箱庭世界の勇者と救世主

一花カナウ・ただふみ

世界はくるくる回る

 ‪助け出そうとしていた恋人がホルマリン漬けになって現れるだなんて、どうして想像ができようか。‬

 目を見開き現実を受け入れられずに立ち尽くす僕を敵は嘲笑う。


「とてもいい標本だろう?彼女の美しさはこうして永遠にすることができた。これで、みなにじっくり鑑賞してもらえる。君も堪能するといい」

「ふざけるな!彼女は確かに美しいが、たった一つの生命に対してこんな扱いをしていいわけがない」


 また助けられなかった。まだ洗脳されていた方がマシだった。

 目の前でむごたらしく殺されるさまを見せられるのもツラかったが、これもかなり堪える。

 ひどい。


「それはどうかな」


 敵はニヤリといやらしく笑んだ。これまでのルートになかったものだ。


「どういう意味だ?」


 僕が問うと、敵はホルマリン漬けの彼女を陶酔した目で愛でながら答えた。


「君は薄々気づき始めているんだろう。繰り返せば繰り返すほど、彼女の待遇が悪くなっていることに」

「!」


 敵もこの状況を知っている?

 僕の目は泳いでいることだろう。なんと言ったらいいのかわからない。時間の巻き戻し能力を知られるわけにはいかないからだ。切り札は隠しておきたい。


「君は本当に心から彼女を救いたいと思っているのか?君は彼女にとっての勇者にはなれないのだよ。どんなに頑張ったところで無駄だ」

「そんなことはない!僕が必ず彼女を救ってみせる」


 宣言すると、敵は僕に憐れみの目を向けた。


「君が彼女を破滅へと導いているのだとしても?」

「うるさい……うるさいうるさいうるさい!」


 いかれたヤツの言葉に耳を傾ける必要はない。僕はリセットを選択する。

 今度は必ず救ってみせるよ。



 ***



「助けてくれてありがとう。でも、説得は失敗しちゃったね」


 ホルマリン漬けの彼女が俺に囁く。


「悪いな。俺がもっと賢ければ、止めることができたのに」

「ううん、気にしないで。これでこのルートは未来に繋がったのだから、あなたは胸を張っていいのよ」

「だが……」

「そろそろ次のルートにいかないと。世界を滅ぼすわけにはいかないわ」

「そうだな」


 ある世界はあの男の手で消されてしまった。彼女を手に入れるために、世界の法則を壊してしまったのだ。

 全ての並行世界を消されないため、あの男にリセット能力を与えて心が折れるのを待っている。


「次はどんなのがお望みで?」

「ふふ、そうね〜」


 彼女は楽しそうだが、俺の心が先に折れそうだ。


《完》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱庭世界の勇者と救世主 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