最果てのドラグーン

@serai

第1話 静寂なる暴風

 夜も更けた頃。夜空には、満月が妖しい光を放っていた。バルド帝国城から少し離れた所に皇帝ラーの研究施設がある。そこは、皇帝ラーが生物を研究する為に作ったとされる施設だった。その研究施設の一室では、一人の青年が十字の形をした板に張り付けにされていた。まるでそれは、部屋の壁に飾られた芸術品のように見た者を「あっ」っと言わせる艶かしさがあった。見た目は、20歳ぐらいの青年が十字の板に張り付けられた状態で意識を失っている。その十字の板には、太い金属の鎖が繋がっていて天井から吊るされて居る格好だった。

トクン・トクン・トクン

微かに弱々しく青年の鼓動があった。青年は、衰弱していたがまだ死んでいなかった。だが、それも時間の問題だった。このまま吊るされた状態で何時間も放置されていれば、やがてその心臓の鼓動を停止するしかない。皇帝ラーの研究の為、青年の身体には、あちこちにメスが入れた痕あった。傷付き、衰弱し青年の仲間や家族もそうやってその命を落していった。

ギギギィィィィ

っと、この部屋の扉が開かれる音がした。誰かこの部屋に入ってきたのだ。

若い女性。歳は、20歳ぐらい。綺麗な顔立ちで凛とした表情とポニーテールが似合う美しい女性だった。身体には、皇帝ラーの近衛兵の証である大鷲の紋章が刻み込まれた白銀の鎧を身に付けていた。彼女が歩く度にガシャガシャっと鎧の金属が磨れる音がする。その彼女がスタスタと張り付けにされている青年の方へ一直線に向かった。彼女は、青年の前まで来ると白銀の鎧の留め金を何箇所がパチンっと言う音と共に外していった。すると、ガシャンと言う音と共に白銀の鎧は、彼女の身体をすり抜けて足元に落ちたのだった。そして、腰に挿してあったナイフを取り出すと青年を拘束している皮のベルトを次々にそのナイフで切り外していった。最初に両手、両腕、首、腰、膝、足首と外し終えると、拘束が解かれた青年の身体は、力なく崩れるように前のめりに倒れようとする。そんな青年を彼女は、大事に自分の胸の中で受け止めた。

「うっ……」

わずかに漏れる青年の呻き声。

「大丈夫? 私の声、聞こえる?」

彼女は、そう言って自分の胸に抱いている青年に声をかけた。そして、わずかに開かれる青年の目蓋。

「お前は、……誰……だ?」

青年は、途切れそうな意識を繋ぎとめるように答えた。

「私は、ルーテイシア。貴方名前は?」

ルーテイシアがそう言うと青年は、少し考えた様子で「ラファエル……」っと弱々しく答えた。

「ラファエル! 私は、貴方を助けに来たのよ!」

「……」

ラファエルは、ルーテイシアの言った言葉が信じられなかった。誰も救えなかった。誰からも救われなかった。奴には、誰も敵わなかった。なのにそれが出来る事が当然であるようにこの女性は、言うのだろう。っとラファエルの頭の中で疑問で一杯になった。朦朧とする意識の中でただその疑問が確実に刻み込まれていった。

「これは、取引よ! 貴方を助け出す代わりに……貴方にやってもらいたい事がある!」

ルーテイシアが言ったその言葉を認識した時、ラファエルの意識は、再び深い闇の中へと落ちていった。


そして、10年の歳月が流れた。


 バルド帝国城……それは、皇帝ラーが住む居城である。バルド帝国城の城門から伸びるメイン・ストリートは、一直線に城下町を突き抜けて町の入り口まで続いている。そして、城を取り囲むように散乱する町の建物がこのバルド帝国の繁栄を示していた。バルド帝国の民は、皆信じていた。この国は、不滅なのだと。この国の繁栄は、皇帝ラーがもたらしたもので、皇帝ラーが居られる限りこの繁栄は、腐り落ちたりしないと。皇帝ラーの力は、民も認めるものであった。バルド帝国城は、その繁栄を示すように大きく広いもので、城の周りを一周するだけでも30分は、かかる程である。その城の西側に位置する塔。その塔へ入るには、皇帝ラーの許可が必要だった。塔の扉の前には、屈強な兵士が2人門番をしている。しかし、塔の中からは、その物々しい雰囲気からは、かけ離れた笑い声が聞こえてきた。塔の中は、ほぼ円形の形の部屋になっていて、8畳ぐらいの広さがある。部屋の壁際には、小さなベッドと最低限の生活に必要な物が並べてあった。その小さなベットの脇に腰掛けた一人の少女。歳は、11歳ぐらい。その後ろには、20歳ぐらいの女性が少女の髪の毛を左手に取って、右手でくしを持って髪の毛を丁寧に梳かしていた。

