直角都市『タスクシティ』

 ……どこから来たのか不明なマミーだけれども、だからといって何もかもが不明なわけじゃない。これまでの経験則から、ある程度の方向はわかってた。


 やって来るのは必ず東から、当然帰り道も東へだった。


 移動は必ず陸路、馬車などを利用することはあっても海路や魔術転送は一度も利用した記録はない。


 そこから取れるルートは限られる。


 北の『蛮族ルート』は最近落ち着いてきたとも聞くけれど、それでも危険、マミーでなくても選びたくない。


 南の『ダンジョンルート』はこれまでで一番選ばれてきたルートだが、その分待ち伏せなども多い。


 更に南の『ドラゴンルート』もあるが、安全以前にかなりの遠出となってしまい、過去一度しか選ばれてない。


 そして今回は、巨乳ことエレナの記憶を信じるならば、東へまっすぐ向かう『門ルート』のようだった。


 あたしが考える限り、一番堅実で、新しく、そして他に理由がなければここを選びたいと思わせるルート、正直これを選んでくれて、マミーに少し感謝していた。


 ◇


「わーーーすっごーーー!!!」


 子供のようにエレナがはしゃぐ。人の往来を無視して道の真ん中に突っ立って上を見上げてキョロキョロする姿は田舎者だ。


 ……ただ、あたしもそれを頭から馬鹿にできないぐらい、この見渡す限り直線の風景に驚かされていた。


 真っ直ぐな道、そびえる建物、そのどれもが黒い石創り、それもただ重ねたのではない、極限まで削られ、磨かれ、僅かな歪みも許さないほどに、見事に真っ直ぐなのだ。


 定規で引いたような道はひたすら真っ直ぐで、人混みがなければ一番奥まで見渡せるに違いないわ。そんな道の左右を挟む建物は最低でも四階建て、平均して十階ぐらい、一番高いのは二十階には届いてるんじゃないかしら。平らな壁にはふんだんにガラスを用いた窓とドア、これらも真っ直ぐ歪みなく、更に曇りもないから建物内もすっきりと見える。


 全てが直線、だけどそれよりすごいのは、角よ。


 きっちりと、紙を二回折ってできる角、直角、それが溢れてる。


 曲がり道、十字路、側溝、建物の角、窓枠、雨が少ないのか屋根まで真っ直ぐで直角な箱になってる。指でなぞれば切れそうな角ね。


 正に人工物の極み、それもこれほど巨大となれば、その建築技術は計り知れないわ。


 直角都市、とは名前だけじゃないわね。


 何でも、この都市は税で作られたらしい。ただしそれは財政面ではなくて、南の鉱山に住むドワーフに、税を納めるのに現金か現物かを選ばせた結果、嬉々として現物を選び、鉱山では邪魔でしかない石を削って建材にして大量に送りつけたのが都市の始まりだとか。


 そのあまりの偏りに止めようとしたけれど全国統一の税法に一部例外を認めるわけにはいかず、ならば建材にいちゃもんをとなったら、それすらはじき返す完璧な仕事で迎え撃った。


 結果、余りに余った建材を、その場で消費することとなってこの都市が出来上がった。初めは建物だけだったけど、その風景と交通の便から、今では一大都市として名を轟かせていた。


 初めから計算され尽くして作られてるから全てが直角、例外は道行く人々と、あとはマンホールぐらいかしら、それら全てに執念を感じるわ。


 凄い凄いとは話には聞いてたけど、やはり、実物は違うわね、だけどあまりにも綺麗に磨かれすぎて、ただでさえ暑い日差しが更に照り返されて、まるでオーブンみたいになってる。見てくれと利便性を両立できるのはあたしぐらいってことね。


「ねー見て見て! ちょっと寄ってこーよー!」


「ダメ。急ぐの」


 あんな感じで契約したエレナだったけど、気まずい空気は最初だけ、あっという間に、最初に出会った頃の調子に戻っていた。


 これから先、どれほど一緒なのかはまだ不明、友達になるつもりは微塵もないけど、それでも不仲よりはマシよ。


 あたしはあたしを半ば騙しながら、止まりがちなエレナの手を引っ張り、人混みをかき分け、時折直角なプレートに直角な文字で書かれた案内板を確認しつつ、目的地を、ここでもう一つの観光地を目指す。


 ……確証はない。


 ここにマミーが来ているとも限らない。


 ただエレナを信じ、ここに来ていると予想し、その上で目的地はあそこだと推測したに過ぎない。


 そこにはあたしが行きたいと思う主観性も混ざってるだろう。それでも立ち止まるよりは何倍もマシだわ。


 いつしか人混みは掻きわけるものから流れに乗るものへ、同じく進もうとする団体に紛れて、程なくして到着した。


 これまでの建物と違い、一階建て平家、だけど横に奥に広い直角の建物、窓は多いけど出入り口は大きな扉一つだけ、そしてその扉の上には直角の看板に直角の文字で大きく『タスクステーション』とあった。


「あ! あ! へミリア! わたしここ知ってる! 駅でしょ駅!」


 あたしの背中をエレナがバンバン叩く。


「ここって列車乗れる場所でしょ!」


 子供みたいに興奮するエレナ、それは周囲も、悔しいけどあたしも同じだった。


 列車、巨大な鉄の塊が何台も連なり、鉄の車輪でレールと呼ばれる鉄の棒を二本並べて引いた道の上を疾走する乗り物のことだ。最新技術の結晶、船や馬車に続く新たな時代、圧倒的な物流能力で世界を縮める未来の足、そんな列車に乗り降りできる場所が、ステーション、駅だった。


 一般人が日常で利用するにはまだまだ高価だけど、だからこそ一目見ようと人々が集まる。


 そんな群衆の中、エレナに叩かれながら、あたしは希望を見つけた。


 マミー・ザ・ダイヤモンド、白い服、赤いスカーフ、黄色い目、あたしの目的、ただでさえ目立つ人外が、より目立つ台の上にいた。


 駅の前、広場の中央、多くの人集りの中心にて、なんかシルクハットのおじ様の列の真ん中にいて、テープカットしてた。


 ぎこちない動きで促されるまま、正面に張られた長い白いリボンをハサミを入れて、バツリと切ると周囲から歓声が上がった。


 あたしの知るマミーからは想像できない社交的な姿は偽物っぽかったけど、その落ち窪んだ目の奥の黄色い光は、間違いなく本物だわ。


「なんか、列車の一等車? の千人目の乗客らしいよ」


 エレナがどこから聞いてきた情報、嘘だろう。


 ここの列車が動き出したのが今年の初め、まだ日に一往復がやっとと聞いている。それなのに一番高い一等に千人も、しかもそれがマミーとは偶然が過ぎる。


 宣伝か忖度か、あるいはどこかお近付きになりたい誰かの差し金か、なんにしろヤラセだろう。


 そんなことより大事なこと、あのマミーが列車に乗るという事実だ。


「行くわよ」


 再びエレナを引っ張る。


「行くってどこへさ」


「決まってるでしょ。あたしたちも同じ列車に乗るのよ」


 あたしの一言にエレナは正に子供のように満面の笑みを浮かべた。


 ……悔しいけど、きっとあたしもおんなじ笑顔を止めらんなかった。

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