Episode.11 この少女に『孤独』という存在があったら

 あれから二週間経った今でもイライラと言えばいいのか、モヤモヤと言えばいいのかよくわからないものが俺の胸の中を休むことなく渦巻いていた。

 そんな中、この二週間のうちに起きたことと言えば、サリアとシャイターンが戦いを終え、帰還したこと。しかし、その二人は「戦い疲れたから一ヶ月くらい休みをもらうわ」と言い、また一時不登校になった。それと、梅雨がもうじき明けるとの知らせがあったこと。そのくらいだ。

 ──やっと、この憂鬱な季節が終わりを告げようとしている。

 が、それは同時に早急にケリをつけなくてはいけない案件を始末しなければいけないということだ。

 ──リリに、真実を伝える。

 男に二言はないと俺は自負しているが、嘘をついているせいで夢見が悪い。そのことが非常に胸糞悪いのだ。

 そのため、今ここにいるみんなに蔑むような目で見られているという訳だ。

「・・・・・・隼斗、あなたの言ってることはつまり・・・・・・リリにやっぱり真実を伝えるということでいいのかしら?」

「ああ。やっぱり嘘ついて生きるのは俺の性に合わねぇ。だから真実を突きつける」

「それは、あまりにも私欲的な理由ね」

「隼斗ぉ。リリの為だと思って嘘をついててくれねぇかぁ?」

「そうですよ。お願いですから本当のことは言わないでおいて下さい」

「わりぃ、リリがどうなっても俺のせいにしていいから本当のことを伝えさせてくれ。そうじゃないと俺がどうにかなりそうだから」

「そんなこと知らないわよ。あなたのことなんて、リリには全く関係の無いことなのだから。あなた言ったわよね?『リリのためを思って』と。忘れたとは言わせないわよ?」

「ぐっ・・・・・・」

 痛いところを突かれた。これからしばらくは夜空のターンになりそうだ。

 そしてその予想は的中する。

「それなら隼斗は今まで通り嘘をついて生活するべきでしょう?」

「なんで今頃になって真実を伝えようとするの?よくわからないのだけれど」

「男に二言はない?だけどこればかりは許してくれ?笑わせないでちょうだい。あなたのやっていることは本当に女々しいことよ」

「なんとか言ったらどうなの?それとも嘘をつくことにしたのかし・・・・・・」

 そろそろ我慢の限界だ。

「──少し、黙れよ」

 酷く低い声だった。どこか殺気篭っているようか声。

 知らぬ間に下を向いていた顔を上げるとそこには驚愕、いや、何か恐ろしいものを見る目で俺を見ているのが二つ一セットで五セット。

 その中の一セット。──夜空の目を真正面に据えてから、

「大人しく黙ってりゃあ調子に乗って、おまえって本当に単純なんだな。呆れたよ」

 さっきまでのが夜空のターンなら、今度は俺のターンだ。一方的に攻撃されてはそんな規則違反が許される訳が無い。──他の誰が許しても、俺が許さない。あまりにも傲慢な考えだろうか。そんなの知ったことじゃない。

「いいか、俺には俺なりの生き方がある。そして嘘をつくことは俺の生き方に反する。俺はそれが気に食わない。夢見が悪いんだよ。リリだって本当のことを知れずに生きていくのは辛いだろ?俺だったら辛いね。自分の知らない自分を別の人が知っているのは。それは俺に限らず他の奴らにだって言えることだと思う。違うか?」

 問いかける。

 しかし、それに答える者はいない。誰一人として。

 

 ──ああ、また、浮いちまうのか。

 

 せっかく異世界に転移してまで俺は人生をやり直そうとしたのに。そのキッカケを、俺は今、跡形もなく潰した。──薄っぺらい何かにすらならないほど。

 もう、この世界に生きる意味なんて、無い。

 なら、誰を敵に回して、そして、死に朽ちても、心残りは無い。結局、この世界も無意味なものだったということなんだから。

 

 段々と俺の目が腐っていくのがわかる。それと同時に、根性も・・・・・・

 

 「──もう、私に関わらないで」

 

