Episode.4 この部に『活動』という存在があったら

 明くる日、俺は昨日よりも早く登校した。遅刻は絶対にしてはいけないからだ。

 しかし、昨日とは異なる点がある。『特殊部』のみんなと登校していることだ。

 思い返せば昨日の夜、俺らは深夜まではしゃぎまくって、結局俺の部屋に泊まっていくことになったのだ。

「床に寝ることになるけど、いいのか?」

「別に構わないよー」

「ウミがいいなら私たちもいいよね?」

「うん、大丈夫だよ」

「私は天井を借りれれば問題ないわ」

「だ、大丈夫・・・・・・」 

「私は自分の部屋で寝るわ。隣の部屋だから大して変わらないでしょ?」

「おう!そうだなぁ!それじゃあ今日はみんなで寝るぞー!」

 アリオスはいつものように馬鹿でかい声で言い放つ。

「ところで、俺はベッドで寝てもいいのか?」

 そこでみんな頷く。夜空は既に部屋を出た後なので、残りの七人だ。

 「ほんじゃ、隼斗ぉ。風呂、行くぞぉ!」

 「・・・・・・はい?」

 あまりにも唐突に理解不能なことを言われた。

「だからぁ!風呂入りに行くぞってぇ!男同士、親睦を深めるにはやっぱり背中流しだろぉ!」

 「・・・・・・わっけわかんねぇ」

 そう言いながらも俺は風呂に入る準備をして部屋を出ていくアリオスについていく。どうやら大浴場に行くらしい。

 確か、大浴場は一階の端っこにあった気がする。帰り際に見つけた寮の案内板に書かれていた。

「それじゃあ俺らは風呂入ってくるからおめーらも入っとけよぉ!」

「はーい」

 皆が揃って言ったのを確認すると俺らは部屋を後にする。

 そういえば、もう夜も遅いのにまだ大浴場開いてるのだろうか。



 ○○○



 驚いたことに、大浴場はまだ開いていた。

「えーと、風呂に入る際はしっかりと体を流してから入ってください・・・・・・当たり前じゃね?」

「そういうことができない輩がいるから書いてあんだぁ。まったく、常識知らずのやつらめぇ」

「おまえ、以外とブラックなところあるのな」

「あー。いつもの俺はあんな感じだけど、考え深いやつなんだぜぇ?」

「おー怖い怖い」

 既に俺たちは素っ裸になって風呂に入るところだ。

 扉を開けると、そこにはとても大きい浴槽があり、周りにはシャワーらしきものがちらほら見える。

 俺たちは真っ先にシャワーのところへ向かった。

 

 一通り体を洗い終えると、アリオスはまだ体を洗っている最中だった。

「おまえ、毛むくじゃらで大変だろ?」 「ん?あーそうだなぁ。小さい頃は面倒だと思ってたが、今はもう慣れちまった。なんなら先入っててもいいぞ?」

「自分の言ったこと忘れるなよ・・・・・・ほら、背中流してやるから」

「お!頼むわ!」

「はいはい」

 ゴシゴシゴシゴシと洗っていると、ふと疑問に思った。俺は今、髪を洗っているのか?

 アリオスの体は、獣族であるが故に毛むくじゃらである。それを洗っている感触は髪を洗っているのに近い。

「お客さーん、痒いところはないですかー?」

「あー、最高だ!」

 俺のばあちゃんは床屋をやっていて、小さい頃からその光景を目にしていた。今のセリフは死ぬまでに一度言ってみたかったものだ。

「よっしゃ!次は隼斗、俺が背中流してやるわぁ!」

「おうー、頼むわー」

 素っ気なく返して床に座る。ヒヤッとして少し身震いした。椅子がないのが惜しい。

 しかし、こうやって背中を流してもらうのなんて今まであっただろうか?いや無い。俺の父ちゃんは夜遅くにならないと帰ってこなかったし、母ちゃんと風呂に入ったのなんて小学校低学年の時が最後だ。

