Episode.9 この仲間に『死』という存在があったら その2

 「・・・・・・」

 力なく横たわっている小さな体を抱きかかえたまま俺は二度と開かれることのない目を見つめていた。まつ毛が美しい。

 前髪が少し気にかかったので右手の人差し指と中指で優しく耳の後ろへかける。

 ──美しい。

 その一言に尽きた。

 ふと、今までの日々を思い出した。

 毎日俺が行くよりも早く部室にいて、仲良しの二人と楽しそうに笑いながら話をしていたり、俺が一人でぼーっとしていると肩を叩かれ振り向くとほっぺに人差し指をあてられたり......あれってなんて言うんだろうな。でも、今の俺にはそんなのどうでもいい。今の俺にとって一番大切だと思うのは・・・・・・

「リリとの・・・思い出・・・」

 今まで当たり前のようにいた存在が突然消えるのだ。さらに言えばその存在は俺にとって今まで生きてきた中で一番大切にしなければいけない存在なのだ。

 それを失った。

「・・・ははっ、もう・・・どうでも・・・いい・・・」

 一層の事俺も自決しようか。

「なんで・・・自決なんか・・・」

 何故リリは自決した。あのまま化け物を暴れさせて氷を割り、俺たちを襲えばよかったものを。何故だ。理由、理由はないはずだ。氷が割れたのは誰かが舌打ちをしたから。俺の背後から聞こえたから多分、リリのだと思う。

 じゃあなぜリリは舌打ちをした?

 こうして一つの解に辿り着いた。

「──おまえらだ」

 アリオス率いる『隼斗救出隊』だ。アリオス以外にローレル、ウミ、レナ、夜空がいる。

「な、なーに言ってんだよ隼・・・」

「おまえらが来なければリリは助かった」

「お、おいおい・・・いきなりどーしちまったんだよぉ?」

「リリが自決しようと決めた理由だよ!おまえらが来たから仮に誰かが生き残ったら気まずくなるだろ!?それこそ生きてけねーよ!俺がリリの立場だったら有害物質である自分の身を切り捨てて今までいた仲間達を生かすね!」

