第12話 悠久の魔女

 ラファエルが三毛猫「静寂なる暴風」を胸に抱きなら、街中を歩いていると何処かで争うような声が聞こえてきた。ラファエルは、胸に抱いた「静寂なる暴風」を地面に置くと、辺りを見渡して声のする方を探し出した。よく見れば、少し離れた所で一人の女性と、三人の男性が対面に睨みあうような格好で言い争いを続けている。女性は、見た目は、20代前半、青い瞳とブロンドの長い髪を後ろに束ね上げた気品ある美女。男性達は、いかにもその辺りで居るようなゴロツキ達だった。

「主らのような、礼儀知らずの人間に謝罪する言葉など、もたぬ」

「なっ……なんだとっ! この言わせておけば……」

女性の傲慢な態度に男性達は、一斉に憤慨して、声を荒げた。それを見たラファエルが「やれやれ」っと言った表情で、背にある大剣に手を掛けながら、その四人に近づいていった。

「あーっ、そこまでにしておかないか?」

突然の割って入ってきたラファエルの言葉に男性達が「誰だこいつ?」と言わんばかりの表情で振り向いた。

「なんだ? この女の知り合いか?」

男性の一人がそう言うと、女性は、「知らぬ」っと、言ってそっぽを向いた。

『せっかく、助け舟を出したのにその態度は、無いだろう』っと、思いながら、ラファエルは、ニッコリと笑顔を向けた。

「まあまあ、ここは、落ち着いて。事情は、知りませんがね。こんな街中の往来で、大声を出されては、周りが迷惑するってもんでしょう?」

「しかし、この女……」

男性がそう言い終わる前にラファエルは、背にある大剣を持ち上げ、大きく男達の鼻先に突きつけた。

「俺の言っている事が解らないなら、こいつにモノを言わすしかないのだが」

「ちっ……行くぞ」

男達は、しかめっ面をしたかと思うと、思いのほか素直にラファエル達の前から去っていった。

「お前は、何者だ?」

ラファエルによって助け出された美女は、少し呆れた表情でそう聞いてきた。

「最初の言葉がそれかよ? お礼の一言でも欲しいんだがな」

「助けてくれなどと、言っておらん。お前がかってにした事だ。礼を言う筋合いは、無いな」

美女は、それが当然であるかのように言うと機嫌が悪そうにラファエルを睨み付けた。

「実はな、あんたの顔が知り合いにソックリだったんでな。少し気になった」

「それは、人違いであろう。我は、主など知らぬ」

「まあ、そうだな。顔は、似ているが雰囲気が違う」

ラファエルが少し考えるように右手を顎に当てる。すると、ラファエルは、自分の足元で震えている三毛猫「静寂なる暴風」の姿に気がついた。

「うん? どうした?」

ラファエルは、そう言って震えている三毛猫を胸に抱き上げた。それを注意深く眺めていた美女が口を開いた。

「お主は、何も感じないのか?」

「何の事だ?」

「いや。お主に興味がわいてきたところだよ。少し、話がしたい。まずは、名を聞こう」

美女は、似合わない不気味な笑みを浮かべて、ラファエルを見据えた。

「月並みな台詞は、言いたくないがな。人に名を尋ねる時は……」

「解っておる。しかし、我は、お主に名を名乗るつもりは、ない」

美女は、ラファエルの言葉をさえぎる様にキッパリとそう言い切った。ラファエルは、あっけに取られた様子で、ヤレヤレと右手を顔に当てた。

「あんたは、何処までも勝手な奴だな」

「それも、解っておるよ」

美女は、そう言って、「ついて来い」とばかりに目で合図するとラファエルに背を向けてゆっくりと歩きだした。



 ラファエルが連れてこられた所は、とても大きな屋敷だった。 町の一画を貴族や金持ち達が買い取り、屋敷が立ち並ぶ場所であったが、その中でも一番大きな屋敷である。ラファエルは、屋敷を見て、「この美女は、とても金持ちの娘か大貴族の娘なのでは、ないか」と思い始めていた。ラファエルが美女に案内された場所は、屋敷の中の広い庭だった。つやつやとした芝生で覆われた毎日手入れが行き届いている庭。その中心あたりにポツンっと置かれた白い円卓に白い椅子が二つ。