 なぜかわからないが、また身震いした。

「よし、こんなところかぁ?」

「おう、ありがとな」

 背中で感じたアリオスの手は俺の手より少しだけ大きかった。俺の手が今どきの男子高校生の平均サイズだとするとアリオスの手は大きい方だろう。他の男子高校生と手を合わせたことないので詳しくは言えないが。

 一通り体を洗い終え、背中流しもできたことなので俺たちは浴槽に浸かることにする。

「おー、これはなかなか」

「だろう?この風呂、実は温泉なんだぁ」

「おまえ、俺の故郷の言葉わかんのか?」

「は?温泉は全世界共通だろ?」

「温泉どんだけ有名なんだよ・・・・・・」

「知らないやつがいるなら是非とも一発殴ってやりたいぐらいだわぁ!」

 ニコニコしながら物騒なことを言っているアリオスだった。

「ところで、全世界って言ってたけど、この世界ってどんくらいのサイズなんだ?」

「ん?あーわりぃな、規模を大きく言いすぎたわぁ。全世界って言ってもこの学園とそれぞれの種族の国だけだ。この世界にはその二つしかない。しかも国のサイズは学園よりも小さいから世界の広さもさほどだぁ」

「なっ、それじゃあ遊びたい時とかはどうするんだよ?」

「それは、学園の敷地内に遊戯エリアがあるからそこに行けばいいんだぁ」

「ちなみに聞くけど、そこにはどんな物があるんだ?」

「んー、例えば、紙に攻撃力と体力が書かれていて、それらにはコストっていうのがあるゲームだな。話すと長くなるけど、聞くか?」

「いや、それ、知ってるから大丈夫だわ。」

 まだあっちの世界にいた頃に流行っていたカードゲームと全く同じ情景が思い浮かんだ。

「おまえの故郷にもあったのか!?なかなか文明が進んでるんだなぁ・・・・・・」 

 「おいおい、亜人族なめんなよ?思いついたらとにかく実物にしないと気が済まない種族だからな」

 こうは言ってみたものの、根拠は俺自身にしかない。暇つぶしでいろいろと考えて思いついたらとにかく実物にしたがる癖が小さい頃からあった。

 本を大人買いして置き場所が欲しいなと思ったら設計図無しで本棚を作ったり、ゲームを入れるケースが欲しくなったらそれっぽい収納するものを作ったりと、創造性だけは富んでいた。

