第ニ章 ジルナは疑う、本当に姉様ですかと

①-信じさせるには-

 ゼスペリア州内地は、広大な円形の土地を城壁で囲った要塞都市だ。円周に近いほど一般市民の居住区が多く、中心部に行くに連れて爵位持ちの貴族が多くなる。

 城門付近から中心地まで一直線に伸びる目抜き通りは商人たちの往来が多くなるため、通りの脇には露店や商店が多く存在していた。また夜中になると、外からの来客を見越して宿場兼酒場が繁盛するという。

 歩きながらユキトは街中を観察する。とても賑やかで人の姿は途切れない。敗戦した街の様子だとは思えなかった。


「なんだか、皆あんまり慌ててないな。また戦争するかもしれないってのに」


『そんなことはない。前に巡回したときよりも人は少ないし露店の数も減少している。表立って騒がないのは、ライゼルスの戦争準備と山越え行軍に時間がかかることを知っているからだ。ほどなくして別の州に向かう移民も増えていくだろう。それより明らかに一般人ではない人種が増えている。戦争が近いことを嗅ぎ取っているんだ』


 何かと問うとルゥナは『傭兵だ』と答えた。言われてユキトは気づく。確かに武器を所持した厳つい男達がちらほらと確認できる。ゼスペリア州軍の義勇兵になるため各地から集っているようだ。


 ――戦争、か。


 ゼスペリアに留まって高名な導師に会うことを目的としていたが、戦争に突入すれば導師は寄り付かないかもしれない。ダイアロン中央州には導師がいるようだが、何のツテもなく行って相手をしてくれるかはわからない。

 やはりここは自分の目的よりも、ルゥナの未練解消を優先したほうがいいかもしれない。彼女と過ごしていれば生活にも慣れていくだろう。

 だがここに留まるということは、戦争に巻き込まれる可能性も示唆している。

 ユキトは手に握る剣を見つめた。アルルの泣き顔が脳裏を過ぎる。決して他人事だとは思えない。

 そのときルゥナが『待った』と制止の声をかけた。


『領主館に行くのはやめよう。今のゼスペリアはまだ厳戒態勢だ。おそらく君は入れてもらえない』


 意表を突かれたユキトは、すぐに目抜き通りから路地裏へと入り込んだ。誰も居ないことを確かめてルゥナに向き直る。


「入れないって……じゃあジルナさんには会えないのか」


『いや、ジルナに会うだけなら簡単だ。今の時間帯なら妹はある場所にいると思う。私を含め数人しか知らないから大丈夫』


「なんだよ。じゃあいいじゃん」


 肩透かしを食らった気分だが、ルゥナは別のことを気にしている様子だった。


『こんな状況だからな。ジルナも知らない人間の接近は警戒するだろう。あの子は私なんかと違って頭が切れるし、最悪は詐欺かなにかと間違われるかもしれない』


「なら、俺が導師のフリして話そうか? ルゥナを連れてきたって」


『それは無理だ。信じない』


 キッパリと断定された。ユキトは首を傾げる。納得がいかない。


「いや、ルゥナ信じてたじゃん。一人で、勝手に」


『あ、あれはだな……! 考えてもみてくれ、私は霊体で、君はそれが見えたんだ。これ以上の証拠はない。しかしジルナ達は私が見えない。信じるに足る根拠となるのは君の言葉や態度だ。でも、率直に言って君の格好は奇抜で宣教師にも修道士にも見えない。神に仕える者として説法を話すことも祝詞を唱えることもできないわけだし』


「それも異国の導師ってことで納得してたのは誰でしたっけ」


『うにっ、あのときは私も気が動転してて……あ、あんまり責めないでくれ』


 ルゥナはしょんぼりとして縮こまる。

 だが彼女の指摘した懸念は、実はユキトにも身に覚えがあることだった。

 まだ元の世界にいた頃。ユキトは未練を残して留まった幽霊の話を聞き、その解消の手伝いをしていた。だが幽霊の求める相手の中にはユキトを疑い、頭がおかしいのかと不気味がり、ふざけているのかと怒る人間もいた。