「まー・・・一理あるな・・・」

「だろ!?だから来なければこんなことにはならなかった!なんで来たんだよ!俺くらいいなくなったってどーってことねーだろ!?」

「隼斗。その考えはあまりにも愚かよ」

「なっ・・・」

 そう告げたのは俺と同じ亜人族の夜空だ。だが、その表情は自信の満ちたものというより、悲しみの方が強いような感じがした。

「リリが助かるなら隼斗はどうなってもいい?はっ、笑わせないでちょうだい。あなたがこの部にとってどんな存在かわかって言ってるの?」

「俺なんかよりリリの方がこの部にとって大切だろうよ!ムードメーカーなんだぞ!?俺と違ってあいつは!」

「まだ気づいていないのかしら?じゃああなたはどうしてこんなにこの部の人たちが仲がいいと思う?」

「そんなの・・・アリオスとかリリとかがこの部に明るい雰囲気を作ってくれるからだろ・・・」

「果たしてそれだけかしら?じゃあもう一度改めて聞くわ。あなたはこの部でどういう存在なの?」

「・・・・・・」

「──盛り上げ役ですね」

「!」

 俺が答えあぐねていると、俺以外の誰かから発せられた。その言葉に俺は驚いた。

「そうだねー、アリオス達に匹敵するムードメーカーだねー」

「隼斗いるとな、あたし、すっごく楽しい!それはみんなもやと思うよ?」

「俺がムードメーカーってのは、ちと自覚ねーけどぉ・・・・・・確かに、隼斗はこの部にとってなくてはならねー存在だぁ!」

 なくてはならい存在。その言葉を聞いた瞬間、全身の力が一気に抜けた。その場に四つん這いになるような体勢になった。

「・・・・・・悪かった」

「わかってくれたのならそれで十分よ・・・・・・って隼斗!?」

「は、隼斗!?どうしたのですか!?」

「大丈夫ー?」

「うっそー!なんで泣いてんや!」

「ったく、メソメソすんじゃねーよ!隼斗ぉ!」

「・・・・・・あ・・・・・・れ・・・・・・なんで俺・・・・・・泣いてんだろ・・・」

「そんなの知らないわよ!それよりもほら、ハンカチ」

「・・・わりぃ・・・な・・・」

「なぁに大丈夫さ!ひょこっと何事なかったかのようにまたリリと会えっから!」

「・・・はは・・・そうだと・・・いいな・・・」

 どうせ嘘だ。俺を慰めるだけの。それでも、俺を励まそうとしてくれたのは素直に嬉しい。みんなは俺を必死になって暖めようとしている。

「・・・・・・リリー!待ってるからなー!」

 目を開けない少女に俺は叫ぶ。その美しい顔に次から次へと水滴が落ちる。

「うわぁぁぁぁ!」

 俺は抱きついた。羞恥心などこれっぽっちもない。

 

 しばらくして、俺は落ち着いた頃を見計らってなのか

「うし、それじゃあ帰るかぁ!」

 アリオスが威勢よく言う。

「そうだな。リリ、帰ろうぜ」

 さっきまで雫だらけだった顔をもう一度しっかりと見てから俺はリリの亡骸を背負う。

「うっ・・・・・・重いな・・・・・・」

「あー。あとでリリに言ってやろー」

「じょ、冗談だってー・・・・・・あはは・・・・・・」

 ウミと戯言を言い合えるまで回復していた。これならなんとかなりそうだ。

「?どうした隼斗ぉ?いきなり立ち止まってぇ?」

「・・・・・・みんな、ごめんな」

「本当、土下座してほしいレベルだわ」

「何も言えねぇよ」

「まぁまぁ、夜空もその辺にしといてやってくれやぁ」

「ふん」

 夜空はもう話したくないと言わんばかりに振り返る。どんな顔をしているのかさっぱりわからない。

「でも、わかってくれたのならいいわ」

 その声は震えているようだった。

「夜空?」

「さ、早く帰りましょ。疲れたわ」

「おう!そうだなぁ!」

 続きを促そうたしたが、夜空に遮られた。これ以上言及しない方がいいかもしれない。

 

 帰り道は今まで来た道を辿っていって、学園に戻った。道中、特にこれといって大きなことはなかったが、気になったことと言えば・・・・・・

 ──行きよりも圧倒的に静かだった。

 

 「それじゃあなぁ!家に着くまでが遠足だからなぁ!」

「どこの先生だよ!おまえは!」

「がーっはっはっはー!」

 うるさく叫んでいたが、スルーして足早に帰宅する。今日は一人だ。

 そりゃあ、平常運転に戻れたとしても、あのダメージは短時間で消えるようなものではない。

 帰宅し、一人で風呂に入り、一人で夕飯を食べ、皿をさっさと洗い終えて今日の業務を完遂させる。

「よし、これで最後だな」

 そして俺は布団に潜る。今日は心身共に疲れた。

 が、すぐに寝付けるわけもなく、ただぼーっと天井を眺めていると、

 「・・・・・・あれ・・・・・・なんでだろ・・・・・・止まらない・・・・・・抑えられない・・・・・・」

 なぜか、頬を熱いものが伝っていた。

 

 ○○○

 

 

 翌日。俺は冷たい感触に目が覚めた。

 「んー・・・・・・」

 犯人を手で触ってみるとそれは床だった。

 はっきりとしない意識の中でその事実を確認すると俺はようやく意識を覚醒させる。

 「・・・・・・どんだけ寝相悪いんだよ・・・・・・」

 昨夜の記憶が正しければ、俺はベッドの上で寝てたはずだ。それがなぜ?