「そりゃあいい種族だ!亜人族なんて隼斗と夜空が初めてだからなぁ」

「何で俺たちなんだよ・・・・・・てか、俺ら以外の亜人族はどうしていないんだ?」

 この世界には俺と夜空しか亜人族はいない。そのことが他の何よりも一番気になった。

「んー、それは俺にもわからねぇなぁ・・・・・・よっしゃ、そろそろ上がろうか!」

「…・・・そうだな」

 果たして夜空は答えを知っているのか。もし知っているなら彼女はこう思うだろうか。

 『そんなことも知らないのかしら』

 いいや、考えるだけ無駄だ。

 こんなことは本人以外知らない。

 知るはずがない。

 自分の事なんて、自分しか知らないのだから。

 もしも、彼が、彼女がこう思っているに違いないと勝手に決めつけたら、それはただの押し付けだ。

 そんなことしてはいけないし、なにより、自分に自信が持てなくなる。

 異世界召喚されてまた一からやり直せるという絶好の機会を手に入れたというのに、それを台無しにはしたくない。

 自分に自信を持ちたい。それが俺が今まで欲したものだ。

 それは今回の異世界召喚か生まれ変わらないと手に入れることはできない。

 ならば答えは簡単だ。

 ──夜空本人に聞けばいいだけの問題だ。



 ○○○



 「あら、随分遅かったのね。てっきり溺れて死んだのかと思ったわ」

 「おいおいー、それだと俺も死んだことになるよなー?」

 寝る前の集合らしい。夜空は髪をほんの少し湿らせている。

 そんな夜空のボケにアリオスもふざけながらつっこむ。俺の出る幕なしか・・・・・・。

「ちょっと会話弾んじまってな。わりぃな」

 複雑な気持ちだが、一応、精一杯謝罪する。

「そんなことよりー、わたしたちそろそろ眠いんだけどー」

 言うと、発言者本人は盛大にあくびをする。それにつられたかのように、レナとウミも遠慮気味にあくびをする。とても可愛い。

 いけないいけない、またいやらしい目になっているかもしれない。顔をぺちぺちと叩くとアリオスに意見具申する。

「そろそろ寝た方がいいんじゃねーか?」

「そうだなー。とっくにサリアとシャイはもう寝てるしな」

 アリオスにつられてその視線の先を見る。

 サリアは逆さまになって天井にぶら下がりながら寝ている。ヴァンパイアであるが故なのだろうか。

 一方、シャイことシャイターンはサリアの下で横になってスヤスヤと寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ている。

 相変わらず、この二人は本当に仲がいい。そして、この二人のような関係が本当に羨ましい。

 そう思いながら、ちらと夜空の方を見る。俺と同じことを思っているのか、少し微笑んでいるように思えた。

「それじゃあ、私は自室に戻るわ。隼斗が暴走したら私の部屋に避難してちょうだい」

「なんで俺が暴走するんだよ」

「だって、そういうお年頃でしょ?」

「なっ・・・・・・」

 事実、俺は思春期真っ只中まっただなかだ。理性を保てなくなったらどうなるかわからない。

「そん時は俺がなんとかするから任せとけぇ!」

「さっすがアリオス!頼もしぃねー!」

 ちょっと、リリ。それ以上アリオスを持ち上げると、仮に俺が暴走したら殺されかもしれないのでそれ以上よいしょするのはやめてほしい。

「それじゃあみんな、おやすみー!また明日なぁ!」

「おやすみー」

 あちこちからおやすみコールが聞こえると電気が消される。

 俺もとりあえずおやすみとだけ言い、横になる。

 さっきまでの明るさがなくなると、一気に室内は肌寒くなる。

 季節は多分春だも思うのに、やけに寒い。

 俺は少し震えながら目を瞑る。

 そして、しばらくしないうちに意識は深い闇に沈んでいった。



 ○○○



 とまぁ、こんな感じで昨日の夜を過ごしたわけだ。

 それにしても、ゆっくり寝たのに何だか寝足りない。

 現実世界の俺はアニメやらゲームやらで朝方まで起きているのがいつものことだった。

 だから昨日のように日付が変わって一時間くらいで寝たのは何年ぶりだろうか。


 ワイワイと騒ぎ立てながら、やっとのことで学校に着き、迷いなく俺らは特殊部の部室に向かう。

 部室に着き、各々の定位置につくと各々好きなことを始めた。

 そんな平和な時間を切り裂いくのはいつもアリオスと決まっていた。

「おまえらー!今日は活動をするぞー!」

「えー、めんどくさいよー」 

「別にやらなくてもいいんじゃなーい?」

「私はどっちでもいいけど・・・・・・」

 リリ、レナ、ウミ三人組が同意見と言わんばかりの勢いで言う。レナは控えめに言っているのだろうが、リリにくっついているところを見るとそういうことらしい。

「そうですわ。我が特殊部に活動なんていらないですわ!」

「わ、私は・・・・・・ゆっくりしてたい・・・・・・です」

「はっはっはー!今日の活動は今までのとは違うんだぜぇ?今日はみんなで遊ぶぞぉ!」

 今まで何してきたのかが俺にとって一番気になることだ。まあいい、とりあえず遊びとやらに付き合ってやるか。

「それじゃあ、遊戯エリアに行くぞー!」

「お、それじゃあ昨日アリオス言ってたカードゲームやろーぜ」

「カード?よくわからんが、あれのことな!」

「ちょっとー、なんでゲームの名前忘れてんねん!」

 え、誰今の声?聞き覚えはあるけど、どこで聞いたっけ?

