憑依騎士道 ~幽霊の力を借りて民と国を救います~

伊乙志紀

第一章 ルゥナは聞いている、あなたは導師様かと

①-出会い-

 鏑木ユキトは森の中で目覚めた。

 鬱蒼と生い茂る木々の中にぽっかりと開いた草場で、彼は寝転がって上空を眺めていた。


「……えーと?」


 声に出して目をこする。背の高い木々が密集しているせいで周囲は薄暗く、空の景色もぼんやりとしか見えない。

 ユキトは上半身を上げて周囲を確認した。どこまでも木が続いている。


「なんだ、ここ」


 呟き、湿った地面を触る。舗装された形跡のない自然な大地だ。

 ユキトは記憶を探る。確か朝の登校途中だった。

 腕時計を見れば午前八時半を経過している。ということは家を出て少しだけしか経過していない。


 ――それがなんで、森?


 現実感が希薄すぎて何の感情も湧いてこない。


「……とりあえずベタなほうを」


 ユキトは自分の頬をつねった。痛い。夢ではない。

 ではこれは何だ。自分の身に何か起こったのか。登校途中に異変でもあったのか。


「――あっ」


 思い当たる点は、あった。


******


 ユキトがそこを通りがかったのは朝八時過ぎのことだ。

 幹線道路の道沿いで悲惨な交通事故が起こっていた。

 野次馬の後ろから覗き込むと、ひしゃげた車の周囲を救急隊員が慌ただしく駆け回っていた。警察官の姿もある。

 

 救急車の周りはブルーシートで囲まれ、運転手がどうなったかは一般人にはわからない。

 だが少なくとも、ユキトの目から見て一人の死亡は確定していた。

 衝突現場には一人のサラリーマンが立っている。

 年齢は四十代後半か。ピシッとしたスーツ姿でいかにも仕事ができますといった感じだ。

 男はひしゃげた車のすぐ近くで呆然と立ち尽くしている。作業の邪魔になるはずだが、警察官も救急隊員も見物人も誰も声をかけないし見ない。

 当然だ。男の体は透き通っている。

 この世ならざる者である男は、普通の人間の目に映ることはない。


 ユキトのような、霊感を持つ者を除いては。


 男は、何が起こったかわからない、という表情をしていた。自分の体が救急車に運ばれていった光景を、どう解釈していいかわからないのだろう。

 だが見物客がいなくなる頃には、薄々気づき始めるはずだ。

 自分がもう、死んでいることに。

 ユキトは腕時計を確認して、また呆然とする男のほうへ視線を戻した。


 ――遅刻、ならまだマシか。サボるのは避けたいけど。


 ユキトは既に、教師に目をつけられるほどサボっている。中学時代のように親に迷惑をかけるのも避けたい。

 だが現に遭遇してしまったのだから、今日の登校は諦めるしかない。

 幽霊が視えるユキトは、その存在を放っておくことはできない性分だった。

 

 すると幽霊となった男が周囲を見回した。誰も自分の存在を気にしていないことに感付いた様子だ。

 その視線がユキトとぶつかり、男はハッとした顔になる。

 誰にも気づかれない中で、一人の男子高校生だけがじっと視線を送っている。

 サラリーマンの目に縋るような感情が過ぎった。

 その哀願に応えるようにユキトは頷いてみせる。


 ――とにかく、こんな道のど真ん中じゃ話も聞けないしな。取り憑かせて移動するか。

 

 死んだ人間は生きている人間とは会話できない。触れることも。

 その上、死んだ場所から遠くまで移動することができなくなる。

 いわゆる「地縛霊」というやつだ。

 そうなった幽霊達は孤独な環境にずっと苦しめられる。死しても尚、辛い状況から逃げられない。

 だからユキトは、彼らを助ける。それが自分の役割と思っているから。


 サラリーマンはまるで怯えた子鹿のように不安げにユキトを伺うばかりだ。仕方なくユキトは手招きして、ここまで歩いてこいと示す。

 そのとき、声が降ってきた。


 ――あは、見つけたよ。


 世界が急に暗転する。

 救急車も野次馬もサラリーマンの姿も消え失せていた。地面も空も何もかも闇に染まっている。

 その何もない暗闇の空間で、なぜか小さな女の子の姿が浮き上がった。


 ――じゃあ、行こうかお兄ちゃん。


 彼女はおいでおいでと手招きすると、くるりと背を向けて歩き出す。

 そして気がつけば森の中だった。


******


 一連の出来事を回想したユキトは、愕然とするしかなかった。


「……何だよこれ」


 思い出したところで状況はさっぱりわからない。

 なぜ急に闇の中にいたのか。あの幼女は誰だ。ここはどこで、あの野次馬達もサラリーマンの幽霊もどこに行ったのか。

 何一つ理解できないことに焦りと苛立ちを覚える。

 立ち上がったユキトは自分の体をまさぐった。詰め襟の学生服はそのままで、ポケットに入っているのは生徒手帳とハンカチだけ。財布と携帯は鞄に入れていたことを思い出したユキトは手探りで草場を捜してみる。見当たらない。


「マジかよ」


 不安が過ぎる。これでは誰にも連絡できないし何も買えない。

 ユキトは呆然となって木にもたれかかった。

 だが思考停止しかけたところで頭を振る。


「いや、大丈夫大丈夫。とにかく森から出よう……そしたら誰かいるだろ」


 自分に言い聞かせるように呟き、気分を落ち着かせる。

 幽霊という異質な存在に触れてきたユキトは、非常事態への免疫が多少なりともできあがっていた。こういうときは慌てても無駄だ。

 やるべきことがわかっている以上、悩んでいても仕方がない。

 そうしてユキトが歩きだそうとした矢先――。


『迂闊に動くことは推奨しない。それこそ死が待ち受けているぞ』


 唐突の声にビクリと体を震わし、ユキトは背後を振り返った。


 鎧姿の女が、立っている。


 胴体や腕、脚部が銀色の金属で覆われていた。履いているスカートには硬い革製のプレートが縫い付けてある。柄頭に長い鎖が付けられた奇妙な剣を帯剣しているが、その姿はまさに「騎士」そのものだ。

 そして女はとてつもない美人でもあった。

 キリッとした柳眉に真っ直ぐな紅の瞳。小さい顎にスラッとした鼻筋。目つきは鋭く気が強そうな印象を受ける。綺麗な赤毛をポニーテールで結んでいる。鎧に隠されている胸部の膨らみは十分に大きく、露出している太腿も艶めかしい。


「あっ……え……?」


 咄嗟のことで言葉がでない。

 騎士姿の女が出てきた。見た目も日本人離れしている。

 加えてユキトはあることに気づき瞠目する。

 女の体は、半透明だった。

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