「ま、別に気にすることじゃねーか」

 俺は立ち上がり、一つ大きな伸びをしてから毎朝のルーティンワークを始める。

 その中の一つ。食事は毎朝欠かさないのだが、時計を見て遅刻すると思ったので俺は朝食を食べながら登校することにした。それ抜きでのルーティンワークだ。

「ったく、なんでこんな日に寝坊なんかするんだよ!」

 時刻石を見ると水色の面影を残した緑色だ。つまり限りなく九時に近い。

「っち・・・・・・遅刻確定か・・・・・・」

 悔しいがこれは現実を受け止めるしかない。

 一応急いで支度をして出発できるようにする。

 「うし、それじゃあ行くかー」

 そう言って俺は学校を目指す。

 

 学校へ着くと、普段なら真っ直ぐ部室に向かうのだが、今日はそんな気になれなかった。なので教室に向かうことにした。

 教室の近くにさしかかったとき、扉が開く音がした。

「あら、隼斗君もう来たの?」

「マウス先生ですか。おはようございます」

「ああ、おはよう。どうしたのそんな暗い顔して?」

「え!いや!そのー・・・・・・そんなことないですけど!」

「そう?私の勘違いかしらねぇ?それより、授業受ける?」

「はい、お願いします」

「私も受けますわ、マウス先生」

「あら、夜空さんも?珍しいわねー。どうしたの?」

「いえ、特に理由はありません」

「そう、それなら早く始めましょ!」

「わかりました。その前に少し隼斗君と話してもいいですか?」

「ええ構わないけど、なるべく早くね」

「わかりました」

 夜空の要求を受け入れ、マウス先生は教室の中へと入っていく。さっきまでいたっぽいから戻っていくの方が正しいか。

「そんで、話って何よ?」

 あんまり乗り気ではないため、手短に願いたい。

「あなた、なんで部室に来ないの?」

「いや、今日は普通に寝坊したからだし・・・・・・」

「それに?」

「それに!・・・・・・おまえには関係ねーから気にすんな」

「あら、そう。それなら授業終わったら一緒に部室に行きましょうね」

 不敵な笑みを浮かべてそう言ってきた。にか企んでいるんだろうか?

「なんで行かなきゃいけねーんだ?」

「あなたのためよ」

「アバウト過ぎてさっぱり意図がわからねーんだが?」

「それが狙いだもの」

「意地が悪いぞ・・・・・・」

 俺が睨んだタイミングでマウス先生が、

「そろそろいいかしらー?」

 と言われたので仕方なく教室に入る。

『・・・・・・やべぇ、どうしよう、全然頭に入ってこねー!夜空のが気になる!木になりすぎておかしくなっちまいそうだ!』

 そんなことを心の中で叫んでいる俺だが、その横に座っている一人の少女は全く気にかけないでいつも通りの姿勢で授業を受けている。

 「──はーい、それじゃあ今日はここまでねー。明日もこの時間に来るのかなー?」

「いいえ、明日は今日の一時間遅れに来ると思います。隼斗も同じで」

「わかったわー。じゃ、また明日ねー」

「さようなら」

「さ、さようなら」

 淡々と話を進められて挨拶があやふやになったが、なんとか返せた。

「それより、なんだよ明日は一時間遅れになるって」

「それは今から行けばわかるわ」

「さっきからなに言ってるんだよ?」

「いいから黙ってついてきなさい」

 そう言われ、手首をしっかり握られる。

「ちょ、いきなりなにすんだよ!?」

「別に、あなたが逃げないように、かつ、遅れないようにするためよ」

「わ、わかりました・・・・・・」

 逆らわなかった。否、逆らえなかった。だって振りほどいたら殺すみたいな目つきをしてたからね!

 ぐいぐいと引っ張られるうちにあっという間に部室の前に辿り着いた。

「さ、早く入って」

「お、おう・・・・・・」

 ドアマンのように振舞っている夜空を怪しい眼差しで見てから俺は中に入る。

 部室内は普段と至って変わらない。

 だが、わかっていたことだがそこにはリリはいなかった。

「それで、俺を無理やり連れてきた理由を聞かせてもらおうか?」

「あら、まだ気づいていないの?」

「何がだよ?」

「ここ、いつもと違うでしょ?」

「おまえ、それはさすがに意地が悪いぞ」

「そういうことじゃないわ。もっと広い目で見てごらんなさい」

「なんだよ・・・・・・」

 むすっとしながら俺は部室内を『広い目』で見回す。

 ──確かに、いつもと違う。

「他のやつらはどこ行ったんだよ?」

「それはもう少しすればわかるわ。それまで悔しいけどあなたと二人きりということね」

「そんなに嫌なら夜空も行けばよかっただろ!?」

「そんな戯言言えるまでになったのならよかったわ。あともう少しすればもっと楽になるわよ」

「意味がわからないんだが・・・・・・」

「大人しく座って待ってなさい」

 なぜ命令形なのか聞きたいけどとりあえず聞かなかったことにしておく。

 しかし、なんでこんなに引っ張ってまで俺を驚かそうとしてるんだ?そんなに凄いことあるのか?わからない。

 

