さざれ雪

山口真生

第1話ふたり暮らし

「じゃ、暫く父ちゃん、遠くの仕事行ってくっからよ。」

「うん。」

「瑠璃、ちゃんと健志の言うこときくんだぞ。」

「うんっ!!」


父さんは、瑠璃を高く抱き上げると、部屋の中をぐるりと見回してから、大きな鞄を持って駅に向かっていった。



「ねぇ、お兄ちゃん。お父ちゃん、いつ帰ってくるの?」

「来月の終わり!」


壁にかかったカレンダーの30日に大きな赤丸をつけた。


キュッ…


「この日。ちょうど、瑠璃の誕生日だ。」

「わぁい!じゃ、お父ちゃんが誕生日プレゼントだ!」


瑠璃は、嬉しそうにピョンピョン跳ねていた。



でも、父さんは、瑠璃の誕生日に帰ってくる事はなかった。



『ごめんな。仕事、忙しくて…。』

「うん…。」


僕の身体に泣きつかれたのか、瑠璃は寄っ掛かってウトウトし始めた。


『ちゃ、ちゃんと金と瑠璃のプレゼント送ったから!!じゃ。』


背後で賑やかな音や大きな声がしていて、もっと話したかったのに電話を切られた。


チンッ…



「瑠璃、起きて。瑠璃…」


眠ってる瑠璃の身体を揺り起こした。


「父ちゃん…は?」


瑠璃は、眠そうに目を擦って、僕を見た。


「父さん、仕事なんだって。いいよな?二人だけでも…なっ。」


瑠璃が、また泣かないか気になったが…


「うんっ!!次になったら、また会えるもん!!」


うっすらと目に涙を溜めて、僕に抱きついてきた。


「あっ、あと幾らお金残ってた?」


瑠璃が、小さなポシェットを持ってきて、小さな財布を僕に渡した。


「いくら?」


ジャリッ…


「んっと…おっきな青い…」

「瑠璃、それは、1000円。」


小さな手で、ひとつひとつお金を数えていった。


「えっと…」

「ちゃんと教えただろ?」

「にせん…ごひゃく…さんじゅ…にえん!」


再度、数えると、ちゃんと2532円あった。


「凄いな、瑠璃!今日は、誕生日だから…1000円だけ。」

「瑠璃、チョコ食べたいーーーっ!!」


小さな瑠璃と手を繋ぎ、近くのスーパーへ行って、チョコレートと小さなケーキをひとつ買って、家でお祝いをした。



「あっ、誰かいゆ!!」


玄関の前に宅配便のおじさんがいた。


「下村瑠璃ちゃん?」

「はいっ!!」


おじさんがしゃがんで、瑠璃に箱を渡した。


「じゃ、ここに判子か名前を…」


ペンを渡されて、伝票に名前を書いて、箱を持った瑠璃と家に入った。


「お父ちゃんからだぁ!お父ちゃん!お父ちゃん!!お兄ちゃん、開けて開けて!!」


瑠璃は、余程嬉しいのか、さっきまで落ち込んでた顔が、笑顔になった。


「はいはい。ちょっと、待ってろ。」


箱をテーブルに乗せ、貼ってあったガムテープを剥がした。


「いいっ?開けてもいいっ?」

「いいよ。瑠璃宛だからね。」


開けやすいように、瑠璃の側に箱をずらした。



「おおっ!!プリキュアの服だ!凄い!本もある!!これ、なぁに?」


瑠璃が、1通の茶色い封筒を渡してきた。


『健志へ、か。』


封筒には生活費の10万円が手紙と一緒に入ってた。


「お手紙?瑠璃のは?」


瑠璃は、届いたプレゼントを箱に閉まっていた。


「瑠璃。6歳の誕生日おめでとう。父ちゃん、仕事でそっちに帰っていけんで、ごめんな。来月には、ちゃんと帰るから!!いい子で待ってろよ。だって。良かったなぁ。」

「うんっ!!お兄ちゃんのは?」

「勉強してるか?瑠璃のこと、頼むな。だけ…。」


それでも、なんか嬉しかった。