 その度にユキトは足りない知恵を振り絞り、なんとか信じてもらおうと努力してきた。


 世界は違えど相手が人であることに変わらない。単純に話すだけでは信じてもらえないことを、身に染みてわかっている。

 策が必要だ。苦い経験をしているユキトだからこそ慎重になった。


「とにかく、ルゥナだって信じる確かな証拠が欲しいよな。それがあれば一発でわかってもらえるくらいの」


 そのとき、手に持っていた剣の鎖がジャラリと音を立てた。

 ピンとくる。ユキトはルゥナから聞いていた情報を引っ張り出して道筋を立てた。


「……一つあるかも」


『本当か?』


 浮かんだ案をルゥナに伝えた。彼女はぽんと手を叩いて頷く。


『それなら可能性はある。むしろそれ以外に方法はないな』


「よし。じゃあ行こう」


 ユキトはルゥナの指示通りに歩き始める。

 州長が執務を行う領主館は内地の中心地に位置するが、ルゥナの指示する方向はそれとは反対方向、つまり城壁に近づく向きだった。


『着いたぞ、ユキト』


 ユキトは立ち止まり、ルゥナが指差す建物を見上げた。


「……教会?」


 白を基調とした建造物は礼拝堂によく似ている。門扉は開け放たれ、様々な人間が出入りしていた。離れた所から覗き込むと、幾つもの長椅子が並んだ室内の奥に祭壇が設えてある。


『そっちじゃない。こっちだ』


 ルゥナは礼拝堂とは別の方向を指差す。ちょうど建物の裏手側にもう一つ長屋が建っていた。礼拝堂と長屋の中間に作られた中庭では、大勢の子供達が駆け回っている。保育園のような光景だった。


『リルモニカ孤児院といってな。先々代の后妃、つまり私のお祖母様が私費を投じて開設したんだ。主に戦災孤児を引き受けるのが目的なんだが、ロド家の女衆はモニカお祖母様のご意思を引き継いで運営に協力している。今はジルナもいるだろう』


 ルゥナの説明を聞きながらユキトは教会の裏手に進み、孤児院の簡素な正門前で立ち止まった。

 大勢の子供がはしゃいでいた。殆ど小学生くらいの子供だが、中には中学生、高校生ほどの少年少女も混じっている。数としてはざっと三十人強といったところか。


『……ジルナ』


 ルゥナが懐かしそうに呟く。彼女の視線を追うと、中庭の中心で赤ん坊を抱く少女が居た。

 その姿にユキトはハッとする。

 背中に流す栗色の髪は陽光で煌めき、真っ直ぐに立つ姿は凛としている。目鼻立ちがはっきりした美人顔はルゥナによく似ているが、優しげに微笑する様は慈母のようだった。妹ならルゥナより幼いはずだが、大人の女性のような気品を持っている。

 ドッペリーニが指摘したような、変わった部分など微塵も感じられない。


『ああ……みんな、元気そうだな。サーシャにゴードン、エマ、リューゼル、ショウ……』


 言葉の途中でルゥナが声をつまらせる。そしてふらふらと中庭に歩み寄ろうとしたので「待ったルゥナ」とユキトは声をかけた。


「一人で行っても話せないだろ。今行くから」


 そうして歩き出そうとしたユキトを、ルゥナはじっと見つめた。


『すまない、ユキト』


「え?」と声を出した彼の胸に向かってルゥナが飛び込む。

 接触面が光り、彼女の姿が消えた。一瞬だけ意識不明になったユキトは体を揺らしたが、顔を手で覆って深く息を吐く。


「……すまない」


 呟いた彼の印象はガラリと変わっていた。少年らしさが抜け落ち、代わりに厳しい目つきと隙のない身のこなしが備わっている。

 彼はゆっくりと正門を抜けた。

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