気になる木
ヒコーキガエル
気になる木
「コラ! 居眠りするんじゃない!」
いきなり頭に衝撃が走り、のっそり顔を上げるとオレを取り囲んでクラスメイトたちがクスクス笑っている。ああしまった、飯塚の授業なのに寝てしまったらしい。
「居眠りの罰として問7は君島が答えろ」
「えっ、ええっと……」
慌てて教科書をめくる。もちろん寝ていて問題なんて解いてない。見かねた山田がこっそりノートを渡そうとするが、飯塚にバレて怒られる。山田は申し訳なさそうにゴメンのジェスチャーをした。気にするなとアイコンタクトを送る。
基礎を何個か組み合わせた応用問題だった。もたついたがなんとか答えを出す。
「答えられるんだから居眠りなんかするんじゃない」
飯塚は俺が黒板に書いた答えに、赤チョークで大きく丸をつけた。
まだクラスメイトはクスクス笑っている。恥ずかしさを隠しつつ席に戻る。座ってから、ふと視界の隅に何かがあるのを見つける。
木だ。
木が生えてる。教室の中に。
位置的に言えば右列の一番前だから、放送委員で一緒の高橋さんの席のはず。
よく目を凝らすと、その木はオレたちの座高と変わらないぐらいの高さで、椅子にしっかり根を張っている。まるで何年も前からそうだったみたいに。机には触れておらず、あくまで椅子だけに生えている。木に目はないのにまるでこっちを向いているような気もする。
高橋さん早退したっけ? 何気なく後ろの黒板を見るが早退者の欄に彼女の名前はない。
「クォラ! 今度はお前かっ、金田! 5時間目だからといって居眠りの時間じゃねぇんだぞ! よしお前は問12を解け」
給食後の5時間目はどうしても眠気に負ける。
風にひさひさと吹かれているあの木も、きっとオレの睡魔が見せる幻覚なんだろう。そう考えるのが自然だし、そうとしか考えられなかった。
高橋さん(木)は、6時間目を過ぎても掃除の時間を過ぎても下校時間になっても、木のままだった。
確かに昨日は深夜までゲームしてたとはいえ、ちょっとここまで来ると自分の脳みそが心配になってくる。今日は早く寝よう。
次の日、早寝早起きでスッキリ目覚めて学校に行くと、今度は真ん中の2列目の佐藤がいるはずの席に木が生えていた。高橋さん(木)も木のままだ。
「山田、今日佐藤って休み?」
「休みぃ?」
リュックを下ろした山田に怪訝な顔をされる。
「え?」
「まだ寝ぼけてんのか?」
「いや……、……そうかもな」
佐藤の席は何度見ても木が生えてる。一応出席しているらしい。欠席の時は木がないのだろうか。そもそも木に欠席とかあるのだろうか。
不思議なぐらい、みんな高橋さん(木)も佐藤(木)も全く気に留めてない。それが普通と言わんばかりに。ドッキリか? テレビ局と組んでるとか。でもドッキリにしても地味というかあまりにお粗末というか……。
悪ふざけにしてもナンセンスな『木』は、数日で終わるだろうと踏んでいた。なのに1か月後、オレはたくさんの木に囲まれて授業を受けていた。
「はい、高橋正解。座っていいぞ」
飯塚が黒板に赤チョークで大きな丸をつける。いつもと変わらない、生徒がオレを除いてみんな木であること以外は。教室は数年前に建てられたばかりの新築校舎でまだ新しいのに、椅子にはみんな木が生えていて、新築なのか廃墟なのか。
昼食になればオレはスマホ片手に弁当を食う。これはいつものこと。ただ、周りの木は一切動かず当然だが何も食べない。掃除の時間は、オレは校庭掃除だから外箒を持って適当に落ち葉を集める。これもいつものこと。ただ、オレの背丈と同じぐらいの木が、いつも友達3人とダベってた場所に3本生えていて、その隣には外箒が転がっている。
違うとは思っていた。絶対におかしいとは思っていた。静かすぎる学校が怖かった。ただ、そんなことを少しでも口にしたらいけないような雰囲気があった。
何もできないうちに、気が付いたら先生も木になって、教壇に根を張っていた。
ある朝下駄箱を開けると手紙が入っていた。
「放課後、体育倉庫の裏の桜の木の下に来てくれると嬉しいです T」
文字で高橋さんだなあと思った。
そしてこれは告白だなあとも思った。
自分でも引くぐらい冷静だった。木に告白されるとわかっているからだろうか。
もし桜の木の下に行ったらみんなが走って出てきて、ドッキリの看板を高々と掲げてくれたらとしたら、オレはそれ以上の幸せを求めはしない。こんなおかしくなりそうな(もうおかしくなってる気がする)生活にピリオドを打てるのなら、恥ずかしさで顔が破裂しそうになっても構わない。
約束通り桜の木の下に行くと、オレの身長より少し低い木が生えていた。おそらく高橋さん(木)らしい。ピンク色の花をつけている。教室で見たときにはなかった。違う木の可能性もあるけど。
その時風が吹いて、花がふわりと浮かんだ。オレは慌ててそれが落ちないように掴まえた。高橋さん(木)が一瞬でたくさんの花をつけた。これで告白をOKしたということになるらしい。
別に高橋さんのことは前から気になってたし、一緒に委員やってると可愛いなとは思ってたし、告白されたことは嬉しいんだ。
でもさ。
高橋さん(木)じゃなくて、高橋さん(人)に告白されたかったなあ。
「君島くんってば! 会議終わったよ」
大声と激しい揺すりで目が覚める。目の前で高橋さんが困った顔をしている。
「あーオレ、寝てた?」
「会議終わったのに動かないんだもん」
「悪ぃ。高橋さんこの後ヒマ?」
「あらデートのお誘い?」
にやりと笑う高橋さん。
「まぁ……そんなところ」
「えへへ。君島くんだったらデートしてあげてもいいけど、もうすぐ期末なのに遊んでられないから今度ね」
少しだけ顔を赤らめながら、高橋さんは他の女子に呼ばれて行ってしまった。
ああなんだ、全部夢だったんだ。
日付を確認すると1か月前になってる。夢で1か月も過ごしたのか、オレ。木とはいえ高橋さんに告白されたけど、今のリアクションを見ると無謀でもないのかもしれない。夢で少し予習できたから、オレから告白してみようかな。
まだ眠い身体を起こして、リュックを背負い教室を出る。
高橋さんの椅子から木の芽が生えていることに気づかずに。
気になる木 ヒコーキガエル @hikoki_frog
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