その日は、瑠璃は、珍しくおねしょをしなかった…


それから、暫くは父さん不在の生活が続き…



「お兄ちゃん、きた?」

「ううん。今日は、なかった…。お腹空いた?」

「うん…。」


冷蔵庫の中には、あまり食べるものがなく、財布を握り締めて、瑠璃の食べれそうな物を買い、食べさせた。


父さんからの送金はくるものの、金額が徐々に減っていった。


カチャンッ…


「ごちそうさま…。」

「どうした?瑠璃。お前の好きなコロッケだぞ?」

「いらない。お兄ちゃん食べて…」


ゴクッ…


「いいよ。お腹いっぱいだし…」


グゥーーッ…


『こんな時に…』


「お父ちゃん、瑠璃の学校来てくれる?」

「ちゃんと言ってあるから!!ほら、食べろ!!お前が、病気になったら、父さん泣くから。なっ!!」


瑠璃が、一年生になるのが、来年の4月。僕は、中学生…。


『帰ってくるよね?父さん…。』


不安そうな顔で、壁に貼った家族の絵を見た。瑠璃が、一生懸命に描いて、保育園の先生に大きな花丸をつけてもらった絵。



数日して、父さんから箱に沢山の食材や衣類、生活費が届いた。



「遅れちゃって、ごめんなさいっ!」

「いいよ。困ってる時は、お互い様だからね。」


遅れた町内会費や電気代とかを学校早退して、払いに行った帰り、瑠璃を迎えに行った。



「おにーちゃーん!!」


公園の小さなアスレチックで遊ぶ瑠璃を見ながら、今日の夕飯を考える。


公園にスピーカーから、同様の七つの子が流れると夕方の5時。


「お腹空いたー。」


手を繋ぎ、近くのスーパーまで歩く。


「瑠璃、今日…」

「コロッケーーーッ!!」

「いいのか?」

「うんっ!!コロッケだいしゅき!!ホクホクだもん!!」


スーパーの中の惣菜売り場は、夕方になると混雑してくる。


「どれだ?コロッケは…」

「んと、あれ!!お野菜のまぁーるいーの!!」


瑠璃が、大きな声で喋る。ちょっと、恥ずかしい…


「二つでいいな。あと、卵と牛乳…」

「お兄ちゃん、お菓子は?」

「いいよ。ただし、100円まで!!」

「うんっ!!」


混んでる店内をぶつからないように歩く。


「これ?」

「うん。高い?」


瑠璃が、持ってきたのは、小袋になってるお煎餅…


「どうして?ポテトチップとかチョコとか…」

「いっぱいあるもん。これ。お兄ちゃんも食べれる。」

「…。」


瑠璃の優しい気持ちが、突き刺さる…


「そうだな。これにしような!!あと、卵と牛乳の場所わかるか?」


涙が出そうだった。


「お兄ちゃん、いつも来てるのに、わかんないの?」

「連れてって!」


今度は、逆に手を引っ張られる始末。


買い物を終え、家に帰り、夕飯、風呂をする。



「ほら、ちゃんと布団掛けて。腹壊すぞ。」

「うん。お兄ちゃん、おやすみ。」


瑠璃は、最近やっと寝付くのが早くなってきた。父さんが居ない生活に慣れたのか?我慢してるのかも知れないが…


瑠璃が、寝たのを確認して、戸締まり確認して、宿題をやり、今日使ったお金の計算をして、布団に入った。


『父さん、元気にしてるだろうか?早く帰ってきて欲しいのに…。三者面談とか言ってあるけど…。』


「まーた、腹出してる。ったく…」


もうすぐ夏休みか…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さざれ雪 山口真生 @mao_yamagchi_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