第庫話
「吊られし者」THE HANGED MAN
第庫話「
「『人狼』は必ず、この中に居ます。俺は、それが誰かも知ってます。でも、その理由は言えません。言えば、『本人』は偽装しようとしますから」
「馬鹿馬鹿しい! そんな話、付いて行けないよ! 僕は本門寺に向かうから…あれ? 扉が開かない…え、どうなってるの?」
「逃げられないよ! 俺が、鍵を閉めたからなっ!」
「おいおい、勘弁してくれよ…そういう勝手な真似をするんだったら、俺達にも考えがある! そのガラス、防弾じゃないよな? んじゃ、無敎の銃で一撃だ…あれ、ない!」
「武器は、皆さんが起きる前に、回収させて
「夜慧、レールガンを下ろしなさい! 如何なる情況でも、味方に銃口を向けるのは、認められないわ!」
「味方? 本当にそうなの? 今にも俺達を喰い殺そうと思ってる敵が、この中に居るんだよ!」
「﨔木、お前…ふざけるのもいい加減にしろ!」
「星見、早まるな! 今、レールガンは﨔木さんの手にある…ここで戦っても、勝てない」
「ちっ…面倒だな」
「アラームが鳴ったら、執行します。例え、もう『人間をやめた』存在であっても、良心が残っているなら、今のうちに自供してくれませんか、人狼さん?」
「…あぁもうっ! 全く、どうすれば良いんだよ?」
「簡単な話だ。私達全員がアリバイを示して、ヒトである事を証明すれば良い」
「どうやって? 昔はともかく、今の俺達は『アプリコーゼンの村人』であって、それ以上でも以下でもないだろ?」
「その通り、皆『村人』なんだよ。﨔木さん…お手前は、この中に犯人が居ると主張しているが、その前提が誤っている。例えば、もし僕が化物だとしたら、昨夜に﨔木さんと会っているわけだから、そこでお手前は喰い殺されていたはず。でも現実には昨晩、何ら事件は起きなかった。事件が起きなかった以上、当然ながら、犯人も存在しない」
「まあ、普通はそう考えますよね…」
「恐らく﨔木さんは、ヨーロッパの『魔女狩りゲーム』に着想を受けて、そういう事を言っているんだろうけど、あれは本来、『一夜ごとに村人が一人死ぬ』というルールに基づいている。誰も死んでいない以上、ここには魔女も、狼人間も居ないと考えるべきだ」
「同感」
「惨劇が起きてからでは、遅いんです! 例え昨夜が無事でも、今宵が安全である保証なんて、どこにもないじゃないですか!…時間切れです、処刑します」
「だから、誰を? もしかして、先生?」
「いいえ。人狼は、お前だよ…アララギ!」
「ほう…この私を化物認定とは、興味深いじゃないか。何故そう言い切れる?」
「お前は俺達の中で、最も理知的に行動して来た。生田と星見ちゃんを、この密室の『村』に導き、俺達と寝食を共にするよう仕向けた…それは、俺達を襲う意志があったからだろう!」
「売れない三流作家並みの迷推理、いや妄想とは恐れ入った。策士を以て人狼など、片腹痛い。もしヒトが哺乳
「遺言を受け付けました。では、ゲームオーバーです」
﨔木夜慧は、トリガーを引いた。
「夜慧! やめなさいっ!」
「死ねえェーッ!!」
「やめろ! よせっ!」
間に合わなかった…。
「あ…塔樹君!」
「…済まない…みん、な…」
凶弾は塔樹無敎の心臓を貫通し、彼の背後に掛けられていた
「死ぬな無敎、死なないでくれ! 死ぬ前にせめて、俺のセーブデータを返せぇーッ!」
「…ふっ…はははっ…これで、俺達は助かった…人狼は死んだ、俺達は生き残った…俺はもう、何も失わなくて良いんだ! 友情も、未来も、何もかも! 俺は、今度こそ…守り抜けたんだ! 俺自身の、運命を…!」
「﨔木、
