⑧-無双-
「いくぞ」
ユキトの肉体を掌握したルゥナは、丘の上から跳躍した。
高さがあったが、地面に着地した瞬間に転がることで衝撃を緩和。そのまま集団へと疾走していく。
『も、もう少しお手柔らかに』
「悪いがそこまで気を使えん!」
そのとき甲高い悲鳴が響いた。
現場では商人と残りの傭兵が応戦しているが、既に幌馬車の一つに野盗が取り付いている。悲鳴はそこからだ。
更に加速したルゥナは幌馬車に向かった。走りながら剣を抜き放ち、背を向けている野盗に向かって飛びかかる。空中からの一閃が野盗の肩口を切り裂き、男は反撃する間もなく倒れ伏した。
ルゥナはすぐに幌馬車の中へ突入する。
一組の男女がいた。一人は革鎧を着た強面の男。
もう一人は十代の少女だが、衣服を破かれて上半身が露出していた。
ルゥナの目が据わる。
侵入者に気づいて男が振り返るが、その鳩尾にルゥナの靴底がめり込んだ。後方に弾き飛ばされた男は幌を突き破って外に落下する。ほぼ同時に降り立っていたルゥナが剣で男の太ももを突き刺した。
男の苦悶の声で他の盗賊達がルゥナの存在に気づく。男達は素早い動きでルゥナを取り囲むと剣や槍を突きつけた。そのうちの一人、野盗の頭領らしき男が訝しげな視線を送る。
「なんだてめぇ……傭兵か?」
「そういう貴様らはどこの何者だ」
「弦狼旅団、この名を聞けば自分の間抜けさがわかるよな、ガキ」
「いやまったく。すまんが知らん」
ビキ、と頭領の額に青筋が入る。
「この地域はゼスペリア州の管轄だ。野盗が幅を利かせられるほど甘くはない。大方、戦乱に乗じてライゼルス側から流れてきた小悪党といったところだな。でなければ貴様らなど、とうに私の騎士団が屠っている」
「こっ、このガキが! 殺せぇ!」
頭領の怒声で男達が動く。その数は六人。
だがルゥナは誰に向かうでもなくその場に屈み込んだ。
彼女は剣の柄ではなく、そこから伸びている鎖を握りしめる。
地を這うような低姿勢からルゥナが剣を横薙ぎした。鞭のような動きで男達の足元を切り裂いていく。
脛や太ももを切り裂かれた男達が次々に倒れた。
更に三人の野盗が迫る。彼女の左右と背後からそれぞれ剣を振り下ろす。
ルゥナは掴んだ鎖を引いて斬撃を振り放った。剣はまるで生き物のように動き、遠心力の勢いを乗せて襲い来る三つの剣を弾き飛ばす。そして男達が体勢を崩した隙に再びの斬撃を叩きつけた。鋭い一撃は革鎧すら切り裂き、血を撒き散らした三人は呻き声を上げてうずくまる。
驚愕する野盗達の視線の先で、ヒュンヒュン、と風を切る音がした。
ルゥナが、慣れた手つきで剣を縦方向に振り回している。
「円燐剣。この名を聞けば自分達の愚かさがわかるか、野盗」
頭領の台詞を真似て言うが野盗達の反応は薄い。
ルゥナはつまらなさそうに肩を竦める。
「他国までは届いていないか。もっと精進すべきだったな……まぁ事のついでだ。我が刃をその身に刻んで知れ。四の型<流舞>」
ルゥナは疾走した。近場にいた野盗に向けて回転させていた剣を振り下ろす。男は剣で防ごうとしたが、ルゥナの斬撃は剣を真っ二つに砕き男の体を斜めに切り裂く。
「おい盾だ! 来いっ!」
頭領の声で盾を装備した野盗三人が前に出る。円形の盾は木製で、外枠は鉄で補強してあった。
野盗達が盾を押し出しながらルゥナに突撃する。機動隊のように盾で動きを封じるつもりだ。
しかしルゥナは真正面から突っ込む。
『ルゥナっ!?』
ユキトが慌てた声を出すのと同時、ルゥナは盾隊と肉薄した。
そして回転させた剣を横薙ぎに放つ。
盾が、真横に割れた。
三人分の盾はルゥナの一撃を防げないどころか、男達の指が切断されることも防げなかった。補強に使われていた鉄も見事に切断されている。
怯む男達めがけてルゥナは剣を振り放ち、やはり一撃だけで切り伏せた。
「私を抑えるつもりなら鉄鋼の盾でも用意するんだな」
ルゥナが不敵に笑う。
野盗達の間に恐怖が走った。ユキトも驚愕を隠せない。
ただ剣を振り回すだけでは鉄を切断する威力など出せない。激しい回転で生まれた遠心力を正しく加算するには、振る方向へ剣筋を常に真っ直ぐ固定する必要がある。ルゥナはどの体勢、どの方向だろうと刃の向きを微塵も変えない。凄まじい技術だった。
「さて、まだ残っているな。順に行くぞ」
鎖を振りながらルゥナが突進する。野盗達は破れかぶれといった体で応戦するが一人、また一人と斬り伏せられていく。
ついには頭領だけになった。脂汗を流す男に向けて、ルゥナはゆっくりと近づく。
「この糞がぁ!」
背負っていた斧を手にして頭領が突進する。ルゥナは鎖ではなく柄を握りしめて剣を水平に構えた。
お互いが武器を振るう。直後、斧が夜闇に飛んでいった。
握りしめていた男の右手ごと。
「ぐぅおおおおお……!」
血が吹き出る右腕を反対の手で押さえながら、頭領が膝をつく。
そこへルゥナが剣の切っ先を向けた。
「ある理由から殺しはしない。その手ではもう野盗などできんだろうしな。他の連中もかろうじて生きているだろう。仲間を連れて引き下がるなら見逃す。逆らうなら、殺す」
穏やかなようで一切の容赦がない。ある理由とやらがなければ問答無用で切り伏せていることが、その迫力から伝わってくる。
同時にユキトは、彼女が何を気にしているかも察していた。
――ある理由、って俺の事か。
おそらく彼女はユキトの身体で人殺しをしないよう気を遣っている。精神は別でも、人を殺めたという事実は残ってしまうからだ。
むしろ手を抜いてもこれだけの人数を圧倒できるルゥナの実力に舌を巻く思いだった。
頭領は自身のプライドから迷う素振りを見せたが、ルゥナが鼻頭まで切っ先を突きつけるとすぐに動いた。野盗達が負傷の大きい仲間を連れていき、闇の中に消えていく。
静寂が訪れる。ルゥナは剣を一振りして血糊を飛ばした。
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