第2話 復讐の青年
バルド帝国城から少し離れた広場に大きな櫓やぐらが建てられていた。櫓の周りに集まった国民達は、数千人にもおよぶ規模でその視線は、櫓の中へと注がれている。祭りの開始を告げる皇帝ラーの登場を誰もが待ちわびていた。そんな国民達とうって変わって、近くの時計台の上から、見下ろす一人の青年の姿。その時計台は、建てられた櫓よりも高く、櫓を見下ろす格好でその青年は、鋭い視線を向けていた。この青年の名は、ラファエルと言う。そう、数年前……ラーの研究所から助け出された、あの時の青年である。背には、大剣を背負い、左手に弓を右手に矢を握り締めて、ラファエルは、櫓を凝視する。
国民の声援の中、ついに皇帝ラーが櫓に現れた。歳が判らないように白金の仮面を被り、国民の誰もが着るような質素なローブを纏った姿で現れたのだ。一層強まる声援であったが、皇帝ラーの一言で静まり返る。
「我が国民達よ!!」
その一言で、広場は、静まり返り、国民達は、皇帝ラーの次の言葉を待つ。
「我が国民達よ。我が国は、隣国ブルームと戦争状態に突入した。長く苦しい日々は、続くだろうが。もう少しの我慢である。我が国の勝利は、約束されている。世界は、我に統治されてこそ、永遠の平和が訪れるだろう」
その皇帝ラーの言葉に誰もが熱狂的な声援を上げる。国民の誰もが皇帝ラーを尊敬していた。そして、決して国民を裏切らない事を知っている。この偉大な皇帝が世界を導くに相応しいと誰もがそう思っていた。
時計台の上で皇帝ラーの演説を聞いていたラファエルは、怒りで心が溶けてしまいそうだった。何が戦争だ。何が勝利だ。何が永遠の平和だ。そんな偽りの仮面を被り、国民を操っている皇帝ラーと言う存在がラファエルには、許せなかった。ハイ・エルフの一族や家族を研究や実験の為と言って、捕まえ虐殺してきた事実を目のあたりにしてきたラファエルには、皇帝ラーの言葉がどれも詭弁に映る。
ラファエルは、深い深呼吸をすると、左手に持った弓を構えた。右手に持った一本の矢を弓に添えて、ラファエルは、狙いを定める。もちろん、ラファエルの狙いは、櫓の上で演説を続けている皇帝ラーである。ラファエルの居る時計台から、皇帝ラーの居る櫓までの距離を考えれば、正確に矢で射抜く事は、不可能に近い。だがラファエルが手に入れた一本の矢は、魔法が掛かった特別製である。矢の着弾点から、半径10メートルの範囲を消滅させる戦術兵器並みの威力を持っている。その強力すぎる威力の為に矢を生成する為には、多大な時間と労力が必要だった。その為、ラファエルが手に入れる事が出来たのは、この一本だけである。
ラファエルは、慎重に狙いを定め弓を引き、矢を放った。放たれた矢は、一直線に皇帝ラーの許へ飛び、ラーの顔の直ぐ横を通り抜けようとした。しかし、矢は、皇帝ラーの顔の右横でその進行を止めてしまった。
「なにぃぃぃ!!」
それを見ていたラファエルは、驚愕の声をあげた。皇帝ラーは、自分に向かってきた矢を無意識に右手で掴み取っていたのである。だが、ラファエルが驚いたのは、そこではなく矢の消滅魔法が発動しなかった事だった。
「ちっ、発動しない? あのオヤジ、不良品を掴ませやがって」
ラファエルがそう愚痴ってる間もなく、国民達の間に動揺が広がった。飛んで来た矢を見て、皇帝ラーの命を狙う賊が居ると、国民達が騒ぎ始める。
「あそこだ!! 時計台の上に人が居るぞ!!!」
一人の男が時計台を指差した。次々に人が振り向き、ラファエルの姿を凝視する。
ラファエルは、直ぐに時計台の上から、近くの扉を開けて中へとその身を滑り込ませた。そして、螺旋構造になっている時計台内部の階段を素早く降りていく。一階へたどり着いて、ラファエルは、外へと出る為の扉が勢いよく開いた。開いた扉から、外の様子を伺ったラファエルは、目を細めて、奥歯を強くかみ締める。
