第7話『信頼』
自然と共存する地方都市。
その一角に、ルークが監督を務める事となった『ノースカタラーナSC』のクラブハウスは位置している。
赤の塗装が施されたボックス型の巨大な建物だ。
正面部分には黒猫を思わせるエンブレムが誇り高く掲げられており、サポーター(ファン)達からは黒猫と呼ばれ、長きにわたり親しまれている。
これまでに獲得してきたタイトルの数は全部で23にも及び、その全てがルークの依り代となっている青木秀一郎の祖父が監督に就任してからのもので、その指導力の高さが窺える。ノースカタラーナSCの親会社が実力も分かっていない青木を後継者として迎えいれたのはそれ故だ。
そんな青木祖父の代名詞は、相手を自陣の中に押し込める超攻撃的なプレッシングスタイル。それゆえチームに所属している選手には身体能力に秀でた若手が多い。
この情報をルークに伝えた竜宮寺ナギサもその中の一人だった。
半年前にそのポテンシャルを買われて、16歳の若さでトップチームに所属して以来、試合に出場するために日々のトレーニングを欠かすことなく死ぬ気でやってきたというのに、肝心の監督が急逝。
幼い頃から尊敬していただけに多大なショックを受けているのだ、とルークにナギは告げていた。
「でもね、それは他の皆もおんなじ。監督は本当に凄い人だったんだから……。あんたにその才能が少しでも受け継がれていれば良かったのにね」
「それは無理な話だろうな」
「そりゃそうよ。あんたの事は昔から見てきたし、とっくに知ってるわ」
ナギが呆れたように微笑を浮かべ、クビを横に振る。
「俺にはそれ以上の戦の才が宿っているからな。片鱗だけを受け取るなんて事が出来るはずもない」
「はぁぁぁあああああああ!?」
「今までの俺がどうだったかはもはやどうでも良い。お前から聞いた俺のイメージが酷すぎて気が狂ったという訳はない。今、現在の俺は頂点へとおまえらを導く事ができる男だ。完璧にな」
ルークは椅子から立ち上がるとナギの目の前で腕を組み、言い切った。
そんなルークを見て、目を大きく開いたナギは呆気に取られている。
「明日それを証明してやろう」
ワナワナと拳を振るわせるナギ。今にも殴りかかってきそうな気迫がある。
「ルールもまともに知らない男が出来るわけ無いでしょ!! とっとと解任されろ、このキモオタ!」
「ぐッッ!」
ルークはそれを感じ取ると、咄嗟に腕でガードしようとしたが、衝撃があったのは臑の部分だった。
あまりの痛みに膝を押さえてしゃがみ込む。
そして、ルークの臑の痛みが治まってきた頃にはナギの姿は既に見えなくなっていた。
「どうやって帰れば良いんだ……」
クラブハウスまで連れてきたナギに置いていかれたルークは会長室を訪れてみたものの、そこはもぬけの殻だった。ナギに教えられた職員が働く事務室にも誰も居ない。
次の瞬間には施設内の証明が消えてしまった。光のない寒さの中を彷徨うルーク。
(この寒さの中、床の上で寝ろというのか……)
諦めかけたそのとき、大勢の人間の声が圧縮されたような音が聞こえてきた。
ルークがその音を頼りにして走り出す。
薄暗い闇の中に微かに光が見えてきた。ビデオルームと書かれている部屋だ。
そして、ルークはついに辿りついた。
スライド式のドアを豪快に開ける。
「――――ッッ!!」
「あ、秀一郎じゃん。おいすー」
その中に居たのは、ルークが昼間に見た選手の一人だった。
部屋の中には何台ものブラウン管テレビが重ねられておいてあり、それら全てがサッカーの試合を再生している。椅子は無く、絨毯が引かれているだけ。その真ん中で…………何も着ていない女が寛いでいた。
「な、なぜ服を着ていないんだ!!」
「あっ、ほんとだ。まぁいいや入って入って」
ゆったり、というよりはとろい口調でそう言って、女はルークに手招きした。
無造作な長い黒髪。豊満な胸。のほほんとした表情。ここまでの警戒心のなさ、一見すると、とてもスポーツ選手とは思えない女性だ。
「とりあえず服を着ろッ!」
慌てて目を逸らし、言い放つと、ルークは外に出た。
ドアの厚さが無いからか布の擦れる音がする。サキュバスの血を持つサキュエルでも常に服は身に纏っていたぞ……、と先程の光景に頭を抱える。
「いいおー」
「ほんとだな?」
警戒して言った。
「うん、たぶんね」
そう聞いて、扉をスライドさせる。
「下はどうしたあああああぁぁぁ!?」
「まぁ隠れてるし大丈夫かなって」
パーカーだけを羽織り、依然として下半身には何も纏っていない。
それが余計にエロティックで、危ない雰囲気を演出している。
「し、下もだ!! いいな!」
「え、いやだよ」
「なっ! なぜ!?」
「だってめんどくさいしー」
ぐたーっと床に倒れて女性が言う。
パーカーがズレて、豊満な尻肉が見える。ルークは目のやり場に困り、ブラウン管へとその視線を移した。
「まぁまぁ、秀一郎も一緒にぐだーっとしようよ」
「はぁ……」
言っても聞かなそうな雰囲気を察して、ルークは溜息をついた。それから、女性の身体が目に映らないように一台のブラウン管の前に座る。
「お前の名前はなんていうんだったか……」
「もちみだよ~」
他の人なら困惑してしまいそうなその問いに、何の疑いも無くもちみは答えた。
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