Episode.8 この仲間に『死』という存在があったら その1
「リリー!」
とにかく叫び続けた。僅かな希望に全てを賭ける。
しかし、その希望をへし折るかのように雨足は強まる一方だ。
「ったく、どこに行きやがったんだよ・・・!」
半ばキレてた。心配故にキレてたんだと思う。
走り回ってると突然、左から何かが飛び出してくる。そして運悪く俺と接触してしまう。
「!いってぇ・・・」
「・・・あら、隼斗だったのね」
そこにいたのは俺と同じく亜人族で俺が少しだけ気にしている夜空だった。
「・・・ああ、夜空か。なんでこっちにいるんだよ?」
「それを言いたいのは私のほうね。私は私の持ち場を探していたのよ」
「つまり?」
「隼斗が私のところに不法侵入してるってことかしら?」
「なんで疑問形なんだよ!まー、無我夢中で探してたからな・・・」
「それなら仕方ないわね。一緒に探しましょ」
「おう。その代わり、足引っ張んなよ」
「あら、よっぽど自信があるのね。そのままそっくり返すわ」
そんなやり取りをしながら俺達は並んで走り出す。
「そうだ、そのトイレってどっち方面なんだ?」
「私が知るわけないじゃない。使ったことないのだもの」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
「わかってるのならいいわ」
つまり、当てずっぽうで探すしかないのか・・・見つけれるか不安なところだけど、まー仕方ない。
無鉄砲に探していると突然脳内に何かの映像が流れ込む。それと少しだけの虚脱感も。
流れこんできた映像は──
「・・・・・・なんだ・・・・・・これ・・・・・・」
どこかの洞窟なのか薄暗い場所でゴツゴツしている。そして目の前には大きな黒い影。
俺は無意識のうちに項垂れていた。
「ちょ、隼斗!?いきなりどうしたの!?」
「・・・・・・」
夜空に構っている暇などなかった。何のやる気も出ない。それよりも、この絶望的な光景が頭の中で再生されていて生きてる心地がしない。
しばらく黒い影と対峙したかと思ったらいきなり目の前が明るくなる。眩しさのあまり目を瞑り、十秒ほどしてから恐る恐る目を開けると、走っていた。洞窟の外に逃げるかのように全力で走っていた。
洞窟の外に出て、ようやく逃げきれるのかと安心していると突然後ろに引きずられるかのように下がっていく。
『何があったんだ?』
そう思っていると目線が後ろの方へと向けられてその犯人が見えた。──何だあれは。
狼。とは言い難い容姿。強いていえば狼に角が無数もついた感じだ。
俺の見ている『誰か』の目の持ち主は暴れているようで手足をバタバタさせているのが視界に映ってくる。俺も死にものぐるいで手足をバタバタさせたい気分だ。
ふと、視界の中に映り込んできたものが俺の見ている目の人がいる場所を決定づけさせた。
──一本の大きくて長い木。
それだけの情報があればどこにいるのかわかる。
洞窟の外にそれが見えた瞬間、映像がプツリと切れたかと思ったら今度は聞き覚えのある声が脳内に飛び込んできた。
『誰か──誰か助けて!』
「お、おい・・・嘘・・・だろ・・・」
「何か分かったの隼斗!?」
冷静さを失っているのか夜空の口調は多少荒っぽくなっていた気がするが、今はそんなことに突っ込む余裕はない。
「あ、ああ・・・リリは・・・・・・あそこだ」
そう言い、俺は一本、他の木より突出している木を指さす。
「何が見えたの?」
「リリが・・・何者かに襲われてる」
「それって・・・本当なの・・・?」
「間違いない。脳内に映像と声が飛び込んできたんだ。その声はリリの声だった。俺はリリのところに行く。夜空はみんなと合流してから来てくれ」
「待って!それはいくらなんでも危ないわ!私たち亜人族は何の能力もない種族なのを忘れてるの!?」
「大丈夫だって!時間稼ぎくらいならできるからよ!」