「ちょっと!隼斗!あたいのこと忘れたとか言わせへんでー!?」

 そういえばいた。関西弁のローレル。アリオスの妹。いやしかし、これが本物の関西弁なのかわからないからとりあえず関西弁っぽい弁ってことにしておこう。

「ほんなら隼斗。あたいといっちょ、やるかー?」

「おまえ、できるのかよ?」

「あたいのことなめたらあかんでー?これでもまだレイジングポールで負け知らずなんやでー?」

 レイジングポール?カードゲームの名前か?とりあえずそういうことにしておこう。

 「おお、それは恐ろしいですわー」

 棒読みで返すとローレルは膨れ上がった。

 

 遊戯エリアなる場所へ着くと、なんともゲーセンっぽい感じだった。現実世界と錯覚してしまいそうだ。

 とりあえず、俺はローレルについていく。

 しばらくするとローレルの動きが止まった。

 「ひっひっひー、あたいに勝負を挑むとは命知らずやんなー。あたいの本気、見せたるわー!」

「・・・・・・可愛げがないぞ。」

「まーまーそんなこと言わないで、ローレルの相手になってくれやぁ」

 なぜか、傍観者としてアリオスがいる。妹がよっぽど心配なんだろう。

「あ、それと隼斗ぉ。おまえの考えてることとはちょっと違うぞぉ?俺はローレルがどんな手で隼斗をボコボコにするか見たいだけだぁ」

 かなり汚い性格だ。

「いいぜ!望むところだ!」

 威勢よく始まった試合だが、結果は火を見るより明らかだった。──俺の惨敗だった。ローレルは開始四ターンで相手のライフをゼロにするほどの実力を持っている。

 その後、アリオスともやったが、結果は変わらず惨敗。獣族はカードゲームに強い種族なんだろうか。

 俺のカードゲームライフに終止符を打たれた気がした。



 ○○○



 俺の取り柄を全て持っていかれ、やる気が完全に無くなった。

 暇つぶしに付近にあったメダルゲームらしきもので遊んでいると

「あら、異世界でもぼっちだなんて、かわいそうな人ね。亜人族の落ちこぼれさん?」

「ん?今なんて・・・・・・」

 「私にもやらせてちょうだいと言ったのよ」

 「お、おう」

 何かが引っかかったが、夜空の言葉がその塊を無理やり流した。

 夜空はカチャカチャチャリチャリしていると、いつの間にかメダルの山ができていた。

「おお、ガチ勢怖い怖い」

 小声で言いながらアリオスを探す。ここにいると俺の尊厳を失ってしまいそうだった。それはさっきのだけでもう充分なので勘弁していただきたい。

「お、あんなところに。」

 小走りでアリオスのもとへ駆けつける。

「アリオス、ちょっと聞きたいんだけど、俺らの本来の活動って何するんだ?」

「あー。実はのことを言うと、俺ら特殊部の活動は遊ぶってことなんだぁ。ちょっと知らないおまえらをみんなで脅そうと思っててなぁ。悪かったぁ!」

 「それって活動としてどうなんだよ・・・・・・騙したことは別に構わないけどさ」

「この部の活動目標はそれぞれの種族の親睦を深めることなんだぁ」

「ほほー。それならば納得」

 確かに、親睦を深めるために遊ぶ。単純なことだが一番効果的だ。

 さらに言えば、種族代表で一人か二人ずつの少人数が集まれば、ぼっちはできにくくなる。それでも、ぼっちというものはできてしまうのだが。

 けど、俺はこの部に馴染めていると思うし、楽しいとも感じている。

 この部は俺にとって心の支えだ。

 この部が無くなったら俺が俺ではなくなる。

 この部だからこそ、本当の自分をあらわにしたいと思える。

 

 この部じゃなきゃダメだ。

 

 この部の『活動』は、『遊ぶこと』だ。

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