とある片田舎の恋物語

白湯気

門出

 貴女との出会い、これは節目となる日を迎えると必ずと言っていいほど振り返る。

 厳密に言うと、出会った日ではない。

 あの薄暗い個室で掛けた言葉に涙を見せた貴女を見てから────だったと思う。

 正直、曖昧な部分ではある。

 出会った当初がそこまで重要ではない事は確かだ、なにせ当初の自分はその時のみの関係と思っていたのだから。

 逃げるように貴女に縋った。

 表面的な笑顔と優しさに甘えたのだ。

 今振り返ると、太宰治の人間失格が、ふと、頭をよぎる。

 ここからは、これと言ったきっかけは無い。裏を返せば、全てがキッカケだったのだろう。


 貴女は、表面的に人と接していた。

 どんなにみ嫌おうと笑顔を向けていた。

 貴女は、感情の扱いが上手だった。

 どんなに辛かろうと表には出さなかった。

 貴女は、感情に振り回されていた。

 辛いことも苦しいことも隠すから、誰にも悟られない所で藻掻もがいていた。


 気付いたのは、いつ頃だったろうか。


 貴女が、笑顔だけじゃない、怒って、恨んで、泣いて、様々な感情を剥き出しにし始めたのは。

 貴女が、頼りないとあざけり、抱きしめてくれるようになったのは。

 貴女が、ありがとうと言って体を預けるようになったのは。


 疑わせるようなことばかりの自分を、信じてくれるようになったのはいつ頃だったろうか。


 満ちる。

 この感情を教えてくれたのは貴女です。

 産まれながらにして杜撰ずさんな人格の私を、捨てもせず、優しく包み込んだのは貴女の両腕でした。


 ここが貴女にとって新しい門出となることは疑いようもない事実。

 霧中の先、疲れることがあったら。

 私が木陰となって一休みができる程度には頼れる、と期待している。


 さて、長々と昔話をしても迎えるものは月夜だけ、捧げる言葉はこの言葉で全て十二分に伝わるとは思うが・・・・・・許して欲しい。


 出会えてよかった、ありがとう。

 これからも貴女のそばにいられますように。


 心からの祝福を、おめでとう。

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