都市の向こう
…………あの地下から階段で登り、やっと下ろされて息ができるようになったのは、ベーコンを置いてきたところの反対側、本来なら正面玄関に当たる場所だった。
そこに残された二つの足跡、外へ向かって伸びていくのは、間違いなく一つはマミーで、もう一つは女の残り一人、他にいるわけがないわ。
それが、先に行かれた。置いて行かれた。追いかけないと。
「ちょっとまってヘミリア」
逸るあたしをエレナが押しとどめ、ベーコンとロバ車を回収して、水飲んで、新たに松明作って、もう一回水飲んで、出発した。
続きの空中廊下を進み、入って来たとの同じような風景を通り過ぎて、都市の反対側出口、もう朽ち果てて崩れ去った門の間を抜けて外に出る。
その時、一度振り返ってみたけど、グールもゾンビもついてきてなった。
それで、その門の先にあったのはこれまでと似て、だけど紛れもなく異なる地形だった。
色は変わらず灰色、乾いた砂地、だけどこれまでのようなまっ平らじゃなくて、ところどころに、白色の廃墟が、打ち捨てられていた。
小さなものは小屋や倉庫から、大きなものはまるでお城みたいに聳えてる。デザインは似通って真四角、表面に彫刻、あの都市と同じように見える。大半は砂に埋まってたり、崩れてたりして、自然に帰りかかってるけど、中のいくつかはまだ住めそうだった。
好奇心からその中の一つ、住めそうな家の中を覗き込んでみると、多少砂が入っているけど中は普通に入れて、それにいくつかの残骸、端っこには割れたお皿が何枚か残ってた。
……少なくとも、家の中に入れば、あの砂風には耐えられるってことね。
安全な場所の確認、同時にあの砂風にも長い間耐えられる建築物、作っておきながら滅びたこの都市の文明に思いを寄せる。
「……なーーんで、こうなっちゃんだろうねー」
それは同じらしいエレナ、ぼそりと呟きながら、無意識なのか胸の下を触って形を整えてた。
嫌味か、と一瞬思ったけど、思い返せばあそこで落ちた時、下乳ぶつけてたのを思い出して、それで触ってるんだろうと、そう言うことにしてあげるわ。
それで、エレナに改めて応えようと息を吸った瞬間、あたしは爆発した。
「ぶぇ!」
唾、鼻水、可愛くない声、あたしをあたしたらめてる全部を否定するような変顔、そうせざるを得ないほど酷い悪臭、それも腐敗臭、強烈なのが鼻を叩いた。こんなの、平気な方がおかしいぐらいよ。
それをベーコンも感じたのか、その足を止める。
「……なんかあるのかな?」
のんきなエレナ、それでもサーベルに手を伸ばしながら臭いの元、足跡が続く曲がり角の先へ、小走りに近づいて、そっと様子を伺う。
「あーーえーーーっと、大丈夫、かな?」
要領を得ないエレナ、待っててもしょうがないと小走りに続いて、その後ろから更に顔を出して角の向こうを見る。
……カマキリが、腐ってた。
緑色の外骨格、巨大な体、あの未開地であたしたちを襲ったのと同種でしょうね。
けど、一目で死んでるわかるほど、酷い腐り方をしてた。
頭はこちら、仰向けに倒れて、割れた顎や全身の関節の間からじゅぐじゅぐと臭い液を染み出させて、その液の中に体を横たえてる。死因は多分、鎌足の付け根あたり、そこだけ不自然に外骨格が砕かれている風に見えた。
何がこうしたのか、マミーにしては腐るのが早すぎると思うし、かといって殺して食べなかったことを考えるとモンスターじゃない。じゃあ、何?