「・・・・・・は?」

 復唱を促したつもりだったのだが、その相手はもうこの空間にはいなかった。

 ──夜空は、部室を出ていった。それも、ものすごい勢いで。

「ちっ・・・・・・なんでこうなるんだよ・・・・・・!」

「おまえが悪い」

「は?」

 夜空の後を追おうと部室を飛び出そうとした時、背後から不意に声をかけられた。躓きそうになったが、なんとか堪える。

「どういうことだよ」

「そのまんまだよ。今のは完全に隼斗が悪い。それだけは断言できるわぁ」

 荒く言う語尾から顔を見なくても判断がつく。

「なんで、俺が悪いと思うんだよ──アリオス」

「だってよぉ、今まで通りにしてれば、平和に、穏やかに過ごしていけるんだぜ。これからずっとよぉ」

「リリに嘘をつきながら過ごしていくってか?それでいいと思ってるのかよ」

「仕方の無いことだと思ってるぜ。だからそうであっても構わねぇ」

 仕方ない。確かにそうかもしれない。けど、本当にそんなのでいいのか?いい訳ない。こんなの、さっきの夜空と同じ考えじゃねぇか。

 ん?夜空・・・・・・今どこに?

「って、こんなこと話してる場合じゃねぇよ!夜空のことを追うからまた後で話し合おうな」

 俺の約束に対する返事は無かったが、無言の了解だと受け止めておこう。

 

 さて、夜空捜索を始めるとするか。

 

 

 ○○○

 

 

 「ったく、どこまで行きやがったんだよ・・・・・・」

 夜空を捜索し始めてから三十分が経とうとしていた。しかし、一向に見つかる気配がしない。

 授業中の校舎内を走り回るのはとても愚かな行為だと思う。

 ・・・・・・それを俺は今やっている訳だが。

 それでも、夜空を見つけるためなら別に構わないか。

 ──さっきはあんなこと言ってごめん。でも、俺の言いたいことを理解してくれると助かる。

 夜空と再会したら開口一番に言うための練習を心の中でだが、何度も行った。

 その成果を出すためにも、まずは夜空を見つけねば。

 使命感に襲われ、俺は早歩きになる。

 屋上から攻め、一階、また一階と順々に降りていき、そこフロアを探す。

 そして今は二階。そろそろ見つけれなければ最悪、見失うという自体になりかねない。・・・・・・今、完全に見失っているの。

「待てよ」

 ふと、思いついた。

 ──女子トイレに隠れてたら、見つけれない。こんなに探しても見つからないのならもしかしたら・・・・・・

「・・・・・・と、とりあえず、一階だ!二階は見当たらなかったからな!」

 ちょうど階段の場所まで来たので、一階に降りる。

 授業中の学校はやたらと静かだ。俺の知っている学校ってのはもっと騒がしいイメージがあるのだが、扉が完全に締め切られているからだろうか?さすがに防音性能が優秀過ぎる。

 だが、今はそんなことどうでもいい。今は夜空だ。一階に降りて、探す。

 