「ラファエルと、言ったか? お主に一つ聞きたい事がある」

美女は、白い椅子に腰掛け、白い円卓の席についた。ラファエルも美女の対面にある椅子に腰掛けた。

「それは、なんだ?」

「お主、我とソックリな人物に心当たりがあると言ったな? 何処で逢うた?」

「ずいぶん、昔の話だ。皇帝ラーの居城の地下牢に幽閉されていたと聞いている」

「聞いている?」

美女は、少し目を鋭くして、オウム返しに言葉を繰り返した。

「俺が助け出したんじゃないんでな。助け出した友人がそう言っていたよ。それより、どうしてそんな事を聞く?」

「我には、双子の妹が居てな。もう、長い間行方知れずじゃ」

その言葉を聞いて、ラファエルは、驚いた様子で椅子から立ち上がり、白い机をバンっと両手で叩いた。

「あんた、クリスの身内か!?」

「そうか、クリスと名乗っておったか。おそらく、間違いなく我の妹であろうな」

とても心配していた様子には、見えない平然とした美女の口調にラファエルは、疑問を抱きながらも言葉を続けた。

「あんたがクリスの身内なら、言って置かなければならない事がある」

ラファエルは、ようやく落ちつた様子で再び椅子に腰掛けた。美女は、その様子を観察しながら、口元で両手を組み、ラファエルの顔を見据えた。何か底知れぬ悪寒を感じたラファエルだったが、そのまま息を飲み込むように覚悟を決めた。

「しばらく、クリスと旅を続けていたがな。旅の途中で魔物に襲われた」

「ほう、それは……酷い目にあったものじゃな」

「手遅れだったよ。助け出そうとしたがな。俺が駆けつけた時には、もう魔物に飲み込まれた後だった」

「……」

「俺の言っている意味は、解っているな?」

「むろん。妹は、魔物に襲われ命を落としたと?」

「ああ、そのとうりだ」

ラファエルがそうハッキリと言ったのもつかの間。 美女は、クスリっと笑みを浮かべた。ラファエルは、その事に怪訝な表情を浮かべる。

「可笑しな事もあろうな。幸い我は、妹と双子。良くも悪くも繋がっておるのじゃよ」

「何が言いたい?」

「言ったであろう。双子だと。我は、感じるのだ。妹は、生きているとな」

「それは、あんたの勘だろ?」

「確かにな。しかし、これ以上に信用をおけるものもあるまい」

自信たっぷりの美女の言動にラファエルは、ホトホト呆れかえってしまった。何処から沸いて出てくる自信なのか、聞いてみたいと思った。

「とりあえず、礼は、言おう。ありがとう。面白い話が聞けたよ」

「面白いだって? あんたの妹の事だろう? それでいいのか?」

「ああ、かまわんよ。アレは、とれも狡賢しこい女だからな。心配するだけ無駄だと思っておるのだ」

ラファエルは、詮索するだけ無駄だと解ってため息をつく。こんなに疲れた日は、久しぶりだと、ラファエルは、ヒルダの尻拭いとどちらが疲れるだろうかと天秤に掛けてみたくなった。青空を仰いだラファエルに美女は、唐突に声を掛けた。

「お主、何故この街に来た?」

「……」

「言えぬか? ならば、致し方あるまい」

美女は、そう言ったかと思うとパチンと右指を鳴らした。あまりにも唐突で突然の事態にラファエルは、椅子から飛び起きると、背にある大剣を構えた。気をつけば、いつの間にかラファエルを取り囲むように剣をもった屈強な男達が存在していた。

「これは、どういう事だ?」

「この街で、色々面倒を起こされては、厄介だと思うたまで。面白い話を聞かせてもらったからの。悪いようには、せぬよ」

美女は、白い椅子からゆっくりと立ち上がり、冷ややかな目でラファエルを見据えた。

「俺をどうするつもりだ?」

「何もするつもりは、無い。そして、何かをさせるつもりも無い」

「そう言う事か」

ラファエルがそう言うと、一人の老人が美女に近づいてきた。執事服を着たその老人は、静かに美女に耳打ちをする。

「浅はかよの。お主は。我が何者かも知らずに。もう、良いだろう名乗っておこう。我の名は、エイデリア・クリスティーン=サーメット・ネール」

「まさか……あの時の龍化した少女か!?」

ラファエルがそう叫ぶと、エイダは、冷ややかな笑みを浮かべるのだった。

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