「やっぱり、こうなるわな」
時計台の外には、屈強な帝国兵が数百人の規模で、待伏せをしていたのだ。ラファエルは、背に背負った大剣を構えると、ゆっくりとした足取りで、外へと歩きだす。
矢を自分に向けられた皇帝ラーは、自身で掴み取った矢を控えていた一人の兵士に渡すと、櫓の下で数百人の兵士を相手にして戦っている青年の姿を眺め見た。
「ふむ、強いなあの青年は。我が帝国の兵が赤子のようではないか」
皇帝ラーは、ラファエルの奮闘ぶりに興味を示していた。それもそのはず、ラファエルが大剣を振るたびに兵士達が3、4人吹き飛んでいたからだ。通常の人間では、ありえない動きと力を見せ付けていた。
皇帝ラーの直ぐ後ろに控えていた一人の老人が進み出て、ラファエルの姿を覗き見る。
「ですが、陛下。人の身なれば、この多勢に体力が持ちますまい。まして、この櫓まで届かぬかと。ですが万が一の事もございます。今の内に城の中へ避難を」
老人のその言葉に皇帝ラーは、「うむ」と、頷くと、櫓を去ろうとする。その皇帝ラーの姿を激しい戦いのなかで見ていたラファエルは、「チッ」と、舌打ちをした。届かない。今一歩、届かない所に居る皇帝ラーにラファエルは、焦りを感じ始めて居た。
「くそっ! ラーを倒す体力は、残しておきたかったんだがな。そうも、言ってられないか」
ラファエルは、大剣の動きを止めると、目を閉じる。そして、大きく息を吸い込むと、吐き出すタイミングで大剣を地面に叩き付けた。石畳の地面に亀裂が入り、舞い上がる砂埃。ラファエルは、動揺する兵士達の隙をついて、走りだした。
ラファエルが目指すのは、櫓の上に居る皇帝ラー。邪魔をする者は、切り伏せ、突き飛ばし、ラファエルは、櫓をくみ上げてる木の骨組みに取り付き駆け上がった。そう、瞬く間に皇帝ラーの目の前にラファエルは、現れたのである。
「ほう、よくこの場所までたどり着けたな?」
皇帝ラーは、感心した様子で目の前に居るラファエルに向き直った。だが、ラファエルは、宿敵皇帝ラーが目の前に居るのにもかかわらず、その場で膝をつき、荒い呼吸を繰り返している。
「ふむ、返答する体力もないか」
皇帝ラーは、疲れきったラファエルの姿を見て、そう言うと、ラファエルは、ふらつく身体を堪えながら、大剣を構えた。大剣を構えたラファエルを見て、皇帝ラーは、近くの兵士から、ショートソードを借りると「控えよ」と、命令する。
「この場所まで、来た褒美に我が相手をしてやろう」
皇帝ラーは、冷静にショートソードを左手に持ち、半身の状態で構える。
「クッ……。一族の仇」
ラファエルは、小さな声でわずかに呟いた。
「だが、戦略ミスだな。お前は、最初の一撃をミスした時点で、体力を温存しつつ、一度撤退するべきであった」
皇帝ラーがそう言って、間もなくラファエルは、奇声を発して切りかかった。皇帝ラーは、頭上から落ちてくる様な大剣の軌道を軽やかにかわすと、一歩前に進み出る。がら空きになったラファエルの後頭部目掛けて、皇帝ラーは、ショートソードの柄を叩きつけた。
「ぐわっ!!」
ラファエルは、その場に崩れ落ち、気を失ってしまった。
「お前にもしも。仲間が居たなら……いや、やめておこう」
皇帝ラーは、ショートソードを兵士に返すと、気を失ったラファエルを牢屋に閉じ込めるように指示を出した。兵士達がラファエルの身体を持ち上げた所で皇帝ラーは、口を開いた。
「殺すなよ。その男に聞きたい事がある」
そんな事を言われて、兵士達は、敬礼した後で、お互いを顔を見合わせた。
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