 一階は特別教室が多い。実験室やら家庭科室やらはこの階にある。正直不便だ。いちいち一番下まで降りてまた上らなくてはならない。この上となく面倒だ。

 そんなことを考えながら一階を隈無く探す。

 歩き回ってて気づいたが、このフロアで授業をしているクラスは無いようだ。それならと、俺は叫ぶ。

「おーい!夜空ー!どこにいるんだー!」

 叫びながら歩き回り、ある地点に到達する。意識から外していたため、その存在に気づくのは数秒遅れてしまった。そのタイムラグが命取りとなった。

「こるぁ!授業中に誰だぁ!静かにせんかぁ!・・・・・・って特待生のやつか。悪かった。今のは忘れてくれ」

 扉から出てきた耳の長い初老の頭上には『職員室』としっかり漢字で書かれたプレートがある。その下に申し訳なさそうに見える角らしきものが目障りだ。

「すんませんでした。ちょっと人を探してまして」

「ほう、誰だ?」

 なんだこの人、優しいんじゃん。では、この厚意に甘えよう。

「暁夜空さんを探しているんです。わかりますか?」

「暁・・・・・・夜空・・・・・・ああ、あんたと同じ特待生の子だね。さっき二階の女子トイレに入るのが見えたよ」

「ちなみにどこで見たんですか?」

「いやぁ授業中だってのに二階の廊下から人の気配がしたのでね。誰が通ってるのかと思い呪術を使ってここから見てみたら夜空さんでしたぞよ」

 なんだかキャラがぶれっぶれな気がしたが、有力な情報を掴めたのでよしとする。

「一応聞いておきますけど、中に入ってからも追いかけて見たりとかしてませんよね?」

「そんなことする訳なかろう!周りには他にも教員がいるんだぞ!?そんなことしたら一発クビだよ!」

 こっちの世界にもクビという概念があるのか。

 どうでもいいことを知ってしまったが、それよりも流せないことが一つあった。

「先生・・・・・・」

「ん?」

 下を向き、込み上げる衝動を何秒か耐え、それに耐えきれず爆発する。

「あんた!何覗きしようとしてんだー!」

 怒りのままに叫んだ。先生が暴露したことに対してだけじゃなく、今探している少女に対しての怒りも込めて。叫んだ。



 ○○○



 ・・・・・・来てみたはいいが、どうしよう。

 

「夜空を追って入ってきた」なんて言い訳はできない。もし、用を足していたらどうする?洒落にならないぞ。

「落ち着け俺!ここからノックして叫べばいいだけの話だ」

 しかし、少し心細かった。──中に、本当にいるのか。

 躊躇う。女子トイレの前でもじもじしながら俺は決断をできずにいた。傍から見ればただの変態にしか見えないだろう。そして、今しようとしていることも変態行為にしか見えない。最悪捕まってしまう。

 ──恐る恐る扉に耳を近づける。

 中から聞こえたのは──

「──無音?」

 何も聞こえなかった。なんだよ。いないんじゃねーか。あの先生に騙されたわ。

 いないなら入っても構わないだろう。

 一歩退き、深呼吸をする。気持ちを落ち着ける。

「すぅー・・・・・・はぁー・・・・・・うし」

 覚悟を決め、扉に手を伸ばす。──そうとした時だった。

「・・・・・・なんだ、この感触」

 ドアノブの少し手前に何かある。目に見えない何かが。そしてそれは柔らかい。人の肌のように柔らかく、俺の手を包んで──

「ちょっと!セクハラはやめてよ!」

 目の前の何も無い空間から言い放たれた言葉。姿の見えない『何か』に俺は叩かれた。

 だが、その声と口調には聞き覚えがある。

 その二人をリンクさせて思い浮かぶのは──

「・・・・・・リリ。どうしてここにいるんだ?」

「ちぇー、バレちゃったかー」

 声と共に次第にその輪郭を顕にして最終的には全体を顕にした。

「おまえ、いつから俺のそばにいたんだ」

「んー、部室飛び出てから?」

「それって・・・・・・!」

 全部聞かれてたってことになる。

 声にならない声で叫び、俺は絶望しかけた。

 そうしかけただけ。むしろこれは俺にとって好都合だったから、絶望はしなかった。

「それなら話が早い。リリ、おまえに本当のことを教える」

「こんなところでー?それよりも、なんでついてきたのとか聞かない訳ー?」

「それはまた後でだ」

「ちぇーつまんないのー」

 今はそれどころじゃないと目で言うと、リリはそれに感づいたのか、目つきが厳しいものになった。俺はそれを真っ直ぐに見つめる。

「あのな、リリ・・・・・・おまえはあの時・・・・・・遠足に行った日に、死んだ」

「それは知ってるよー。それよりさー、場所変えない?」

「は?・・・・・・別にいいけど・・・・・・どこにするんだ?」

 突然の提案に話の腰を折られた感じがしたが、リリの提案だ。受けよう。しかしそれは、

「部室。そこで話そ?」

 一番来て欲しくない答えだった。

 部室。そこには俺とここにいるリリと夜空以外のやつらが全員いる。さらに言えば、そいつらは今は俺の敵だ。

 そこに追い討ちのようにリリは言葉を繋ぐ。

「さっき、また後でなって、約束してたでしょ?」

「そこも聞かれてたのか・・・・・・そうだな、戻ろう」

 バレてるなら別に構わないか。

「ほら!早く行くよー!」

「お、おう・・・・・・」

 促されるまま、袖を引っ張られるまま俺とリリは部室を目指す。

 