斎宮星見が、その眼に明白な怒りを示すのとは対照的に、寿能城代は冷静な表情のまま、白板に接する窓を眺めた。室内の狂気染みた雰囲気にもかかわらず、レールガンで割れた
「…どうして? どうしてこんな事を! 答えなさい、長門夜慧っ!」
「まあ一同、取り敢えず
「当たり前だよなぁ? 正義のための処刑なんだから! ふ…はっはっ!」
「…残念ダッタナ、﨔木君。私ワ、『テルテル』ダヨ…」
「無敎? どうしたんだ…え、おいマジかよ…無敎の、体が…」
「消え…た? そんな、どうして!」
約一名を除く、その場の全員が絶句した。塔樹無敎の「死体」が、次第に半透明の存在と化し、遂には消滅したのである。血痕さえも綺麗に「蒸発」し、残されていたのは…トランプらしき一枚のカードだけ。
「これは、影武者…いや、幻影?」
「あの塔樹君は、偽者だって言うのか? でも、彼は僕らと一緒に行動し、戦って来たはず…少なくとも、昨日までは…」
「…そ、んな…」
﨔木長門の様子を見ながら、寿能城代は声を整えた。
「小さい割に多くの電力を消費するスマートフォンは、先日の爆発以来、通信不能のままだ。でも、僕が使っているような旧式携帯電話は、設計が大幅に異なっているから、バグる構造も変わるんだよ」
「…先生、いきなり何の話ですか?」
「﨔木さんは先程、この遮光された窓を破壊するのに丁度良い角度から、レールガンを発射してくれた。その結果、砲撃と日射による急激な電磁波が発生し、エネルギーが集中した。それで一時的に、僕の携帯電話がつながったから、救難信号を兼ねたメールを、無事送信する事ができたよ。これを受信した同盟軍は、『村』の位置を特定し、アプリコーゼンに救援部隊を送って来るだろう…﨔木夜慧さん、もうこんな『ゲーム』は、お仕舞いにしよう」
「…でも、どうして…?」
「塔樹無敎をこのゲームに
茫然自失の﨔木長門に代わり、美保関少弐が、塔樹無敎のタロットカードを拾った。そこに書かれていたのは…。
「第12アルカナ『吊人』。第三の目は逆転せり。彼を討ち取りし者は敗北し、討たれし者こそ勝者と成る」
「…嫌だ、俺は負けない…死ぬのは貴様だァーッ!!」
「危ない! 伏せろっ!」
「え…うわぁっ!? 無差別乱射か? このままじゃ皆、あいつに殺されちゃうよ!」
「…逃げては駄目だ、逃げては駄目だ…!」
余談ですが、この「食人種感染」の話を書くための参考資料として、いわゆる『人狼ゲーム』についてインターネット検索していた所、ある関連ページで「Chromeにフォントをインストールする」という偽ダウンロード画面からウイルス感染し、PCのデータ大半を改竄されてしまいました。仮にもネット作家を称する当職とした事が、何たる不覚…これでは死んでも死に切れまい。幸いにもこの原稿は、緊急保存復旧で辛うじて生き残りましたが、皆様もお気を付け下さい。それにしても、ウイルス感染・ゾンビ出現の話を書いている時にPCがウイルス感染し、その原稿がゾンビの如く復活するとは…「偶然」という名の、神の
戦争による混乱は、東京全土に拡大していた。首都の中枢に近い神田・秋葉原では、多くの犠牲者が食人種に感染し、生存者に襲い掛かるという、まさに恐怖映画の如き地獄絵図が広がっていた。同盟軍も決死の迎撃を試み、次々と討伐部隊を動員し、激烈な地上戦が展開されている。
「国鉄駅の近くで、別の食人種を発見したわ! あいつらに線路を奪われたら、補給線を維持できなくなっちゃう…援護をお願いしますぅ~!」
「他の者達は私と共に、神田名神を守護しなさい! 愛こそ全て…いざっ、召喚!」
専門的な事はともかく、同盟軍も人材不足であるという事が分かるだろう?
