陸軍少年学校物語

崎ちよ

第1章 卯月「ようこそ陸軍少年学校へ」

第1話「陸軍なのにセーラー服」

「弱い」

 サーシャは流暢な日本語でそう言った。

「ほんとうにつまらない……本気で殺し合いしてくれないんだ」

 次郎を足蹴にしたまま、彼女はため息をつく。

「期待外れ」

「……すとか」

 彼は急所を踵で押さえられていたが、絞り出すようにして声を出した。

「……コロスとか、意味わかんねえ、ぶっそうなことばかりぬかしやがって」

 彼女の金髪おかっぱが揺れる。

「ねえ、サムライの国なんでしょ、私はサムライと勝負したくて来たのに」

 そう言いながら、彼女は踵に容赦なく体重を乗せてきた。

「……ぐ」

 次郎はあまりの痛さに唸り声をもらす。

「子供の喧嘩なら私の視界の外でやって欲しかった……やっと武術をしているような人間を見つけたと思ったのに」

 彼を見下ろす青い瞳。

 その眼差しはひどく冷たい。

「中途半端な殺気なんてださないで欲しい……すっごくムカつく」

 次郎は冗談にしては、本格的だなと思った。

 正化の世にサムライうんぬん言っている目の前の少女。

 なんて痛い子なんだろう……彼はそう思うとため息が漏れた。




 ■□■□■


 雪の田舎道をまったり走る鈍行列車。

 正化になって二十年以上経っているというのに、未だ昭和の雰囲気を残す田んぼと住宅。

 上田次郎は手元にある『ようこそ陸軍少年学校へ』のパンフレットを見る度に、眉間に深い皺をよせていた。

 なぜなら彼がその中身を見れば見るほど、読めば読むほど、不安しか増さないからだ。

 軍隊っぽい制服を来た男女がウフフアハハという感じで青春している写真、その右上には『仲間と過ごす楽しい生活』なんて書いてある。

 募集難の時代に、若者をなんとかして入学させようと、当時の担当者――参謀本部の少佐――が血反吐を吐きながら作ったパンフレットである。

 担当者案では若者向けになっていたが、上司の課長オッサン部長ジジイに指導を受ける度に変質していき、今のようなわざとらしい物になってしまった。

 機能的な感じがする詰襟の男子とセーラー服の女子がキラキラまぶしい。

 いや、明らかに加工してそういう写真を作っている。

 そしてとどめは、アンバランスなロゴデザイン。

 ――なんで、陸軍なのに女子の制服がセーラー服なんだ。

 まずはそこ。

 彼は真面目だ。

 無駄に真面目。

 そんなことが気になってしょうがない。

 ここに入る前に、いろいろと軍隊については父親から教わったり、ネットで調べたりした。

 ――だって水兵セーラー服だろ。

 陸軍の学校でセーラー服というのはなんだか不真面目に思えた。

 陸軍の誇りはどこへ行ったのか、それで大丈夫なのかという思い。

 いや、もしかしたら深い訳が……犬猿の中と言われる陸軍、海軍も近年は統合、統合と声高に言っている――って、ネットで調べた――から、その意識を高めるためにしているのかもしれない。

 でも、統合の最先端を走り制服を陸海空共通にして失敗したカナダの例がある。

 共通にすることによって、軍種アイデンティティーが荒廃して軍隊としてまずいことになってしまったから結局元に戻したという一連の失敗。

 となると、セーラー服を陸軍が使うことは遅れてる考え方じゃないだろうか……なんて考えてしまう。

 それでいいのか帝国陸軍。

 そういうことを彼はもやもやと考えてしまうのだ。

 彼はこめかみに手を当てる。

 眉間に皺を寄せすぎて、そろそろ頭痛がおきてきた。

 ちなみに、だいぶ後になって女子の制服がセーラー服の理由を彼も知ることになる。

 入校希望者が減少気味だった当時、変わり者で有名だった参謀本部の参謀総長が「やっぱり女子学生はセーラー服、制服を可愛くして希望者を増やす」といった鶴の一声があったらしい。