 ──トイレで泣いている、一人の少女には気づかずに。



 ○○○



 「──ということだ」

「ほーん、いきなり戻ってきたと思ったらぁ、夜空は見つけれず、代わりにリリが隼斗のことを尾行しているのがわかったから連れてきたってことだなぁ?」

「ああ。正確には無理やり連れてこられたんだけどな・・・・・・」

 苦笑しながらリリの顔を見る。なぜかニコニコ笑顔だった。何がそんなに面白いのか。

「そうだ」

 今までの、部室から飛び出てから今に至る説明をしていて本題を忘れていた。

「リリ、おまえは遠足の日に死んだ。その事実はわかるよな?」

「うん。わかるよー」

 さっきと変わらず、笑顔のままだったが、声のトーンはいくらか低かった。死んだということがよほど辛いのだろう。

「その死因は?」

 そろそろストップが入るはずだ。

「転落死だよね?」

 ほら、止めろよ。

「そうそう、でもなリリ。それは実は違うんだ」

 早く・・・・・・止めろよ・・・・・・。俺がおかしくなりそうだ・・・・・・頼む、誰か止めてくれ・・・・・・。

「おまえの本当の死因は──」

 こんな・・・こんな・・・・・・・・・。

「──」

 こんな、辛そうに、今にも泣き出しそうな顔。それでも無理に笑っている顔。俺の勢いを殺してくれないとこのまま言い出しちまいそうだ。そしてリリを傷つけちまいそうだ。いいや、もう傷つけてるから誰も止めないのか。そうか、それなら止める必要ないもんな。

「死因は・・・・・・出血多量だ」

 最後の部分が早口になってしまった。ちゃんと聞き取れただろうか?リリの顔を思いっきり瞑った目を薄く開いて見る。

 

 ──笑ってた。リリは、こんな状況でも、今まで自分の知ってた事実と、異なっていても、それが事実だと突き付けられても、笑ってた。

 

「ご、ごめんね・・・・・・なんか、どんどん・・・・・・溢れてくるの・・・・・・」

 笑顔の上には涙があった。リリの頬を伝う、一筋の涙が。いわゆる、嬉し泣き、と言うのだろう。

「実はね、だいぶ前から知ってたんだよ。それを黙ってて、隼斗を、隼斗達を傷つけてたなら、ごめんなさい」

 謝罪。何故?リリが?わからない。なんでリリに謝られる?謝るなら俺らの方だろう。今まで隠していた、咎められるのは俺らの方だ。それを、何故?わからない。

「お、おい・・・・・・頭、上げろよ・・・・・・」

 深々と腰を曲げたリリの姿は、見ていて胸が苦しくなってきた。やめてくれ、早く、頭を上げてくれ。

「リリ!早く頭を上げろよ!悪いのは俺らなんだよ!隠してた俺らが悪いんだよ!」

「──それとね、ありがとう、隼斗」

 返事になってない。それに唐突に感謝までされた。もう訳がわからない。謝罪され感謝?どっちなんだ。どっちが本当なのだ。

「どっちも、本当だよ」

 心を見透かしているかのような発言。俺は酷く動揺する。あれ?こんなこと前にもあったような気がする。

「それで、事実を伝えたけど、どうすんだよぉ?隼斗ぉ」

 そうだ。真実を伝えたはいい。だが、その返答は俺のマニュアルには載っていない。どうする。真実を伝えた。だから?夜空はそれを知っていたのか?

 ──リリは、既に知っていたということ。

 夜空?今どこにいる?

 そもそも、何故さっき俺は部室を飛び出した?

 誰かを追っていた?

 誰をだ?

 

 ──夜空を、だ。

「!・・・・・・わりぃ!急用思い出した!タイミング悪いのは百も承知だ!ちょっと探してる人がいて!すぐ戻ってくる!」

「唐突すぎるよー!・・・・・・でも、行ってらっしゃい。きっと、ずっと、隼斗のこと待ってるよ」

 いつものチャラチャラしている少女の姿はそこには無かった。そこにあったのは、キリッとした、勇ましい姿の、笑顔のリリがいた。

「・・・・・・おう!行ってくる!」

 リリから部室全体を見渡す。

 ──全員も、同意見といったところか。

 ったく、みんなして俺をはめやがって。知ってたなら早く教えてくれてもよかっただろうよ。

 ま、今はそんなのどうでもいい。今は──

 

「──待ってろよ!夜空!」

 

 独りでいる少女を、今から救いに行く。

 

 ──俺が、傷つけてしまった少女を。

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