「死ね」
そんな中、食人種の大群に対して一歩も動じず、粛々と「害獣駆除」を遂行する、二人の戦士が居た。
「敵も味方も無能だらけ、下らん。当職に相応しい奴は、どこに居るんだか」
その一人である孤高の傭兵、
「ま、それが私達の仕事さ。悪くは思わない事だ」
「割り切ってしまえば、それまでだがな…無敎」
「多くの事物は、そうだろう…あ、寿能先生からメールが来た」
「なるほど…ガラケー同士なら、少ない電力でも回復できる性質を利用したか」
「そういう事だ」
秋葉原に居た「本物」の塔樹無敎は、外見は古くとも中身は最新の携帯電話を確認する。
「筋書きに沿い、﨔木長州が偽無敎をレールガン攻撃した。その電磁誘導に乗じて、本文を送信する。間もなく、同盟軍がアプリコーゼンに来援し、池上町を制圧予定。無敎殿は本行寺と共に、神田にて津島隊と合流されたし。全ては、計画通りに進んでいる」
「…現状、問題ないか?」
「ああ、ここまでは順調だ。予想通り、﨔木君は私の幻影を撃ってくれた。先生も、事態を上手く誘導してくれたようだ」
「偽者を用意するとは、お前も良く考えたな」
「ああ…﨔木君は、あの『村』で魔女狩りゲームを殺りたかったようだが、本物の魔女は、別に実在したんだよ。あの時、東京湾要塞に…」
「…無敎様、お怪我は大丈夫ですか?」
「お蔭様で、
「仲間想いなんですね…ですが、まだ完治していないのですから、ごゆっくりなさって下さい。それと、慈悲深き良い子には、お姉ちゃんから贈り物があります^^」
「この私に、プレゼント?」
「無敎様は、
「そういうのは、あまり信じないほうです。理系なんで」
「あら、そうですか? 科学者と呼ばれる方々こそ、科学技術の可能性と限界を、誰よりも良く御存知だと、顕ちゃんに言われたのですが…何でしたっけ?『量子論』とか、『暗黒エネルギー』とか…」
「無論、己の智識が全能とも思いませんけど」
「うふふっ、謙虚なのは良い事ですよ…では、この中から一枚、お好きなカードを選んで下さい」
「俺のターン、ドロー!」
「…はい?」
「…ごめんなさい、何でもないです」
「こちらは十二番、一般的に『吊られた男』または『吊るされた男』などと訳されるカードです」
「『吊人』ですか? あまり縁起の良いアルカナじゃなさそうですね」
「確かに十二番には、不自由や試練、犠牲と云った意味も伝わっております。でも、そういう時は…このように、逆位置にして思索するのです」
「カードを逆向きに?」
「…どうやら、あなた様は遠くない未来、大罪と向き合う事になるでしょう。そしてそれは、常識的な手段では乗り越えるのが難しいと思われます。ゆえに、発想を逆転させるのです。時として視点は、真実さえも変えてしまうのです。こうして天が地に降り、地が天に昇るかの如く…」
「あの…ありがたいんですが、もう少し具体的にお願いできませんか?」
「即ち、敗北と勝利が入れ替わる、負ける事によって勝つ方法を編み出すのです。例えば…お姉ちゃんでしたら、自分の生命を狙っている方に、私の『分身』を送り込み、その間に目標を果たす…なんて事を、考えるかと思いますが…」
「その前に、分身の作り方を教えて下さい…」
「その答えは、無敎様御自身の中にあるはずです。古き幻想を、新しき創造力に昇華させるのです。このカードを、護符に差し上げます。物語の変化は、今や眼前に迫っているのですから…!」
「…で、そのオカルティック助言で思い付いたのが、手前のVRを造り、そいつに『吊られし者』の役割を押し付けるって事か…回りくどい」
「ゲームで確実に負けない方法は、そのゲームに参加しない事だからな」
「それには散水…いや、賛成」
