魔王の軌跡
樹雨
プロローグ
寒い。吐く息が白い。それを見て自分はまだ生きているのかと思う。ホッとする自分がいて落胆する自分もいる。
この牢獄のような部屋に連れてこられて何日経っただろうか。
食事は毎日運ばれてはくるが扉の前に置かれるだけで部屋の中に入ってくるものはいない。
最近は食事を取りに行くのが面倒で自分が生きている意味もわからなくて一日二日と食べ物を口にしない日が続いた。
それでも体は食べ物を欲しがる。お腹は鳴る。意志とは関係なく体は生きようと足掻く。
ついにベッドから降りることもできなくなっていた。こんな状態になっても誰も何もやってこないということは自分は生きていても死んでもどちらでもいいということなのだろう。
自分に唯一できるのは窓の外、空を見ることだけ。
空は白み始めているがまだ夜の色を失ってはいない。でもそろそろ鳥も起きて鳴きはじめるだろう。
「お前は死にたいのか」
自分ではない声が聞こえた。その声は女の声だった。久しぶりの他人の声。自分の声すら最近では聞いていないのに。
綺麗な声。誰もいない部屋から聞こえたことよりもまずそう思ってしまった。
この時間、ここにやってくるものはいないはずだ。ここは街の端っこに建っている塔でも街を覆っている加護は有効だし聖騎士団だっているのだから魔族がそうそう入ってこれるはずもない。ついに幻聴まで聞こえるようになったのか。
だけども女の声は再び聞いてきた。
「お前は死にたいのか」
死にたいのかだって? 自分には生きる意味なんてないし理由なんてない。そんな生には縋ろうとは思わない。こんなところに閉じ込められている自分にはなんの価値もない。
「死にたい」
そう言ったつもりだったが、口から出たのはか細い息だけだった。言葉を発したのが久しぶりだったのだからそれも仕方のないことだと思う。それでもなぜかその言葉は届いたようだ。
「なぜ死にたい」
「ぼく・・・には、生き・・・る、価値・・・なんて、ない」
切れ切れだけれども最後まで言った。それだけを発しただけでもずいぶんと疲れてしまった。
「生きるのに価値なんていらないわ。そもそも、この街に、この世界に生きているどれだけの人が自分に価値があるなんて思っているのかしら」
物心ついたときにはもうこの部屋にいた。この部屋が世界のすべてだったのにどうしてそんなことがわかるだろう。
女の声は聞こえる。
「私は生きるのに飽きてしまった。そしてたまたまキミを見つけたのだけれど、どうやらキミは私の力と相性がよさそうだ。キミが生きたいと思っていようが死にたいと思っていようが関係ない。キミに私の力をあげよう。キミに力をあげたら私は消えるが、キミがどんな道を選ぶのか楽しみだ」
女の声は楽しそうだ。生きるのに飽きたようには思えない。
最初に聞くべきことをぼくはついに聞いた。
「あなた、は、だれ?」
「私は魔王さ。だが、これからはキミが魔王だ。生きたいように生きてみろ。世界はずっと広い。それでもまだ死にたいと思うならキミの好きにすればいい」
魔王の軌跡 樹雨 @arbo-pluvo
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