「それは・・・」
「とにかく!夜空はみんなに伝えてくれ!リリが死ぬ気で俺に伝えてくれたんだ。それなら俺が行かなきゃリリに恨まれるだろ?なーに、心配することなんかねーって!」
「そういう問題じゃないわよ!・・・・・・でも、わかったわ。絶対に生きてなさいよね」
「わかってるよ」
いつもの夜空に戻ってくれたおかげで少しだけ俺も落ち着けてきた。
夜空に背を向け走り出して夜空に聞こえないような距離で、でも確かに、
「ありがとな、夜空」
独り言のように呟いた。
未だに雨は降り止まない。
○○○
「はあ、はあ、はあ・・・近いと思ってたけど・・・案外遠いんだな・・・」
走り始めて十分。まだまだ大木は近づいているように見えない。
「こんなんじゃいくら走っても辿り着けるか不安なところだな・・・」
何か・・・何かないのか・・・
「・・・ない・・・か・・・」
何もない。周りにはただ木が生い茂っているだけだ。
「クソッ!待ってろよリリ!」
何もできないのなら今やれることを全力でやるしかない。今はただ全力で走るだけだ。走れ、走れ、走れ。さっきよりも速く。
無我夢中で走った。死ぬ気で走った。
それが功を奏したのか、ようやく大木が近づいてくる。
「!・・・よしっ」
胸の中で小さくガッツポーズをした。
さらに走ると、大木の根元まで辿り着いた。
「リリー!どこだー!」
ひとまず俺が来たことを知らせる。そしてどこにいるかもついでに聞いておく。
しかし、俺の問に返事はない。
「どこだ・・・どこにある・・・」
俺はさっき見た洞窟を探す。
どこだ・・・どこ・・・あった!
唯一の希望。それがあの洞窟に入ればそれが希望か絶望かはっきりする。
俺は少し遠かったが洞窟の入口まで駆けた。息切れが酷い。肺も痛い。
ぜぇぜぇと息を荒くしながらも洞窟の入口まで辿り着いた。
洞窟の中は真っ暗で空気もヒヤッとしている。呼吸をする度にその音が響き渡ってる。
「お、おーい!・・・・・・誰か・・・・・・いませんかー!」
震える声をなるべく押さえながら問いかけてみるが、返事はない。ただ俺の声が洞窟内を反響するだけだ。
恐る恐る中に入ってみる。一歩。また一歩。ゆっくりと進む。中に行けば行くほど暗くなる。
二十メートルくらい行ったところで突然、後ろで大きな音がする。
「なっ・・・!嘘・・・・・・だろ・・・・・・」
その音の正体は崩壊の音だった。
さっき通ってきたところを洞窟の天井から崩れてきた岩が塞いでいる。どうやっても抜け出せそうにない。
逃げる術がないなら先に進むしかない。
ゆっくり、一歩ずつ、確実に進む。
一歩歩く度に足音が洞窟内に響き渡る。誰もいないから何一つ心配する必要はない。
だが、その心配事は絶望と共に現れた。
洞窟の奥深くから、どすん・・・どすんという足音らしき音が聞こえてくる。
──誰かいる。
しかし、その音は俺よりも遥かに大きな足音だ。体もよほどのサイズだと予想できる。
自然と俺の足は止まっていた。つけ加えるとしたら、震えていた。
「お、おい・・・・・・嘘だろ・・・・・・」
さっき言ったばかりのセリフを再び言う機会が訪れてしまった。
そこにいたのは──
「──ようやく来てくれたんだね」
耳の長い少女が、俺たちが探していた少女がこの世のものとは思えない容姿。それに一番相応しい名前を俺は知っている。
──魔獣。その上に乗ってこちらに向かってきていた。
○○○
「な・・・・・・何でだよ!・・・・・・リリ!」
「何でと言われてもねー・・・・・・あなたが心底恨めしいから、かなー?」
口調がほんの少し変わっている。一体彼女の身に何があったのだというのだ。
「そんな軽く言わないでくれるかなー?ああ?」
「おー怖い怖い。ちょっとーやめてよー、私怖いの苦手だからー」
「それはこっちのセリフだよ!なんだよその化け物は!」