考えてるあたしの前で、ふとエレナが地面の砂を掬い上げる。
それを腰の高さから投げかけると、それだけで腐れカマキリは崩れて潰れ、その反動で風が吹き出し、凄まじい悪臭を運んできた。
「ちょっとエレナ!」
「ごめんぶぇ」
自分でやって自分が一番臭い目にあってるエレナ、慌ててゴーグルしする姿に倣ってあたしもかけて目を守り、息を止めて観察を続ける。
死体は、この腐れカマキリだけ、問題は地面、足跡、乱れてた。
死体に出くわして、じゃなくて、多分だけど、片方がもう片方に追いついて、戦闘になったんでしょうね。
その証に地面に残るダイヤモンドの礫、投げて弾かれたのか、残ってた。
問題はその続き、それで、戦いの痕跡は近くの小屋の方へ、そこに入ったあたりで途絶えてて、そこから出てきた足跡は見当たらない。
「多分、二人とも屋根に上ってジャンプしてっちゃったんだと思うよ」
「二人ってエレナ、片方はマミーよね?」
「そーだね」
「……は? じゃあどこ行ったかわかんないじゃない」
「そーだね」
「そーだねって、どうすんのよ」
「いやー、あれ?」
そう言ってエレナ、何か見つけたのか、腐れカマキリの横を抜けて一人先に行ってしまう。
「ちょっと!」
慌てて追いかけるあたし、腐れカマキリから遠回りして追いついて、見てるものを並んでみる。
それは、大きな、緑色の、平べったい、薄くて、テカテカしてて、だけどしっかりとした、何?
よくわからないわね。
大きさはあたしの体をすっぽり覆い隠せるぐらい、緑は多分植物由来、平べったいけど軽くそってて、一見すれば布切れみたいに見えるけど、しっかりと硬い材質、形は、木の葉に見えるけど、大きすぎよね。
そこへベーコン、のっそりとやってきて、見てるあたしたちをかき分けて前へ、そして謎の緑に、齧りついた。
「「あ」」
止める間もなくバリボリ、頬張り租借する。
「だめベーコンだめー! よくわかんないものたべちゃめッ! ぺーしなさいぺー!」
慌てて引っ張り止めるエレナ、だけどあたしはそれよりも臭いに、驚いていた。
立ち昇るのは、青い植物の香り、ここに来てから久しく買い出ない、生の木の葉を折った臭いだった。
これ、葉っぱ?
にわかには信じられない事実、だけど他に何があるのか、いやだけどだとしてもこんな砂しかない場所に何でそんなものがあるのか、本物なのか、間違ってないのか、考えが溢れてまとまらない。
「あえ?」
対してエレナ、ベーコンを引っ張りながらも、また見つけていた。
呆然と指さす先、見えるのはまっすぐな道のはるか先、小さくにしか見えないけれど、これと同じようなものが、落ちていた。
あたしとエレナ、一瞬顔を見合わせて、後は合図もなくそちらに向かう。食べるのに夢中で動かないベーコンのため、食べてる何かを掴んで引きずり運びながら進めば、進むほどに同じもの、大きな葉っぱにしか見えなかった。
「うぇええ!」
奇声を上げたのはまたもエレナ、だけど見てるのは手元、ベーコンの食べ残し、これが葉っぱとしたら、葉脈とかいう筋の部分、その大きさ、形、雰囲気が、これまで拾ってきた薪にそっくりだった。
こうなって、想像できる存在は一つだけ、だけどそれは月みたいなものだった。
自分の想像が信じられないで呆然とするあたしに、エレナは指で先を指す。
先には点々と、まだまた沢山の、緑の葉っぱが続いていた。
そちらに進むしかないわ。
ベーコン引きずり、周囲を警戒しつつ、だけど気は急いて急いて、足早に、小走りに、進んで進んで、周囲の建物のほとんどが崩壊するようになって、何故だかほんのりと湿り気を感じるようになりながらも、坂道を登り、頂上へたどり着いた。
……そこから先は崖、まるで切り取られたみたいに急に切り立って、そんなのがぐるりと、見渡す限り左右どこまでも続いて、はるか遠くで内に曲がって、ここが大きな円の穴の淵だとわかる。
そして肝心の崖の下、がらりと崩れた瓦礫がどこまでもどこまでも落ちて行って、終に落ちる音が届かないほど遥かに遠い底、落ちれば絶対助からず、逆に登るのは絶対不可能と断言できる勾配さ、この下があの世に通じてると言われても、あたしは信じるわね。
そんな地の底から噴き出すように、聳える、正に際立って大きく立つ存在が、全てを覆い隠していた。
それは『巨木』だった。
夜の闇の中、星付きの灯りのみにあってなお存在を示す、圧倒的な、大きいとか立派とかの概念じゃ収まらないサイズ、スケール、比較するとしたら白なんてちゃちな建物じゃなく、もっと巨大な、山脈や天候、そうでなくては並びえないほどの大きさだわ。
それが崖の下にあるせいで、上にいるあたしの方が空を飛んでるんじゃないかと錯覚させる。
異常な存在、あたしの知る限り一つしかないわよ。
「「世界樹」」
エレナとあたし、言葉が重なった。
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