。
「なんですこれ」
「あなたは犯罪者ですので、この措置は当然のものです」
ユキトがポカンとするとルゥナが慌てて手を振った。
『だから違うんだジルナ! あれは正真正銘、私の行動だったんだよ!』
霊体であるルゥナの声は妹に届かない。ジルナは冷徹な目でユキトを見下ろす。
「罪状は詐欺罪に相当するでしょうか? 未遂で終わったので酌量の余地はあるかもしれませんが、騙った相手が悪すぎました。よもやジスペリア州長代理を使うとは大胆なことをしたものです。重い刑罰になることも覚悟しておきなさい」
「いや、待ってくれよ。もしかして疑ってるのか? 昼間の光景を見たろ?」
「ええ」
「だったらわかるでしょ。俺には、あの子達との思い出を語ることなんてできないって」
「不可能ではありません。孤児院には私と姉様以外の人間も出入りしていますし、姉様との接点を調査する術はいくらでもある。想像で補足できる部分もあるでしょう」
ジルナはまったく信じていない。まさか子供たちとのやり取りを見ても何も感じなかったというのか。
「よ、よく考えて。あんなに熱のこもった言葉を、赤の他人の俺が喋れるはずない。子供たちにだってルゥナの気持ちは伝わってただろ?」
「ええ、確かに。私も一瞬だけ信じそうになりました。しかし演技だと想定すれば崩れるんです、いとも容易く。どこかで芸の練習でもされていたんでしょうか」
ジルナが冷静に反論していく。一片の隙もない。
ユキトは眉間を揉んだ。そして困り果てた様子のルゥナに目を向ける。
「なんでうまく行ってないのさ」
『私も昼間の一件で信じてくれたと思ったのだが、予想に反してジルナがそのまま拘束してしまったんだ……本当に申し訳ない。私が勝手に憑依しなければ計画通り進んでいたはずなのに』
確かにルゥナの行動がなければ予定通りの作戦を試していた。この事態に陥っていることの責任を感じて、彼女は気まずい様子だった。
『でも悪い子じゃないんだよ。その証拠に君を牢屋ではなく客室に寝かしつけてくれたし』
「いやそういう問題じゃなくて……」
「また姉様と密談ですか? 何と仰ってるか教えてください。本当にいるなら」
ジルナが小馬鹿にしたように聞いてくる。ユキトはムッとして答えた。
「……頑固な妹ですいません、だってさ」
「なるほど。確かに姉様らしい台詞です。ま、誰でも思いつく台詞ですけど」
勝ち誇ったような妹の姿にルゥナが頭を抱える。
なぜそんなに頑なに否定するのか、ユキトのほうが疑問に感じた。
「でも、君にしてみれば実の姉なわけだし、少しは話を聞いてみようと思わない?」
「今度は情に訴える作戦ですか。見え透いた手なので効果はないですけど、まぁ理由は教えてあげましょう。そうすれば貴方も諦めがつきますよね」
『昔はもっと素直で可愛かったのになぁ』
姉が嘆いているぞ、と教えてやりたいユキトだったが、面倒になりそうなので黙っておいた。
「まず第一に、導師様を騙って上流階級の人間に取り入る輩が存在します。彼らは巧妙な手口で霊や精霊、神の存在を信じさせ占星術や呪術を金儲けに使う。姉様が行方不明の今、その状況を利用して私に取り入ろうとする輩が出てくると考えていた。既にそういう人間が一人現れていますし」
『ち、ちょっと待ったジルナ。導師様達の中に偽物がいるっていうの?』
ルゥナは問いかけるが、当然反応はない。そこでユキトは彼女の代わりに通訳した。
するとジルナは不愉快げに答える。
「……全ての導師様が偽物だと言うつもりはありません。ただ、中には私利私欲のために自分の所属や経歴を悪用する人間がいることは確かです。宮中の奥方が多く狙われているので情報が外に出ないだけです」
そういうことか、とユキトは納得した。どこにでも金持ちを騙そうという人間はいるもので、狙われる対象も金持ちの奥様方というお決まりのパターンだ。剣一筋に生きてきたルゥナより、貴族たちと多く接してきたジルナのほうが詳しいのも頷ける。
「第二に、このタイミング。全王円卓会議が開催される直前かつ姉様の捜索隊が出立してすぐというのは都合が良すぎる。私に取り入るなら今しかない。それに孤児院での行動と、都合よく倒れた流れ。全て計算だったのでしょう? 私が保護するしかなくなると考えて」
「俺から反論」とユキトは手を挙げる。いちいち鎖が鳴るが今は気にしない。
「その全王なんたらとかはまったく知らない。孤児院は、そこじゃないと君に会えないってルゥナに教えてもらったから。倒れたのはさっき言ったように副作用」
「口では何とでも言えますよね」
堂々巡りだった。なんというか、思い込みの激しさは姉妹そっくりだ。
しかし詐欺を警戒するのは理解できるが、あまりにも決めつけが過ぎる。なにせジルナの説に根拠はない。それでも彼女が信じようとしない裏には、何か別の理由があるのではとユキトは考えた。
「じゃあルゥナのこと、どうしたら信じてくれるんだよ」
「証拠を出しなさい。あれば、ですけど」
どこかで聞いたやり取りだ。ユキトは思わずルゥナの方を見る。
『どうした』
「どうしたんですか」
「はは、そっくりだな、って思って」
むぅ、とジルナが唇を尖らせる。
「いい加減その演技を止めて白状したらどうですか。貴方の目的はなんです。姉様の魂を連れてきたなどと言って私たちに恩を売るつもり? 要求はお金? それとも布教活動の援助?」
「どっちも違う。俺はその、詳細は省くけど異国の人間なんだ。それでさ迷ってたところをルゥナと出会った。ルゥナは君に話したいことがあって、なら俺が連れて行くからゼスペリアまでの道案内を頼もうってことで、協力したんだよ」
「たかが道案内が、貴方の要求ですか」
「う、いや……実は俺、この先どうやって過ごすかも決まってなくて」
「即ち、貴方の面倒を見ろ、と。何やら立派な目的があるようですね」
『勘違いだジルナ。面倒を見れるかもと言ったのは私だし、彼は自分の利益だけで動くような人間じゃない』
ルゥナは抗議するが、聞こえていないジルナは呆れたように首を振るだけだ。肩を落とすルゥナに向けてユキトは小さく「ありがとう」と呟いておく。
「今なにか言いましたか?」
「いや。それより証拠だけど、ちゃんと持ってるよ」
ピクリとジルナが眉を動かす。
「それを見てもらえればわかるはず。俺がルゥナに身体を貸せるってことが」
ジルナは黙ってユキトを見つめる。値踏みするかのような視線を真正面から受け止めた。
「……いいでしょう」
根比べに負けたようにジルナがため息を吐く。ユキトとルゥナは顔を見合わせて頷きあった。
「では貴方には、ルゥナ姉様の魂がそこにあることを証明してもらいます。もう一人の方と」
「……もう一人?」
「ええ」と頷いたジルナはニッコリと笑った。
「実はもう一人、領主館に来ていらっしゃるのですよ。姉様の魂を呼び寄せることができるという導師様が。しかし姉様の魂は一つ。であればどちらかが嘘をついていることになる。さてどちらが真実の姉様なのか、判明するのが楽しみですね」
ユキトは愕然とする。その顔を見てジルナは笑みを深めた。
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