「ねぇ、シャロン? 最近、城の外が騒がしいの。何かあるの?」

少女の突然と問いかけにシャロンは、少女の髪を梳かしながら、「う?ん」っと少し悩む様子で口を開いた。

「ええ、明日、明後日と……年に一度のお祭りがあるのです」

「お祭り? ねぇ、シャロン!? どんなの?」

少女は、興味津々で声を大きくして訊ねた。

「そうですね。まずラー様の演説から始まって……」

シャロンが一通り祭りの進行内容を話し終えると少女の目を今まで以上に輝きを増していた。シャロンは、そんな少女の瞳をみて「ハッ」っと我に返った。とても拙い事をしてしまったのではないだろうか。っとシャロンは、後悔した。

「バルドの祭りって初めてだなぁ。見てみたい。ねぇ、シャロン! 一日ぐらい外に出れないかな?」

少女は、シャロンの方へ向き直ると上目づかいにそう言った。しかし、シャロンは申し訳なさそうに頭を左右に振る。

「駄目です。それだけは、ラー様の許可なくは……エイダ様?」

少女は、シャロンの答えを予想していたのか「やっぱり!」っと言った顔つきで何かを悩みだした。

「あのう……エイダ様?」

何かを考えてるふうなエイダの姿を見てシャロンは、戸惑いながら声をかけた。

「静かにして! 今、どうにかしてラーから外出の許可をもらうか考えてるの!!」

そんな事を言うエイダにシャロンは、少し悲しそうな表情を見せた。

そして、ゆっくりとエイダの小さな身体を抱きしめた。

「えっ? ちょっと、シャロン?」

エイダを突然の事に声を上げた。

「エイダ様、きっと……どんな事をなさっても。ラー様は、エイダ様が外に出る事を許可する事はないでしょう。私は、エイダ様の味方です。どんな我侭も聞いて差し上げます。でも、外出の件だけは、私には、どうにもならないのです。どうか、どうか、許してください……」

シャロンは、とてもこの少女が不憫でならなかった。

まだ、遊び盛りの11歳の少女なのに、こんな塔の中に閉じ込められてきっと寂しいに違いないとそう思っていた。この少女にどんな罪があるのか、シャロンには解らなかった。しかし、ラー様がそうなさる以上何か理由があるのだとシャロンは、そう思う事にしていた。

「ねえ、シャロン! そんなに自分を責めないで! 私、ここに閉じ込められている理由……なんとなくだけど。解っているの。でもね、いつかきっとここを出て行く時が来るって信じてる。今は、無理でも……いつか」

「エイダ様……」

シャロンは、そんなエイダの言葉が心に染込んでいた。こんな状況でも希望を失わないエイダの心がとても眩しく思えたのだ。



「祭りだよ!! 祭りが始まるよ!! 祭り!!! もうすぐ始まるよ!!」

一人の少年が大通りの真ん中で、張り叫びながらビラを通り行く人達に配り続けていた。その少年の直ぐ横……いや、その下……足元を一匹の三毛猫がゆったりとした足取りで通りぬけていく。小さな猫だった。小さな動物だった。されど動物。幾度となくくりかえされた天変地異を生き残り、この厳しい生存環境を生きている。