アプリコーゼンに居た塔樹無敎は、「事実を転回させる」という意味の込められたタロットカードを装備した状態で、﨔木長門に射殺された。その瞬間、「塔樹無敎は死亡した」という事実が「偽」となり、「塔樹無敎は生存している」という事実が「真」となる運命が、確定したのである。そして、この確定した運命を現実に適用した結果、「殺された塔樹無敎は偽者であり、本物の塔樹無敎が別に存在する」という「世界」が、数多の確率=可能性の中から選択され、今こうして「現実」を構築しているのである。私達が認識している現実世界とは、実は無限大に存在する宇宙時空間の、その一つでしかない。この「運命の相対性」こそが、塔樹無敎が十三宮聖から授かった智慧にほかならない。やはり、知は力である。
「
前方に、全身を黒衣の
「あなたが、聖さんと先生の言っていた、津島三河ですね?」
「然り」
「で、当職にどんな戦場を用意してくれるんだ? 無論、報酬もな」
「伊豆まで来て貰う」
「伊豆高原に、ですか?」
「伊豆には現在、反射炉の史跡より開発せし新兵器『反射砲』が在る」
「は…反射砲?」
「電機は使えないはずでは?」
「反射砲の源は、陽光だ。陽光を以て、陽光を撃つ…
「太陽の光と熱を反射炉で増幅させ、そのエネルギーをレーザー砲として発射する…要は、ソーラーだけで完結する兵器というわけか」
「それなら、例え電力を確保できなくても、太陽光さえあれば、つまり天候が晴れていれば、それだけでレーザー攻撃ができるという事だ!」
「その反射砲とやらを掌握した者が、この戦争の勝者に成る…そういう策だな?」
「如何にも、理解が早く感心する」
「しかし、どうして私達が必要なのですか?」
「敵も、我等の策に勘付いた故、反射砲を事前に破壊せんと試みている。殊に、伊豆に接する沼津・狩野川では、陸海空の戦端が開かれんとしている」
「話は分かった! 当職を伊豆に、沼津へと連れて行け! 殺しには慣れたが、血が騒ぐのは久しい。存分に狩らせてもらうぞ!」
「反射砲を確保すれば、敵を一網打尽にできるだけでなく、攻撃を躊躇させる抑止力にもなる。私達の手で、この戦争を終わらせる事ができる…了解致しました。三河守護の御依頼、喜んで引き受けます!」
「
寿能城代の携帯電話から、発信位置情報を特定した同盟軍は、
「寿能城代からの情報によれば、﨔木は他のメンバー達を人質に取り、廃墟『アプリコーゼン ハムレット』に籠城していると推測される」
「また、﨔木長門は、塔樹無敎から奪った『レールガン』と呼ばれる小銃で武装している可能性が高いです」
「人質救出に必要と判断した際は、発砲を躊躇うな!」
「一人でも多く…いえ、夜慧様を含む全員の無事を祈り、この『魔女裁判』を終わらせましょう!」
間もなく、突入の合図が交わされた。
「発砲許可! 突入しますっ!」
「武器を捨てろ、﨔木!『オオカミごっこ』は、もうお仕舞いだ!」
「この部屋にも居ない、か…妙だな、人質の姿が見当たらない。司教、そちらはどうだ?」
「夜慧様を保護しました! ですが…」
「姉さん、どうしたの?」
室内には、﨔木長門の姿しか見当たらない。そこに居るはずの生田兵庫・斎宮星見・美保関少弐・寿能城代は皆、忽然と姿を消してしまっていた。ただ、塔樹無敎の消失とは別に、何者かが争った形跡が残っている。これは…。
「…ぁ、あっ…」
「人質が全員失踪だと! これは一体、どういう事だ?」
「この密室で、何があったのか? 長門よ、本当の事を言うのだ!」
「…ぅ、ぃ…い、や…」
「夜慧様の御心は今、極度の錯乱状態にあります。無理に聞き出さんとせぬほうが良いでしょう。夜慧様、私達が来たからには、もう大丈夫ですよ…」
「…本当に、居た…ん、だ…」
「居た?」
「…そ、こに…居た、の…本、物が…」
「本物だと?」
「…ほ…本物の…人狼が……に…居て……を…」
「変な事を言ってないで、早く人質の居場所を教えてくれ…オオカミごっこは終わったんだぞ?」
「…終わって…ない…これは…本当の……の…始まり…み、んな…殺される…!」
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