「あーこれ?この子、可愛いでしょ?ちゃんと名前もついてるのよー。ねーテクラ?」
この震えを紛らわせそうとどうでもいいことを聞いてみる。
「ちなみに聞くけど・・・・・・性別は?」
「メスだよ?てか、何でそんな軽口叩いてられるわけ?隼斗ピンチなんだよ?」
「おまえがそんなノリにしたんだろ!」
「ま、余興はこれくらいにしといて、そろそろ方を付けるよ」
リリの声のトーンが一気に低くなった。今まで彼女と接してきたが、こんな声は初めて聞いた。
「方を付けるって・・・・・・俺が何かしたか!?」
「いいやー。強いて言うならー・・・・・・んー・・・・・・気分、かな?」
いつもの軽い口調だった。オンオフ激しすぎる。
「そんなので納得できるか!それより、何であんな回りくどいやり方したんだよ」
リリの調子にまた流されそうになったので俺も声のトーンを数段低くしてこちらは本気なんだということを察してもらう。
「回りくどい?はて、何のこと?」
「おまえが見せたり聞かせたりしたやつだよ!」
もうツッコミ役として生きていこうとすら思えてしまう。
「あー、あれね。まーあれが一番手っ取り早かったから」
「理由が単純過ぎるだろ・・・・・・」
嘆息。そんな理由で俺はおびき出されたのだ。
「そんで、俺を襲ってリリに何のメリットが?逆にデメリットしかないと思うんだが?」
「その心構えが気に食わないんだよ」
再び声のトーンが低くなる。目つきも先程までとは比べものにならないくらい鋭い。
「なっ・・・・・・そうか・・・・・・それなら、仕方ないかもな」
「改めるつもりはないんだね?」
「あるわけねーだろ。これが俺なんだからよ。改めたら・・・・・・」
脳裏を嫌な思い出がよぎる。今が二回目だとすれば、一回目の絶体絶命のピンチになった時のだ。
またローレルに襲われたのでは次こそ命はないと思う。そんなのゴメンだ。
なら、ここでリリと話をする他ない。
夜空に呼びに行かせたからここまで辿り着くまでそんなに時間はかからないと思う。少しの時間稼ぎはしておかねば。
「そんな淡い期待、しない方がいいよ?」
度肝を抜かれた。心の中を完全に読まれた。
表情に出ていないだろうか。仕草に出ていないだろうか。そして──
──本当に誰も来ないのだろうか。
不安。不安。不安。
不安の相乗効果でどうにかなってしまいそうだった。
そこへ追い打ちのように声をかけられる。
「あの大木見た?あの木は私が作り出したの。トイレに行くと言ったのはあれを作るための呪術を唱えるためだったんだよ。いやー疲れた疲れた」
肩をぐるぐる回しているが全然疲れているようには見えない。
「それでね、その木に近づけなくなる呪術もかけたんだよー!」
「はっ・・・・・・呪術、万能すぎかよ・・・・・・」
エルフ族は呪術を得意とする種族だ。まさかあんなこともできるだなんて考えてもいなかったが。
「そうだよ。この世界の呪術は大抵のことはできちゃうんだよ。でもね、呪術を正確に扱えるのは限られた人のみなんだよ。ちなみに、今はネオ学園の特殊部にいる私たちだけ。他にいる生徒は将来有望な人材というわけだよ」
「なるほどー・・・・・・って理解できるか!」
「あっれー隼斗ってそんなにバカだったっけー?」
「三教科で三桁いけないくらいバカだよ!」
「はー?何のこと言ってるかわかんないけどよっぽどバカなんだねー」
あっきれたーと言わんばかりに首を振っている。言い返せないのが悔しい。
「そんなバカな俺にもわかりやすく説明してくれよ」
バカを強調して言ったが、リリは気にすることなく返事をする。
「そうだねー・・・・・・の世界で呪術を正確に扱えるのは特殊部にいる私たちだけってこと」
「なるほど・・・・・・やっと理解できた」
つまるところ、特殊部は本当に特殊なのだ。訂正、特別なのだ。
じゃあなんでなんの能力もない俺が入部してるんだ?