 セーラー服を着た美少女戦士が巷で大流行しているころだ。

 参謀本部で少年学校を担当していた参謀は、思い悩んで辞表も準備していたが、将軍の言葉には逆らえず屈した。

 ちなみに、彼の案は男子と同じ詰襟の制服にスカートだった。

 それも論争を呼びそうな制服ではある。

 ある一定の人々に人気はあるようだが、肝心の中学生たちの心は掴めないだろう。

 そんな訳で、未だに学校の女子の制服はセーラー服のままであった。

 だが、次郎は他にも気になることが沢山あった。

 いわゆる徴兵の紙が赤ではなくピンク色だったこと。

 彼の祖母がそれを見て『昔の徴兵っていったら、赤紙一枚で戦場にいってたけど、時代はかわるもんだ』と言っていた。

 徴兵も赤紙も可愛くする。

 今はそんな時代の流れだからしょうがない。

 徴兵と言ってもこの時代、この学校は選抜制。

 全国の学力優秀者を選抜して、このピンク紙を送り届ける。そして、身体検査を受けて合格だったら『入隊、入校』させていた。

 強制ではない。

 二十年前の戦争前とその後の数年は、人材確保のために徴兵イコール強制そのものだったが、今はそうでもなくなっている。

 身体検査は最後の問診があり『軍隊では精神的にもちません』と言えば身体検査不合格になるのだ。

 徴兵といいつつ、簡単に拒否ができる。

 拒否をしてもデメリットはない。

 ただある程度の大学に行かなければ、一八歳でまた徴兵されるだけ。徴兵制があるこの国では当たり前の話である。

 早く済ませるか、後にするか。それだけの話。

 西と東が昔に比べ友好的になっているため、喫緊の危機がないという理由もある。あくまで表面的なだけであった。

 全国に五ヵ所ある少年学校の人気は悪くない。

 そもそも学校設立の目的が『お金に不自由な全国の若い人材を早期に獲得、人材を育成し国家の人的資源にする』なのである。

 だから学費はタダ。

 そして高い帝大合格率を誇る進学校でもある。

 卒業後はそのまま軍隊に下士官待遇で入隊するか、それとも試験に合格して統合士官学校の学生になるか、大学、公務員、一般企業への就職まで幅があるのだ。

 彼はいったんパンフレットを閉じ、そして表紙を見た。

 そこには『ようこそ、陸軍第一〇九少年学校へ!』の文字と爽やかな男子と女子の笑顔。

 キャッチフレーズの『青春溌剌!』の字が躍っている。

 そして『凛とした軍人、凛とした学生』のサブタイトル。

 無駄に爽やかな表紙である。

 その表紙の右下には絶対に流行りそうにない陸軍のゆるキャラがいる。

 エジプトのメジェド神を思わせる風体、その布が緑に変わっただけのぽってりとした体に陸軍の制服を着させたものだ。

 その名も『りくちゃん』よく採用されたものだと関心するほど、ひねりも可愛さもない。

 彼は益々うんざりした気分になった。

 そして『生活環境』というページを開く。

 『活力みなぎる美味しい食事』の文字と量が半端ない給食の写真。

 『仲間と過ごす楽しい生活』と笑顔の女子三人が部屋で談話している風景。

 吹き出しに『通常の新兵教育隊の兵舎は二段ベットの十人部屋、それがなんと少年学校は三人部屋の個室』と書いている。

 ――そもそも三人部屋が個室といえるのだろうか。

 彼はますます眉をひそめた。

 不安になろうが、眉をひそめようが、鈍行列車は学校のある金沢目指して雪道を進む。

 九州生まれの彼は、ここまで雪に埋もれた町を見たのは初めてだった。

 パンフレットの中身のことを、これからの生活のことを窓の外をじっと考えている。

 三年間の我慢。

 勉強して、どこかの帝国大学に入って公務員になるつもりだった。

 もちろん軍隊にびびっているかと言えばイエスでありノーでもある。いじめ。しごき。そういうものがあると聞いている。

 ネットで見ていると『少年学校で自殺』なんて書き込み見たこともある。

 すぐに検閲に引っかかって消された感もある。

 もちろん数十年前よりはこういう検閲が甘くはなっているが、まだまだ軍隊に関することはほとんど表にでない。

 一般人からすると謎なのだ。

 想像ができない世界、それはどことなく恐ろしいものなのだろう。

 家は古武術の道場で、小さいころから武術を叩き込また。

 次郎はそのお陰でいじめ、しごきなど大したことはないと考えている。

 学力だって地元の中学ではトップクラスだった。

 それでも不安はある。やっぱり良く学校の中身がわからないのだ。謎は不安にさせる。

 その一つとして、先輩に男好きがいないだろうかという不安。

 軍隊といえばそういうイメージである。体育会系の全寮制、すなわち男好きの先輩がいるというイメージを持ってしまう。

 もちろん、同性愛者は差別すべきものではない。彼はそう理解している。

 別に同性が好きでも何も問題はないと彼は考えている。

 同性愛者の先輩すべてが後輩を襲うなんて考えたことはない。

 頭でわかっているけれど、何せそういうタイプの人と接したことがない。

 だから、いろいろ変な想像をしてしまう。

 ネットに溢れる偏った話を見てしまっているのも偏見を捨てきれない理由なのかもしれない。

 だから怖い。

 そして、真面目な彼は己の器の小ささが歯がゆくもなる。

 ――いや、そんな考えは差別だ、そういうありもしない妄想で恐怖心を持つことは精神が弱いからだ。

 となる。

 ぶっちゃけ彼は大人からすると面倒臭いタイプの子供だ。母親も苦労したと思う。何かにつけて思い悩む息子は面倒臭いものだと思った。

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