 夜空に『命令』されてから五分も経たないうちに『それ』はやってくる。

 ドアを開けるぎぃーという音と共に一行は入ってくる。

「わりぃわりぃ!待たせたなぁ!」

 どこかで聞き覚えのあるセリフと共に一番最初に入ってきたのはアリオスだ。それに次いでローレルも入ってきた。兄妹だから二人で一セットなのは当然か。

 そしてローレルの後に入ってきたのは嬉々とした表情のエルフ二人組。今はリーダーを失ったグループだ。

 レナとウミは今まで見たことのない満面の笑みでこちらを見てから

「ただいま帰りましたー!」

 と、元気ハツラツに言ってくる。

「どうしたんだよ、そんなにハイテンションになって?」

「隼斗。もしリリが戻ってきたら何がしたいですか?」

「は?何言ってんだ・・・・・・」

「いいから答えて!」

 いつもは見ることのないレナの態度に俺は驚愕したが、ぎりぎりのところで平静を保つことができた。

「・・・・・・そうだなー・・・・・・あれ、思い浮かばねぇ・・・」

「もう!隼斗のバカ!」

「なんでそんなに罵られなきゃいけないの!?」

「隼斗ぉ、そろそろ勘付こうぜぇ?」

「だから、さっぱり意味がわからねーんだって!」

「ったく、これだから隼斗は・・・・・・おーい!入っていいぞー!」

 開けっ放しの誰もいない部室の入口に向かってアリオスは叫ぶ。

「わかったー!」

 あれ?なんで・・・・・・聞き覚えあるぞ・・・・・・この声・・・・・・まさか・・・・・・ね・・・・・・はは、そんなことあり得るわけ・・・・・・

 「ただいま!隼斗!」

「・・・・・・なんで・・・なんでおまえがここにいるんだよ!リリ!」

 自然と瞼が熱くなった。そして溜めきれなくなると熱いものはこぼれ、頬を伝って床に落ちる。

「もー!せっかくの再会をそんなぐちゃぐちゃの顔で迎えられちゃあ、こっちもぐちゃぐちゃになっちゃいそうじゃん!」

 少し怒気のこもった喋り方だったが、それはすぐに消え去り、次には、

「ごめんね、隼斗」

 その一言を聞いた瞬間、俺の涙腺は決壊した。

「っぐ・・・・・・おれ・・・・・・リリ・・・・・・っぐ・・・・・・ごめん・・・・・・っぐ」

「まったくー、仕方のない人だなー!ほら!今日だけ特別私の胸に飛びついていいよ!」

「いやぁ、それだけ聞いたらドン引きだけどなぁ!」

「こら、アリオス!チャチャ入れないで!」

「おお、わりぃわりぃ」

「全然悪気ないじゃん!まーいいや、ほら隼斗。おいで!」

「っぐ・・・・・・いい・・・・・・のか?・・・・・・っぐ」

「いいよ。けど胸揉んだりしたら殺すからね!」

 その優しさで充分だ。けど、今は甘えてもいいだろう。

「あ・・・・・・ありがとう・・・っぐ・・・じゃあ・・・」

 俺は顔を上げ、リリの顔を見る。その顔は哀れみや悲しみや嘲笑などが介入する余地もないほどの笑顔だった。

 その顔に俺はついに堪えきれず

「ああぁぁぁぁ!リリぃぃぃぃ!」

「まったく、ほんとに困ったやつだよ君は。あ、そうそう。これが本当の私ってやつ?わかった?」

「ああぁぁぁぁ!っぐ・・・・・・わ・・・・・・わかっ・・・・・・わかった・・・・・・」

「それでよーし!よろしくね!隼斗!私の名前はリリ!」

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