いいや、今はそれどころじゃないな。
「いやー本当に疲れたよー」
また疲れたようにしているがそんな風には全然見えない。演劇とか向いてないな、リリには。
「さーて、そろそろお別れだよ」
リリは化け物の頭を撫でるとその化け物は攻撃態勢に入る。リリはやるべきことをやり終えたのような顔で地面に降りる。
四つん這いの化け物だから超巨大な猪が突進するみたいな感じだ。
あんなのに吹っ飛ばされたらひとたまりもない。しかも今この場で吹っ飛ばされれば崩れた岩に直撃する。そうなれば確実に死ぬ。
前回同様逃げ道がない。いいや、前回の方がまだましか。逃げ道が見れたからな。
それは、今は見えない。どこにもない。
──万策尽きた、か。
俺の力じゃあの岩をどかすこともできないし、リリの言う通りなら助けが来ることも有り得ない。体力も、あの体格で突進してくる化け物を避けるほど残ってない。リリが俺の話を真剣に受け取ってくれるとは思えない。
畜生、今までの努力はなんだったんだよ。
ローレルと酷い目にあったけど結局仲直りして、部のみんなともっと仲良くなろうとして、いっぱい話して、いっぱい笑いあって、いっぱいふざけあって──たわいもない日々だったが、そんな一日一日が懐かしく思える。
もちろんその中にリリもいた。アリオスと共に部のムードメーカー的存在だった。部を明るくしてくれたあの軽い口調が、今は俺の心を蝕む。それが酷く苦しかった。
そんな過去を思い出していると、気になることがあった。
『なぜ、リリはこんな風になってしまったのか』
こんな簡単なことを今まで思い出せなかった。余裕がなかったのだろう。
「なあ、なんでリリは突然変わっ・・・・・・」
「覚悟ぉ!隼斗ぉ!」
俺の言葉を遮るようにしてリリは叫ぶ。それに反応してなのか化け物が雄叫びを上げた後、こちらに向かって走ってくる。
「嘘だろ・・・・・・!リリ!俺はおまえと話がしたい!頼む・・・・・・頼むよ!」
一歩、また一歩。化け物は確実に近づいてくる。歩幅が大きいから一歩が重々しい。
「頼む・・・・・・頼むよ!リリー!」
背後から音がした気がしたがした。
そして──
足音が消える。
俺は吹っ飛ばされた
──と思っていた。
顔の前から冷気を感じる。無意識のうちに瞑っていた目を開けると信じられないことが目の前で起きていた。
牙むき出しの恐ろしい顔が目と鼻の先に。しかし、それは動いていなかった。
──化け物は完全に凍っていた。
「はぁ・・・・・・間に合ったみたいだなぁ」
聞き覚えのある声。少し語尾の荒い語尾だ。
「せやなー。間に合って何よりや」
聞き覚えのある声。関西弁のような口調だ。
「大丈夫ですか!隼斗!」
聞き覚えのある声。最近俺に優しくなった声だ。
「大丈夫ー?」
聞き覚えのある声。棒読みだ。
「隼斗・・・あなた大丈夫かしら?」
聞き覚えのある声。俺が最近積極的に接している人の声だ。
声が聞こえた方を見るとそこには見覚えのある顔が四つ並んでいた。声と一致して安心した。
「みんな・・・・・・!なんでここに・・・・・・?」
「ウミが解いたんだよ。あの木にかけられてる呪術をなぁ」
「うんー。あの木に妙な呪術がかけられてたからねー。少し調べてみたら接近不可能になる呪術だったから何かまずいことになってるって思って解呪したのー」
「・・・・・・ありがとうな!」
嬉しさのあまり涙腺が緩んでしまったのか、頬を熱いものが伝っている。
「ちっ・・・・・・」舌打ちが俺の後ろから聞こえた。
振り向くと突然
「うぉぉぉぉぉ!」
「がぁぁぁぁぁ!」
リリが叫んだ直後に化け物が雄叫びと共に動き出す。氷を一瞬で破壊したのだ。
「やばい・・・・・・!」
これは詰んだ。もう全滅だ。
そう思っていたが、なぜか化け物は踵を返していた。そしてリリの方へ一直線に突っ込んでいき、その勢いのまま少女を吹っ飛ばした。勢い余って化け物は岩壁に突進して気を失ったみたいだ。結構脆い化け物だ。
が、そんなものに構っている暇などない。
「──リリー!」
一人の少女は地面に横たわったまま身動き一つしていなかった。
俺は駆けた。
まだ完全に回復していない体力を絞り出して駆けた。
「リリ・・・・・・なんでこんなことを・・・・・・」
自爆。いいや、自滅。いいや、自決。それが一番しっくり来る。
「リリ・・・リリ・・・・・・リリー!」
名前を呼びながら首の頸動脈のある部分に手を当てる。
──脈は止まっていた。
「おい・・・・・・返事してくれよ!」
誰も何も言わない。時が止まっているように感じた。
──今、俺の時は凍りついた。
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