それだけで特別。人間が進化を遂げ、魔力を持ち、魔法を操ると言うのなら。この小さな小動物にも魔力を宿さないと言う事は、ありえない。野生の動物が魔力を持つと言う事は、どう言う事であろうか。そう言った生き物達は、例外なく人間を襲う。故に人間達に「魔物」と呼ばれ、恐れられ、倒される。人間が知恵を得た為に食物連鎖の輪の中から抜け出たように、魔力を持つ動物は、その強大な力によって輪から弾き出されてしまう。それは、鼠であっても猫であっても、熊、羊、牛、雀……あらゆる動物に適応される理である。三毛猫は、ゆったりとした足取りで大通りの真ん中を怖れもせずに歩いていく。通りの両端には、様々な露店が立ち並び、人々の密度は、奥へ奥へ行くほど高くなっていった。大きくなる喧騒や損音にも気にした様子を見せずに三毛猫は、堂々と歩き続けた。やがて、大通りの終りに近づき、今度は、三毛猫の前に大きな城の城門が見えてきた。しかし、三毛猫は、歩むのを止めなかった。そのまま、城門を抜けて、中庭へと進んでいく。中庭へ進んだ三毛猫は、地下へと続く階段を見つけてようやくその歩みを止めたのだ。しばらく、じっと地下への入り口を眺めたかと思うと、三毛猫は、再びあのゆったりとした歩みを始め、地下へ続く階段を躊躇さえ見せずにそのまま身を中へとすべり込ませた。




 湿り気のある空気。かび臭い匂いと、肉が腐ったような腐敗臭。 三毛猫が飛び込んだ城の地下は、そんな空気に包まれていた。しばらく、歩みを続けていた三毛猫だったが、地下の奥から聞こえてくる声に歩みを止めて、ピクリと声がする方へ両耳を向けた。聞こえてきたのは、女性のそれも少女のすすり泣くような声だった。

そして、三毛猫は、その声が聞こえる方へと歩みはじめた。 一人の少女が泣いていた。鉄格子がはめられた薄汚い牢屋の中で啜り泣いていたのだ。服にも泥がつき、手足も汚れ、顔も髪の毛も汚く汚れていた。何が悲しいのか、少女は、泣き続けた。いや、三毛猫には、わかっていた。少女が悲しんでいるのは、寂しいからだと。こんな薄暗く、汚い誰もが寄り付かない地下の牢屋の中で一人存在する事が悲しい事なのだと。

「ねぇ、君。どうしたの? どうして、こんな所に居るの?」

突然の声。他人の気配さえ無かった空間に突然涌いたような声に少女は、驚いて泣くのを止めてしまった。そして、周りを見渡して、声の主を探した。少女は、さらなる驚きを隠せないでいた。目の前に存在する三毛猫を見つめ、恐る恐る声を掛けた。

「猫さん? さっきの声は、……・猫さん?」

「そうだよ。僕は、魔物。だから、人の言葉を喋れるのさ」

少女は、「魔物」と言う言葉を聞いて、とっさに身構えた。

「あっ、そんなに怖がらなくていいよ。何もしないから。でも……そりゃ、驚くよね。魔物は、人に声を掛けるなんて、めったにしないから」

「じゃあ、どうして……」

少女は、少し怯えた様子で目の前に存在している三毛猫を凝視した。

「人間である君は、魔物である僕に魅入られた……っと。そう言う事にしておいてくれないかな」

「……」

「とりあえずさ。自己紹介しよう。僕の名前は、『静寂なる暴風』。君の名前は?」

「……クリス」

少女が弱々しく答えると、三毛猫は、ニッコリと微笑んだ。

「僕は、君の味方だよ。ねえ、こんな薄暗い気持ち悪い所……早く出よう」

「無理……。ここは、牢屋だから……閉じ込められているの。魔力も魔法も封じられて……何もできなかった」

「ふふん、君は何か忘れてないかい? 僕は、魔物だよ。魔物と言う事は、力を持っているんだ」

三毛猫は、自慢げに胸を張って、鼻息を荒くした。それを見たクリスは、二度、三度瞬きして

「……力?」

と、三毛猫に聞き返した。

「そう、力。人間は、知らない。獣だけが知る。獣の魔法。人の作り出した魔法の法則に縛られない特別な魔法だよ」

「ここから、出られるの?」

少女が不思議そうに聞くと、三毛猫は、パッっと顔を輝かせた。

「そうだよ。自由になれるんだ。自由って良いよね。だから、君がここから出たいと願うなら力を貸すよ」

「ねえ、お願い。私をここから出して」

少女の声は、とても弱弱しいものであったが三毛猫の耳には、ハッキリとそう聞こえた。

「うん、解った。じゃあ、行こう。ここから出よう。この薄暗い絶望が渦巻く世界から決別するんだ」

三毛猫は、そう宣言した。この少女をこの穴蔵から連れ出す事に三毛猫は、喜びを感じていた。これは、きっと何が始まるきっかけなのだと。そう思うと嬉しくて、両目をランランと輝かせる三毛猫……静寂なる暴風であった。

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